2008年5月 8日 (木)

カルタペスタ職人 ガッリ家の人々。

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  オトラントの遠足からレッチェに戻り、午後はレッチェの職人さんの工房の取材。レッチェまで来た以上、新しい職人シリーズのネタを仕入れて帰りたいですからね。

レッチェというとカルタペスタが有名です。紙で作る人形の事ですね。

制作方法は、針金で骨組みを作り、わらを巻いた後、紙を貼っていく。表面を湿らせてから焼きごてで押し付けて行く。そうするとまるで粘土で作ったように表面がツルツルになり、しかも軽くて丈夫な物に仕上がる。だからこの方法で作られた人形をカルタ(紙)ペスタ(押しつぶす)と呼びます。ただ全部紙製というわけではなく、顔や手、人形が持っている小物なんかはテラコッタに着色してるんですけどね。

取材した工房はマルコ・ガッリさんというEさんの友達の工房。彼のお父さんエウジェニオさん(写真の右側で電話をしている人物)が代表者です。エウジェニオさんが顔を作り、エウジェニオの妹のリタさんが紙を貼る。娘のラウラさんと最近結婚したご主人のロイさんが油絵の具を使って着色。マルコさんが仕上げを行います。家族内で分業してるんですね。マルコさんは仕上げだけでなく、他の作業もほとんど全てやっちゃいます。312

」この部屋の地下にも工房があって、そこでは木工と石工の為の機械が置かれています。飾り台なんかは木で作るんですけどね。では石は何に使うかと言うとカルタペスタとは関係無くて、レッチェで採れる石を加工してランプを作ったりするのです。これはマルコさんが趣味でやっているそうです。成る程、そういえば店のインテリアとして所々にレッチェ石のランプが置いてありましたな。

このレッチェ石を使ったランプもカルタペスタと並んでレッチェの名物なのですが、今回の滞在では職人さんが見つかりませんでした。残念。

でもマルコさんのように、全然違う素材を使いこなす職人さんも珍しいですね。年齢もまだ33歳と若いので、これから何か新しい物が生み出されそうな気がしました。

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2008年5月 4日 (日)

マーブルペーパー職人 マリア・ジャンニーニ

037 フィレンツェ到着後しばらくは挨拶回りに忙しい。友人、知人、日頃お世話になってる職人さんや昨年取材させてもらった職人さん等。挨拶回りだけで3日ぐらいつぶれます。帰国前にも挨拶回りをするのですが、一度数えてみたら一日に17軒回った事がありました。コーヒーをご馳走してくれる職人さんも多いので、ありがたく頂戴してると腹がダボダボになります。

切り絵が完成した職人さんにはA4サイズにプリントした写真と和菓子をお礼に持って行ってます。私が持って行く和菓子は地元の老舗、備前屋の銘菓「手風琴のしらべ」。パイ生地の中に餡子が入ってて私の好物です。イタリア人にも受けてますよ。

さて、そのように再会した職人さんの一人、エンリコ・ジャンニーニさん。昨年取材させてもらいました。(切り絵のほうは今年の2月に完成させました。公開は11月の名古屋の個展にて。)この方はフィレンツェのピッティ宮殿の向かいにある文房具屋さん「ジュリオ・ジャンニーニ父子商会」の代表でしたが、店を娘に譲って自分は近くに工房を開けて自分の好きな仕事だけやってます。理想的な職人生活ですね。

彼らの店で扱う商品はフィレンツェペーパーで装飾した文房具です。日本でも有名なお店ですね。実は現在は文房具屋さんとして観光客でにぎわっていますが、元々は製本行が本業なのです。製本と言っても普通の本屋さんで売ってるような本ではなく、一冊ずつ手作りされた革で装丁され金箔で装飾された豪華本です。

エンリコ・ジャンニーニさんの切り絵は製本職人として制作したので、では今年はフィレンツェペーパーの制作風景を娘のマリアさんで切り絵にしようと思い、エンリコさんに紹介してもらいました。気風の良いおねえちゃんって感じの方でしたね。後日、店を開ける前にフィレンツェペーパーの実演をしてもらいました。いろんな工房を訪ねたけど、開店前に入れてもらったのは初めてだなあ。

墨流しの要領で海草で作った糊を溶かした水に絵の具を数滴たらし、針や櫛でチョチョイと模様を描いて紙をあててローラーで巻き取ると出来る。上の写真は櫛で模様を描いているところですね。下の写真が完成品。これは孔雀の羽のような感じですね。この他にもいろんな模様があって、大理石のような模様も出来るので、別名をマーブルペーパーとも言います。

Img_3314 ジャンニーニさんのお店は創業は1856年。上の写真でマリアさんが働いているのはお店の2階、別室には150年前から保存されている製本の機械が並べられていて博物館のようです。

滞在後半、近くの廃教会で職人仕事の講演会みたいなのがあって、エンリコさんもフィレンツェペーパーの実演をやってたので見に行きました。エンリコさんは大勢のお客さんに囲まれてたんだけど、私の姿を見て手を上げて会釈してくれた。他のお客さんは一斉に私を見るので、私は手を上げたまま固まっちゃいました。何か気恥ずかしかったですねえ・・・。

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2008年5月 2日 (金)

帽子木型職人 ルチアーノ・ビーニ

1512_2  今日からしばらくの間、4月2日から30日までのイタリア滞在の事を書いて行きます。

画像は帽子の木型職人、ルチアーノ・ビーニさん。イタリア出発前にブログに書いたロベルト・ビーニさんの10歳上のお兄さんです。昨年・今年と下宿させてもらった部屋の大家さんでもあります。(昨年はロベルトさんが大家だったのですが、彼が8月に亡くなった後はルチアーノさんが大家を引き継いだのです。)

実はルチアーノさんとは今まで喋った事が無かったのです。私けっこう人見知りする性質なので、話しかけるきっかけを逃すとずっと喋れないんです。多分ルチアーノさんも私のことは知らないだろうなと。昨年下宿させてもらった部屋を今年も借りる事になったので、良い機会なので到着した翌日に挨拶に行きました。

自己紹介するついでにロベルトさんの切り絵の写真もあげようと思ってA4のサイズにプリントして持って行きました。

「今日は。あの、私はこの絵を描いた・・・。」と言ってルチアーノさんに写真を差し出すと、えらく驚いた様子。

「あーっ!!君だったのか!?君の事をずっと探してたんだ!!」

ロベルトさんのお葬式の後で、私の作品の前で2人で写った写真が出て来て、ロベルトの奥さんが「何だろう、この絵?」と興味を持ったんだそうです。遺品の整理をした時に、ロベルトさんにあげたA4サイズの作品の写真は出て来たから、どんな作品なのかはわかったのです。「しかし、この絵を描いたであろう、ロベルトと一緒に写真に写ってる彼は何者で、現在この作品はどこにあるのか?」

この半年間、遺族の間でミステリーだったんだそうです。彼らの持ち家で長年下宿しているYさんは私の昔のバイト仲間なので、Yさんに聞けばすぐにわかったんだけどね。

「いやあ、実は一年前にも一ヶ月間あなた方の家に住まわせてもらいまして、今回も1ヶ月間下宿さてもらいますので、どうぞよろしく。」

「えっ!? さっきYとお昼ご飯を食べてて聞いたんだけど、今月住むYの友達って君の事だったの? そうか、そうだったんだ・・・。」

と、一気にすべての謎が解けたので嬉しそうでした。

一つ4月1日の記事で間違えた情報があるので訂正。ビーニ工房を閉めると書きましたが、規模は縮小するけどまだしばらくの間は続けるんだそうです。新しい職人さんも一人入ったそうです。

こうなるとルチアーノさんも切り絵にしたくなりました。何だかすごく良い感じに知り合っちゃったし。(ロベルトさんの生きてるうちに作れば良かったと後悔もしてるけどね。)画像はロベルトさんの切り絵と同じ構図で撮影したけど、ルチアーノさんの切り絵を同じ構図・同じサイズで対になるように作るか、全く新しいアプローチでやってみるか迷うとこですね。あの切り絵を作ったのは6年も前なので同じ構図で作っても雰囲気がちょっと違う物になりそうですが・・・。

で、帰国寸前にロベルトさんの遺族の方々と協議の結果、切り絵を買ってもらう事になりました!多分ロベルトさんの娘さんの所に行く事になりそうです。彼らがどんな気持ちで私の作品の事を考えてくれてたかと思うと、胸が詰まりそうになります。イタリア最後の晩にYさんと、もう一人の同居人のEちゃん(彼女もこの家に長く住んでます。)にも話が伝わってたので、2人とも喜んでくれました。ロベルトさんを知る人たちに、こういう形で関われて思い出を共有できて・・・。今回ほど職人シリーズを続けてきて良かったって思ったことは無いですね。

ルチアーノさんとも今回の滞在で仲良くなれました。柔和で優しい人です。Yさんも呼んで一緒に昼ごはんに連れてってもらったしね。頑張って彼の切り絵も作らなきゃ。

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2008年4月 1日 (火)

桜咲く季節に。

002_roberto 4月1日から5月1日までイタリアに行って来ます。

イタリアではパソコンを使わないので、ブログへのコメントやメールのやりとり等は、帰国するまで出来ませんのでご了承下さい。

画像は帽子の木型職人のロベルト・ビーニさん。サイズは50×40cm。2002年制作なので職人シリーズの中でも初期に制作した作品です。帽子職人が使うための木型を中心に制作していますが、その他にも様々な遊び心あふれる木の彫刻を手がけています。
折りたたんだシャツや傘の彫刻、空中でズボンが踊る彫刻「透明人間が履いてるズボン」など、見ていて楽しくなるものでした。

昨年の滞在で一ヶ月間借りた部屋は彼の持ち家でした。この家にずっと住んでるYさんは僕の昔のバイト仲間。日本料理屋でウエイターをしてた頃からの知り合いです。ビーニさんの持ち家だと言う事に気が付いたのは一週間ほど経ってからだったかな。

「なあんだ、ここビーニさんの家だったのか。」

「もう10年も住んでるからね。ビーニの娘同然やもん。」

素敵な偶然だった。気が置けない友人と同居と言う事もあって、楽しい一ヶ月間でした。今年もまたビーニさんの家にお世話になる。でも・・・ビーニさんはもういない。

ロベルト・ビーニさんは昨年の8月に脳梗塞で亡くなられました。僕が訃報を知ったのは年末にYさんに「今年も部屋を借りたいんだけど・・・。」という電話をかけたときでした。お兄さんが共同で工房を切り盛りしていたのですが、ビーニさんの半年前にも一人職人さんが亡くなっているので、そろそろ工房も閉めるんだそうです。フィレンツェの名物工房がまた一つ消える。

咲き誇る桜と散っていく桜。出会いと別れの季節ですね。人の一生は桜の花に比べると長いですね。人生を意味のあるものにする為には、綺麗な花を咲かせなきゃ。いろんな人の思い出に残るって、それが「一番綺麗な花」じゃないかなと思う。今年からはビーニ工房へ行っても、いつものように働いてるビーニさんを見る事は無い。でも、どこかでビーニさんの居る気配を感じる事はあるだろう。心の中で会釈して、僕は次の工房へ向かう。

今までの出会いを大切にしつつ、新しい出会いを求めて、桜舞い散る中イタリアへ出発だ!!

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2008年3月29日 (土)

フィレンツェモザイク職人 ロベルト・マルッチ

003 このブログで職人シリーズの新作を公開するのは久々ですね。3月9日のブログでチラッと作りかけを見せた作品が完成です。

フィレンツェモザイク職人 ロベルト・マルッチさんです。サイズは75×65cm。タイトルは「Il maestro」です。師匠という意味ですね。この方はモザイクの教室も開いているので。みんなからもマエストロと呼ばれています。壁にかかってるモザイクはほとんどが生徒さんの作品。実際には生徒作品のカラーコピーが貼ってあるのですが、(みんな出来た作品は持って帰っちゃうからね。)私の作品では本物のモザイクが掛かっている事にしてあります。伝統的なモザイクのデザインとはかけ離れてるから、売れる物ではないかもしれないけど、その分多種多様なモチーフの作品を見る事が出来る。

勿論、マルッチさんは人に教えるだけでなく、自分の作品も作ってます。腕は物凄いんですよ。HPはこちら。

Marrucci003この方については、前にも書いた事があるけど、星座マニアです。誰彼かまわず初対面でも星座を聞きます。今年からコルシーニの職人展にも参加するんですが、昨年企画者に紹介した時も手続きの話をしている時にいきなり「あんた魚座だろ?」なんて聞くもんだから、聞かれた方も面食らっていた。変な人を紹介しちゃったかなあって若干後悔しましたが。

作中でマルッチさんに教えられてるのは弟子のリトアナさん。ポルチーニ茸(別名イタリア松茸)をデザインしたモザイクを作ってる。昨年工房に遊びに行った時は一生懸命作ってましたが、流石にもう完成したでしょうね。思い込んだら突っ走って生きそうな行動力の有り過ぎるような子でした。最初マルッチさん一人だけ描こうと思いましたが、マエストロって面を強調するにはやっぱり弟子に教えてる所だろうなあってんでリトアナさんも登場させました。弟子が私の作品に登場するのは珍しいですね。

Marrucci004_2 この工房の弟子はだいたい女の子です。(入れ替わりはあるけど。)変な性格だし、多少セクハラ気味ではあるけど、それでも弟子から大事にされてます。

さて、もうじきフィレンツェだ。彼らと会うのも楽しみだなあ。

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2007年6月24日 (日)

製本職人、エンリコ・ジャンニーニ(後編)。

Img_3167 さて、前から名前は知っていたけど、きっかけがつかめずに知り合うチャンスが無かったジャンニーニさん。偶然通りかかった小さい工房で見かけたので、思い切って声をかけてみた。

「ピッティ宮殿の前にある本店は娘さんに任せて、自分はやりたい仕事だけをやるために工房を借りた。」だそうです。理想の働き方ですね。この時は結婚式用のアルバムを作ってました。赤い革で装丁された豪華なアルバム。

自己紹介して、写真を撮らせてもらいつつ、しばらくの間お喋りをしましたが、話しているうちに嬉しくなってきた。職人としての技量はもちろん、その人柄の良さに感銘を受けました。おだやかでユーモアがあって知的で親切。

職人としてだけでなく人間的にも理想の男ですな。もし私が切り絵の道を選んでない状態だったら、その場で弟子にして欲しかったぐらいです。

いや、もちろん今まで知り合った職人さんの中にも素晴らしい方はたくさんいるし、欠点は多くても一緒に飲みに行ったり、議論したりしているうちに、その欠点さえ愛嬌に思えてくるような事もあるのですが、この方の場合はどこか別格の印象がありました。何と言うか、小柄な人なんだけど、巨大で緑豊かな岩山を目の前にしているような気がしました。

偶々、私が訪れた翌日に、アメリカ人の観光客にマーブルペーパーの制作の実演を見せると言うので、私も混ぜてもらいました。この時に作られたマーブルペーパーは、帰国する前に挨拶に行ったらプレゼントしてもらった。今までいろんな人からプレゼントを貰っているけど、完成した切り絵を見せに行ったら喜んでくれて何かくれたというパターンであって、まだ何も作ってないのに物をもらうというのは初めてでしたな。

結局、職人仕事というのは、その人の人柄が表れる。単に手を動かすのではなく、日常生活の中で何を考え、感じ、行動するか、こういった人間としての修行をしていかなければならないという事だ。そしてその修行は決して苦しい物ではない。エンリコ・ジャンニーニさんのように楽しく誠実に過ごしていればそれでいい。

と、まあこんな事はだいぶ前から私の師匠に「心に余裕を持て。」と言われてた事ですけどね。でも時々忘れてる事もあるので、再確認できたかなって感じですな。

以上、今回取材してきた7人と前回の取材でやり残した2人、合計9人をこれから作って行きます。

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2007年6月22日 (金)

製本職人、エンリコ・ジャンニーニ(前編)。

Img_3484 7人目の職人紹介、製本職人のエンリコ・ジャンニーニさん。

フィレンツェに関する職人の本は、主要な物で現在3冊出ていますが、その3冊全部出ているのがブロンズのバンキさんと、このジャンニーニさん。かなり高名な職人さんでして、店はピッティ宮殿の前にあります。ただ工房は2階にあって普通見る事は出来ないし、1階のショップは普段観光客で一杯なので少々取材の依頼をしにくい。また製本だけでなくフィレンツェペーパーという紙とそれを使った文房具も制作してまして、そちらの方がむしろ有名なのですが、このフィレンツェペーパーを切り絵でどう表現するかが問題だったのです。

フィレンツェペーパーというのは、墨流しの要領で海草で作った糊を溶かした水に絵の具を数滴たらし、針や櫛でチョチョイと模様を描いて紙をあててローラーで巻き取ると出来る。下の写真がフィレンツェペーパー。これは孔雀の羽のような感じですね。この他にもいろんな模様があって、大理石のような模様も出来るので、別名をマーブルペーパーとも言う。

Img_3314 さて、敷居の高かったジャンニーニさんの工房ですが、昨年に切り絵にしたバイオリン職人さんの工房へ行く途中の路地の小さい工房でこの方が仕事をしているのに出くわした。表札を見ると高名な「エンリコ・ジャンニーニ」とある。ピッティ宮殿の前の店にいるはずのジャンニーニ氏が何故?と思いつつ工房の扉をノックした。

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2007年6月20日 (水)

椅子職人、ぺトラルキ父子。

Img_3111 6番目の職人紹介。父親のシルバーノさんと息子のアレッシオさんの2人で働いてる職人さんです。壊れた椅子の修復の他、オリジナルの椅子も作る。

工房の前を通りかかったら、偶々すごく良い場面に遭遇したので、飛込みで写真を撮らせてもらった。(この画像ではない。)まあ実際に切り絵にする時は少し構図を変える必要がありますが・・・。

この工房、ピッティ宮殿の近くにあります。あの辺は私が切り絵にした工房が多いので、よく通るのですが、ずーっと見落としてました。昨日のブログに書いた「作家としてやって行ける職種」ではないので確かに地味ですな。しかし、私が見た一場面は明らかに輝いていた。多分この方々の日常をよく見てみれば、理解できるはずなのでしょうが、私も忙しく動き回っていたので心の余裕が無かったもかも。一見何でもない風景でも、そこから素晴らしさ・美しさを汲み出す仕事をして行かないといけませんな。

お父さんの方はもう引退していて、時々しか工房には出ません。後日、息子のアレッシオさんが「まだまだ親父から学ぶ事はたくさんある。一緒に仕事をしてると、そう強く感じるよ。」と言ってました。彼は現在35歳。15歳の時から修行を始めて20年になるけど、まだまだ奥の深い世界だそうです。職人としては若手ですが、これからも実のある仕事を続けていってほしい物です。

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2007年6月19日 (火)

金箔職人、ルチアーノ・カリエリ。

Img_3198 職人紹介5人目。金箔職人のルチアーノ・カリエリさん。木製の額縁や宗教画が描かれた十字架なんかに金箔を貼る職人さんです。13世紀より伝わる技術。画像は宗教画が描かれた十字架に金箔を貼った後、タールを塗って汚し、アンティークな雰囲気を出している所。

この工房も20年ほど前までは繁盛してて、10人の職人が働いていた程だったんだけど、需要が減った為に現在はルチアーノさん一人で働いてます。中央市場近くのすごく小さい工房・・・。うっかりすると見落としてしまうような場所でした。

ルチアーノさんはもう76歳。そろそろ引退を考えているそうです。消えつつある職人さんの仕事の場面に立ち会えた事は、運が良かったと思うと同時に寂しさも感じます。

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2007年6月18日 (月)

モザイク職人、ロベルト・マルッチ。

Img_3578 職人紹介4人目、フィレンツェ式のモザイク職人ロベルト・マルッチさん。工房ではモザイク教室も行っているので「マエストロ」と呼ばれています。教え方は上手いし、腕も良いのですが、商売する気が全然無いので自分の店は持ってません。まあ向き不向きはありますからね。自分の作品としてモザイク屋さんに置いて売ったり、大工房の下請けで制作したりしてます。こういう方がいるからフィレンツェの職人界も層が厚いのかも。

私の語学学校時代の友達が、モザイクの修行をしていたので、8年ぐらい前から知ってました。昨年ぐらいから、この工房の関係者や卒業生と知り合う事が多いので、今回の滞在でも頻繁に遊びに行ってました。

さて、マエストロ(私はモザイクを教えてもらったないんだけど、周りがこのように呼んでいるので私もマエストロと呼ぶ。)は来年のコルシーニの職人展に出品するんだそうです。今年の職人展でも弟子を連れて見に来てくれました。良い機会なので担当者を紹介した。カテリーナさんという方なのですが、私が引き合わせた時、「10日ぐらい後に連絡を・・・。」と言う話をしていたら、マエストロがいきなり

「あんた魚座?」

と何の脈絡もなくカテリーナさんに聞くのでものすごく焦りました。マエストロは星座マニアなので、他人の星座が気になるらしいのです。星座好きという事は知ってたけど、まさか初対面の人と仕事の話をしている時に突然聞くとは思わなかった。カテリーナさんもかなり面食らったみたいで

「はあ?」

と不審そうな顔をした。慌てて説明をしたのですが、変な人を紹介しちゃったかなあ・・・。まあ、職人さんは変わった人が多いけどさ。(だから面白いのですが。)

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2007年6月17日 (日)

陶芸家、ニコレッタ・マラボルティ。

Img_2848 職人紹介3人目は陶芸家のニコレッタ・マラボルティさん。この方は昨年に切り絵にした陶芸家のロマーノ・パンパローニさんと一緒に働いています。工房として皿や壷などを制作される傍ら、陶芸教室も開いています。ロマーノさんはろくろを、ニコレッタさんは絵付けを担当しています。

彼らの工房もコルシーニの職人展に毎年参加されています。今年、うっかりしてて彼らと一緒に写真を撮らなかった事が悔やまれます。

昨年ロマーノさんが切り絵のモデルになってくれたお礼に和菓子の詰め合わせを持っていったら喜んでくれまして、職人展の最終日にプレゼントをもらいました。開けてみたら陶器の薔薇が入ってました。すごい繊細な色でした。後で取材の時に聞いたのですが、これは色付けだけでなく、最初から最後までニコレッタさんが作ってくれた物なんだそうです。

最初ロマーノさんの奥さんだとばかり思い込んでいたのですが、単に一緒に働いてるだけなんだそうです。なんだ。・・・いや、すごく綺麗な人なので「いいなあ、ロマーノさんは・・・。」と思っていたのですけどね。服装もすごく品が良いので「貴婦人」って形容がピッタリ来るような方です。でも陶芸家としての職歴は20年(ロマーノさんと一緒に働いてるのは8年だそうです。)ベテランの職人さんですな。

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2007年6月16日 (土)

バイオリン職人、パオロ・ベットーリ。

Img_2912 2002年に切り絵にしたバイオリン職人、カルロ・ベットーリさんの5歳年下の弟、パオロ・ベットーリさん。彼の工房で制作されるバイオリンは現在日本でも評判が良いそうで、以前から気になっていた職人さんです。

昨年の10月、私のホームページを見た方からメールをもらいました。その方の娘さんがパオロ・ベットーリ制作のチェロを買ったとかで、彼の工房の切り絵もあったら良いなというリクエストでした。

じゃあご期待に応えましょうかってんで、取材を申し込みました。ベットーリさんも自分の制作した楽器を買った人からのリクエストなので、喜んで引き受けてくれました。

こういった経緯があると、職人さんの方でも協力し甲斐があるみたいですね。最近はコピー商品を作る中国人を警戒して取材を断る職人さんもいるし、私のやってる切り絵自体がよくわからないので、あまり興味を持てないから協力してくれない職人さんもいます。まあ、そういった職人さんでも、実際仕上がった作品を見て心を開いてくれる事もあるので、それはそれで嬉しいんですけどね。勿論、協力的であるに越した事はないのです。いろんな情報を持っていれば、より深い世界観が構築できる。

だから「この職人さんの切り絵作ってください!」ってリクエストは大歓迎ですので。(ただしイタリア限定。)いつ制作出来るかわからないけどね。

ベットーリさんの工房では家族全員でバイオリンの制作をされています。奥さんと息子さん2人と娘さん。私が取材に行った時は息子さん2人は海外へ出張中で会えませんでした。何度か日本にも楽器の展示会で来ているそうです。そのせいか社交的な一家でしたな。

「オレは生後8ヶ月の時に赤ちゃんコンテストで優勝したことがある!」なんて、どうでも良い情報まで教えてくれました。

今年の11月にも楽器の展示会で来日されるそうだから、その時までに作品を仕上げて見せれると良いな。・・・しかし、今年は10月に名古屋、12月に東京で個展をやる予定なので、スケジュールが詰まってるなあ。ハードな秋になりそうだ。

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2007年6月15日 (金)

手袋工房、マドバ。

Img_2953 制作の方が一区切り付いたので久々にブログを。今回から今年制作する予定の職人さんの紹介をします。

まずは手袋の工房「MADOVA」。ベッキオ橋の近くに店があります。昔私が住んでいた家の近くなので、店の存在は知っていましたが、販売しているだけなので工房はどこにあるのか謎でした。

今回の滞在で偶々、日本のデパートの方と知り合いました。最近はどこのデパートも年に1回はイタリアフェアをやるみたいで、その方もいろいろ職人さんの工房を回られてました。「良ければ手袋のマドバの工房に一緒にどうですか?きっと絵になる工房だと思うよ。」と誘ってもらったので、喜んで同行させていただきました。

マドバの工房は建物の中にあります。通りからは見えないわけだから、誰かに紹介してもらわないと知り合う事は不可能ですね。で、工房がどこにあったかと言うと、昔住んでいた家の真下でした。・・・同じ建物。「ここです。」と連れてってもらった時、ずっと出入りしていた扉だったのでビックリしました。工房のスタッフの方に「あなた、見た覚えがあるわね。」と言われました。

・・・ううむ。灯台下暗しとはこの事ですな。と言うか、不覚!下の階に工房があるという事に3年半も住んでいながら気が付かなかったなんて粗忽もいいとこです。これからは常にアンテナを張っておかないとな。

画像はマドバ工房の2代目、セルジオ・ドンニーニさん。現在74歳。14歳の時から職人仕事を続けているので60年の職歴。フィレンツェの職人の中でも長老クラスですね。画像は手袋の革を打ち抜く機械に型をはめている所。彼の傍らには奥さんがいまして、打ち抜かれた革をミシンで縫っていきます。気さくな方々なので、一通り手袋の作り方を教えてもらいました。手作りの手袋だと大変な手間と神経が使われている事がよくわかりました。

彼らは11月に大阪のデパートのイタリアフェアに出店するそうなので、それまでに作品を仕上げて見せに行こうと思ってます。

ちなみにこの店の創始者は3人いまして、それぞれの姓の頭文字を組み合わせたものが屋号の「MADOVA」になったのです。しかし「MA」と「VA」はその後引継ぎがいなかった為に消えまして、現在では真ん中の「DO」、ドンニーニ家のみがこの工房を続けているそうです。

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2007年6月10日 (日)

今年の職人さん達。

2007_255_2 今年の職人展で発表した作品、職人シリーズは9点です。

  • バイオリン職人、アルド・ソフォ・サンティーニ
  • 家具修復職人、ダリオ・ブラッツィーニ
  • オルゴール職人、ゴッフレード・コロンバーニ
  • マンドリン職人、ラファエレ・カラーチェJr
  • スカリオーラ職人、ファビオラ・ルンゲッティ
  • ミクロモザイク職人、フランコ・トラベルサーリ
  • 陶芸家、ロマーノ・パンパローニ
  • 彫金家、マルコ・バローニ
  • 木彫家、カルロ・プッチーニ

最後のカルロ・プッチーニさんの切り絵は昨年にも展示してるんですが、今年は彼自ら作品に合わせた額を作ってくれたので、もう一度持ってきました。流石にベテランの職人の手による額縁で、作品をはめてみたらすごく見栄えのするものになりました。近いうちに公開します。

さて、上記の職人さんの中で職人展にも参加していた方は2名、スカリオーラのファビオラ・ルンゲッティさんと陶芸家のロマーノ・パンパローニさん。

上の画像がファビオラ・ルンゲッティさんと撮ったもの。このおばさんは常に酒とタバコを手放さない。展示会の最中は飲んで無かったよなあと思っていましたが、この写真にはビールを入れたコップをしっかり持った姿が写ってますね・・・。

この方の店はピッティ宮殿の正面にあったのですが、ずっと店のシャッターが閉まってたので仕事辞めたのかと心配してたんですが、職人展に出てきてた!聞いてみると「場所代が払えなくなったから今後は自宅でやることに決めた。」のだそうです。まあ一安心ですね。元気そうで何より。

で、私はモデルになってくれた職人さんには日本の和菓子かイタリアの赤ワインのどちらかをお礼に持って行くのです。しかし、この方は甘い物が好きそうに見えない・・・。そこで名古屋名物、坂角総本舗の海老せんべい「ゆかり」を持っていったところ・・・。

「酒のつまみにピッタリだ!!」

と喜んでました。2007_256

下の画像はミクロモザイク職人、フランコ・トラベルサーリさん。見に来てくれました。他にも彫金家のマルコ・バローニさんも息子さんを連れて見に来てくれたのですが、一緒に写真を撮るのを忘れた。

それと陶芸家のロマーノ・パンパローニさんとも、うっかりして一緒に写真を撮り損ねました。残念・・・。

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2006年12月30日 (土)

今月の新作その3

Img_1884_3   いやー、何とか間に合いました。先月・今月と2ヶ月で3点新作を仕上げるという目標を達成!ここ最近は大掃除があったり、年賀状の宛名を書いたりと雑事が多かったけどノルマを果たせて気分良いな♪

スカリオーラ職人のファビオラ・ルンゲッティ女史。サイズは55×45cm。

「スカリオーラ」とは石膏にはめ込み細工を施す伝統技術です。板状にした石膏に模様を彫刻し、顔料や蜜蝋を混ぜた石膏を流し込み、表面が均一になるように削って仕上げる。フィレンツェ風モザイクと似ていますが、自由に色が使えることと、モザイクよりも安価で早く作品が仕上がります。また、石膏は適切な処理をすれば、大理石に劣らない硬度を持ち、研摩、カットして光沢を出すと、大理石とはまた違った、暖かみのある作品となる。

今回の作品の場面は色大理石をはめ込んだ(ように見える)テーブルが完成する寸前、ヘラで顔料を混ぜた石膏を塗りつけて気泡を埋めていく所。この後表面が均一になるように削って完成。Img_1885

けっこう美人に描けたので本人も満足するだろう。

さーて、次は1ヶ月以上かけてバイオリン職人をやりますか。バイオリン職人の切り絵は前にも作っているので「前の作品の方が良かった。」なんて言われないように気合入れて行きますか!!一部、圧倒的に「バイオリン職人の切り絵を!」という声もある事だしな。

でも明日は部屋の掃除をしよう。私の部屋だけ紙屑だらけだしな。で、やっぱり正月ぐらいはのんびりすっか。

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2006年12月11日 (月)

今月の新作その2。

Img_1872_1 今月2点目の新作完成!!陶芸家のロマーノ・パンパローニさんです。サイズは40×50cm。粘土関係の職人さんの切り絵って初めてですね。

予定より1日遅れちゃいました。まあ今月後20日あるので、この程度の作品なら頑張ればもう1点仕上がる!

フィレンツェ郊外の元々貴族の庭として使われてた所に工房を構えてまして、陶芸教室もやっているので、多くのお弟子さんたちに囲まれています。アットホームな雰囲気でしたね。作品でも後ろの方でお弟子さん達がコーヒーを飲んでおやつを食べてます。

ロマーノさんの奥さんが絵付けをしているので、ロマーノさんはろくろ担当です。職人展のデモンストレーションでもこの方がろくろを回すのを見ましたが、文字通り彼の手の中から茶碗や壷が生まれて生きました。手練の技ですね。あの時、デモンストレーションを見ていた他のお客さんが言ってましたが「彼がやってるのを見るとすごく簡単に作っていけるようだけど、実際に我々がやるとすごく難しいんだろうね。」と・・・。私も昔ちょっとだけろくろをいじってみた事はありますが、ちょっと気を抜くと指がズブズブっといっちゃったりして、まともな物が出来ませんでしたな。(だから陶芸をあきらめて切り絵一筋になったのですが・・・。)

Img_1873 さて、今回開発した新技ですが、今までエアブラシを使って色付けする場合、一つのパーツに1方向から影を付けるだけだったのですが、今回はマスキングして多方向から影を付けてあります。こうするといろんな方向から光が当ってるみたいで、おもしろい効果が出ました。まあ、あまり小さいパーツではやる意味が無いんですけどね。ともあれこの技術、今後も使えそうです。

さ~て次回はスカリオーラ職人のファビオラ・ルンゲッティさん。まだアイデアスケッチすら終わってないけど、年内に何とか仕上げるぞ!スケジュール的にきついけど、やらないと5月の職人展に取材した全員の職人さんの切り絵が間に合わないもんね。

それにつけても・・・ああ、たまには飲みに行きてえ!!(俊寛、心の叫び)

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2006年12月 7日 (木)

今月の新作その1。

Img_1869 2日前には完成してたんですけどね。ブログに書こうとしたら、メンテナンス中で全ての作業が出来ませんでした。丸2日も使えないのが続くと不便です。

というわけで今月の新作1点目、ミクロモザイク職人のフランコ・トラベルサーリさんです。(クリックすると大きい画像が出ますので。)サイズは50×50cmです。私の作品って色調が統一された物が多いので、今回のように派手な色使いの作品って珍しいですが、いかがなものでしょうか?

2枚目のの画像は顔付近のアップです。トラベルサーリさんの向こうに見えるプリングルス(ポテトチップ。日本でも売ってます。)の筒が妙にかわいい。大きさが丁度良いらしくて、材料の色ガラスのバーを入れるのに使ってます。Img_1871 こういう作品の本質にあまり関係無いんだけど、職人の個性が表れてる物を描くのって楽しいですね。(例、壁に貼ってあるHなカレンダーとか・・・。)

他にも小さい三脚に置いてあるポストカード、これはミケランジェロのシスティナ礼拝堂の「アダムの創造」の一部ですね。(指と指を合わせた場面が映画のETの有名なシーンみたい。)

棚の上に置かれた絵葉書やアンモナイトの化石、ピオ神父(最近、聖人に列せられた人。)の肖像など、いろんな物があるので制作を進めてて楽しかったですね。

さてミクロモザイクですが、これは微細なガラス片で点描のように仕上げるという物で、ローマ・モザイクとも言います。1枚目の画像の左下に束ねられた乾麺みたいなものがありますが、これが細く伸ばした色ガラスの束です。人物の向こうにある棚にも、さまざまな色ガラスの束が置かれています。Img_1870_1

3枚目の画像がトラベルサーリさんが制作中のモザイク。見やすいように向きを90度、変えてあります。わかりにくいかもしれませんが、ベネチアの風景ですね。金属の小箱に油粘土を敷いて、均等な長さにカットした色ガラスのバーをピンセットでつまんで、油粘土に刺して行く。全て刺し終わったら接着剤で固めて磨いて完成と。幅3mm程度のガラス片を並べていく作業なので、かなりの根気が必要とされます。

さて、1点終わったので次回作。陶芸家のロマーノ・パンパローニさんの切り絵が切リ終えた段階までやってあったので、2日前から色をつけて貼る作業に入っております。スケジュール的にこれを10日までに仕上げなきゃなりません。で、今月の残り21日間でもう一点新作を、下絵から始めて完成させると。・・・かなり大変ですね。

にもかかわらず、ロマーノさんの切り絵の色付けで新しい技を編み出したので(何か、熱血少年漫画のノリだなあ。)余計に時間がかかる方法で現在制作を進めております。どうなるものだかねえ。

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2006年7月28日 (金)

仲のいい職人さん、その2

Penko001 前回に引き続き、仲の良い職人さんの紹介です。

彫金家のパオロ・ペンコさん。画像は3年前の職人展でペンコさんのブースにて。ペンコさんについては、ホームページやこれまでのブログでも度々登場してます。

前回のブログで紹介したバンキさん達が職人という事を離れても友達でいられるのに対して、この方はお互い職人であるから友達になったのです。

知り合ったのは、2002年、コルシーニ庭園での職人展でペンコさんのブースを見て、その数日後、偶然彼の店の前を通りかかったので「ああ、この店だったのか。」と外から中を見ていたら、正面で仕事をしていたペンコさんと目が合って「やあ。」といった感じでドアのロックを開けて招き入れてくれた。後でペンコさんの弟子のA嬢(日本人です。2年前から働いてます。)あまりお金無さそうな人は店に入れないから、珍しい出来事なんだそうです。あの時は色あせたシャツに迷彩ズボンにサンダル履きっていう、見るからにやる気の無さそうなかっこだったから、よく入れてくれたもんだよね。

で、その時から彼の切り絵を作る事になり、度々通ってました。ペンコさんはけっこう人見知りする性格だったらしく、あまりお喋りはしませんでした。しかし、それでも何かエネルギーをもらってるような気がして、店を出る時には「よーし!やるぞー!」と気合が入ってましたな。

翌年、ペンコさんの推薦で職人展に参加することになり、フィレンツェに滞在中はちょくちょく油を売りに行ってます。最近ではペンコさんもすっかりくだけて、オヤジギャグを連発している。・・・背は高いし、男前だし、職人としても一流だし、奥さんはすごい美人だから(もうボッティチェッリ描くところのビーナスみたいに)かっこいいなあと思ってたんですけどねえ。

後にA嬢から聞いた話ですが、ペンコさんも私の事をすごく高く評価してくれてまして、何かあれば私の事を引き上げようとしてくれてます。こうなると、ほとんど私の兄貴分といった感じです。

また、昨年の職人展の前日に「俊寛は今年どんなのを出すんだ?」と聞かれたので、「職人シリーズ8点、ミニシリーズ15点・・・とにかく去年出した物よりは確実に良くなってるよ。」と言った。「フーン。でも、うちの作品もすごいぞ。」と言うので「いや、うちのだってかなりいいはずだ。」「いやいや、うちのだって・・・。」などと、段々お互いのテンションが上がって行き、両者の中間でバチバチと火花が散った。私に対してライバル意識さえ持ってくれてるみたいです。ちなみにペンコさんの弟子のA嬢は、親方の事をものすごく尊敬していまして、その親方すら尊敬する男が俊寛なわけなので、この2人が闘志を燃やす場面を目撃して、喜びのあまり悶絶していた。

日本に出発前、最後にバンキ父子とペンコさんの所に挨拶に行ったのですが、バンキさんたちとは、バールでゆっくり飲み物を飲んだ後、全身で抱き合って別れを惜しんだのですが、その後ペンコさんの店に行ったら、間の悪い事にお客さんが来てました。だからほとんど時間は無かったのですが、それでもペンコさんは一生懸命、出来るだけいろんな事を言わなきゃと努力してたみたいで、そわそわしてましたな。何か、すごくペンコさんらしい別れ方で、私はすごく満ち足りた気分で帰国の途につきました。

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2006年7月27日 (木)

仲のいい職人さん、その1

Banchi004 5年前からフィレンツェの職人シリーズを始めて以来、いろいろな職人さんに出会って来ました。その中で一番良い友達になれたのは、やはりこの方々のようです。前回のブログで登場した、ブロンズ職人のバンキ父子。

画像は3年前、私が初めて参加した職人展にて。ランベルト・バンキさんと私。ギター侍ではない。

彼らも職人展に毎年参加する常連ではあるが、知り合ったのは職人展を通じてではなく、フィレンツェの職人について書かれた本を片手に直接訪ねて行って知り合った。この時に手にしていた本は、バンキさんの日記の日本語訳をした中嶋浩郎さんの書いた本「フィレンツェ職人通り」でした。この本の他にも職人関係の本は2冊出ていまして、その全てにランベルト・バンキさんは登場しています。

知り合ってからはよく家に招かれ、昼ごはんをご馳走になったりします。私も台所を借りて、日本料理を作ったりしました。彼らは2001年に東京の伊勢丹で開催されたイタリア展で来日しているのですが、その時から和食が大好きになったんだそうです。「次に日本に行ったら蛇を食べたいなあ。」なんて言ってました。テレビで蛇を食べている所を見たんだそうです。私もまだ蛇を食べた事は無いんですけどね・・・。2001年の日本滞在は彼らにとっては本当に楽しかった思い出らしく、いまだにこの話が出てきます。「それにしても、日本は良かったなあ・・・。」なんて感じで。

毎回お世話になっているので、ささやかながらお土産にドラ焼きを持って行ってます。「わあ、アズキのケーキ!!」って感じで喜んで食べてますね。

Banchi0062枚目の画像は2年前の職人展にて。右が息子のドゥッチョ・バンキさん。私より3歳年上だったかな。元々電気技師の仕事をしていたけど、10年前に工房を継ぐことに決めて修行を始めました。だからだいたい修行の年数は私と同じぐらいですね。

この父子、2人とも純朴で優しくて無邪気な性格で、一緒に時間を過ごすだけで周りの人を幸せにするような、そんな人たちです。つまり「いいひと」なんだけど、この方々に関しては並みのいい人じゃないのです。なんて言うのか表現に困るのですが、天使のような人達とでも言えばよいのでしょうか・・・。この世の中に彼らのような人がいる事が奇跡のような気がする。

バンキさんたちは私の事をほとんど家族のように扱ってもらってます。まあ、今後どんどん付き合いが深くなっていく職人さんも出てくると思いますが、やはりバンキ父子は私にとっては特別な人達ですね。

さて、バンキ父子とは別の意味で仲のいい職人さんがいますが、彼については次回のブログで。

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2006年7月26日 (水)

仕事ばんざい-ランベルト君の徒弟日記

Banchi003_1 今回は本の紹介です。

画像1は1987年にフィレンツェで出版された本「見習い職人の日記」。作者は私の友達でフィレンツェのブロンズ職人、ランベルト・バンキさん。ブロンズや真鍮を使って彫刻が施された時計や装飾された鏡、写真立てやランプ、燭台、家具のとってなどを作る。

ランベルトさんは現在73歳、小学校卒業後にブロンズ職人の工房に入って修行を始めました。第2次大戦が終わって1年後、ランベルトさんはまだ13歳の時でした。(当時は義務教育は小学校までだったのです。小学校卒で徒弟になった職人は、このランベルトさんが最後の世代でしょうね。)その時お母さんに「字を忘れないように毎日、日記をつけなさい。」と言われて、見習いになった初日から約8ヶ月の間書いたものです。

簡潔な文体で、親方から糸ノコやヤスリの使い方を習ったり、ご褒美にチョコレートキャラメルをもらったりした事、お使いに出されたり、糸ノコの刃を折ってしまったりと、徒弟が親方の下で仕事を覚えていく様子が記録されています。考えてみれば、職人が少年時代を思い出して書かれた回想録ではなく、修行中の子供の目から見た職人の世界の記録なので、資料としても価値がありますね。

ちなみに上の画像で表紙に書かれている絵は、ランベルト少年が描いた親方の似顔絵。「僕の親方」と下に書いてあります。Banchi002_2

で、下の画像が中央公論から1992年に出版された日本語版の「仕事ばんざい-ランベルト君の徒弟日記」です。なかなか味わい深い内容なので、中学生あたりの課題図書にしてもいいと思うのですが、残念ながら絶版になってます。

私はランベルトさんと知り合った時に、イタリア語版はもらったのですが、日本語版も欲しくなったので探していたのですが、見つからず。幸い図書館の閉架にはあったので、時々借りて読んでいたのです。仕事を始めた時の新鮮な喜びとか、普通の生活の中で発見した幸せとか、何となく読んでておだやかな気分になる本ですな。私が知ってるランベルトさん自身、少年がそのまま大きくなっちゃったみたいな純粋な方だから、余計思い入れが強くなるのかもしれませんけどね。

で、今回の滞在中にこの本の翻訳をした中嶋浩郎さんという方と知り合い、1冊プレゼントしていただきました。(また物をもらってる・・・。)中嶋さんはフィレンツェ大学で日本語を教えているのですが、ランベルトさんの友達でもあります。

以下は日本語版のあとがきの要約。

現在の日本では子供を取り巻く環境が悪化して来ている。その背景として学歴社会とか競争社会、金権主義など日本社会のあり方に関わる根深い問題がある。では、この状況を改善させる一つとして「働く事の意味」を考えてみる必要があるのではないでしょうか?子供たちに働く事の喜びを与える事が、大人に果たされた大きな問題なのです。

まあ、働く事の喜びとは子供だけでなく、大人にとっても重要ですからね。ですから、皆さんも是非この本を読んでみてください。図書館にはあるかもしれません。

仕事ばんざい-ランベルト君の徒弟日記

著者 ランベルト・バンキ

編者 小泉和子

訳者 中嶋浩郎

発行所 中央公論社

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2006年7月21日 (金)

ある偶然から。

トリノからフィレンツェに戻って、しばらくの間はのんびりと過ごしていました。

知り合った職人は合計して30人以上。帰国3日前からあいさつ回りをしていくのですが、あいさつしなきゃならん人は職人だけじゃないので、ほとんど一週間前からいろんなところに顔を出して「多分、今年はこれでお別れになるのでお元気で。」てな事をやってました。

Image117画像はステンドグラス職人のマリオ・スパタリさん。(詳細は私のホームページをご覧下さい。)彼は私が職人展に参加する前年に観客として見に行った時に展示していた職人さんです。翌年からは職人展に参加する事はなかったのですが、 一応毎年あいさつには行ってます。

ただ今年はマリオさんとは結局会えなくて、私が顔を出した時はいつも長男のディエゴ・スパタリさんが働いてました。

しばらくディエゴさんと世間話をしてまして、今年の職人展に誰が出てたのか聞かれました。たまたま職人展のカタログを持っていたので、見せてあげた。

「ああ、この婆さん、まだ生きてたのか。」

「この人アル中だよな。オレは展示会に一緒に参加した時に、ずっと飲み続けていたのを見たぞ。」

「ああ、この人は貴族の出だ。職人としてはたいした腕じゃないけど、こういう人からは参加料取らないんだよな。で、オレ達からはきっちり参加料を取ると。」

なんて悪気は無いものの失礼な事を言って、二人で笑ってました。(最後のは聞き捨てならん話だが・・・。)

ところが、笑いながらカタログのページをめくってたディエゴさんの顔色がサッと変わった。ヴィンチェンツォ・ティローニさんのページでした。北イタリアのトレントから来た職人さんで、銅で鍋やフライパンを作る方です。フィレンツェには銅製品の職人さんが私の知る限りはいないので、展示会の時に珍しいなと思い見てました。

「この人の連絡先、控えてもいいかな?」とディエゴさんに言われた。別に構わないけど何でさ?と聞くと、

「この人の苗字、オレと同じなんだ。」

「?」

「オレには二つ苗字があるんだ。スパタリとティローニ。」

よくよく聞いてみると、ディエゴさんの本当のお父さんは彼が小さい時に亡くなられて、その後お母さんはマリオ・スパタリさんと再婚したので、ディエゴさんもスパタリ家に実のお父さんの苗字を残したまま入ったんだそうです。

で、ティローニ家というのは北イタリアのベルガモの高名な銅職人の家系なんだそうです。ティローニという苗字もイタリアであまり多い苗字ではない。唯一ひっかっかるのは、場所がベルガモとトレントの違いがあるという事ですが、山を一つ挟んでるけど直線距離にすればせいぜい50キロ程度です。ひょっとして親戚かもしれない。

「オレの叔父さんだったりしたらいいな・・・。」

と言ってました。思わぬ展開にびっくりしました。本当に親戚だったら良いよね。ディエゴさんは近いうちに電話してみて、お父さんの親戚だったらいろいろ話を聞きにトレントに行くんだそうです。

あいにく、この後彼らの工房を訪ねる事は出来ずに帰国してしましました。この話の結末がどうなるか、それは来年の楽しみですね。

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2006年7月17日 (月)

ナイフ職人、ジャコモ

Img_1801_1 ずーっと今年の職人展に展示した切り絵のモデルになった職人さんの紹介をやってますが、ようやく今回で最後。なーんか、すごい長くかかったような気がするなあ。

ナイフ職人のジャコモ・チェッキさん。ナイフの工房「サラディーニ」の4人の幹部の一人。昨年、一昨年の職人展に参加していたので知り合いました。

彼らの工房は、フィレンツェからバスで北へ1時間、スカルペリアという所にあります。一応ここもギリギリでフィレンツェの範囲内。この地は中世の頃よりフィレンツェの国境だったので、軍隊が駐留していました。その為に武器の生産が盛んで、これらの技術が現在でも伝えられ刃物の生産が行われています。毎年6月には刃物祭りが開かれる。

最近、工房を拡張したとかで、ゴタゴタしていた為に職人展は不参加。ジャコモさんも別の場所で働いていたそうなので、電話してもなかなか連絡がつきませんでした。そうこうしている内に職人展も終わって、私の帰国も迫ってきたので、しょうがない直接見せに行くかと思い作品をかかえて行って来ました。最近フィレンツェでは近郊に行くバスが減ってるみたいで、けっこう大変でしたな。

で、工房を訪ねてみたら、2階の事務所兼ショウルームに留守番の女の子が2人いたので、事情を話したら新しい工房へ電話してくれました。「日本人の子が赤ワインをお土産に持って来てるわよ」と言ったら忙しかったらしいけど早速やって来た。作品を見せたら喜んでくれまして、「ちょっと待ってろ。」と言って下の工房に降りて、ステーキ用のナイフに銀のプレートを付けて「Shunkan」と彫って私にプレゼントしてくれました。嬉しいねえ。

そういえば、昨年の職人展で私が優勝した時も、壇上に駆け上がって「おめでとう俊寛!!」と言ってガシッと握手をしてくれましたな。熱い男だ。

Img_1802_1_1  2枚目の画像は、ジャコモさんにバス停まで車で送ってもらった時に「そうだ、いい物を見せてやるよ。」と遠回りしてくれた場所です。

画像ではわかりにくいかもしれませんが、群生しているのはひなげしです。5月はこの花が咲く季節で、そよ風に花が揺れるのが風情があって好きな花です。これだけたくさん咲いてるのは珍しいですね。

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2006年7月16日 (日)

ガラス工房、ロッキ

Img_1511 画像1枚目は職人展にて。クリスタルガラス工房「モレリア・ロッキ」の職人の一人、エンリコ・オルミさんと。この工房も職人展の常連です。ちなみに写真でエンリコさんが着けているエプロンは職人展用で、展示会のロゴが入っています。このエプロンは参加者に貰えるわけではなく、買わなきゃならない。確か2千円ぐらいしたかな。最近はこのエプロンを着けて参加する職人も少なくなった。そりゃ、高いもんなあ。

2枚目の画像は工房にて。クリスタルの花瓶にグラインダー(回転やすり)を使って切子模様を入れていくエンリコさん。Locchi001_1 フリーハンドで複雑な模様を入れていく。このグラインダーをイタリア語で「モーレ」と言いまして、モーレを使う工房だからモレリア・ロッキという屋号なのです。ロッキというのは社長さんの苗字です。

花瓶の他にも塩やオリーブオイルを入れるグラスや瓶、大きい物だとシャンデリアなんかも制作されてます。

この工房には他に4人の職人さんが働いていますが、社長さんはパオラ・ロッキさんという女性。いい感じで貫禄がある方です。だいたい私の母親よりちょっと上の世代かな。この方にもモデルになってくれたお礼にと、ワインを持って行きましたら、

「まぁー、可愛い事してくれるじゃない、この子ったら!」

と言われました。その時ほっぺたをペチペチと叩かれた・・・。私の兄貴分とも言うべき彫金家のパオロ・ペンコさんとその奥さんは、かなり威厳のある夫婦であるが、その彼らにしてもロッキ夫人にとっては坊ちゃん嬢ちゃんになるらしい。私なんかは更にその下になっちゃうわけですな。

で、職人展ではロッキ夫人と一緒に写真を撮れなかったので(電池切れで。)何日か後に工房に作品を携えて行って来ました。

その時に「この前の赤ワインのお礼」という事で、彼らの手によるクリスタルガラスの一輪挿しをプレゼントしてもらいました。かなり高価な物のはずだから、私は狼狽しまして「いや、そんな、奥様そのような事をされては・・・。」と止めたのですけどね。結局、喜んでいただいてきました。次の名古屋の個展で机の上に置こうかなと思ってます。写真撮って送ろうかなっと♪

さて、ロッキ夫人と撮った写真ですが、私は最初エンリコさんと撮った写真のように絵の前で2人で並んで撮ってもらおうと思ってました。これは他の職人さんと撮る時も同じですね。ところがロッキ夫人は

「そうじゃなくって、絵を挟んで2人で見つめ合うのよ!!」

「え、こ、こうですか・・・。」Img_1655

と、こうして撮った写真が3枚目の画像です。いやあ、すごいね、イタリア女は・・・。海千山千の女性に手玉に取られたような気分でしたな。見事に一本取られて工房を後にする俊寛でした。

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2006年7月14日 (金)

ブロンズ職人、カルチナイ兄弟

Img_1518 上の画像は職人展にて、ブロンズ職人の工房「ブロンゼット」代表のシモーネ・カルチナイさんと。作品は一番上に展示しているやつ。1月30日から3月3日までのブログで作品を公開してます。今の所一番大きい作品です(100×70cm)。

彼らの工房も職人展の常連です。毎回楽しそうに展示してますね。時々白ワインの紙コップを片手に私のブースを見に来る。私の作品には壁にフィレンツェのサッカーチームの写真やヌードカレンダーなんかが描き込んであるので、私の作品とワインの紙コップを手にしたシモーネ君を一目見るだけで、どんな性格なのかわかっちゃいます。

サッカーと女とワインが好き。

・・・典型的なイタリア人ですね。おまけに仕事中もめちゃくちゃな歌をうたってるし。

Img_1523_1 下の画像、右側で腕を組んでるのがシモーネの弟のピエルフランチェスコ君。真ん中に居るのは昨日のブログで登場したモザイク職人のスカルペッリさんの娘、カティア姐さん(既婚、子持ち)。彼らのブースは毎年隣で展示しているので仲が良いそうです。時々連れ立って歩いてますね。兄貴のシモーネ君はレオナルド・スカルペッリを連れて、私のブースに来て「ほら、どうだ、オレの工房の切り絵が一番いい作品だろう♪」なんて自慢しまくってた。

・・・なんだか悪ガキがそのまま大人になったような感じですね。彼らとは歳が近いので、何度か飲みに行きました。愉快な連中だった。まあ、一見がさつな連中に見えるけど、これですごく気を使ってくれます。

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2006年7月13日 (木)

モザイク職人、スカルペッリ父子

Img_1512  ワールドカップが終わってもまだまだジダン対マテラッツィの騒ぎは続いているし、日本でも北朝鮮のミサイルの問題など、世間はいろいろ忙しく動いてますが、私は相変わらず新作の下絵と格闘しております。サイズがでかいの難しく、ここ数日気合が空回りしている状況でしたが、ようやくイメージが固まりって来ました。まあ、悩んだ分だけ良いものは出来るはずですかな。

で、ブログの方は未だに職人展のレポートだったりする。もはや2ヶ月も遅れてるなあ。

今回は1月19日から29日までのブログで発表した、モザイク職人のスカルペッリ父子。父レンゾさんと息子のレオナルドさんを描いたもの。

画像は職人展でレオナルドさんと。レンゾさんとも撮りたかったけど、カメラの電池が切れてて断念した。彼らも職人展の常連です。

Puccini003 2枚目の画像は彼らの作品。様々な色の石を板状に切って、寄木細工のように組み合わせて表現する。これがフィレンツェ式のモザイクです。画像下側に写っているのは、風景画の一部で道の部分。色ごとに違うパーツが使われているのがよくわかると思います。

これらはまだ彼らとしては簡単な作品。より複雑で大きい物もあり、見事な装飾が施されたテーブルなんかは日本円にして1千万円以上の値段が付いてます。工程の難しさとかかる時間を考えれば、納得できる値段ですね。

Puccini002 3枚目の画像は、石板を回転ノコで切っている所。小指の爪程度の小さいパーツもこれで切っているから、一歩間違えると指が飛びかねない。考えてみると、よくもこんな恐ろしい事が出来るもんだよね。

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2006年7月 4日 (火)

木彫職人、カルロ

Img_1525 久々に職人紹介です。木彫職人のカルロ・プッチーニさん。職人展の私のブースにて。彼はこの職人展に参加しているわけではないのですが、今年は彼の切り絵を展示したので、奥さんを連れて見に来てくれました。

作品は向かって右側の上。光が反射して何が描いてあるかまったくわからないですね。

下の画像が工房の様子。眼鏡をかけてると別人みたいですね。木製の燭台を作っている所。のみで木材を彫るのだけでなく、金箔を貼ったり色を塗って金属のように仕上げた後、わざと汚して骨董品のように仕上げたりも出来る。

この方の工房は私が昨年・今年と下宿していた家の近くでして、外出する時はほぼ毎回工房の前を通るので、ある日モデルになってくれるよう頼んだのです。最近は友人からの紹介か職人展で知り合う事が多いので、自力で開拓したのは珍しい。

Puccini001下宿から近かったため、よく立ち話をしたのですが、展示会前にポロッと「毎回、額縁を用意するのは大変だ。」と言ったら、「じゃあオレの額を使えばいいじゃないか。」と言ってくれました。展示会寸前だったし、サイズ的に合わなかったし、傷でも付けたら大変なので断りましたが、そう言ってくれた事はすごく嬉しかったです。カルロさんとしても和風の切り絵とイタリア的な自分の額を合わせてどうなるか興味があったらしい。まあ、確かに毎回間に合わせの額なので、一度ちゃんとした額に収めてみたいと思ってはいましたが。話し合いの結果、来年一点だけ借りることにしました。という事は来年も職人展に参加するという事になっちゃいましたけどね。(ああ、お金が・・・。)

今回いろんな物をもらいましたが、物だけでなく、いろんな好意も受けて来たと思います。・・・何もかも物をもらっちゃったら、かえって困るでしょうしね。「オレが作ったタンスだ!持ってけ!」とか「鉄の扉」とか「街灯」とか、そういう物を日本まで運ぶのは無理だ。

ところでカルロさんは今回初めて職人展を見に来たのですが、大いに興味を持ったそうで、来年は参加するつもりなんだそうです。

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2006年7月 1日 (土)

家具修復職人、マリオ