2006年7月31日 (月)

イタリアからの帰国。

職人展と工房の取材、取材を兼ねた小旅行と、やるべき事は全て終えて帰国の途についたのは5月31日。飛行機に乗っている時間、帰国してからの制作の計画や今回の滞在で得たものについて考えていました。

7月14日のブログで登場したブロンズ職人のシモーネ・カルチナイ君、女、サッカー、酒が大好きという典型的なイタリア男だが、職人としてはすごく謙虚なやつでした。普通、こういうタイプは良くも悪くも自信家である事が多いのですけどね。

工房の写真に彼と一緒に写っている年配の職人さんを指して「この人、シモーネの師匠かい?」と聞いた時に「師匠って言えば師匠だけど、オレにとっては周りの人はみんな師匠だよ。俊寛、お前もな。」と答えた。多少、優等生過ぎる返事だなとその時は思った。

後日、シモーネ君に紹介してもらった木彫家のマッシモ・バルディーニさんの所に取材に行きました。いろいろお喋りしてる時に、5,6年前に亡くなったシモーネ君たちのお父さんについての話が出ました。

「病気で亡くなったんだけど、後に残していく息子たちの事を相当心配してたんだがな・・・。」

この言葉を聞いた時、シモーネ君が何故あそこまで謙虚でいられるのか、わかったような気がしました。多分、マッシモさんみたいな人たちに見守ってもらっているという事を、常に意識していたんだと思う。

まあ、それは考えてみれば、私も同じ事ですな。多くの職人さんだけでなく、普段の生活の中で支えてくれている家族や親族、友人たちや、イタリア・日本で志を持って修行している若い者たち(こう書くとおじさんぶってイヤミかもしれんが、最近の留学生を見て若いなあと感じる事もあるので・・・。)個展や展示会、ネットを通じて知り合った多くの人々。私にとって、それらの人たちの寄せてくれる好意と期待がどれほど制作の原動力になっている事か!私がみんなに対して報いる術があるとすれば唯一つ。「見た人が幸せになれる作品を作る事」これしかないのだ。そして、それは人と人とのつながりの中で自分の位置を意識していく作業でもある。

以上は常々思っていた事ではあるが、シモーネ君との付き合いでそれを再確認させてくれた。どうも制作が行き詰まると、初心を忘れて殺気立って来る事もあるので、年に一度のイタリア滞在は、自分への良い意味での刺激を与えてくれるみたいですね。

と言う訳で、長いイタリア滞在のレポートでしたが今回で最終回です。2ヶ月もかかっちゃいましたね。やれやれ。

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2006年7月28日 (金)

仲のいい職人さん、その2

Penko001 前回に引き続き、仲の良い職人さんの紹介です。

彫金家のパオロ・ペンコさん。画像は3年前の職人展でペンコさんのブースにて。ペンコさんについては、ホームページやこれまでのブログでも度々登場してます。

前回のブログで紹介したバンキさん達が職人という事を離れても友達でいられるのに対して、この方はお互い職人であるから友達になったのです。

知り合ったのは、2002年、コルシーニ庭園での職人展でペンコさんのブースを見て、その数日後、偶然彼の店の前を通りかかったので「ああ、この店だったのか。」と外から中を見ていたら、正面で仕事をしていたペンコさんと目が合って「やあ。」といった感じでドアのロックを開けて招き入れてくれた。後でペンコさんの弟子のA嬢(日本人です。2年前から働いてます。)あまりお金無さそうな人は店に入れないから、珍しい出来事なんだそうです。あの時は色あせたシャツに迷彩ズボンにサンダル履きっていう、見るからにやる気の無さそうなかっこだったから、よく入れてくれたもんだよね。

で、その時から彼の切り絵を作る事になり、度々通ってました。ペンコさんはけっこう人見知りする性格だったらしく、あまりお喋りはしませんでした。しかし、それでも何かエネルギーをもらってるような気がして、店を出る時には「よーし!やるぞー!」と気合が入ってましたな。

翌年、ペンコさんの推薦で職人展に参加することになり、フィレンツェに滞在中はちょくちょく油を売りに行ってます。最近ではペンコさんもすっかりくだけて、オヤジギャグを連発している。・・・背は高いし、男前だし、職人としても一流だし、奥さんはすごい美人だから(もうボッティチェッリ描くところのビーナスみたいに)かっこいいなあと思ってたんですけどねえ。

後にA嬢から聞いた話ですが、ペンコさんも私の事をすごく高く評価してくれてまして、何かあれば私の事を引き上げようとしてくれてます。こうなると、ほとんど私の兄貴分といった感じです。

また、昨年の職人展の前日に「俊寛は今年どんなのを出すんだ?」と聞かれたので、「職人シリーズ8点、ミニシリーズ15点・・・とにかく去年出した物よりは確実に良くなってるよ。」と言った。「フーン。でも、うちの作品もすごいぞ。」と言うので「いや、うちのだってかなりいいはずだ。」「いやいや、うちのだって・・・。」などと、段々お互いのテンションが上がって行き、両者の中間でバチバチと火花が散った。私に対してライバル意識さえ持ってくれてるみたいです。ちなみにペンコさんの弟子のA嬢は、親方の事をものすごく尊敬していまして、その親方すら尊敬する男が俊寛なわけなので、この2人が闘志を燃やす場面を目撃して、喜びのあまり悶絶していた。

日本に出発前、最後にバンキ父子とペンコさんの所に挨拶に行ったのですが、バンキさんたちとは、バールでゆっくり飲み物を飲んだ後、全身で抱き合って別れを惜しんだのですが、その後ペンコさんの店に行ったら、間の悪い事にお客さんが来てました。だからほとんど時間は無かったのですが、それでもペンコさんは一生懸命、出来るだけいろんな事を言わなきゃと努力してたみたいで、そわそわしてましたな。何か、すごくペンコさんらしい別れ方で、私はすごく満ち足りた気分で帰国の途につきました。

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2006年7月27日 (木)

仲のいい職人さん、その1

Banchi004 5年前からフィレンツェの職人シリーズを始めて以来、いろいろな職人さんに出会って来ました。その中で一番良い友達になれたのは、やはりこの方々のようです。前回のブログで登場した、ブロンズ職人のバンキ父子。

画像は3年前、私が初めて参加した職人展にて。ランベルト・バンキさんと私。ギター侍ではない。

彼らも職人展に毎年参加する常連ではあるが、知り合ったのは職人展を通じてではなく、フィレンツェの職人について書かれた本を片手に直接訪ねて行って知り合った。この時に手にしていた本は、バンキさんの日記の日本語訳をした中嶋浩郎さんの書いた本「フィレンツェ職人通り」でした。この本の他にも職人関係の本は2冊出ていまして、その全てにランベルト・バンキさんは登場しています。

知り合ってからはよく家に招かれ、昼ごはんをご馳走になったりします。私も台所を借りて、日本料理を作ったりしました。彼らは2001年に東京の伊勢丹で開催されたイタリア展で来日しているのですが、その時から和食が大好きになったんだそうです。「次に日本に行ったら蛇を食べたいなあ。」なんて言ってました。テレビで蛇を食べている所を見たんだそうです。私もまだ蛇を食べた事は無いんですけどね・・・。2001年の日本滞在は彼らにとっては本当に楽しかった思い出らしく、いまだにこの話が出てきます。「それにしても、日本は良かったなあ・・・。」なんて感じで。

毎回お世話になっているので、ささやかながらお土産にドラ焼きを持って行ってます。「わあ、アズキのケーキ!!」って感じで喜んで食べてますね。

Banchi0062枚目の画像は2年前の職人展にて。右が息子のドゥッチョ・バンキさん。私より3歳年上だったかな。元々電気技師の仕事をしていたけど、10年前に工房を継ぐことに決めて修行を始めました。だからだいたい修行の年数は私と同じぐらいですね。

この父子、2人とも純朴で優しくて無邪気な性格で、一緒に時間を過ごすだけで周りの人を幸せにするような、そんな人たちです。つまり「いいひと」なんだけど、この方々に関しては並みのいい人じゃないのです。なんて言うのか表現に困るのですが、天使のような人達とでも言えばよいのでしょうか・・・。この世の中に彼らのような人がいる事が奇跡のような気がする。

バンキさんたちは私の事をほとんど家族のように扱ってもらってます。まあ、今後どんどん付き合いが深くなっていく職人さんも出てくると思いますが、やはりバンキ父子は私にとっては特別な人達ですね。

さて、バンキ父子とは別の意味で仲のいい職人さんがいますが、彼については次回のブログで。

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2006年7月21日 (金)

ある偶然から。

トリノからフィレンツェに戻って、しばらくの間はのんびりと過ごしていました。

知り合った職人は合計して30人以上。帰国3日前からあいさつ回りをしていくのですが、あいさつしなきゃならん人は職人だけじゃないので、ほとんど一週間前からいろんなところに顔を出して「多分、今年はこれでお別れになるのでお元気で。」てな事をやってました。

Image117画像はステンドグラス職人のマリオ・スパタリさん。(詳細は私のホームページをご覧下さい。)彼は私が職人展に参加する前年に観客として見に行った時に展示していた職人さんです。翌年からは職人展に参加する事はなかったのですが、 一応毎年あいさつには行ってます。

ただ今年はマリオさんとは結局会えなくて、私が顔を出した時はいつも長男のディエゴ・スパタリさんが働いてました。

しばらくディエゴさんと世間話をしてまして、今年の職人展に誰が出てたのか聞かれました。たまたま職人展のカタログを持っていたので、見せてあげた。

「ああ、この婆さん、まだ生きてたのか。」

「この人アル中だよな。オレは展示会に一緒に参加した時に、ずっと飲み続けていたのを見たぞ。」

「ああ、この人は貴族の出だ。職人としてはたいした腕じゃないけど、こういう人からは参加料取らないんだよな。で、オレ達からはきっちり参加料を取ると。」

なんて悪気は無いものの失礼な事を言って、二人で笑ってました。(最後のは聞き捨てならん話だが・・・。)

ところが、笑いながらカタログのページをめくってたディエゴさんの顔色がサッと変わった。ヴィンチェンツォ・ティローニさんのページでした。北イタリアのトレントから来た職人さんで、銅で鍋やフライパンを作る方です。フィレンツェには銅製品の職人さんが私の知る限りはいないので、展示会の時に珍しいなと思い見てました。

「この人の連絡先、控えてもいいかな?」とディエゴさんに言われた。別に構わないけど何でさ?と聞くと、

「この人の苗字、オレと同じなんだ。」

「?」

「オレには二つ苗字があるんだ。スパタリとティローニ。」

よくよく聞いてみると、ディエゴさんの本当のお父さんは彼が小さい時に亡くなられて、その後お母さんはマリオ・スパタリさんと再婚したので、ディエゴさんもスパタリ家に実のお父さんの苗字を残したまま入ったんだそうです。

で、ティローニ家というのは北イタリアのベルガモの高名な銅職人の家系なんだそうです。ティローニという苗字もイタリアであまり多い苗字ではない。唯一ひっかっかるのは、場所がベルガモとトレントの違いがあるという事ですが、山を一つ挟んでるけど直線距離にすればせいぜい50キロ程度です。ひょっとして親戚かもしれない。

「オレの叔父さんだったりしたらいいな・・・。」

と言ってました。思わぬ展開にびっくりしました。本当に親戚だったら良いよね。ディエゴさんは近いうちに電話してみて、お父さんの親戚だったらいろいろ話を聞きにトレントに行くんだそうです。

あいにく、この後彼らの工房を訪ねる事は出来ずに帰国してしましました。この話の結末がどうなるか、それは来年の楽しみですね。

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2006年7月20日 (木)

トリノ旅行、その3

Img_1550 画像はトリノのドゥオーモ。ドゥオーモってのは、その町の一番主要な教会のことですね。トリノのドゥオーモには、聖骸布と言うキリストの体を包み、その像がまるで魚拓のように写されている布です。「奇跡の布」という事ですね。鑑定の方法によって、13世紀に作られた物だったり、1世紀以前に作られた物だったりと、いろいろな説があるようです。中にはレオナルド・ダビンチが制作したなんて説もある。本物は普段は厳重に保管されていて見る事はできないので、レプリカが博物館に展示されています。

トリノの観光というと、他にはエジプト博物館とフィアットの自動車博物館が有名ですね。エジプト博物館は、トリノ市がかなり力を入れているらしく質量ともに揃った良い博物館でしたが、自動車博物館は何だか投げやりな感じでした。どうもトリノ人は「車の町、トリノ」ってイメージを持たれるのが嫌みたいで、なるべく車関係に力を入れたくないみたいです。車だって一つの文化なんだから、観光の目玉にしても良いと思うけどなあ。

Img_1619 2枚目の画像は、友達のE嬢の彼氏(生粋のトリノ人)が作ってくれたフリッタータという料理。卵をといた物に牛乳を加えて油で揚げる。油を切るために紙の上に乗せてます。トリノでは藤の花を具にしてフリッタータにしてある。トリノ料理の特徴として花を食べるんだそうです。アカシアとかスミレなんかも食べると言ってましたな。なかなか風変わりで美味しかった。

トリノに3日居た後、トリノから電車で3時間ほどの距離にある、マッジョーレ湖に住んでいる寄木細工の職人さんを訪ねようと思ってたのですが、先方の都合が悪くなったので断念してフィレンツェに帰りました。この職人さんは今年の職人展の参加者だったのですが、実に個性的で素晴らしい作品を作る人だったので、何としても切り絵にしたいのです。結局、今回の滞在では取材に行けませんでしたが、来年もイタリアに行くのであれば是非訪ねようと思っております。・・・って事は当然トリノにも行くってことだな。友達も最近広い家に引っ越したからいつでも来てと言ってくれてるし。

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2006年7月19日 (水)

トリノ旅行、その2

Img_1611 1枚目の画像はトリノ中心部から少し離れた丘にあるスペルガ聖堂。E嬢たちと夕食に行った帰りに連れて行ってもらった。サヴォイア家の墓所でもある。E嬢の彼氏は「デコレーションケーキかアニメのルパン3世に出てきそうな色使いで何か変な建物だ。」だそうだ。・・・そんなもんかねえ。私にはきれいな教会だと思うが。

さて、現在イタリアのサッカーで4チームが不正疑惑で騒ぎになってます。その内のユベントスがトリノをホームとするチーム。で、トリノにはこのユベントス以外にも「トリノ」という名前のチームがあるのですが、こちらはあまり強くないそうです。私はサッカーに全然詳しくないので、トリノというチームがある事を最近知ったぐらいです。

昔はイタリア国内リーグを4連覇するほど強かったそうなのですが、1949年に主力選手18人が乗った飛行機がこのスペルガ聖堂の裏に突っ込んで、乗務員・乗客合わせて31人が亡くなるという事故がありました。以後、トリノは2部リーグを低迷するチームになったんだそうです。

と、以上の話はスペルガ聖堂に行った時にE嬢の彼氏に教えてもらった話です。暗かったので慰霊碑までは見ませんでしたけど。

まあユベントスは今回の不正疑惑でごっそり主力選手を持ってかれても、お金持ってるからすぐ上位リーグに戻ってくるだろうと思う。

Img_1646 画像2枚目はポー川の岸辺に立つグランマードレ教会。「偉大なる母親の教会」とは立派な名前だ。ポー川の対岸にトリノの中心部があるので、あたかもトリノを見守っているように見えるからでしょうな。

トリノにはあまり観光名所は無いと言われてますが、なかなかどうして、このグランマードレみたいに絵になる建築物、景色はけっこう多いと思う。(しかしグランマードレの記事は地球の歩き方には全く書いてなかったな。何で?)

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2006年7月18日 (火)

トリノ旅行、その1

Img_1641 5月14日で職人展は終了。後は作品を梱包して日本に送るのと、何軒か工房に取材する事を除けばフリータイムって事で。丁度展示会の最終日にトリノから友達のE嬢が遊びに来てくれて、「3日後に車でトリノへ戻るから一緒に行かない?」とありがたい申し出があったので行って来ました。考えてみればトリノからフィレンツェまで車でも電車でも5時間かかるってのに、わざわざ私に会いに来てくれてありがたい事ですな。E嬢だけでなく、もう一人トリノ在住のS嬢ってのも見に来てくれましたけど・・・。

滞在中はE嬢の彼氏の家に泊めてもらってたし、ご飯も作ってもらってたので、ますますありがたい。

ともあれ初めてのトリノ。ついこの前冬季オリンピックをやってた場所ですね。オリンピックに間に合わせるための建物の改装工事が未だに終わってなかったりする所もあるけど、静かで良い町でした。

画像はトリノのシンボルとも言えるモーレ・アントネッリアーナ。167,5mの高さで屋根の上は展望台になってます。私は高い所は嫌いだけど、一応登ってきました。なかなか見晴らしがいい。

この建物の内部は映画博物館になってます。ヨーロッパで初めて映画が作られたのはトリノなんですよ。ちなみにイタリア発行の2ユーロコインの裏側のデザインがこの塔。どっかで見たと思った。

Img_1535 2枚目の画像は「トリノの客間」と呼ばれるサン・カルロ広場。二つ並んだ教会はサン・カルロ教会とサンタ・クリスティーナ教会。左右対称に見えるけど、鐘楼の有無の他、よーく見ると細部が違う。

周辺の回廊には格式あるカフェが軒を連ねる。中にはトリノの名物のチョコレート「ジャンドゥイア」の試食をさせてくれる店もあります。美味しかった。

トリノは車のメーカー、フィアットが有名なので、さぞ近代化されてるだろうなと思いましたが、ポー川とドーラ川の2つの川が街中を通っていて、適度に緑溢れる公園が配置されています。また古い建物も手入れが行き届いている上に物価も安いので(イタリアの都市の中では一番安いそうです。)住むにはいい事尽くめって気がしますね。毎年フィレンツェのバカ高い物価に悩まされている私としてはちょっと悔しい。まあ、トリノっ子に言わせれば「夏は川が近いから湿気がものすごいし、冬はアルプスが近いから寒いし。」と言う事でしたが。

Img_1577 3枚目の画像は上の画像の双子の教会の裏側。ちょっと見にくいけど、下のほうに横たわった石像が見えます。2体とも噴水で常に水が流れています。右が女で左が男ですが、これはそれぞれトリノを流れる2つの川、ポー川とドーラ川を表してまして、流れる水も実際のそれぞれの川から引いたものです。すてきな像だ。

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2006年7月17日 (月)

ナイフ職人、ジャコモ

Img_1801_1 ずーっと今年の職人展に展示した切り絵のモデルになった職人さんの紹介をやってますが、ようやく今回で最後。なーんか、すごい長くかかったような気がするなあ。

ナイフ職人のジャコモ・チェッキさん。ナイフの工房「サラディーニ」の4人の幹部の一人。昨年、一昨年の職人展に参加していたので知り合いました。

彼らの工房は、フィレンツェからバスで北へ1時間、スカルペリアという所にあります。一応ここもギリギリでフィレンツェの範囲内。この地は中世の頃よりフィレンツェの国境だったので、軍隊が駐留していました。その為に武器の生産が盛んで、これらの技術が現在でも伝えられ刃物の生産が行われています。毎年6月には刃物祭りが開かれる。

最近、工房を拡張したとかで、ゴタゴタしていた為に職人展は不参加。ジャコモさんも別の場所で働いていたそうなので、電話してもなかなか連絡がつきませんでした。そうこうしている内に職人展も終わって、私の帰国も迫ってきたので、しょうがない直接見せに行くかと思い作品をかかえて行って来ました。最近フィレンツェでは近郊に行くバスが減ってるみたいで、けっこう大変でしたな。

で、工房を訪ねてみたら、2階の事務所兼ショウルームに留守番の女の子が2人いたので、事情を話したら新しい工房へ電話してくれました。「日本人の子が赤ワインをお土産に持って来てるわよ」と言ったら忙しかったらしいけど早速やって来た。作品を見せたら喜んでくれまして、「ちょっと待ってろ。」と言って下の工房に降りて、ステーキ用のナイフに銀のプレートを付けて「Shunkan」と彫って私にプレゼントしてくれました。嬉しいねえ。

そういえば、昨年の職人展で私が優勝した時も、壇上に駆け上がって「おめでとう俊寛!!」と言ってガシッと握手をしてくれましたな。熱い男だ。

Img_1802_1_1  2枚目の画像は、ジャコモさんにバス停まで車で送ってもらった時に「そうだ、いい物を見せてやるよ。」と遠回りしてくれた場所です。

画像ではわかりにくいかもしれませんが、群生しているのはひなげしです。5月はこの花が咲く季節で、そよ風に花が揺れるのが風情があって好きな花です。これだけたくさん咲いてるのは珍しいですね。

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2006年7月16日 (日)

ガラス工房、ロッキ

Img_1511 画像1枚目は職人展にて。クリスタルガラス工房「モレリア・ロッキ」の職人の一人、エンリコ・オルミさんと。この工房も職人展の常連です。ちなみに写真でエンリコさんが着けているエプロンは職人展用で、展示会のロゴが入っています。このエプロンは参加者に貰えるわけではなく、買わなきゃならない。確か2千円ぐらいしたかな。最近はこのエプロンを着けて参加する職人も少なくなった。そりゃ、高いもんなあ。

2枚目の画像は工房にて。クリスタルの花瓶にグラインダー(回転やすり)を使って切子模様を入れていくエンリコさん。Locchi001_1 フリーハンドで複雑な模様を入れていく。このグラインダーをイタリア語で「モーレ」と言いまして、モーレを使う工房だからモレリア・ロッキという屋号なのです。ロッキというのは社長さんの苗字です。

花瓶の他にも塩やオリーブオイルを入れるグラスや瓶、大きい物だとシャンデリアなんかも制作されてます。

この工房には他に4人の職人さんが働いていますが、社長さんはパオラ・ロッキさんという女性。いい感じで貫禄がある方です。だいたい私の母親よりちょっと上の世代かな。この方にもモデルになってくれたお礼にと、ワインを持って行きましたら、

「まぁー、可愛い事してくれるじゃない、この子ったら!」

と言われました。その時ほっぺたをペチペチと叩かれた・・・。私の兄貴分とも言うべき彫金家のパオロ・ペンコさんとその奥さんは、かなり威厳のある夫婦であるが、その彼らにしてもロッキ夫人にとっては坊ちゃん嬢ちゃんになるらしい。私なんかは更にその下になっちゃうわけですな。

で、職人展ではロッキ夫人と一緒に写真を撮れなかったので(電池切れで。)何日か後に工房に作品を携えて行って来ました。

その時に「この前の赤ワインのお礼」という事で、彼らの手によるクリスタルガラスの一輪挿しをプレゼントしてもらいました。かなり高価な物のはずだから、私は狼狽しまして「いや、そんな、奥様そのような事をされては・・・。」と止めたのですけどね。結局、喜んでいただいてきました。次の名古屋の個展で机の上に置こうかなと思ってます。写真撮って送ろうかなっと♪

さて、ロッキ夫人と撮った写真ですが、私は最初エンリコさんと撮った写真のように絵の前で2人で並んで撮ってもらおうと思ってました。これは他の職人さんと撮る時も同じですね。ところがロッキ夫人は

「そうじゃなくって、絵を挟んで2人で見つめ合うのよ!!」

「え、こ、こうですか・・・。」Img_1655

と、こうして撮った写真が3枚目の画像です。いやあ、すごいね、イタリア女は・・・。海千山千の女性に手玉に取られたような気分でしたな。見事に一本取られて工房を後にする俊寛でした。

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2006年7月14日 (金)

ブロンズ職人、カルチナイ兄弟

Img_1518 上の画像は職人展にて、ブロンズ職人の工房「ブロンゼット」代表のシモーネ・カルチナイさんと。作品は一番上に展示しているやつ。1月30日から3月3日までのブログで作品を公開してます。今の所一番大きい作品です(100×70cm)。

彼らの工房も職人展の常連です。毎回楽しそうに展示してますね。時々白ワインの紙コップを片手に私のブースを見に来る。私の作品には壁にフィレンツェのサッカーチームの写真やヌードカレンダーなんかが描き込んであるので、私の作品とワインの紙コップを手にしたシモーネ君を一目見るだけで、どんな性格なのかわかっちゃいます。

サッカーと女とワインが好き。

・・・典型的なイタリア人ですね。おまけに仕事中もめちゃくちゃな歌をうたってるし。

Img_1523_1 下の画像、右側で腕を組んでるのがシモーネの弟のピエルフランチェスコ君。真ん中に居るのは昨日のブログで登場したモザイク職人のスカルペッリさんの娘、カティア姐さん(既婚、子持ち)。彼らのブースは毎年隣で展示しているので仲が良いそうです。時々連れ立って歩いてますね。兄貴のシモーネ君はレオナルド・スカルペッリを連れて、私のブースに来て「ほら、どうだ、オレの工房の切り絵が一番いい作品だろう♪」なんて自慢しまくってた。

・・・なんだか悪ガキがそのまま大人になったような感じですね。彼らとは歳が近いので、何度か飲みに行きました。愉快な連中だった。まあ、一見がさつな連中に見えるけど、これですごく気を使ってくれます。

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2006年7月13日 (木)

モザイク職人、スカルペッリ父子

Img_1512  ワールドカップが終わってもまだまだジダン対マテラッツィの騒ぎは続いているし、日本でも北朝鮮のミサイルの問題など、世間はいろいろ忙しく動いてますが、私は相変わらず新作の下絵と格闘しております。サイズがでかいの難しく、ここ数日気合が空回りしている状況でしたが、ようやくイメージが固まりって来ました。まあ、悩んだ分だけ良いものは出来るはずですかな。

で、ブログの方は未だに職人展のレポートだったりする。もはや2ヶ月も遅れてるなあ。

今回は1月19日から29日までのブログで発表した、モザイク職人のスカルペッリ父子。父レンゾさんと息子のレオナルドさんを描いたもの。

画像は職人展でレオナルドさんと。レンゾさんとも撮りたかったけど、カメラの電池が切れてて断念した。彼らも職人展の常連です。

Puccini003 2枚目の画像は彼らの作品。様々な色の石を板状に切って、寄木細工のように組み合わせて表現する。これがフィレンツェ式のモザイクです。画像下側に写っているのは、風景画の一部で道の部分。色ごとに違うパーツが使われているのがよくわかると思います。

これらはまだ彼らとしては簡単な作品。より複雑で大きい物もあり、見事な装飾が施されたテーブルなんかは日本円にして1千万円以上の値段が付いてます。工程の難しさとかかる時間を考えれば、納得できる値段ですね。

Puccini002 3枚目の画像は、石板を回転ノコで切っている所。小指の爪程度の小さいパーツもこれで切っているから、一歩間違えると指が飛びかねない。考えてみると、よくもこんな恐ろしい事が出来るもんだよね。

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2006年7月 4日 (火)

木彫職人、カルロ

Img_1525 久々に職人紹介です。木彫職人のカルロ・プッチーニさん。職人展の私のブースにて。彼はこの職人展に参加しているわけではないのですが、今年は彼の切り絵を展示したので、奥さんを連れて見に来てくれました。

作品は向かって右側の上。光が反射して何が描いてあるかまったくわからないですね。

下の画像が工房の様子。眼鏡をかけてると別人みたいですね。木製の燭台を作っている所。のみで木材を彫るのだけでなく、金箔を貼ったり色を塗って金属のように仕上げた後、わざと汚して骨董品のように仕上げたりも出来る。

この方の工房は私が昨年・今年と下宿していた家の近くでして、外出する時はほぼ毎回工房の前を通るので、ある日モデルになってくれるよう頼んだのです。最近は友人からの紹介か職人展で知り合う事が多いので、自力で開拓したのは珍しい。

Puccini001下宿から近かったため、よく立ち話をしたのですが、展示会前にポロッと「毎回、額縁を用意するのは大変だ。」と言ったら、「じゃあオレの額を使えばいいじゃないか。」と言ってくれました。展示会寸前だったし、サイズ的に合わなかったし、傷でも付けたら大変なので断りましたが、そう言ってくれた事はすごく嬉しかったです。カルロさんとしても和風の切り絵とイタリア的な自分の額を合わせてどうなるか興味があったらしい。まあ、確かに毎回間に合わせの額なので、一度ちゃんとした額に収めてみたいと思ってはいましたが。話し合いの結果、来年一点だけ借りることにしました。という事は来年も職人展に参加するという事になっちゃいましたけどね。(ああ、お金が・・・。)

今回いろんな物をもらいましたが、物だけでなく、いろんな好意も受けて来たと思います。・・・何もかも物をもらっちゃったら、かえって困るでしょうしね。「オレが作ったタンスだ!持ってけ!」とか「鉄の扉」とか「街灯」とか、そういう物を日本まで運ぶのは無理だ。

ところでカルロさんは今回初めて職人展を見に来たのですが、大いに興味を持ったそうで、来年は参加するつもりなんだそうです。

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2006年7月 1日 (土)

家具修復職人、マリオ

Img_1528 家具修復職人のマリオ・チウッリさんと職人展の私のブースにて。彼は職人展の参加者ではないのですが、奥さんを連れて見に来てくれました。

下の画像が彼らの工房の切り絵です。1月16日のブログで作品が完成した報告をしてますね。

この方は義弟のロベルト・オルソリさんと2人で働いています。友人の職人に「誰か面白い職人さんいないかなあ。」とこぼしたら「なら、あそこがいい。」と同じ通りにある彼らの工房を紹介してくれました。いつも扉をピシャッと閉めているので、外からは中の様子がうかがえません。友人の紹介がなければ知り合えなかったでしょうね。

Le_opere_2005_010 彼らにもモデルになってくれたお礼にワインを持っていきましたが、遠慮してなかなか受け取ってくれませんでした。結局は習慣にしてる事だからと渡しましたけどね。

そうそう、書き忘れてましたがワインの他に作品のA4サイズの写真も渡してます。パソコンが使えるようになって、家庭で大判の写真が手軽に作れるのって便利ですね。写真の方は躊躇なく受け取ってました。その際私のサインも入れてと言われたのは参ったけどね。(芸能人じゃあるまいしさ。)

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2006年6月29日 (木)

革細工職人、ジュゼッペ

Foto 画像は職人展にて、私のブースではなく、革細工職人のジュゼッペ・ファナーラさんのブース。

ジュゼッペ・ファナーラ、愛称をピーノ。これはジュゼッペの可愛い呼び方がジュゼッピーノなので、これが更に短縮したものです。

革を使用してコインケースや名刺入れを作っています。Issey MIYAKEのデザインしたコインケースを作ったこともありました。先日ブログに書いた革で装丁されたアドレス帖なんかも作る。

駅の裏手にあるVia palazzuoloに工房兼ショップがあります。6月11日のブログで登場した、家具修復職人のダリオさんの工房と同じ通りです。私にダリオさんを紹介してくれたのもジュゼッペさんです。

この方々はすごく仲が良くて一日3回、バールにコーヒーを飲みに行きます。ジュゼッペさんはバールに行く時に、そこらにいる顔見知りに「コーヒー飲みに行こうよ!」と声をかけまくっていくので、工房を出たときは3人ぐらいでも100mほど離れたバールにつく頃には7人ぐらいに増えています。

で、バールでは毎回「ここはオレが払う。」「いやオレが払うから。」「いやいや、オレに任せておけ。」と、3人ぐらいでレジの前でもみあいをする。ふと見ると一緒に来たはずのダリオさんが、一人だけ輪に入らずに女の子と喋ったりしているので、全員指をさして「ダリオが払う!」と・・・。結局この日はダリオさん以外の誰かが払ったのですけどね。毎回私もごちそうになっているので、たまには私が払うと言うのですが(もめる人数が3人から4人に増えるだけだ。)結局いつもごちそうしてもらってるんだよなあ。

コインケースは値段も手頃だし、お土産に最適。年末までは日本人の女の子が夕方に働いているので、フィレンツェに行かれる方は訪ねてみてください。万一店が閉まってても、ちょっとコーヒーを飲みに行ってるだけだから、すぐ帰ってきます。

住所 via Palazzuol,136/r

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2006年6月28日 (水)

銀細工職人、ジュリアーノ

Img_1526 画像は展示会中に撮ったもの。銀細工職人のジュリアーノ・フォリアさんと、作品の前で。

コルシーニの職人展でも常連で、過去グランプリを取っています。

ジュリアーノ・フォリアさんは、フィレンツェの中心部からだいぶ離れた場所で工房を構え、息子さんと何人かの徒弟と働いています。工房の周りが野原という静かな環境ですが、それをいいことに猫を野放しで飼っているので、仔猫が産まれ放題です。私が展示会の後、工房に遊びに行ったらまた5匹産まれてて、20匹以上になってました。もらい手が見つかる前に産まれちゃうっての・・・。手の平に乗るぐらいの大きさの仔猫がよちよちと歩いているのですが、どうも踏んづけちゃいそうで怖い。

見た目どおり豪放磊落、でも性格は優しいので、ごつい手で猫をなでていたのが印象的でした。

銀で皿や酒杯、フォーク、ナイフなどの食器類や額縁、鏡、灰皿、照明器具の他、ロザリオなどの宗教的器具も作っています。多くはタガネとハンマーによる打ち出し技法で作られています。

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2006年6月27日 (火)

物をもらい過ぎ

Img_1829_1 暑い日が続いてますなあ。

現在下絵を続行中ですが、時々ボーッとしてしまいますね。画像の後方に見えるのが制作中の下絵。家具修復職人ダリオ・ブラッツィーニさんです。最近これでもかという程細かくなっているので、いつ完成するかわからないです。・・・ってこれじゃ見えませんね。

画像の手前に見える3つの物は、それぞれ今年の職人展に展示した作品のモデルになってくれた職人さんたちからプレゼントされた物です。

左から、ナイフ職人のジャコモ・チェッキさんのステーキ用のナイフ。折りたたみ式で、柄は牛骨を加工したもの。柄の部分に銀のプレートの「Shunkan」と私の名前を彫って付けてくれました。

中央は革細工職人のジュゼッペ・ファナーラさんの革で装丁したアドレス帖。彼には子の他、時々コーヒーをご馳走してもらいました。

右はクリスタルガラスの工房のロッキ夫人からもらった一輪挿し。写真では見にくいけど、全体に切子模様が入ってます。

今回の展示会で彼らと一緒に撮った写真もあるので、彼らの紹介もブログでやっていきます。

私は完成した作品を見せに行く時に、お礼に1本赤ワインを持って行ってます。みんな喜んでくれますが(作品とワインに。)なかには私に自分の作品をプレゼントしてくれる人もいます。モデルになってくれただけでもありがたいのに、この上プレゼントまでもらってちゃあアベコベですね。なんか、年々こういう事が多くなっているような気もしますが・・・。

で、作品をもらったのはこの3点ですが、他にも食事に連れてってくれた職人さんもいましたし、額縁職人さんで「来年の展示では自分の額を使ってくれ。」と行ってくれた人もいましたな。お世話になりっぱなしです。

職人さんだけでなく多くの友人たちにも世話になりました。彼らの好意に報いるには、自分の全力で作品を作っていく事だと思います。(しまった、この最後の部分はこのレポートのしめの言葉で使うつもりなんだった!)

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2006年6月26日 (月)

職人展その3、私のブース

Corsini038_1画像は今年私が展示したブース。 額にはめたアクリル板に外の庭園の風景が反射して見にくいです。昨年まではツヤの無い透明アクリル板を買っていたのですが、どうやら生産中止になったようで今年はいつも買ってるホビー用品の店に置いてなかったです。まあ、ツヤ消しのアクリル板って安っぽく見えるので、いずれも一長一短ありってとこですが。

今年もまた天候に恵まれてて、金曜日はあまり人は来ませんでしたが、土・日は大変な人出で私が説明している間に、目の前を素通りして行ったお客さんも多かったです。切り絵ってイタリアに無い技術なので、説明しないとわかってくれないんですよねえ・・・。

画像の奥のほうに見えるのはレース職人のブース。ワインで有名なキャンティにお店を持っているおばさんでした。写真には写ってないですが、反対側にはシャンデリアの工房のブースでした。この工房が今年の優勝者。私は昨年この場所に展示した時に優勝しているので、場所的に縁起が良いんでしょうかね?

以前からこのブログで書いてきましたが、最近いろいろな理由から職人さんが消えている。職人展でもベテランの職人さんが、どんどん不参加になっています。世代交代という事もあるのですが、やはり長年蓄積された手練の技が見られなくなるのは寂しいものです。・・・しかし今年の職人展で復活した職人さんが一人いました。石膏職人のアンドレア・キエージさんです。(彼の工房の切り絵は私のホームページでも公開しています。)

http://homepage2.nifty.com/shunkan/chiesi%201.html

3年前に腫瘍の手術をされて、その後体調が悪かったので、昨年の職人展で参加されませんでした。しかし、今年はほぼ復調されたそうで、病気になる前よりむしろ太って登場されました。彼は私が最初に職人展に参加した時に、隣のブースで展示されていたので、印象が強いです。

キエージさんは自分のブースに来たお客さんに「僕の肖像を切り絵で作った日本人の職人が展示してるから。」と、私のブースに紹介してくれてました。まあ、彼だけではなく大勢のお客さんが「○○さんの所で君の事を聞いた。」とか「××さんの友達です。」なんて事が多かったですね。ありがたいことです。

客が大勢来る展示会って思わぬ人が訪ねて来てくれたりするので、とても面白かったですね。何年も音信不通だった方とバッタリ会ったり・・・。今回印象的だったのは、5年ぶりぐらいで会えたボルテッラという町出身の友達と、トリノから見に来てくれた友達でした。トリノってフィレンツェから電車で5時間もかかるんですけどね。そのうちの一人は昔、フィレンツェに住んでいた女の子で当時16歳でした。しかし6年ぶりで私の目の前に現れたので、現在22歳。・・・はっきり言って全然わかりませんでした。「あの子供がまさか、こんなに綺麗で礼儀正しくて上品でおしとやかになっているとは!!健気に成長されたものだ!」って感じでしたね。彼女は今トリノの音楽学校でピアノの勉強をしています。やはり昔の知人が頑張っているという話を聞くのはいいものです。自分にも励みになりますな。こういう風に良い刺激を受ける事が多いので、飽きずに職人展に参加し続けてるのかもしれない。

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2006年6月23日 (金)

職人展その2、今回の収穫

Siryou001_1 コルシーニの職人展は3日間で、参加料が12万円ぐらいです。安い値段ではないが、お客さんはたくさん来るので、私を除く職人さんたちは仕事のオファーが来る事が多いです。もちろん会場で売ることも出来ますが、クレジットカードが使えず現金のみの取引なのであまり売れません。

私の場合は展示会後に日本に引き上げるので、まずオファーは来ません。実際今年の展示会でもポストカードを売ってせいぜい夕食代を稼いだぐらいでした。私の場合、参加料だけでなく、飛行機代と作品の輸送料もかかるので毎回大赤字です。もちろんアパート代と食費もかかります。ユーロ導入後、年々物価が高くなるから大変だ。

では私は何のためにこの職人展に参加しているかというと、

1.他の職人と知り合うため。私の作品のモデル探しです。

2.職人展での優勝。経歴として有効でしょうから。

3.一年に一度はフィレンツェに戻りたいので、展示会に参加するというのは良い口実だから。

ただ、1に関しては今年でほぼ主要な職人さんと知り合っちゃいました。また2に関しても昨年の展示会で優勝しているので、もうもらえないそうです。・・・ということは来年参加するかどうか怪しいな。どうしようかね。お金かかっちゃうし。多分愚痴をこぼしつつ出そうだけど。

Siryou002では他に何か収穫、というか良かった事は何かと言うと、まず画像1。これは芸術的な職人ついて書かれた本の表紙で、私が滞在中に発行されました。陶芸やモザイク、染色や彫金について職人さんの手記という形で紹介されているのですが、その中に彫金家の章に私の作品が掲載されていました。これは以前制作した彫金家のパオロ・ペンコの切り絵で、その章を書いたのがペンコさん本人だからです。

画像2は今回各方面に配られた職人展のパンフレットです。9人職人の写真が写ってますが、右の列の2番目に私の写真が出てます。普通イタリアの展覧会では、私みたいな外国人はあまり優遇されないものなので、9人の1人として顔が出るというのは大変珍しい。(つまり、ひどい扱いをしても後腐れない相手なので。私もかなり苦労したんですけどねえ・・・。この点、日本では遠方から来た人に対しては徹底的に気を使いますね。私は日本人の美徳の一つだと思います。)

ちなみにカタログに使われた写真は昨年に撮影されたものです。Dsc_4092 画像3が元になった写真。展示会中に実演している所です。こうして見ると、オレも満更捨てたモンじゃねえなと思う。なかなかいい顔で写ってますな。・・・いや、制作している時の自分の顔って初めて見たので。

で、この2点と、前回のブログでちょっと書いたけど、テレビに出てたって事かな。実演している時の映像がちゃんとナレーション付きで、5分ぐらい放送されたんだそうだ。後で何人かに「テレビで見たよ。」と言われました。

こんなものですかね。・・・いやいや、毎回私が一番多くの職人の友達を作ってますから。それが一番の収穫かな。

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2006年6月21日 (水)

職人展その1、実演用の切り絵

Img_1531今回のブログからしばらくの間、今年のイタリア滞在のメインイベントである職人展の報告をしていきます。もう6月も後半だってのにねえ・・・。1ヶ月も遅れてるよ。

第12回コルシーニの職人展は5月12(金),13(土),14(日)日の3日間。117軒の職人の工房が参加しました。

私は自分のブースに、大作の職人シリーズが9点、小サイズのナポリの風景シリーズを15点、9cm四方の楽器シリーズを36点展示しました。その他、販売用にポストカード6種、干支・星座シリーズも持って行きました。これらに加えて観客の前で切り絵の実演をしました。今年はウッフィッツィ美術館所蔵、ミケランジェロのトンドドーニの模写です。(画像1)

Mich01この名画の模写シリーズは職人展に2回目の参加からやってまして、最初がボッティチェッリのパラスとケンタウルス、昨年がポントルモの十字架降下でした。ボッティチェッリは丁度その頃、この絵の展示会がフィレンツェで行われていたので、いわば流行を取り入れたということで。ポントルモについては、この絵が展示されている教会の前の広場は私が長年住んだ家だったので、一度やってみたかったからです。

では今年は何をやろうかというと、これがぎりぎりまで決まらなかった。やはりフィレンツェと縁のある名画の模写をやりたいけど、マイナーなやつはやりたくないし、メジャーなやつでも何点かは既に切り絵にしたことがある。流石にボッティチェッリの「ビーナスの誕生」と「春」はちょっと複雑すぎてとても3日で切り終わる自信が無いし・・・。かといって簡単なデザイン過ぎると私が作っててつまらないし。

じゃあどうすべえかなーと、しばらくの間悩んでいたのですが、展示会前に取材したモザイクのトラベルサーリさんの工房で、ミケランジェロのトンドドーニのすばらしいモザイクを見た。(6月17日のブログ参照。)そして、木彫のマッシモ・バルディーニさんの工房でも、トンドドーニ用の額縁が作られていた。(6月10日のブログ参照。)・・・という事は、こりゃトンドドーニと何かの縁があるという事だ。よって今回のデモンストレーションはこれで決定!

で、トンドドーニ用の額縁を作っていたマッシモさんによると、額縁のデザインをしたのもミケランジェロだそうだ。つまり額縁もひっくるめたものをトンドドーニと言う。成る程、確かに画集なんかでも、トンドドーニの写真は必ずこの額縁も掲載されている。(画像2)ならば切り絵にする時も、この額縁は入れなければなるまい。どっちにしろ絵だけでは簡単過ぎて、半日で終わっちゃいそうだから物足りないと思っていたし。

「・・・実演は観客だけに見せるものではない。参加する職人さん達や、それぞれの工房で真面目に頑張ってる留学生達にも、一発気合の入った所を見せてやる!」

というわけで丸一日かかって下絵を行い、展示会の期間中お客さんに説明しながら切ってました。何とか最終日の閉会一時間前に完成。これを作っている最中にテレビが取材に来て、けっこう長い時間放送されていたと、後で何人かの友達が教えてくれました。

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2006年6月20日 (火)

バカンスの話、つづく

Img_1279 昨日のブログの続きです。画像はオルタ湖の中央に浮かぶ島、サン・ジュリオ島です。対岸から時々連絡線が行く。

小さい島なのにちゃんと教会まである。昔この島は毒蛇がうじゃうじゃ居たのですが、ある時ジュリオという名の修道士がこの島に訪れました。ジュリオが島の地を踏んだ瞬間、毒蛇たちは一斉に湖へ逃げ出し全て溺れ死んでしまいました。後にジュリオは聖人に列せられ、島にはこのサン・ジュリオを記念した教会が建てられたという事です。

まあ、蛇にとってはいい迷惑だろうね。しかし、こういう島はとても絵になりますね。Img_1277

2枚目の画像は船着場付近。観光客向けの機関車型の遊覧車があった。こういうのを見ると、オルタ湖も観光収入はあるのだなと思う。今のところは知る人ぞ知る穴場といったところですけどね。夕食の時間までベンチに腰掛けてボーッとしてました。

レストランもいい所を見つけました。前菜で食べた鴨肉のローストにモスタルダという梨を砂糖とカラシに漬けた物を添えて食べるという物が美味しかった。しかし、主菜に頼んだ鱒料理を食べている時に、イタリア人のグループがドヤドヤやって来て隣のテーブルに座ったのですが、女の子で香水をたっぷり振り掛けすぎの子がいたようで、臭いがきつ過ぎ。気分が悪くなる程でした。誰か注意してやれよと思った。

ところで友人Fは、以前から日本人の女の子と付き合っているので、最近日本語を(かなり真面目に)勉強しています。フィレンツェからオルタ湖まで車で高速道路をすっ飛ばして5時間、往復10時間かかるので、その間退屈しのぎにしりとりをやってました。三十路の男2人がしりとりもないもんだが、日本語の勉強という事を考えるとなかなか役に立つ遊びだと思う。Fとてまだ単語程度を知っている程度の日本語能力だが、3回勝負して一時間ぐらい続いた事もあったぐらいだ。食べ物の単語が多いけどね。やはり日本語であろうとイタリア語であろうと、語学の勉強で一番最初に覚えるのは数字と食べ物だということだな。・・・恥ずかしい事に一回目の勝負でうっかり「うどん!」と言ってしまって、イタリア人に負けてしまった。

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2006年6月19日 (月)

バカンス♪

Img_1267 バカンスと言っても最近じゃなくて、5月6日と7日の話です。一ヶ月以上も前ですね。帰国後はほとんど外出せずに真面目に制作に励んでおります。やれやれ。

前回のブログで紹介したオルゴール職人のゴッフレードさんの工房を取材が終わって、後はバカンスを楽しもうという事で、ここまで車で連れて来てくれた友人のFと一緒にぶらぶら歩く。

クアルナという所は良い感じの山村であるが、田舎過ぎて何も無さ過ぎるってのがなあ・・・。バール(立ち飲みの喫茶店)が1軒も無いぐらいだった。いや、一応この土地にも名物があって楽器製作が有名なんだそうです。(画像1)広場の地面にホルンが敷石で描かれていますね。町に一軒しかないホテルにも時々日本人の音楽家が泊まりに来たりする事もあるそうです。ものすごい交通の便は悪い所なんだけど、どうやってここまで来れるんだろう・・・。で、楽器の博物館があって、これはけっこう見ごたえがあるとゴッフレードさんも薦めてくれたんですが、行ってみたら開館しているのが6月から9月まででした。・・・結局30分程でクアルナの観光終わり。

Img_1167 クアルナの町の麓にオルタ湖というのがあります。だいたいにおいて湖というのは高級リゾート地であるから、このオルタ湖がある町、オメーニャという所はなかなか綺麗な町でした。(画像2)ここは家電製品や台所用品の生産で有名です。エスプレッソを入れるコーヒーマシンなんかの工場もありました。(メーカーの名前は忘れた。)

友人のFはシェラトンホテルのバールで働いているし、私もけっこう鼻が利くので美味しいものにありつけました。この辺りの料理はピエモンテ料理といいまして、パスタよりも米を食べます。山もあるし湖も近いという事で、魚もいのししも美味かったっす。私がプリモで注文した黒米にグリーンピースと牛肉のリゾットにフォンデュをかけた物は、この地の食文化がスイスからの影響を受けている事が感じられ興味深い。(画像3)・・・なんかグルメ評論家みたいだなあ。Img_1169 フィレンツェで下宿生活をしている時はほとんど自炊なので、たまに遠出した時に珍しい料理が出てくると嬉しいですね。

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2006年6月18日 (日)

オルゴール職人、コロンバーニ

Colombani001 10人目の職人紹介はオルゴール職人のゴッフレード・コロンバーニさん。今期制作する予定の職人さんはこれで最後です。

ちなみに現在の切り絵の制作状況ですが、マンドリンのラファエレ・カラーチェJrさんと彫金家のマルコ・バローニさんの下絵が完了し、昨日からこのコロンバーニさんの下絵を始めました。昨年までの制作ペースの記録を見ると、毎回作品が完成した後に何日か制作してません。どうも感覚を取り戻すために時間がかかるようなので、下絵だけ何点かやっておいて、同時進行で制作する方が時間の節約になりそうなので。

さて、ゴッフレードさんの話。この方はフィレンツェの職人ではなく、北イタリア、スイス国境付近にある山の中の町、クアルナ・ソットという所に住んでいます。例によってコルシーニの職人展で知り合いましたが、昨年から不参加になりました。ずっと気になっていた職人さんだったのですが、フィレンツェからかなり離れているので取材に行く機会が無かったのです。ですが今年は友達が車を出してくれると言うので、お言葉に甘えまして一緒に行って来ました。車で5時間もかかってしまいました。友達に感謝!

私はあらかじめ失礼にならないように、イタリアに出発する1ヶ月前にゴッフレードさんに手紙を出しておいたのですが、クアルナ・ソットという所は田舎で郵便事情が悪いそうで、まだ着いてなかったそうです。だからフィレンツェに到着した後に電話して何日に取材がOKか聞いたのですが、ゴッフレードさんにしてみれば突然電話がかかって来たという事で。そういえばトリノはクアルナ・ソットにけっこう近い所にあるのですが、トリノから実家に出した絵葉書は1ヶ月経ってようやく着きました。つまり最近着いた。・・・意味無いな。Colombani002

オルゴール職人として制作しているのは、ゴッフレードさんだけです。工場生産のオルゴールはけっこうあるのですがね。下の画像は比較的シンプルな作品。馬の部分がゼンマイになっているので、音楽と共にこの馬の部分が回転する。より手が入った物だと、メリーゴーランドの形なんかがあります。

中身の機械はスイスや日本製。馬は木片から切り出して、モーターツールで仕上げ。本体部分は旋盤を使う。色はエナメル塗料を何度も塗リ重ねる。材料になる木材はゴッフレードさんの家の庭に生えてる木を切り出して使う。・・・ものすごい広い庭がありまして、時々200人ぐらい客を呼んでガーデンパーティーをしたりするぐらいです。庭の中に滝まである。私たちが訪れた時は丁度リンゴの花が咲いている時期でした。一軒の家としては恵まれた環境ですね。ただ過疎化が進んだ土地だそうですが。

このブログでも度々触れてきた事ですが、店をたたむ職人が増えている。ユーロ導入後、物価が上がったり、中国系の低コストのコピー商品が出回って職人仕事が圧迫されていたり。ゴッフレードさんも職人を辞めるそうです。「最近オルゴールを買う人が少なくてさ。注文が入れば作るけどね。なにしろ、かみさんの方が稼ぎがいいからなあ。」と言ってました。作品の価値を充分認められている方だったので、すごく残念ですね。

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2006年6月17日 (土)

モザイク職人、フランコ(後編)

Traversari003 昨日の続き。

今回はビザンチン・モザイクです。2cm四方ぐらいの様々な色のガラス片をすきまなく敷き並べて制作する。トラベルサーリさんの工房は全ての種類のモザイクを扱っているが、どちらかと言うとこのビザンチン・モザイクを主に制作しているようだ。ただし、私が取材した工房は、ミクロモザイク(ローマ・モザイク)を制作するスペースがあるだけで、ビザンチン・モザイクは別の場所で制作しているそうだ。

切り絵にするにはビザンチン・モザイクの方が向いていそうですが、ミクロモザイクを作る工房もフィレンツェでは珍しいので今期はそっちを作る。ビザンチンモザイクはまた来期に取材させてもらえれば改めてという事で。

で、トラベルサーリさんの工房では多くの名画をビザンチン・モザイクで表現しています。どうも取材に行ってみて、この名画のモザイクの素晴らしさにノックアウトされたようです。というわけなのでこのブログで何点か紹介します。

一番上の画像はフィレンツェのウッフィッツィ美術館所蔵、ミケランジェロの「トンド・ドーニ」(ドーニ家の聖母子とも)のモザイク。原寸大の大きさです。このモザイTraversari004クはトラベルサーリ工房のシンボルとして使われているようで、店のパンフレットにも印刷されています。

2番目の画像はそのズームアップ。ガラス片で構成されているのがわかると思う。 クリックすると大きい画像が出ますが、黒い線の部分でさえガラス片で構成されている。

3番目はカラバッジョの「バッカス」。ローマ神話でいう酒の神ですね。これもウッフィッツィ美術館所蔵。やはりこちらも原寸大。ガラス片が室内の光を反射するためか、画面全体が輝いて見える。こうなると単なる模写とは言えませんね。

4番目はボッティチェッリの「ビーナスの誕生」の部分。これもオリジナルはウッフィッツィ美術館所蔵ですが、Traversari005別にウッフィッツィ関係の名画だけをモザイク化しているわけではない。ルノワールなんかのモザイクもありました。他にも風景画や、写真からおこしたパードレ・ピオ(最近聖人に列せられた神父。)とかローマ法王のモザイクもありましたな。

そういえば、ビーナスの誕生や、同じくボッティチェッリの「春」は全画面をモザイク化した作品は無かったですね。やはりそれだけ手間がかかるという事だろう。だが見てみたいですね。

帰国間際にもう一度トラベルサーリさんの工房を訪問させてもらいましたが、その時は完成したばかりのレオナルド・ダ・ビンチの「最後の晩餐」のモザイクを見ました。オリジナルはミラノのサンタ・マリア・デレ・グラーツィエ聖堂の内部に描かれたフレスコ画で、だいぶ色あせているのですが、(何年か前に行われた修復によって、だいぶ鮮やかな色に再現されたらしいのですが・・・。)モザイクで表現されたそれは極彩色になっていました。それはそれで印象的で素晴らしい作品になっていましたね。残念ながら注文で制作したものなので、撮影させてもらえませんでしたけど。

しかし、実に良いものを見ましたな。フランコさんも言ってましたが「質の良いものは常に報われる。」と・・・。これだけ素晴らしい作品を送り出している事を考えると、実に説得力のある言葉ですね。私にとっても良い勉強になりました。私の切り絵とて、こういった物と並べてみて遜色がないほどの作品に仕上げて行きたいものです。Traversari006

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2006年6月16日 (金)

モザイク職人、フランコ(前編)