2020年1月 3日 (金)

あけましておめでとうございます!!

A

あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。

上の画像は今年の年賀状。この年賀状を見て私が結婚した事を知った人も居る。1日の夜に会社員時代の上司から電話がありました。だいぶ仰天したらしい。
「こんな美人を嫁さんにしたの!?」と言われました。一番きれいに写ってる写真を選びましたんで。
ちなみに、年賀状の上下に入れてあるネズミのイラストは私の切り絵です。

B

元になったのがこれ。某コンビニの年賀状制作の依頼を受けて制作しましたが没になったので自分用に使いました。
没になった理由ってのが「今時、羽根つきをやる人なんていねーよ。」ってって事だそうです。正月も様変わりしてるんですなあ。まあ、私も羽根つきはした事無いけど。

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こちらも元画像は年賀状の依頼で制作したけど没になったので、実家の年賀状にしました。

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4枚目は2019年に私の作品をお買い上げのお客様に出した手作りの年賀状。(どんだけ年賀状を作ってるんだか・・・。) 昨年は名古屋の展示が無かった分だけ少な目でしたが、それでも6日ぐらいかけて96枚を作りました。

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こちらは実家に持ち込んで紅白歌合戦など見ながら作ってた図鑑シリーズ。何とか750点達成です。今年は800点まで作らなきゃね。目指せ1000点!

大晦日から華さんと私の実家に帰ってました。1日には東京から妹夫妻も来てくれまして宴会でした。ここ数年は私と両親の3人で過ごしてたので、今年は随分と賑やかでしたね。家族が居るって良いもんだなとしみじみ思いました。華さんと妹夫妻に感謝だね。

昨年のブログでは整理整頓が目標って書いてありました。6月に引っ越し、7月にトークイベント、8月に目の手術、11月に結婚式と、他に展示会は4つありました。それぞれを何とかこなすので精一杯といった感じでしたね。今年はだいぶ態勢は整ったのでガンガン挑戦して行こうと思ってます。

皆様にも良い一年でありますように。

 

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2019年11月15日 (金)

結婚式用の作品

自分たちの作品を並べて行った結果、結婚式が展示会みたいになっちゃいました。
いや、テレビで放送された映像もプロフィール紹介として流したし、食事と飲み物も付いたのでランチショーかな。
ともあれ、結婚式の為に用意した新作を公開します。

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まずは華さんのお色直しの時に使ったティアラとバラのアクセサリー。いずれも紙製です。
バラはイヤリングに使った他、ティアラの後ろ側に大きいのを2つ貼り付けてあります。あと、私のジャケットの襟元にも糸で結んであります。
ティアラの下地は表は白いまま、裏はグレーを塗って、両面ともシルバーを吹き付けてあります。バラの方は薄いピンクを塗った後、ゴールドを吹いてある。

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これがティアラの下絵。中央にメビウスの輪とかインフィニティなんかをイメージしてデザインしてあります。
こういうのデザインするのは初めてなので、どうすっかな~と悩みましたが、結局は抽象画を描くようにデザインしました。
よく見ると左右非対称になってます。

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会場に飾った作品です。これは2015年にホテルフォレスタヒルズさんからの注文で制作した4点。「フォレスタの四季」です。サイズは各15×20cm。
会場に飾った他、2015年にポストカードにしてたので、式でお客様に配りました。活躍するなあ。

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こちらも会場に飾った作品。輪郭線を使わない切り絵技法で仕上げてあります。サイズは18×12㎝。B6サイズですね。
今年の1月に某コンビニエンスストアの年賀状デザインの仕事の依頼で制作したのですけど、没になったから。有効活用出来て良かったよ。

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華さんのアイデアで、引き出物に私の切り絵を使いました。10×10㎝の小さい作品のシリーズでカタログに収録した131点の中から選べます。私宛の注文ハガキを同封してあります。受注してからの制作なので待ってもらう必要はありますが、遅くともクリスマスまでには全員に届けるようにしなきゃね。
上の画像は表表紙と裏表紙。裏は西郷隆盛の肖像シリーズ。1ページに6点入れたかったけど、西郷さんのシリーズのみ5点しか作ってないんだよね。まあ、同じデザインでも色違いは出来ますって事で。

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花と犬と猫のシリーズ。花は18点、犬と猫は各6点ずつ収録。

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楽器と哺乳類のシリーズとイタリアのお菓子とトヨタ自動車のシリーズ。各6点ずつ収録。トヨタ自動車のシリーズは今回初公開。デザイン自体は8月に目の手術で入院してた時に作ってました。

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鳥シリーズと野菜のシリーズ。各12点ずつ収録。

他にもイタリア関係のシリーズと干支シリーズが12点、爬虫類、両生類、魚類、昆虫類のシリーズが6点ずつ収録して合計131点あります。
カタログギフト、多めに印刷したので、「私の結婚式でも使いたいなあ。」って方がいらっしゃいましたらご連絡下さい。

うちらの結婚式ではこのカタログギフトの他に鹿児島の梅月堂さんのラムレーズンどら焼き3つ入りとサブスープ3袋入りを引き出物としました。
ラムレーズンどら焼き、通称ラムドラ。どら焼きの中にラムレーズンと、これまでに無かった組み合わせ。美味しい上にインパクトが凄まじい。東京の義弟が梅月堂さんと取引をしてるので、彼に手配してもらいました。フォレスタヒルズの私たちの担当者の2人にもあげたけど大喜びでした。
もう一つはサブスープ。茶節という鹿児島の郷土料理があります。薄く削った鰹節に味噌を加え、熱いお茶で割ったもの。サブスープは味噌とを粉末タイプにしてあります。なかなか美味しいし、私の親族にはちょっと珍しい。

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披露宴が終わってからお客様に配ったプチギフト。華さんのアイデアで「ガジャ豆」にしました。鹿児島の奄美大島が発祥でナッツ類に黒糖でコーティングした豆菓子。丁度、式の準備中にレトロフトに華さんの友達で野菜菓子工房楓fu-さんが出店してたのでお願いしました。配ったのは私の切り絵を使ったパッケージにしてありますけど、(文字は下絵を華さんが描いて私が切った。)これを外すと本来の商品名である「はとぽっぽ」のパッケージが現れる。鳩は平和の使者ですからね。私も家庭内の平和を望みますので、結婚式にふさわしいなあと。

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最後はお互いの両親にプレゼント。ラファエロの「ヒワの聖母」を私は切り絵で、華さんは石膏のレリーフで。
・・・って、写真に撮ると真っ白で見えませんね。

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額装前の状態。身内褒めになっちゃうのですけど、素晴らしい出来栄えです。ラファエロでありながら、しっかり華さんの作品になってる所が凄い。菅家の家宝ですね。

という訳で、結婚式に展示した作品でした。何か色々やったような気がするなあ。

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2019年9月25日 (水)

La speranza ~希望~

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フィレンツェのミケランジェロ広場からの眺め、50×100㎝、完成しました。

切り終えた後に白内障の入院と手術、退院後に部品を作って貼る作業となりました。 

あえて手間をかけよう。
あえて面倒な事をしよう。
あえていらん事をしよう。

これまでと目の使い方が変わったので不安もありましたが、基本に立ち返ればこの程度のハンデは克服出来る。まあ、目が疲れやすくなってるので今回は大変だったけどね~。

左下の建物や木々を貼ってアルノ川を貼る。次に川沿いの建物を貼って、奥へ奥へと仕上げて行く。何だかドゥオーモに向かって歩いて行くような気分になりました。

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ふと思ったのが「ああ、これは私にとっての希望の風景なんだな。」と。

ミケランジェロ広場に立って、フィレンツェ全体を見渡す。町のあちこちで下宿を転々としながら切り絵の腕を磨き、大勢の人と関わった思い出が全て詰まってます。
私がフィレンツェで経験した事、そして今でもこの町と関わる事で数多くの人や物事へとつながって行くのです。
だから、この風景はこれからも私にとっての希望。そういや、語学学校に通ってた時に会話の授業で「好きなイタリア語の単語って何か?」って課題で「la speranza」って答えてたな。 希望って意味です。あれから20年以上経つけど好きな言葉って変わらんもんだよね。

今この時に、この作品を手掛ける事が出来て良かったです。これまで眼鏡かけてりゃ出来た事が出来なくなって、ルーペを更に使って何とか元のクオリティを維持出来る程度。ならば、この状態で出来る範囲内で力を付けて行くしかない。再出発の時期なんでしょうね。

今日から再びミケランジェロ広場からフィレンツェの町に入って大切な物を見つけて行こうと思ってます。

この作品を見た人が希望を感じてもらえますように。

さあ、やっと鹿児島個展のDMを注文出来る。ギリギリのスケジュールですね。個展まで後3週間、頑張らなきゃ!

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おまけ。作品の裏側です。最後に背景のパーツ貼って、補強の為に厚紙を貼ったからこれはもう見えない。

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2019年9月 1日 (日)

白内障の手術

実は一年半ほど前から私の右目は見えてなかったんです。2018年の3月、京都で個展をやってた頃に、どうも右目で物が見にくい。メガネが曇っているのか目ヤニでもたまってるのか、拭いても洗っても見えにくいから変だなあと思ってたんです。その一か月後に豊田市で個展。最終日が終わって荷物を車に積み込んで帰る時に「右目が見えてない!!」って事に気が付きました。翌日、豊田市内の眼科に行って診てもらいましたら白内障との事。

白内障というのは、目の中のレンズが白く濁る病気。目の前にすりガラスを置いたようなもんなので、眼鏡をかけても見えないままなんです。手術で人口のレンズに代えれば見えるようにはなるのですが、私の場合は右目だけで左目は大丈夫だったので、「健康な左目まで手術してしまうのは勿体ない。定期的に検査しながら様子を見ましょう。」と言われました。
そこまで不自由でもなかったので、3カ月ほど後に再検査。特に症状は悪化してなかったので半年後にまた検査しましょうって事になりました。

昨年末、そろそろ検査に行くかと眼科に行ってみたら閉鎖されてました・・・。

この時点で6月に鹿児島に引っ越すって話が出てましてね。あと半年しかないのに豊田市内で眼科探すのもなあ。そんなに不自由もしてないし、鹿児島に引っ越してからで良いかと思ったのです。しかし今年の3月になってから急に症状が悪化したみたいで、ノンビリ鹿児島に行くのを待つなんて事が耐えられなくなり、豊田市内の別の眼科に行って診察してもらいました。
予想通り白内障は悪化しててそろそろ手術すべき。ただし白内障の手術を待ってる患者さんは多いので予約してもかなり待つ事になる。6月に鹿児島に引っ越すのならそちらで探す方が良い。という事になりました。

今年の4月、鹿児島に来る用事があったので、この機会に鹿児島の宮田眼科へ行きました。(鹿児島では眼科ではないものの、お医者さんの友人・お客さんは何人かいるので、その方たちに最高の眼科を紹介してもらました。)

私の白内障は相当進行してて、近視の度が強いのもあって難しい手術になる。私が診てもらった病院では手術出来ないので、宮崎県都城にある本院で入院して手術。最初に白内障である右目を手術して、経過を見ながら左目も手術する。8月19日から10日ほど入院。と、思った以上に大事になりへこみましたね。実際、白内障の右目だけでなく左目の方も負担が凄かったんです。4月下旬と5月にデパートのイベントがあったんですが、ブースのある場所の照明がきつくて両目とも痛くなったりしました。外出時は曇ってる日でもサングラスをかけてたんですけど、デパートの売り場でサングラスかけるわけにも行かないからねえ・・・。

そんなこんなで6月に鹿児島に引っ越し。7月にTEDxに出て(目が見えにくかったので、フリップの文字を大きくしてもらったりして、スタッフの方々にはお世話かけたなあ。)その間に2回検査。白内障はそんなに手術を急ぐ必要は無く、たとえ視界が真っ白になるまで悪化しても手術すればまた見えるようになる。
人間の目のレンズは近い所も遠い所も瞬時にピントを切り替えて合わせる事が出来る。人口レンズはピントを切り替える機能が無く、一カ所しかピントは合わないので、遠い所は見えるけど近い所は見えなくなったりする。だから近い所を見るのに老眼鏡をかける。

老眼鏡!!

・・・嫌な響きだね。年寄りくさい。そもそも白内障ってのは目が老化したからなるもんなので、私はまだならなくても良さそうなもんなんですよ。今、48歳です。そりゃ、若者とは思わないけどさ。流石に。
一応、宮田眼科さんで診察してもらった時に「普通は両目とも同時に白内障になるもんなんです。片目だけって事は老化によるものじゃないですよ。どこかに強くぶつけたんじゃないでしょうか?」と言われました。ぶつけた覚えは全くないんだけどね。だから運が悪かったんでしょう。ともあれ、老化したわけじゃありませんからね!!

さて私の手術なんですが、これからも切り絵を作らなきゃならない。近い所が見えないと作業が出来ません。よって遠い所ではなく近くにピントを合わせたレンズを入れてもらう事にしました。これなら今までと同じような生活になる。

8月19日に入院。20日に右目の手術。21日にガーゼが外れました。

ちなみに白内障の手術、目にメスを入れるなんて物凄く怖かったんですけど、手術前の麻酔も目薬で眼球に注射針を刺すなんて事はありませんし、手術中は手術する片目だけ出して布で覆う。手術する目は真上にあるライトを見ます。すると視界がキラキラ光って具体的に何をやってるのかは全く見えなくなる。だからそんなに怖がる事はないんですよね。大変なのはむしろ両目を開けてないといけない事。片目だけでは眼球が動くんだそうで、手術は10分以内で終わるのですが、目を開けたまま一点を見続けるのは難しい。右目・左目とも先生に怒られながら手術してもらました。

手術は上手く行きましたが、問題発生。目の奥にある網膜が痛んでまして、直線が歪んで見える。一応、人口レンズが目に慣れるまで1カ月ほどかかるので、現時点ではお医者さんでも判断出来ないのですが、多分、このまま治る事はなさそうです。それと近い所にピントを合わせたけど、だいたい目から50㎝の所でピントを合わせてあるので、50cm以内だと見えなくなるので結局老眼鏡をかける事になるんですね。(何だよ・・・。)

入院中、宿題を持ち込みましてどう見えるのか試しながら作業してました。(6人部屋で、他の入院患者さんが暇を持て余している中で私だけは全く退屈しなかった。)

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切り終える所まで進めた図鑑シリーズ。最上段の5点は新シリーズの「世界の名車シリーズ」です。・・・って、今の所トヨタ車のみですけどね。その内、他のメーカー、他の国の車も作ろう。

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こちらは桜島の風景。サイズは20×30㎝。下絵を終わらせるとこまで進めました。山の部分などを切ってありますが、手術後の見えにくい状況で切ってます。意外と勘を頼りにしてもやれるもんだ・・・。

右目の手術から一週間後の26日に左目の手術。27日にガーゼが外れました。こちらは白内障ではなく、網膜も傷んでないから線が歪んで見える事はないのですが、肝心のピントが甘い。目から50㎝ぐらいの所で自分の手を動かして見てみましたが、きっちりピントが合う事は無いんですね。ピントが合ってるのが水性ボールペンで引いた線とすれば、先が多少丸くなった鉛筆で引いた線のように見えるんです。

裸眼では意外と見えるようになってて、右が0,1左が0,7になってました。裸眼でも十分生活出来るレベルですね。ぎりぎりで車の運転も出来ちゃうし。ただし、手術直後なので、この後の1カ月でレンズが安定すると視力が下がる可能性はある。同時に左目のピントもバシッと合う可能性も有る。まあ、今の所は何とも言えないのですけどね。しばらく目薬をさしつつ定期検診を受ける事になります。

28日に退院しました。退院後、同じ病室で私よりも先に退院してた井上さんとお昼ご飯を食べに行きました。宮崎県の都城ってチキン南蛮が名物なんですよ。

チキン南蛮!!カラッと揚げたジューシーな鶏肉に甘酢、とどめにタルタルソースと、これ以上無い程の黄金の組み合わせ。鶏料理の頂点と言っても良いでしょう。

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都城で一番と評判のRYUという店に連れてってもらいました。ごく控えめに言っても絶品!!
井上さんに私だけでなく迎えに来てくれた華さんまでご馳走になっちゃいました。デザートのマンゴーパフェも美味しかった。井上さん、ありがとう!最高の退院祝いでございました。
宮田眼科さんで出た給食、なかなか美味しかったけど量が少ないんですね。10日入院して4キロも痩せました。おかげで理想的な体重に近づいた。退院時には「胃袋が小さくなってるから、全部食べられないと思うよ。」と井上さんに言われてましたが、チキン南蛮もパフェも完食。この日の夕ご飯は抜いたけどね。
ちなみに井上さんも私と同年代で片目だけ原因不明の白内障でした。同じ境遇の患者さんと一緒だと心強いもんでしたね。入院生活、6人部屋で入れ替わり立ち替わりでしたが和気あいあいとしてて楽しかったですよ。

さて鹿児島に戻って翌日の29日、制作を再開しました。宮田眼科を退院した時に眼鏡を2種用意してもらいました。遠くを見る用の眼鏡(だいたい視力が両目とも1,2ぐらいになる。)老眼鏡。一か月間は目の調子が安定しませんが、とりあえず私が制作出来るのか確認する必要がある。病院で用意してくれた老眼鏡ではピントが甘くて制作出来る程ではない。ホームセンターに行って頭にかぶるタイプの虫眼鏡を買って来ました。下絵、切り、部品の切り出し、部品の着色、部品の貼り、はみ出た部分調整と、これらの一連の作業が出来るかどうか試してみました。

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昨日、完成させた作品です。退院後の作品第一号。サイズは10×10㎝。上のフィアット500は入院前に部品を切り出しておきました。下のフィアットのトポリーノは入院中にデザインして手術前に切り終え、退院してから下絵をコピーして切りまして部品作り。私が6月にトヨタ自動車博物館で写真を撮ったのは左の黄色いのでしたが、ワインレッドのも作りたかったので。

虫眼鏡を使えば手術前と同じように作品は作れる!

白状すると、左目のガーゼが取れて近い所が見えなくなってからの数日はすごく不安でした。右目は見えるようになったとは言え直線が歪んでる状態では作業は無理。左目もピントが甘くて細かい所を作業するのは無理。20年以上腕を磨いて来た事が無駄になるかもしれないと考えると気が狂いそうになってました。勿論、手術をして良かったです。あのまま放置しておけば多分5年もしない内に両目ともダメになってた。色々間が悪かったみたいで、豊田市に居た時に白内障を悪化させてしまいましたが、九州一の眼科で院長先生に手術をしてもらったのは結果的にベストだったと思います。昨日の午前中に術後初めての検診でしたが、経過は順調なそうです。私じゃなくて普通の生活してる人なら大成功と言えるんでしょうね。
しかし、重要なのは私が今後も制作を続けれるかどうかという事。質を落とすことなく。
まあ、多くの年配の職人さんを見て来ましたし、細かい作業で老眼鏡や虫眼鏡を使ってる方も大勢いました。細かい作業が出来ないのなら、別な表現技法を見つけ出して(そんな簡単には見つからないと思いますが)作家活動は続けて行こうと、ある程度の肚はくくりましたけどね。

多少のストレスはあるものの、現時点では十分制作出来る。今後、まだ目の状態は変わりますが、多少目が悪くなる程度なら何とかなりそうです。トポリーノ2種を完成させた時は嬉しかったですね。

そうそう。手術で格段に良くなった事があります。それは色について。右目のガーゼが取れた時に世界が青く見えたんです。その時点で左目は白内障じゃなくて健康な目でしたよ。でも右と左で見比べてみると明らかに右が青くて左は黄色い。白いものを見ても右が青みがかってて、左は黄ばんだ白に見える。してみると、左目の方も加齢に伴い色が濁ってたという事になる。
今は両目とも手術して同じような色目に見えますがね。
だから今後は前以上に素晴らしい色が出るようになる。・・・って、見る人が私と同年代なら繊細な色の違いなど分からんかもしれんな。

まあ、これまで片目しか無い状況で一年半。ハンデを背負った状態で制作してて、言わなきゃ誰も気が付かないほどの質を維持して来たんだから。両目が開いた分、別の、それも少しのハンデが出来ただけですね。むしろハンデ上等ってもんよ。

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という訳で、今からはこれを作って行きます。手術前に切り終えてた、フィレンツェのミケランジェロ広場からの眺め、50×100㎝。
10月の鹿児島個展までに仕上げます。この半年間、目の事で本当に苦しみましたが、これを糧とします。不死鳥のように蘇った切り絵師・俊寛をご覧に入れますので、どうぞご期待下さい!!

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2019年3月25日 (月)

フォレスタヒルズでの個展、始まりました!

5回目となりました、豊田市のホテルフォレスタヒルズでの個展、今日からオープンです。


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初日から大勢のお客様に見に来ていただいてます。


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画像は今回の展示で初公開の作品。上段左から、ドゥカーティ、マイクヘイルウッドレプリカ、ピノッキオ、ポンペイの犬のモザイク。
下段左から、ネモフィラ、ヒマワリです。
サイズは全て10×10cm。
ネモフィラとヒマワリは昨日、会場作って床屋に行って買い物に行って帰宅してから下絵から始めて完成させた。
午前4時過ぎにやっと寝れた。
ギリギリまで制作をする悪い癖を直さなきゃ・・・。


CBCテレビのイッポウには27日(水)に出ます。水戸黄門の再放送の後にやってる番組。
5分ほど新作(大きいサイズの風景画)の制作過程と個展情報が流れる予定です。


31日(日)が最終日です。
お近くにお住いの方々、見に来て下さいね!

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2019年1月 1日 (火)

謹賀新年!!

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明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。

元日ぐらいはノンビリすっかな~って事で、図鑑シリーズをやってます。

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年中無休で切り絵の制作。
図鑑シリーズ、いつもなら一年に50点は作るんですけど、2018年は25点しか出来ませんでした。いかに昨年が忙しかったかって事ですね。正月三が日は図鑑シリーズの強化に努めようと思います。

今年の抱負、整理整頓ですかね。昨年の夏に家のリフォームをしたんですけど、私の部屋だけまだグチャグチャ。他にもいろいろ制作以外でやる事はありますけど、落ち着いて一つずつ決めて行こうと思います。

さあ、楽しい一年の始まりです。年男なので、猪突猛進で行きましょう!!

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2018年12月30日 (日)

切り絵漫画「ロミオとジュリエット」後編

ロミオとジュリエットの後編です。

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キュピレット ええい、うるさい、この親不孝のおひきずりめが!よいか、言っておくが、木曜日には教会へ行くのだ。

ジュリエットの父のキュピレットは、公爵の甥であるパリス伯爵との縁談をまとめたのですが、ジュリエットは拒否する。当然、怒り狂うキュピレット。
ところで、おひきずりって何だ?
国語辞典で引いてみましたが、きれいな着物を着てるだけで、働かない女の事だって。長いドレスを引きずって歩くからですかね。何か、セクハラで訴えられそうな台詞である。

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僧ロレンス それから寝る時には、この瓶を持って行かれてな、中の毒液を、すっかりお飲みになるがよい。

僧ロレンスの計画によると、その毒液を飲むと42時間の仮死状態になるので、その間にマントヴァにいるロミオを呼び寄せて、ほとぼりが冷めるまで二人で身を隠す。時期を見て実は二人とも元気で一緒になって居るという事を公表すれば、100年もの間いがみ合っていた両家も和解させる事が出来る・・・。

という策だったのですが・・・。状況を説明する手紙を出したら、使いに出した物がペストの疑いをかけられてヴェローナから出してもらえず、ロミオの元に手紙が届かなかったので物語が悲劇に・・・。しかし、それでも手は打てたと思うんだけどなあ。肝心な所でノンビリしている。

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乳母 お嬢様がお歿くなり、お歿くなりになりました。あああ、情けない!

マキューシオがロミオ側のギャグ担当なら、ジュリエット側はこの乳母。騒々しく大騒ぎしてジョークも飛ばすが(マキューシオとの掛け合いで調子に乗り過ぎたのをハッと我に返る場面がある。)終始ジュリエットの身を案じて行動する。出番も多くて重要な役なんですけど、名前が設定されてないんですね。スーザンと言うジュリエットと同年で、若くして亡くなった娘の名前まで出てるんだけど。

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パリス やい、モンタギューの悪党奴、神を畏れぬ所業をやめろ!殺した上に、なおまだ復讐を加えようというのか?

公爵の甥のパリス伯爵。ジュリエットと婚約したので、墓前で別れを偲んでいた所にロミオが現れて決闘になった。映画ではカットされる事が多いみたいで、パリス伯爵は死ななくて済むんだけど、そうなると何しに出て来たのか分かんなくなっちゃうんですねえ・・・。
公爵の甥と言えば、マキューシオもそうなんですけどね。この二人は特に接点も無かったのです。考えてみたら、公爵も身内が二人死んでいるので、他人事じゃなかったんですね。

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ロミオ さあ、わがいとしの人のために!(毒薬を飲む)おお、正直だな、薬屋、貴様の薬はよく利くぞ。さあ、こう、接吻して、俺は死ぬ。(息絶える)

ジュリエットが死んだと勘違いしたロミオは毒薬を飲んで自決する。

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ジュリエット この胸、これがお前の鞘なのよ。(自ら胸を刺す)さあ、そのままにいて、私を死なせておくれ。(ロミオの身体の上に折り重なって死ぬ)

ロミオが息絶えた後、ロレンスが現れるのですが、夜警の見回りを恐れてジュリエットを置いて逃げ出すんです。もうちょっと早く現れるか、せめてジュリエットを連れて行くかどうかすれば良いのに。
しかし、このジュリエットの台詞も良いですな。

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モンタギュー いや、もっと差し上げたいものがあります。というのは、私はお嬢様の像を、純金で建立しましょう。

終始影の薄かったモンタギュー(ロミオの父)。私の作品でも登場出来なかったので最後に台詞だけ出しました。ちなみにロミオの母は、ロミオがヴェローナから追放された悲しみのあまり息絶えてしまったそうです。ついでのように片付けられてしまって、ジュリエットの両親に比べるとやっぱり扱いが悪いなあ。

最後の場面は実際のジュリエットの家の風景です。家の前にはジュリエットの像が立ってるんですね。(流石に純金ではないけど。)
物語として話が進んだのですけど、最後は現実の世界とリンクしているというのを演出しました。

ただですね・・・モンタギューの台詞の後、キュピレットが自分もロミオの像を立てましょうって台詞があるのですけど、現実のヴェローナにはロミオの像は無いのです。ジュリエットの像の隣に建ててあげなよって気がするんですけどねえ。

ジュリエットの像の左胸に触ると幸せになれるそうなので、観光客が触りまくってツヤツヤになってるんです。

名古屋の個展が終ってから、レオナルド・ディカプリオがロミオ役をやった映画も見ました。こちらは現代の物語になっています。
現代劇としては無理のある場面もあります。殺人を犯したロミオを町から追放するだけとか、ジュリエットの死を知らせる手紙が届かずに大騒ぎしたりとか。・・・電話をかけなさいよ。
見ていて最初は「おいおい・・・。」と思いましたが、グイグイと話に引き付けられるのは、やはりシェイクスピアの原作の持つ力でしょうな。(台詞は同じなのです。)見て良かったと思いました。

そして最近、1936年に制作された白黒の映画も見ました。最初に作られたロミオとジュリエットの映画ですね。原作通りの展開で、ちゃんとパリス伯爵も決闘で死ぬのですが、主演のロミオとジュリエットがどうも若く見えない・・・。調べてみたらロミオを演じたレスリー・ハワード(後に風と共に去りぬでアシュレイを演じた。)が43歳、ジュリエット役のノーマ・シアラーは34歳だったんですって。どおりでおばさんくさいなあと思った。若手を使わずに、当時の名優を使ったって事でしょうけどね。いや、楽しめましたけど。

そんなこんなでロミオとジュリエットにはまっちゃった年末でございました。
皆様にも良いお年をお迎え下さい。

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2018年12月29日 (土)

切り絵漫画「ロミオとジュリエット」前編

一昨年の西遊記、昨年のピノッキオの冒険に続く第3弾。今年は何すっかな~と悩みましたが、2月にイタリアのヴェローナを旅行した時に閃いた。

「そうだ、ロミオとジュリエットをやろう!!」

ロミオとジュリエットはイギリスの文学者、シェイクスピアの戯曲ですが、舞台となったのはイタリアのヴェローナなんですね。
スタートしたのは10月の鹿児島の個展が終ってから。一応、それまでに文庫本を買って来て終わりまで読んだのですが、これがもう本当に頭に入って来ない。戯曲ってのは台詞だけで話を進めて行くのですけど、全然面白くないんです。
しかし、ロミオとジュリエットの映画(1968年、オリヴィア・ハッセー主演)のDVDが手に入りまして、何度も見ては原作本を読み、15回程繰り返した結果、「ロミオとジュリエットは非常に面白い!!」という結論に至りました。慣れて来ると戯曲の独特の言い回しも面白い。完全にはまっちゃいましたね。

西遊記やピノッキオと違って、ロミオとジュリエットの場合はキャラクターが頭に浮かばないですね。なので、映画版を基本に、ルネッサンスの絵画(だいたい14世紀の物語なので)を参考にしてデザインしました。

と言う訳で、大苦戦しましたが何とか完成。15点を一つの額縁に入れて展示しましたが、それぞれの作品の下に登場人物の台詞も印刷して貼り付けました。以下、太字が作品と一緒に展示した台詞です。

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ティボルト 地獄と一切、モンタギューの奴等は貴様もそうだが、それほどいやだ。さあ、いくぞ腰抜け!

プロローグ、ヴェローナの町で憎しみ合うキュピレット家とモンタギュー家。この物語の100年以上前に、ローマ教皇と神聖ローマ帝国の皇帝が覇権を争ったという事があり、ロミオの実家であるモンタギュー家は教皇派、ジュリエットの実家であるキュピレット家は皇帝派に所属していたそうです。
ティボルトは上の作品画像で中央で剣を振り上げている人物。ジュリエットの従兄になります。(ジュリエットの母の兄の息子)非常に血の気の多い人物。

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太守 治安を乱す不逞の輩、してまた隣人の血潮をもって刃を汚す不埒の輩―なんと、聞く耳持たぬというのか?

町中で諍いを起こす両家の間に割って入り仲裁を行うヴェローナの太守。エスカラス公爵という名前です。

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ロミオ 私の唇という二人の巡礼が、今こそ優しい接吻をもって、手荒なこの痕を拭いとろうと羞じらいながら控えております。

キュピレット家主催の仮面舞踏会に忍び込んだロミオはジュリエットに一目惚れする。ジュリエットに出会う前はロザラインという女性に恋していました。ロミオの従兄のベンヴォーリオは「ロザラインなんて、そこまでいい女じゃないだろ!」と言うのですが、恋は盲目だったようで・・・。しかし、この場面以降は「ロザライン?誰です?」てな感じになってました。

・・・にしても、ロミオは一体何を言ってるのでしょうね?訳の分からない事を口走ってどさくさ紛れに手に接吻をしてるようにも思えます。
しかし、ジュリエットもこれに対して似たような言葉で答えている。これは、二人の年齢(ロミオ16歳、ジュリエット14歳)を考えると、精一杯の背伸びしたやり取りだったんですかねえ・・・。


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ジュリエット ああ、ロミオ様、ロミオ様!なぜロミオ様でいらっしゃいますの、あなたは?

あまりにも有名なこの台詞。この場面だけは作らなきゃねって事で。
ちなみに、ジュリエットの立っているバルコニーは、実際にヴェローナにあるジュリエットの家のバルコニーをそのままデザインしました。現地取材の成果ですね。
しかし、実際はこのバルコニーまで高さが有り過ぎて、ロミオがよじ登るのにはちょっと無理があります。まあ、当時は丁度良い高さの木が生えてたって事にしときましょうか。

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僧ロレンス 願わくは神もこの聖なる式に微笑みを送りたまえ。後の日に悲しみをもてわれらを責め給わざらんことを!

出会った翌日に二人だけで結婚式を挙げる。
この直前の場面も好きで、ロミオが従兄のベンヴォーリオや悪友のマキューシオらと、冗談を飛ばしあい、ジュリエットから伝言を預かって来た乳母をからかう所など三馬鹿と言った感じ。ロミオというと、繊細で内向的なイメージですが、友達といる所は今でもイタリアにいるような年頃の男子って感じで微笑ましい。

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マキューシオ なに擦り傷、擦り傷だ。だが、もう深傷は十分。

ロミオの友人であるマキューシオと、ジュリエットの従兄であるティボルトが剣を抜いての騒ぎを起こす。二人の間に割って入るロミオだったが、ティボルトの剣がマキューシオの体を貫く。
このマキューシオはエスカラス公爵の甥。なので、本来は両家の諍いには無関係なのですけど、どういう訳かモンタギュー側について戦っている。
お調子者なので、刺されて助けを求めても周囲の者たちは「またマキューシオの悪ふざけが始まった。」とばかりに相手をせず、最後は「両家とも滅びてしまえ!!」と呪いながら倒れる。

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キュピレット夫人 公爵様、どうぞ公平な公爵様、私たち一族の血の償いに、モンタギューの血も流してやって下さいませ。ああ、ティボルト、私の甥!

陽気なマキューシオの死はロミオを激しく憤らせ、ティボルトを殺してしまう。かけつけたエスカラス公爵にキュピレット夫人はロミオの処刑を訴えるのですが、これ以上の流血騒ぎを嫌った公爵により、ロミオのマントヴァへの追放が言い渡される。
・・・ジュリエットの両親の方が出番が多いですね。ロミオの両親の方は、すごく影が薄い。私の作品でも結局出番が無かったりします。

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ジュリエット では、窓よ、光を入れて、そして生命を送り出しておくれ。
ロミオ さようなら、さようなら!もう一度接吻を。それでは行こう。


マントヴァへ追放される前日、ジュリエットの乳母の手引きでロミオはジュリエットと一夜を過ごす。
この前のベッドシーンも良い台詞があります。ジュリエットの「今聞こえたのは、あれはナイチンゲイル、雲雀じゃありませんわよ。」って。ナイチンゲールは別名をヨナキウグイスと言います。朝に鳴くのは雲雀。だから夜が明けて欲しくないって思いのこもった台詞なんですね。その場面も作品にしたかったんだけど、私のこの絵柄でベッドシーンは無いよなあとおもったので、別れの場面にしました。

・・・長いので、後編に続く。

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2018年12月13日 (木)

お菓子で抽象画

名古屋の個展が終って以降、注文制作をやってます。はー忙しい。年内に全部仕上げるのは無理なんだけど、出来る限りは作っちゃいたいところです。

と言う訳で、前回のブログの続き。イタリアのお菓子シリーズをやりましたが、今年はそれを元に抽象画を作りました。抽象画と元になった切り絵をペアで展示するって、ずっとやりたかったんですよね。
サイズは各15×15cmです。前回発表のイタリアのお菓子シリーズは10×10cmなので、1,5倍の大きさ。ブログでも並べて公開して行きます。

各お菓子の説明は前回のブログを参照して下さいませ。

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カンノーリ
おっぱいを連想した人が居ました。こんなので欲情するってのも、ちょっとどうなんでしょうと思った。

2

ティラミス
ジェラート屋さんなんかでも売ってます。こんな小洒落たケーキみたいな感じじゃなくて、スプーンですくってカップに入れて売ってくれる。

3

トッローネ
ナッツやドライフルーツが入ってるので、見た目に華やか。お土産に買って行ったら喜ばれた。まあ、私はナッツとか何も入ってないのも好きですけど。

4

カントゥッチ
イタリア土産の定番ですが、固いので歯の悪い人には向いてないかも。そういえば固くなったパンをかじって歯が欠けた留学生仲間がいたなあ・・・。

5

パンナコッタ
レストランでも食べたけど、スーパーで売ってるのを時々買ってました。ベリー類とチョコレートのソースの2種類あったなあ。日本でも売らないかしら。

6

ジェラート
フィレンツェに旅行してる方に教えるのは2番目に好きな店。1番好きな店は中心部から外れてるので。どうしても行きたかったら教えますが。

7

スフォリアテッラ
マツコが絶賛したら爆発的に売れてるみたいで、日本のお菓子屋さんが通販をやってたんですが、注文が殺到してストップになってた。凄いな。


8

スキアッチャータ・コン・ウーヴァ
フィレンツェから帰国する前日にパン屋さんに行き、テイクアウトして翌日、飛行場で朝ごはんとして食べました。一日経つと多少べチャッとしてたけど充分美味しかった。

以上、抽象画シリーズでした。次は何をやろうかな♪

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2018年12月 6日 (木)

イタリアのお菓子シリーズ

今年の展示も終わったので、今年制作した作品画像で未発表のやつを公開して行きます。

まずはイタリアのお菓子シリーズから。2年前から始めた料理のシリーズですけど、魚料理、イタリア料理と続けて、今シリーズで第3弾となりました。サイズは各10×10cm。魚料理とイタリア料理のシリーズは15×15cmだったので一回り小さいです。このぐらいのサイズの方がこのシリーズには合ってるので。

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カンノーリ
既にこのブログで見せましたが、これが第一弾です。
シチリアのお菓子ですね。薄く焼いた生地にリコッタチーズで作ったクリームが詰まってます。シチリアの名物って言っても、今はイタリア全土で売ってますからね。今年の2月に北イタリアを旅行しましたけど、度々見かけました。歩き疲れた時におやつに食べたけど、カロリーが高いのか疲れが取れましたね。

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ティラミス
バブル時代に有名になった北イタリアのお菓子。エスプレッソを滲みこませたビスケットとマスカルポーネチーズで作ったクリームが層になって、一番上にココア又はチョコレートパウダーをかけて仕上げる。・・・っと、最近は本場のティラミスを食べた人も多いので分かってると思いますけど、イタリアではこんなのはまず出て来ないです。でかいパレットに作って、スプーンですくってべチャッと皿に入れるので、こんな小洒落た感じのは日本のお菓子メーカーさんでしか出ないでしょうね。とは言え、べチャッとしたのは絵にならないんだよなあ。

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トッローネ
蜂蜜とナッツの粉を徹底的に混ぜ合わせるペルシアのお菓子「ハルヴァ」が起源。インドからヨーロッパまで広範囲に伝わりました。イタリアに渡ったのがこのトッローネ。スペインではトゥロン、フランスではヌガー、そして日本ではハイチュウ。(最後のは嘘です。)

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カントゥッチ
トスカーナ州、プラートのお菓子。アーモンドを練り込んだ固いビスケット。軽く焼いた後、切り分けて再び焼きます。ワインやヴィンサントという甘いワイン、エスプレッソコーヒーなんかに浸して食べるのがポピュラーですが、私はそのまま食べるのが好きかな。シンプルな作りですが、美味しい店のは絶品と言って良い。

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パンナコッタ
パンナはクリーム、コッタは温めたという意味。クリーム、牛乳、砂糖を火にかけ、ゼラチンで固めて作る。シンプルながら濃厚な味です。私はイチゴやブルーベリー、ラズベリーなど、ベリー類のソースをかけて食べるのが好きです。

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ジェラート
良く言えば素朴、悪く言えば不細工なイタリア菓子ですが(良い材料と良い菓子職人が作れば非常に美味しいのですが・・・。)これだけは文句のつけようがありません。世界に誇れるイタリアのジェラート。大の男でも相好を崩すほどの美味しさ。
作品ではコーンの方をヘーゼルナッツとチョコレート、カップの方をイチゴとピスタチオの組み合わせにしてみました。

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スフォリアテッラ
スフォリアテッラとは襞を重ねたという意味。ナポリのお菓子です。パイ生地の中にリコッタチーズで作ったクリームが入ってます。
最近デパートのイタリアフェアに、このお菓子の店が出て来まして大評判になりました。私たち参加者も皆で買いに行って食べたりしてます。日本人向けにアレンジされてますが、確かに美味しい。何でも、マツコデラックスが絶賛したとか・・・。
通販もしてるみたいなので、興味のある方は調べてみて下さい。

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スキアッチャータ・コン・ウーヴァ
スキアッチャータは潰した、コンは~と一緒に、ウーヴァは葡萄の意味。
潰したパン生地の上に葡萄を生のまま並べて、砂糖をまぶして焼くだけ。雑な作りですが、これが美味い!!友達の家でお昼をご馳走になった時にデザートとして出て来て、何気なく口に入れたら夢中で食べちゃいました。
葡萄の収穫時である秋限定、トスカーナ地方だけ出て来るお菓子です。

以上8点。絵になるイタリアのお菓子を作ってみました。

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