2008年4月 1日 (火)

桜咲く季節に。

002_roberto 4月1日から5月1日までイタリアに行って来ます。

イタリアではパソコンを使わないので、ブログへのコメントやメールのやりとり等は、帰国するまで出来ませんのでご了承下さい。

画像は帽子の木型職人のロベルト・ビーニさん。サイズは50×40cm。2002年制作なので職人シリーズの中でも初期に制作した作品です。帽子職人が使うための木型を中心に制作していますが、その他にも様々な遊び心あふれる木の彫刻を手がけています。
折りたたんだシャツや傘の彫刻、空中でズボンが踊る彫刻「透明人間が履いてるズボン」など、見ていて楽しくなるものでした。

昨年の滞在で一ヶ月間借りた部屋は彼の持ち家でした。この家にずっと住んでるYさんは僕の昔のバイト仲間。日本料理屋でウエイターをしてた頃からの知り合いです。ビーニさんの持ち家だと言う事に気が付いたのは一週間ほど経ってからだったかな。

「なあんだ、ここビーニさんの家だったのか。」

「もう10年も住んでるからね。ビーニの娘同然やもん。」

素敵な偶然だった。気が置けない友人と同居と言う事もあって、楽しい一ヶ月間でした。今年もまたビーニさんの家にお世話になる。でも・・・ビーニさんはもういない。

ロベルト・ビーニさんは昨年の8月に脳梗塞で亡くなられました。僕が訃報を知ったのは年末にYさんに「今年も部屋を借りたいんだけど・・・。」という電話をかけたときでした。お兄さんが共同で工房を切り盛りしていたのですが、ビーニさんの半年前にも一人職人さんが亡くなっているので、そろそろ工房も閉めるんだそうです。フィレンツェの名物工房がまた一つ消える。

咲き誇る桜と散っていく桜。出会いと別れの季節ですね。人の一生は桜の花に比べると長いですね。人生を意味のあるものにする為には、綺麗な花を咲かせなきゃ。いろんな人の思い出に残るって、それが「一番綺麗な花」じゃないかなと思う。今年からはビーニ工房へ行っても、いつものように働いてるビーニさんを見る事は無い。でも、どこかでビーニさんの居る気配を感じる事はあるだろう。心の中で会釈して、僕は次の工房へ向かう。

今までの出会いを大切にしつつ、新しい出会いを求めて、桜舞い散る中イタリアへ出発だ!!

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2007年8月21日 (火)

昔の作品番外編。職人シリーズ用のスケッチ。

La_traccia083 番外編で随分引っ張りましたが、今回で終了。最後に職人シリーズ用のスケッチを公開。全て鉛筆で描いてあります。

1番目と2番目は靴職人、ロベルト・ウゴリーニさんの工房にて。この工房は壁一面に木型がかかっていて、とても絵になる工房。何人か日本人も弟子として働いているし、下宿から近いのでほとんど毎日通ってスケッチをしてました。

La_traccia0841番目は靴の木型のスケッチ。壁一面にかかってる木型全てをスケッチしました。(本当はもう2ページ分、木型のスケッチがあるんですけどね。)ずっと同じ位置に木型があるわけではないから全部スケッチする必要はないんだけど、この時は全て描ききる事により何かがつかめると考えていた。

2番目は机の上にある物のスケッチ。特徴ある形のハンマーやペンチ等。右の方に簡単に靴を縫っているときの手つきも描いてある。結局この作品では縫いの場面ではなくハンマーを使っている場面になったけど。

La_traccia085 3番目は帽子の木型職人、ロベルト・ビーニさんの工房にて。この工房は靴のウゴリーニさんの工房の近くにあるので、ウゴリーニさんの切り絵を作っている時に知り合った。

壁にいろんな道具がかけてあります。中央には工房がある広場「サント・スピリト広場」を描いた油絵がかかっている。こういうのは写真1枚あれば済むんだけどね。フィルム・現像代も節約したかったし。その点、今はデジカメを使っているので、思う存分に写真が撮れる。

La_traccia086 4番目はバイオリン職人のカルロ・ベットーリさんの工房。バイオリンの表板を作る時に使う型、カンナ、しゃこ万力等。左下にあるのもカンナです。小指ぐらいの大きさの極小カンナ。

右下はスケッチをしている時に遊びに来たベットーリさんの友達(客かもしれないけど。)バイオリンを手に取って見てたので、作品に組み込めるかも知れないなと思い、素早くスケッチ。実際の作品には登場させなかったけどね。

ここまでは「工房にある物を全部スケッチするぞ!」ぐらいの勢いだったのですが、ベットーリさんに「お前が来ると仕事に集中出来ないよ。」と言われました。流石に申し訳なく思ったので、以後は写真を撮れるだけ撮って、どうしてもわからない所だけ改めて取材させてもらうという方針に変えました。一つの作品にも徹底的に追求するという事なら、一生懸命スケッチをして自分の中の世界を固めるという過程は必要なのですが、職人さんの好意で取材させてもらってるので仕事の邪魔をするのは良くないですからね。

ちなみにベットーリさんとは完成した作品を持っていったら大喜びで、無事に仲直り出来ました。

La_traccia087 最後の画像は彫金家のパオロ・ペンコさんの工房にて。マッチ棒みたいな物がたくさん描かれていますが、これはモーターツール(ペンのように使える電動ドリル)という道具の先端部分。先端の部品を交換する事により、ドリルからヤスリまで用途によって使い分ける。こういう細かい部品は写真ではわかりづらいので、スケッチして形状を把握した方が良い。

現在も相変わらずイタリアの職人シリーズの切り絵をやってますが、わかんない部分があるのでちょっとイタリアまで見に行くなんて事は出来ませんので、同じ物でもいろんな角度から写真を撮って来ます。本当はちゃんとスケッチをしてから本番に取り組みたい所ですけどね。せめて、この頃の気持ちだけは忘れぬように、真摯に制作に取り組んで行こうと思います。

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2007年8月18日 (土)

昔の作品番外編。使わなかったスケッチ2。

La_traccia079_3 上の画像はボローニャの噴水のスケッチ。ペンとカラーインクにて。海神ネプチューンの像が中央にあって、周囲に数体の人魚の像が取り囲んでいる噴水。このネプチューンの噴水は黒光りするブロンズ製ですごく格好良い。(フィレンツェにもネプチューンの噴水はあるんだけど、こちらは大理石製でプロポーションも悪く、風呂上りのオッサンみたいです。)

切り絵にしようと下絵を描いたんだけど、上手くまとまらなくて放棄しました。結局、この時は同じ日に取材していたボローニャの八百屋さんを切り絵にした。(8月10日のブログ参照。)La_traccia080

2番目の画像はシエナの風景。これもペンとカラーインクで描いてあります。これは正確にはスケッチじゃないですね。下宿で写真を見ながら描いたから。「アイデアスケッチ」ですな。フィレンツェからのバスを降りるとこの風景が見える。手前の教会と遠景のドゥオーモの対比が美しい。

何で、これを切り絵にしなかったかと言うと、当時は風景を見たまま作品にするという事に抵抗があったのです。何かひとひねり無いと絵葉書みたいなつまらない作品になるんじゃないかと思ってました。匠気を意識し過ぎてたんですかねえ。変な部分に力が入ってたと言うか・・・。まあ若かったって事かな。今だったら、そういったこだわりも無いのでサラッと作れますが。

シエナの風景以外は鉛筆で描いたアイデアスケッチ。廃墟と猫とヒナゲシを組み合わせて作品にしたかったんだけど、これも上手くまとまらなかったな。

Image1 3番目の画像、全てペンとカラーインクです。

左側は友達の猫です。モップみたいなクシャッとした毛の黒猫。友達の家は田舎なので、5,6匹放し飼いになってました。・・・にしても猫の前足って何でこんなに可愛いんだろう。

中央はいろんなバイク。下宿の近所に停まってたのを描いた。このスケッチを見た友達に「鳥山明みたい。」と言われました。男はメカ好きだからな。この中でベスパはボローニャの八百屋の切り絵に小さく出ています。

左側は使用したスケッチ。モザイク職人の切り絵用。道具と天井に吊ってあるランプ。ライオンのレリーフは工房の壁に飾ってあった。

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2007年8月17日 (金)

昔の作品番外編。使わなかったスケッチ1。

La_traccia076_3 フィレンツェ近郊はワインの産地なので、葡萄畑は多いです。職人シリーズを始める前は、ちょくちょくスケッチブックとカメラを持って遠足してたのですが、必然的に葡萄畑も目に入る。

まあ、あまり安易な気分で作品にしたくないというのはありましたね。で、結局未だに葡萄の木の切り絵は作ってません。

画像1と2はモンテ・リッジォーネにて。シエナ近郊の城塞都市ですね。城塞都市と言っても城壁の直径は歩いて3分無いぐらい小さい町ですが。で、城壁の周りは葡萄畑がじろがっている。

立ち入りして良いものかどうかわかりませんが、注意されたら謝ろうという事で、葡萄畑の中をうろついて、気に入った1本の前に腰を下ろしてスケッチする。このスケッチはペンとカラーインクで描いてあります。La_traccia078_2

収穫前だったようで、既に葡萄の実はたわわに実っていました。私は周囲を見回し、誰も見ていない事を確認して何粒かちぎって口の中に放り込んだ。(泥棒・・・。)

ワイン用の葡萄だから、生で食べて美味しいかどうか知りたかったのですが、大変濃厚な甘さと芳醇な香り。ただデザートとして食べる葡萄に比べると水分は少ないような気がしました。ネットリとした感じだったかな。

3番目の画像は葡萄の葉だけを描いたもの。これは現地でスケッチしたのではなく、家に持ち帰ってから描いた。秋だったので色付いた葉もあれば、枯れちゃった葉もある。逆にまだ青い葉もあったりして、同じ木に生えている葡萄の葉でも生えている場所によって違う表情を見せてくれる。

葉っぱだけスーパーのビニール袋La_traccia077に入れてる姿は怪しげだったかもね。

うーん、久々にスケッチブックをめくってみたけど、葡萄の木はやりたいですねえ。 ワインの醸造もある意味、職人仕事だし・・・。葡萄の収穫なんて絵になりそうだけど、そうなると秋にイタリアに行かなきゃならんな。

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2007年8月13日 (月)

昔の作品番外編。スケッチブックより。

Image11_3 作品ではないけど、作品になるまでに描いたスケッチを公開します。普段はコピーに失敗した紙の裏側なんかにアイデアスケッチを描く事が多いので、残ってない事も多いんですけどね。

画像は以前このブログで公開したのシュールな切り絵のアイデアスケッチ。3枚を一まとめにしました。クリックすれば大きい画面になりますので。

1が初めて描いたもの。ペンとカラーインクで描いてあります。これが現実のクレーマという場所のドゥオーモ。ちゃんと後方に建物本体と鐘楼が見える。描いた後、アーチの部分にランプがあると良いかもと思って、鉛筆で簡単に描きこんだ。

「吊りランプ」、「アーチ少し下げる」、「ファザードのみにする」というメモも書いてある。気になった事を書いておかないと忘れるから。

2が1を参考にしつつ描いたもの。メモどおり建物の後ろはバッサリ切ってファザードだけが立っている絵になった。メモはしなかったけど、町並みも消してある。吊りランプはやっぱりいらないや、と思ったらしく描いてない。

アイデアスケッチの右側には鳩のスケッチが描かれてる。フィレンツェのシニョーリア広場まで出て鳩を追い回しながらスケッチした。やつらは動き回るので、1点描くのにも苦労した。La_traccia65_2

3は左右を反転させた。同時に配色もこの色で決定。イメージが固まったので、実際の下絵に取り掛かる。

横に「Shunkan」と書かれてますが、作品に入れるサインの習作です。面白い形のサインにならないかといじってみたが、結局は今でも普通に書き込んでいる。

左隅と中央下に描かれているのは他の作品の為のスケッチ。左隅のはランツィのロッジアという建物の装飾の部分。中央下はバイオリン職人のカルロ・ベットーリさん。余白が余ったので一枚の紙にいろんな作品のスケッチが描いてある事が多いです。

で、出来上がった作品。最近は、頭の中でイメージが固まっちゃうというのもあるし、慣れもあるので、ここまできちんとアイデアスケッチをやる事はないですね。しかし頭の中で考えているだけと、簡単なスケッチとは言え実際に描いてみるという事を比べてみた場合、やっぱり手を動かして描く方がイメージはより強く固まるのである。ああでもない、こうでもないと、物事をいろんな角度から眺めてみる。同じ物でも徹底的にいじり倒す。絵を描く事の基本ですね。

La_traccia075もう一つスケッチブックより。オリーブの木のスケッチ。鉛筆で描いてあります。枝も描きたかったけど、本当に描くとなると、ゴチャゴチャして実際の下絵を描く参考にならないので、幹の様子のみ描いて、枝は別の紙に適当にスケッチした。

右下にある汚れはエアブラシの試し吹き。こういのこそ、チラシの裏にすればよいのですがねえ。面倒くさくなって手元にあったスケッチブックに吹いちゃったらしい。

で、このスケッチを元に出来た作品。「オリーブと人と」。オリーブの木に関しては、この時だけでなく何回かスケッチをしているが、下絵の段階でかなりてこずった。

La_traccia064_3

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2007年8月10日 (金)

昔の作品その67。職人シリーズ前夜。

La_traccia68_2 作品67、「ボローニャの街角にて」。サイズは40×30cm。2001年10月制作。

ボローニャはフィレンツェから電車で北へ1時間行った所にあります。食通で有名な町。だから食材が登場する絵にしたいなと思って、ウロウロしていた時に八百屋さんを発見。いろんな野菜を描くのが楽しかった。建物もピンク色で、フィレンツェの町並みとは違ってて面白い。

野菜に関してはイタリアの方が新鮮で美味しいですな。日本は農協に行っても中国産が置いてあるぐらいだし。トマト、人参、ほうれん草は確実に日本産よりも味が濃い。ピーマンとカボチャは日本産とは味が違うので、それぞれ個性の違いを楽しめる。メロンは、この頃は一玉1、5ユーロ(日本円で300円ぐらいかな。)で買えました。安いですね。

桃だけは日本産の方が美味しいです。水分たっぷりだしね。イタリア産の桃はコリコリと硬くて、ちょっと酸っぱい。ジェラートにすると美味しいけどね。どういうわけか桃のジェラートは季節限定らしくて夏しか出てこない。つまりこの5年間食べてないのだ。・・・なんか食べたくなってきたなあ、ペルケ・ノーという店で売ってる桃のジェラート。昔「桃のジェラートが好きだ。」と言ったら「オカマじゃあるまいし!」と女友達に笑われた事がある。余計なお世話である。(私はオカマという意味ではない。)

大根、白菜は元々イタリアには無かった野菜ですが、ちょっと大きめの市場なら売ってますね。大根はDAIKON、白菜はCAVOLO CINESE(中国キャベツ)という名前で売られてます。イタリアで未だに手に入らない野菜はレンコンとゴボウ。ゴボウをすりおろして味噌汁に入れるとコクが出て美味いんだよなあ。

この作品の次に靴職人の切り絵を作りました。以後、職人さんの切り絵がメインになってます。まさか、職人の切り絵専門になるとは思いませんでしたな。ミニシリーズを除いて、職人シリーズ以外の切り絵というと、2005年に制作した日本舞踊の切り絵だけですね。

という訳で昔の作品を公開するのは今回で終わりです。次からネタに困りそうですね。

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2007年8月 9日 (木)

昔の作品その66。ポンテ・ベッキオ。

La_traccia67 作品66、「橋上の老乞食」。サイズは35×25cm。2001年9月制作。

フィレンツェ市内でしょっちゅう見かける目立つの人シリーズです。このおじいさん、いつも同じ服装で杖をついてヨロヨロしながら観光客にお金をせびっている。しかし、夕暮れになると背筋をシャンと伸ばして颯爽と帰って行く。ヨロヨロしているのは演技であった。本当は金持ちなんじゃないかという噂もあります。

場所はベッキオ橋の上。ここは観光コースでして、宝飾店が軒を連ねています。また橋にくっついて回廊が通っていまして(作品中で2階の部分)ウッフィツィ美術館からピッティ宮殿まで通じています。これは昔のフィレンツェを治めた君主が宮殿から当時は執務を行ったウッフィツィ美術館まで外を出ずに移動出来るように作られた物。ヴァザーリの回廊と言いまして、現在では肖像画の絵画が展示されています。予約を入れないと入場できないので(入場料も高いらしい)私は未だに入った事がないです。

作品で手前にある像は、フィレンツェの後期ルネッサンスの彫刻家・彫金家のベンベヌート・チェリーニの像。この人は職人として出発した人で、一番成功した人物なので現代でも優秀な彫金家はこのチェリーニになぞらえられる。

さて、このチェリーにの像を取り囲む柵ですが、一時期この柵に南京錠を付けるカップルが続出した。「二人の名前を南京錠に書いて柵に取り付けることで永遠の愛を・・・。」ということだそうです。何の根拠があってこの場所に?何千個もの南京錠がびっしりと付けられてましたな。まさに鈴なり状態。最近は罰金制度が導入されたんだそうですが、その前は市の職員によって切断されてたんだそうです。・・・ハハハ、ざまあないですな。永遠の愛は市の職員によって切断される!

イタリア留学中、最後の3年間住んでいた家がベッキオ橋の近くだったので、この橋を通らない日はほとんど無いぐらいでしたな。いろんな人と出会った。

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2007年8月 7日 (火)

昔の作品その65。山道を歩きながら。

La_traccia071_2 昔の作品65、「ビンチ村へ」。サイズは65×50cm。2001年9月制作。

フィレンツェからバスを乗り継いで30分ぐらいの所にあるビンチの風景。レオナルド・ダ・ビンチの出た所ですね。ダ・ビンチの生家は山の中にあるので、バスも走ってないから2、30分ほど歩く事になる。作品のようにオリーブの木が立ち並んでいる山道ですね。民家が2軒ぐらいあったかなあって感じ。この辺りはダ・ビンチの時代から変わらない風景なんでしょうね。地面を踏みしめて歩くのは気分の良いものです。

写真を取りに行ったのは5月末。オリーブの木は銀色の葉を付けていて、周りをひなげしの花が咲き誇る。こういう風景には雲一つない上天気よりも。春の嵐の前触れのような危うい天気がよく似合う。

この作品も水彩風に淡く塗った紙を貼ってありますが、ベースとなる紙(デザインナイフで切る紙)もいつもの黒い紙じゃなくて、筆で適当に黒やオリーブグリーンで塗った紙を切っています。パッと見、色鉛筆で描いた絵のようにも見えますね。この技法も悪くないんだけど、何か自分の目指す物と違うような気がするので、以後この技法は使ってません。やはり切り絵は黒い紙を切るのが一番美しいかも・・・。

さて、今家の近くで工事をやってます。10階建てのマンションが建つそうだ。うちは高台にあるので今まで見晴らし良かったんだけど、家の隣に立体駐車場が立つので何も見えなくなる。私が高校を卒業した年に今の場所へ引っ越してきたんですけど、当時は家の周りは畑が広がってました。雉が巣を作って卵産んでた事もあったぐらいです。いい感じだったんだけど、徐々に畑がつぶれて工場が建って行った。どうも緑が無いと殺伐とした気分になりますな。フィレンツェも私が住んでたところは緑なんて無かったけど、ちょっと足を伸ばせば手付かず(ほったらかし)の自然が広がっている。オリーブが、ひなげしが、糸杉が、葡萄が、ヒマワリが視界一杯に飛び込んでくる。ああいう場所だったから7年も住めたのかもしれませんね。

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2007年8月 5日 (日)

昔の作品その64。日曜日。

La_traccia66_2  作品64、「La domenica」。サイズは30×40cm。2001年8月制作。La domenicaはイタリア語で日曜日の意味です。

私はこういう生活をしているので、平日も休日も関係ないですが、イタリアでは日曜日は全ての店が閉まるので食料の買い出しなんかは平日にやっとかないとだめですね。

最近はフィレンツェも商売っ気が出てきたのか、中心部なんかでは日曜日も営業している店がありますが、私が留学を始めた頃は日曜どころか土曜日も店が休みになってました。あの頃は土日が退屈でしたねえ。今は少しでも時間があれば制作するのですが、当時はそういった癖が身に付いてなかったので。語学学校が無い日は何やっていいのかわからなかったたなあ。

この作品を作った頃は平日・休日関係なく制作してましたね。で、時々フィレンツェから日帰りで行ける距離の田舎町に写真を撮りに行ってました。ただ休日は電車・バスの運行は平日よりも少なめなので、平日に出かけることが多かったのですけど。

この作品の舞台はグレーべ・イン・キャンティ。ワインの有名な所です。たまたまやる事が無かったので、珍しく日曜日に遠出しました。町の中心部のドゥオーモ(町の一番重要な教会)前の広場でバイクがたくさん停まって若者がワイワイと・・・。古い物(建物)と新しい物(バイク)の取り合わせが面白いのでシャッターを押した。出来上がった作品はやけに楽しそうに仕上がったので、現在でも気に入ってます。

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2007年8月 4日 (土)

昔の作品その63。タルクィニアの市庁舎。

La_traccia067 作品63、「タルクィニアの市庁舎」。サイズは50×40cm。2001年7月制作。

工事中の建物を切り絵にしました。タルクィニアという町の市庁舎です。・・あまりこういうものを描く人というのもいないだろうなってぐらい地味なテーマですね。自分でも何でこんなテーマを選んだのか覚えてません。人が働いてる所を見るのが好きだからかな。この作品の後にも、この手の工事中の建物の切り絵を作ろうとして下絵まで描いた事があります。結局挫折して途中で放り出した。その方が良かったかもね。

「イタリア工事中シリーズ」なんて絵が売れる(受ける)わけないよなあ!

いやまあ、売れるとか受けるとかそういう事を考えるのは不純かもしれませんが、誰も見向きもしない作品を作って自己満足するというのはちょっとね・・・。

タルクィニアはローマから北へ100キロの所に位置する。エトルリア文明の遺跡で有名な町です。エトルリアというのはローマ以前にイタリアで栄えた文明ですね。町の外れにエトルリア時代の墓がたくさん発掘されてます。中味は博物館に移動されて空っぽですが、全ての墓室の壁面に絵が描かれています。2400年以上も経過しているのですが、まだ色が残っていてなかなか見ごたえがありましたな。

この頃は時々ローマのギャラリーでの合同展に参加していたので、帰りにいろんな所へ足を伸ばしてました。

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2007年7月29日 (日)

昔の作品62。ひなげし。

La_traccia066作品62、「ひなげし」。2001年6月制作。サイズは70×40cm。

4月末から6月初めにかけて、咲く花です。線路脇や山道、川辺なんかでよく見かけますね。すっと伸びた茎に重そうな花がついていて、ちょっとした風に揺れる風情がなんとなく寂しげ。別名を「虞美人草」と言うのもわかる気がしますね。

イタリアで普通に見れる花の中で一番好きな花です。

前作の「藤」で書道イメージを意識しましたが、この作品では「生け花」をイメージしつつデザインしました。生け花についても素人ですけどね。

「植物シリーズ」として制作して行こうと思ってましたが、結局この3点で行き詰っちゃいました。このシリーズ、芸術で飯を食ってる人達からはかなり評判良くて、もっと続けろよと言われてます。候補はあるのですけどね。ヒマワリ、ブドウ、菜の花、ミモザ・・・。アイデアばかりたまってますね。たくさんあるアイデアの中で、私の人生が終わるまでに完成出来る作品は何点あるんだろう?

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2007年7月28日 (土)

昔の作品61。藤。

La_traccia065 作品61、「藤」。2001年5月制作。サイズは70×45cm。

丁度、藤の花が咲き誇っている季節に制作しかした。私が食料の買出しに行ってるスーパーマーケットの駐車場に藤棚があって、毎年きれいな花を咲かせてました。買い物に行くのが楽しかったですね。

前作「オリーブと人と」に続く植物シリーズ第2作。日本の「書道」のイメージを私なりに捉えてデザインしました。

・・・まあ、書道に関してはど素人なので、書道家の人が見たら笑われそうですが。一応、イタリアの物を日本人としてのイメージで捉えた作品という事で。

この頃は「日本文化の一つとしての切り絵」を常に意識していました。バイト先の日本料理屋の社長が、日本文化に関するイベントを企画するのが好きで、時々手伝いをしていましたし、バイトを辞めてからも、その手のイベントに積極的に参加しました。会場の設営とか通訳とか、切り絵職人としての参加は少なかったのですが、参加している茶道や華道、書道の出展者たちの話を聞くのは勉強になりましたな。中にはフィレンツェ在住の人もいたので、後日個人的に訪ねて意見を交換しあったりしました。あの頃は熱かったなあ。

こうした経験が作品に反映されてましたね。「自分の根っこはどこにあるか」を確認する作業ですね。おかげで今でも自分の進んでいる道に誇りを持ってやって行けています。

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2007年7月27日 (金)

昔の作品その60。オリーブの木。

La_traccia064   前回のブログで公開した「シュールな切り絵」があまりに細か過ぎたので、逆にシンプルな物をやろうという事で、植物の切り絵を作りました。背景は必要最低限の描き込み、主要な物をドンと置いてデザインした。

作品61、「オリーブと人と」。2001年4月制作。サイズは70×50cm。このオリーブは私のお気に入りの散歩道にあるオリーブで、これまでの作品にも度々登場させている。

タイトル中の「人と」とありますが、ご覧の通り人間そのものは描いてません。でもどこかに人の存在を感じさせたいと思い、画面右下に石垣を描き込みました。

デザインはシンプルでも考えるのは大変でした。なるべくシンプルにと思っていても、つい細かく描き込んでしまう。下絵が完全に決まるまで、かなり多くの物を削り取りましたな。

この時期、原点回帰が必要だったようで、しばらく植物のシリーズを追求してました。

この頃、病気をしました。耳鳴りがするので、薬局でポタポタ耳に垂らすタイプの薬を買って来たのですがなかなか直らず、ある日鏡を見ると私の顔の右半分が動かなくなってました。耳には大事な神経が通っているそうで、顔の神経が変になったらしい。えらい事になったと慌てて病院に駆け込みました。医者には「もっと早く来なさい!」と怒られて、ちゃんとした薬の処方箋を書いてもらいました。完治するまで10日程かかりましたな。顔の半分が動かないと、あごが動かないので水を飲むと口の端からこぼれるは、スパゲッティみたいに長い物は上手くすすれないはで、みっともない事になってました。一時はどうなるかと思ったなあ。

同じ頃、女友達(日本人)が階段から転げ落ちて背骨が欠けた。自宅のベッドの上で3週間絶対安静を言い渡されたのだが、この方はフィレンツェから1時間ほど離れた所に住んでいるので、誰も友達が見舞いに行かなかったそうだ。私が見舞いに行った時は退屈してたらしくて大喜びでしたな。不幸中の幸いというか、この方の彼氏が大金持ちなので、療養中はお手伝いさんを雇って家事全般やってもらってたんだそうだ。

異国で暮らすのって大変だな。私も7年間住んでて、病院に行ったのはこの時だけだった。大病もせずに帰って来れたのは運が良かったかもしれませんね。

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2007年7月23日 (月)

昔の作品その59。シュールレアリズムな切り絵。

La_traccia65 作品59。タイトルは・・・特に考えてません。サイズは70×50cm。2001年2月制作。

北イタリアのクレーマという所のドゥオーモ(その町の一番重要な教会の事)を元にデザインした。本当は建物の本体もあるのですが、ファサード(建物の正面の事)があまりに印象的だったので本体はバッサリとカットしました。

はるか遠い未来に、人間がもういなくなっちゃった時代。かって存在した建物本体も教会を取り囲む町も全て消えうせた世界。今も昔も変わらないのは広場に集まる鳩の群れ。・・・と、こんな事を考えつつ制作しました。

すっと長く伸びた影はシュールレアリズムの巨匠、キリコの真似ですが、当時知り合った画家の影響もあります。彼も鳩の絵が得意だったなあ。

この作品はグラデーションの付いてない紙を貼ってあります。グラデーションを使わずに色の段階的な変化を付ける事が目標でした。また、出来る限り細かいデザインにしてみました。その結果、制作期間はこの時期としては最長記録の2ヶ月間。その間は食料の買出し以外は外に出なかったな。完成した時はかなり消耗してました。

建物は下の方が濃い色で上の方が淡い色、地面は手前が濃い色で奥が淡い色の色紙を作って貼ってあるので、エアブラシを使って無くてもグラデーションがかかっているように見える。

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2007年7月21日 (土)

昔の作品その58。職人シリーズ1号。

La_traccia061 昔の作品その58、「シチリア生まれの親方は・・・。」2000年10月制作。サイズは40×30cm。

モデルになったのは有名な靴職人、カロジェロ・マンニーナさん。彼の弟子の日本人と偶々知り合って、工房に遊びに行ってるうちに「職人って絵になる。」事に気が付いた。ちなみに彼のお店は私の下宿の真正面です。

この作品の2年前に仮面職人の工房の切り絵も作っているのですが、その時は別に職人シリーズでやって行こうとは思いませんでした。しかし、この作品で職人仕事の魅力に気が付いた。この直後にバイオリン奏者の友達にバイオリン職人を紹介してもらった。さあ、いよいよ職人シリーズの開始・・・と行きたかったのですが、この時点では残念ながら腕が悪かったので、せっかく紹介してもらい写真を撮ったバイオリンの工房を、上手く作品にまとめる事が出来ずに挫折。結局職人シリーズが完全にスタートするのは、この一年後でした。バイオリンの工房もその後何とか切り絵に出来ましたけどね。

この作品はある写真をそのまま切り絵にしました。松山猛著「ヴィヴァ!イタリアの職人たち」という本に「このマンニーナさんが紹介されてまして、掲載されている写真があまりに良いので拝借させてもらいました。著者の松山さんには日本から遊びに来た時に写真を使わせてもらう事について許可は得ましたので。

まあ、今は流石に自分以外の人が撮った写真を使って切り絵にするという事はありませんけどね。当時はいろんな面で未熟でしたから。名画の模写と同様、構図や色などの良い勉強になりました。

マンニーナさんは今でも元気に靴を作っています。ピノキオのゼペット爺さんのような風貌と素朴で朗らかな人柄から、日本でもファンの多い靴職人さんです。

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2007年7月20日 (金)

昔の作品その57。Binario morto

最近は家に閉じこもって制作しているので、特に話題も無し。現在制作中の作品がかなりてこずってます。いつ完成するのやらLa_traccia60

と言う訳で久々に昔の作品の公開。作品57、「Binario morto」。2000年9月制作。Binarioはイタリア語で電車の線路やレールの事。 mortoは死を意味する。日本語だと「廃線路」ってとこですね。言葉の響きを考えるとイタリア語のタイトルの方が良いなと思いました。サイズは65×50cm。この作品は作品52と同様に水彩調に筆で塗った紙を貼ってあります。

この場所はフィレンツェからバスで30分ほどの所にある「コッレ・バル・デルサ」という町の近くです。バス停から15分ぐらい歩いた所です。バスの窓から良さそうな風景が見えたので、引き返した。昔、この辺に電車が通ってたみたいで、鉄道関係の物らしい建物なんかも近くに建ってました。当然、この建物も廃屋。こういうのは絵になるので好きです。

季節は夏。ギラギラ照りつける太陽にもめげずに夏草が線路を覆っている。ふと、横を見ると線路の柵にブラックベリーがたくさん実を付けていた。スケッチ&写真の撮影そっちのけでむしゃむしゃ食べたっけなあ。(今考えると私有地だったのかもしれないけど・・・。)

この頃はよくフィレンツェ近郊の町を日が沈むまで歩き回ったものですが、ここ以外にも時々ブラックベリーが自生しているのを見付けた。「神に愛された土地」というフレーズが頭をよぎる。いつかこのタイトルで風景画を描いてみたい。官能的なほど豊かでみずみずしいイタリア・トスカーナの大地。

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2007年5月 7日 (月)

昔の作品その56。芸術家の友達。

La_traccia59 作品56、「花衣」。サイズは65×30cm。2000年制作。

前回のブログで公開した「春の訪れ」と対になるように制作した作品。こちらもモンテ・リッジョーネの風景です。城壁の中にある教会もいかにも「田舎町のかわいい教会」という感じで好きだったので。モンテ・リッジョーネだけで3つ作ってますね。

対になるような同等の力を持った作品と言うのもなかなか難しいですね。こちらは前回と違って好き嫌いが別れるみたいです。一応この花もモンテ・リッジョーネに咲いてるんだけど、あまりに日本的な花にし過ぎたみたいで、和洋折衷に見えるらしい。

作品55、56はこの時期の私の一番のお気に入りだったので、よく展示会に持って行きました。2000年になると、そろそろ日本に完全撤退する事を視野に入れだしたので、展示会の話があると参加するようにしていました。「来る話には全て飛びつく。」といった感じですね。私の経歴でも2000年だけは個展・合同展の数が多い。これが翌年から2002年末の完全撤退まで、ほとんど展示会への参加が無くなるのは、展示会の質を選ぶようになった為です。・・・つまり、2000年にやってきた展示会はほとんど無駄だったという事ですね。

まあ、中には楽しかった事もありましたが、どの展示会もかける時間と手間と費用に対して見に来るお客さんの数が少な過ぎという事もありました。ただ、その展示会が有意義かどうかなんてのは経験してみないとわからないので、判断する基準が出来たという事は良かったかもしれない。(La_traccia59b_2 だから、現在は観客の数が多い職人展に参加してるわけですがね。)

最後の写真はこの頃に友達になった芸術家の人達と撮ったもの。南イタリアのアブルッツォ州にて、彼らと合同展に参加した。後ろに作品55と56が展示されてます。

このアブルッツォ州のカステリオン・メッセルマリーノという場所、フィレンツェから電車で11時間かかる場所でした。こういう合同展は自治体から助成金が出るそうで、アパート一つ借りてみんなで雑魚寝した上、食事も出ました。丁度この時は夏真っ盛りで、ビール祭りというのをやってました。炭火で焼いた羊肉の串焼き(私の人生の中でベスト3に入る美味しさ!)をつまみに毎晩飲んでましたな。バカンスとしては楽しかった。

La_traccia112 彼らのほとんどが彫刻家なので、(この写真に写ってない人もいます。)一緒に合同展をやったのはこの時だけでしたが、フィレンツェ近郊に住んでる人達なので、展示会がある時は呼んでもらいましたな。で、ご飯もご馳走してもらってました。美味しかったなあ。・・・彼らの作品を見るのは私にとっても良い勉強でしたが。

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2007年5月 4日 (金)

昔の作品その55。日本画風にイタリアの風景を。

La_traccia58作品54、「春の訪れ」。サイズは65×30cm。2000年制作。

手持ちの写真をスキャナで取り込んだのでちょっと見にくいですね。下の画像はこの作品の主要な部分のアップです。

時々フィレンツェで個展をひらく大阪在住の陶芸家の方に、会うたびに意見をもらっているのですが(そういう意味では、この方も私の師匠と言えるかもしれない。)この時は余白について徹底的に考えろと言われてました。「画面全体の20パーセントだけ描き込んだ切り絵を作ってみろ。」という宿題を出されて制作。相当悩みましたけどね。

余白を作ることにより、見る側に想像させる。何も描いてないけど、そこに何かが見えてくる。これは日本画の考え方ですな。成る程、確かに今までのしっかり描き込んだ作品よりも空間の広がり(画面で描いてある奥にある世界。)時間の流れ(数秒後、数時間後、数日後、数年後の世界。)を想像する事が出来る。

まあ、あえて未完成にしておくと言う事でしょうね。で、見る側が想像力を働かせることで作品として完成する。これは何も日本画だけでなく日本文化の特徴と言えないでしょうか。

例えばお茶の世界。作法を強制するものではなく、割と融通がきく所があります。強制的に表現者が自分の世界を感じさせるのではなく、受け手に参加させる事によって世界を作り上げる。日本的な優しさに通じる部分ではないだろうか。

・・・うーん。ちょっと難しいな。上手く説明出来ない自分の文才の無さ・・・。途中で投げ出さずに読んでくださった方、すみませんね。

La_traccia58b この作品はモンテ・リッジョーネという町を描いたものです。昔の作品49がこの町の中でしたが、今回は麓から町の全景をデザインした。

丘の上に王冠を載せたような感じの円形の城壁に囲まれた町です。直径がだいたい歩いて3分ぐらいという、とても小さい町ですが、周りには葡萄畑が広がっていて、とても美しい。

鈍行のバスで行くのですが、初めて行った時にこの町が目の前に現れた時、思わず歓声をあげてしまいました。興奮気味に歩きまわって写真を撮りまくった。大変気に入ったので、以後10回ぐらい遊びに行ったな。

それだけ思い入れのある場所だったので、この作品もいつもより気合を入れて作ったっけ・・・。(そして何点か失敗作も存在するのです。見せないけどね。この作品は3度目の挑戦だったりします。)

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2007年5月 2日 (水)

昔の作品その52、53。日本文化祭

La_traccia49 2000年以降、日本料理屋でのアルバイトは辞めてまして、制作に集中してました。この頃からフィレンツェで開かれる日本文化祭に参加する事が多かったです。こういう時には日本の物を題材に切り絵を作る。

作品52、「蝉時雨」。サイズは40×30cm。2000年制作。

三重県の赤目四十八滝の風景です。日本の夏に山歩きをするのは楽しい。

空の部分のグラデーションはエアブラシです。

この作品では実験的な試みとして、水彩画風に筆で塗った紙を貼っています。この後何作かこの技法で制作しています。透明感は出てますね。

La_traccia56作品53、「祭り」。サイズは100×70cm。2000年制作。ついに1mの長さの作品が登場。つい最近までこの大きさが私に作れる最大の大きさでしたな。

私が住んでいる豊田市の祭り「ころも祭り」の風景。豊田市は昔、挙母町(ころもちょうと読む。)という名前だったんですなあ。それがトヨタが巨大企業になり過ぎちゃったから、市の名前を変えたのです。・・・この話をイタリア人にするとかなり驚く。「そりゃ、つまりトリノ市がフィアット市になるようなもんじゃないか!?」なんてね。

このネタは作品33で既に作っているのですがhttp://fiorenkiri.cocolog-nifty.com/kirienikki/2007/03/post_f2b1.html大きいサイズで再チャレンジ。前作の要らない部分を整理して、人物の動きや表情などを強調した。

日本文化祭ではいろんな出し物がありました。茶道、華道、書道、折り紙、能面、剣道・柔道などの武道の演技、日本舞踊や和楽器の演奏、着物の着付け・・・。それぞれこだわりを持った人たちと交流が出来て、日本の文化や歴史について真面目に考える良い機会だったと思う。

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2007年5月 1日 (火)

昔の作品その50、51。トスカーナの日差しの下で。

La_traccia53_1 もうじきイタリア行きですが、中途半端に時間が出来てしまったので退屈しております。作らなきゃいけない作品は全部終わってますし、次の作品に取り掛かっちゃうと中断しなきゃならんので・・・。

暇だとロクな事を考えないから嫌だなーと思ってた所に、突然お世話になってる方から電話。

「ゴールデンウィーク明けに個展をやるので準備を手伝ってくれない?」

丁度良いタイミングなので、いそいそと手伝いに出かけた。

前衛的な生け花をやる方で、会場もインスタレーションのようにいろんな物を置く事になるらしい。昨日は3×4mぐらいの看板を作って、それに蓑を貼り付けて行った。普段細かい仕事ばかりだから、でかい物をいじると新鮮な気分だ。イタリア出発の前日がオープニングなので、それまでにどうなっていくのか楽しみです。

さて、昔の作品シリーズ。今回も近郊の風景です。作品50「ひなげしの道」。サイズは35×25cm。2000年制作。

これは珍しくフィレンツェ市内の風景。ミケランジェロ広場と同様、フィレンツェの町が一望できる場所、ベルベデーレ要塞へ向かう道。この道はフィレンツェに住み始めた頃から好きで、時々散歩したりしました。フィレンツェで最初に制作した切り絵もこの場所でしたね。http://fiorenkiri.cocolog-nifty.com/kirienikki/2007/02/post_0b16.html

4月から5月にかけてイタリアではひなげしの赤い花が咲き乱れる。私はこの花が好きです。風になびく寂しげな風情・・・。

La_traccia55 作品51、「夏の散歩者たち」。サイズは35×25cm。2000年制作。

前回のブログで紹介したモンテ・リッジョーネの手前にある町、コッレ・バル・デルザの風景です。ここも高台の上に旧市街があって魅力的な町。ガラスの工房がたくさんある事でも有名ですね。

それにしても、老婆が猫に紐を付けて散歩しているって珍しい光景ですね。

季節は夏。照りつける太陽の下、帰宅してからのビールを楽しみにガシガシ元気に歩き回っていたなあ。

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昔の作品その48、49。放浪の俊寛。

La_traccia50_1

作品48、「冬の散歩道」 。サイズは35×25cm。2000年制作。

フィレンツェからバスで30分ほどの距離にある、サン・カッシァーノという場所です。ここは私の師匠がフィレンツェに来た時に市の職員さんが遊びに連れて行ってくれた場所で、以後この辺の田舎町の面白さに目覚め、バスで日帰りで行ける範囲内で歩き回る事が多かったです。地元のお惣菜屋さんでおかずを買って、ベンチに腰掛けてピクニック気分で食べたりするのも楽しかったなあ。

この作品以後、風景の切り絵を作ることが多くなりました。だったら、わざわざ遠出しなくても、フィレンツェの風景を描けばいいようなものですが、当時はあまりにメジャーな題材を描く事に抵抗があったのです。素直な性格じゃなかったんですね。結局フィレンツェの風景を切り絵にしたのは、この時点から7年後である・・・。La_traccia51_1

作品49、「薪割り」。サイズは35×25cm。2000年制作。

こちらはシエナの手前にあるモンテ・リッジョーネという場所。私が一番好きな場所で、10回以上遊びに行ってるかも。丘の上に王冠を載せたような感じの円形の城壁に囲まれた町です。直径がだいたい歩いて3分ぐらいという、とても小さい町ですが、周りには葡萄畑が広がっていて、とても美しい。丁度今ぐらいの季節に行くと緑が目に沁みるようでしたな。

しかし、この町の麓に中学校があるんだけど、周りに民家なんてほとんど無いのにどこから通ってくるんだろう・・・。まあ環境が良いのは確かだろうな。

この小さい町だけで3点切り絵を作ってますが、城壁の外から見た風景は次の機会に公開します。今回の作品は城壁内部にある農家で薪を割っている所です。

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2007年4月30日 (月)

昔の作品その46、47。注文で作った作品。

La_traccia105 今回はこの時期に注文で制作した作品を2点。

作品46、「フィレンツェ文化協会のポスター」。サイズは40×30cm。1999年制作。

フィレンツェ文化協会といっても公的な機関ではなく、フィレンツェに長年住んでいる方々が留学生のサポートを目的に立ち上げたもの。(多分もう活動はしてないんじゃないかなあと思いますが・・・。)

ミケランジェロのダビデ像とフィレンツェの風景の組み合わせですが、これはフィレンツェに住み始めた頃に制作した作品と同じ構成。http://fiorenkiri.cocolog-nifty.com/kirienikki/2007/02/post_2187.html

風景の手前には畑や羊・牛が見えますが、これは古い時代の銅版画を参考にした為。現在はこんな風景ではないです。まあ、フィレンツェもちょっと郊外に出れば羊飼いが羊の群れを連れてる光景に出くわす事もありますが。

文字も切り絵で制作してあります。こういう白抜きの文字を絵の具でレタリングするのは難しいのです。まだ切り抜いてしまったほうが楽。下の余白の方には文章が入る。

La_traccia106 作品47、「パペリーノ」。サイズは25×35cm。2000年制作。やっと21世紀に達しましたな。

こちらは注文と言うよりリクエストで作った。後で買い上げてもらいましたけどね。

「フィレンツェの目立つ人シリーズ」の5点目です。パペリーノというのはイタリア語でドナルドダックの事。このおじさん、アル中で言葉がガァガァ聞こえる事から、このあだ名が付いた。普段は廃品回収をしていて、施設で生活しているんですけどね。日本だとこういう人と関わりを持つ人ってあまりいないんだけど、イタリアだと地域の人が見守ってて、それなりに愛されているような気がする。

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2007年4月29日 (日)

昔の作品その44、45。再び猫の切り絵2点。

La_traccia45 作品44、「囚人たち」。サイズは50×40cm。1999年制作。

風景に猫を組み合わせたシリーズ第3弾。風景と言ってもこの風景は実際にあるわけではない。牢屋の窓から見える崖の上に立つ教会は、フィレンツェ近郊の町、ボルテッラのサン・ジュスト教会です。牢屋は「ビジュアル博物館」という図鑑に載っていた写真をアレンジした。この牢屋は昔から惹かれていたモチーフで、度々切り絵にしているのですが、描き込みすぎて失敗してました。「昔の作品その6」です。http://fiorenkiri.cocolog-nifty.com/kirienikki/2007/02/post_ab88.html

猫は当時下宿していた家の大家さんの猫「ベオータ君」です。このポーズで冷蔵庫を開けて勝手に肉を食べていく・・・。

La_traccia46 作品45「若者たち」。サイズは50×40cm。1999年制作。

風景に猫を組み合わせたシリーズ第4弾にして、シリーズ最後の作品。本当はこれ以後も作ろうとして挫折した。毎回統一感を持たせてつつ、全く違うデザインって難しいですな。要はねた切れです。

風景はローマ近郊のオスティア・アンティカの遺跡。ただし実景は円柱は無いので付け足した。やっぱりこういった神殿は円柱があるほうがサマになるでしょうって事で。

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昔の作品その42、43。風景画2点。

La_traccia43_1 作品42、「ピッティ宮殿」。サイズは40×60cm。1999年制作。

フィレンツェの重要な観光地の一つ。宮殿内部にはパラティーナ美術館があり、ラファエロやフィリポ・リッピの名画が多数展示されています。宮殿の向こう側には広大なボーボリ庭園が広がっている。

この作品は注文して制作したもの。ピッティ宮殿の真正面に店を構えるモザイク屋さん奥さんから、「ピッティ宮殿と家族とご主人が大事にしているオートバイを入れたデザイン」で注文されました。本当は普段観光客でごった返しているので、これだけ人がいないというのはありえないのですが、まあそこはファンタジーという事で。

最近制作した「フィレンツェの風景シリーズ」では描きませんでした。重要な観光スポットだけど、かなり大きい画面で作っちゃったから今更小サイズでやってもね。

La_traccia44 作品43、「南へ。」サイズは30×40cm。1999年制作。

これは南イタリアのバーリという町の駅の待合室からの風景です。待合室と言っても日本みたいに冷暖房完備なんて事はない。ただ椅子が置いてあるだけなので、みんな暑そうにしています。

エアブラシを使い出して以来、グラデーションを付けた紙を貼って仕上げた作品ばかりでしたが、この作品では久々に色画用紙を貼って仕上げてあります。(まあ、必ずしも欲しい色があるわけではないので、その場合は自分でムラが出ないように塗って色画用紙を作るんですけどね。)窓は格子で仕切られているので、奥の方へ行くごとに薄い色の紙を貼って行きます。こうすると実際は付けてないのにグラデーションが付いているように見える。

この2作を作ったのは1999年の真夏でした。夜中まで汗をだらだら流しながら作ったっけ・・・。

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2007年4月27日 (金)

昔の作品その40、41。目立つ人たち。

野次馬根性旺盛なので、町を歩いていて変な人を見るとついジーッと見つめちゃいます。相手を間違えると喧嘩を売ってると勘違いされそうだから、この癖はやめなきゃと思うのですけどね。

La_traccia40_1何点か同じ傾向の作品が出来ると、シリーズとしてこれからも作って行こうと思うのですが、現在の「職人シリーズ」と小サイズの「ミニシリーズ」が続いたぐらいで、他はほとんど3、4点作って挫折してます。しかし、この「フィレンツェで見かける変な人シリーズ」はけっこう続いてましたな。フィレンツェでフリースペースを借りて個展をやりましたが、見に来たお客さんも「あっ!この人見たことがある!」って感じでだいぶ受けてました。

作品40、「ハレ・クリシュナ」。サイズは40×30cm。1999年制作。

週末になるとフィレンツェ近郊のサン・カッシァーノという町から集団でやって来て、楽器を鳴らして「ハ~レ・クリシュナ。ハレハレハレ・・・。」なんて唱えながらフィレンツェの町を練り歩く宗教団体です。近寄ると手作りのクッキーがもらえます。

La_traccia42作品41「Signora Cane」サイズは40×30cm。1999年制作。Caneとはイタリア語で犬の事です。だから日本語のタイトルは「犬おばさん」です。

この方はいつも5匹ぐらい犬を連れて散歩して、時々通行人からお金を投げてもらってました。私はこの方の事を知らなかったのですが、「変な人シリーズ」を作ってる事を聞いたバイト仲間(当時、日本料理店でウエイターをやってました。)が、「あの人だったら絵になるかも。」と勧められて制作しました。

背景はフィレンツェのレプブリカ広場です。この広場も絵になるけど、最近の「フィレンツェの風景シリーズ」ではやらなかったな。

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2007年4月26日 (木)

昔の作品その38、39。猫の切り絵2点。

La_traccia39_2 作品38、「恋人たち」。サイズは50×40cm。1999年制作。

風景の中に猫を入れてデザインした。シリーズ化しようと思ったが、結局合計4点で終わってます。

この風景はフィレンツェから電車かバスで30分程度の距離にあるチェルタルドという田舎町。この町は群馬県の甘楽町という所と姉妹都市提携していて、役所の中庭に記念して作られた茶亭がある。

ここは前回のブログで書いた北山先生のお供で遊びに来たのが初めてです。休みの日だったので、フィレンツェ市の職員の方が案内してくれました。私も通訳として同行。美味い物をご馳走になって帰って来ました。

ガイドブックにも載ってないようなマイナーな土地なんだけど、案外こういう所が絵になることに気がついて、以後フィレンツェから日帰りで行ける所をカメラとスケッチブックを抱えて歩き回った。La_traccia41_2

作品39、「使徒たち」。サイズは38と同じで50×40cm。1999年制作。

作品38と39はエアブラシの扱いにもそろそろ慣れてきた時期の作品。それまでは黒い紙に貼るパーツにエアブラシで色を付けていたけど、これらの作品は黒い紙にもエアブラシでグラデーションをかけてある。38は門の上にしゃがんでいる猫の部分を若干赤く(わかりにくいでしょうけど。)39は街灯の光の周りの部分を白くエアブラシを吹いています。あとはいつもと同じにパーツごとにエアブラシで色付けして貼っていってます。

39の風景は当時下宿していた家の近くにあったロシア教会。おとぎ話に出てきそうなメルヘンチックな教会ですね。この形の教会はフィレンツェには他に無い。

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2007年4月25日 (水)

昔の作品その36、37。私の師匠。

La_traccia37

えー、中途半端なまま放置していた昔の作品シリーズですが、またしばらく書いて行きます。でもまだ20点近く公開予定の作品があるので、5月のイタリア行きで再び中断するかもしれませんが・・・。

「フィレンツェの風景シリーズ」が終了して以降、イタリア行きまでに多少の日数はあるのですが、新しく作品に取り掛かる気になれず、ここ数日は旅行の準備をしたり、本を読んだりして過ごしております。

どうも静かな日々を過ごしていると、制作している時の何かに駆り立てられるような精神状態がウソのようです。日数が余るんだったら「フィレンツェの風景シリーズ」もゆっくり作ればよかったようなものですが、まああれはあれで充実感を得ていて気分が良かったのですけどね。

ただ忙しくしている時でも「心の余裕」を失う事にならないように気を付けています。

「常に心の余裕を持て。」とは私の師匠に知り合った頃に言われた言葉です。師匠と言っても切り絵の師匠ではなく、心の師匠です。京都の高台寺で庭園の管理をしている北山安夫先生です。

私がフィレンツェでバイトしていた日本料理屋の社長は文化活動が趣味で、いろいろそういったイベントの企画に関わっていました。私がお世話になっていた頃に、京都・フィレンツェ姉妹都市提携○十周年記念事業として、ミケランジェロ広場の下に日本庭園を作るという企画がありました。その時にフィレンツェに招待されたのが北山先生です。経費節約のため、日本料理屋でバイトしていた私たちが入れ替わり立ち代り通訳をしたりしてました。面白かったから積極的に関わっていたら、最終的に私が専属の通訳という事になってました。

作品36は切り絵ではなくアクリル絵の具で描いてあります。この日本庭園のお披露目と同時に日本文化祭も開催されたので、そのポスターを私が制作したのです。1999年制作。サイズは41×28cm(A3でカラーコピーする為にこのサイズ。)高台寺の庫裏に名物である蒔絵「花筏」を組み合わせたデザインになっています。画面下の白抜きで描かれている文字だけは切って裏から白い画用紙を貼ってあります。白い絵の具で黒い画面の上に描くときれいに発色しないし、切る方がシャープな線が出るので。北山先生と一緒に来られた高台寺の方々にも評判が良かった。

La_traccia36_1 作品37は、この日本文化祭の時に完成させたもの。打ち上げパーティーの時に持って行って北山先生たちに見せました。偶々その日は私の誕生日でしたな。

タイトルは「雨」、サイズは40×30cmです。岐阜県白川郷に今も残る合掌造りの民家です。私が写真を撮りに行った日は雨が降っていたから、こういうデザインになった。

「心の余裕」を持っていると優しい目で人や物事を見れると思います。芸術とは何かを問われた場合、私は「その作品に接した人が幸せになれる物」がその答えだと思っています。そりゃ、芸術と言っても色々あるから、厳しい現実を直視させて、人を不安にさせたり、どん底に突き落としたり、何かわからないけど圧倒されたり、そういうのも芸術でしょうね。しかし私には北山先生に教えてもらった考え方が一番合っている。だから今後もこの方針で進んで行くのだ。

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2007年3月15日 (木)

作品33、34、35。日本の切り絵3点。

La_traccia33_2今回公開する3点は日本で半年間アルバイトしている時期に制作した物です。やっぱり日本に住んでいる時期ぐらいは日本のものをテーマにした作品をやろうって事で。(もっとも現在4年以上、日本に住んでるがイタリアのものばっか切り絵にしているけど・・・。)

作品33、「緋」。サイズは40×30cm。1998年11月制作。私の住んでいる市の祭り。「挙母祭り」と言いまして、地区ごとに山車が出ます。なかなかの迫力ですね。山車ごとに違う模様の刺繍が施してあるんだけど、私が描いたのは平家物語の屋島の戦いで那須与一が扇の的を射る場面ですね。描いてて楽しかった。

これもエアブラシでグラデーションを付けましたが、現在のように黒枠で囲まれた部分を1パーツとして、それぞれエアブラシで陰影をつけるなんて事はまだ出来ません。赤・オレンジ・茶色・ねずみ色の4枚の大きめの紙を作りまして、それを貼りこんであります。パーツごとに見た場合、グラデーションが付いているように見えませんね。その後に制作したエアブラシを使った作品ではグラデーションを強く付けるようになって行きます。

La_traccia34 作品34、「秋刀魚」。サイズは。1999年1月制作。

日本の秋の味覚。秋刀魚はイタリアにはありません。フィレンツェに住んでいた頃、だいたい私は正月に帰ってたので美味しい秋刀魚を食べる事はなかったですね。この時期は秋から冬にかけて日本にいたので、生の秋刀魚を買って来た時に写真を撮って作品にした。

焼いた秋刀魚と生の秋刀魚、どっちにしようか迷いましたが、絵にするなら生の方かなって・・・。

これはエアブラシを使ってないです。色画用紙を貼り重ねて仕上げてあります。テーマによって技法を選ぶ。エアブラシを使えるようになって選択肢が増えました。

La_traccia35 作品35、「獅子舞」。サイズは35×25cm。1999年1月制作。

飛騨高山に高山祭りを見に行った時に獅子舞を見かけたので写真を撮って制作。高山祭りの山車も良かったけど、地元の挙母祭りで描いたからマンネリかなと思ってやらなかった。高山祭りの山車はからくり人形が付いててなかなか面白いので機会があればチャレンジしてみたいなと今思った。・・・なかなか時間が無いんだけどなあ。

この作品もエアブラシを(使って仕上げてあります。桜の部分はグラデーションを付けた紙を切って裏から更に紙を貼ったもの。

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2007年3月14日 (水)

昔の作品32。初めてのエアブラシ。

La_traccia32 作品32。タイトルは通りの名前をそのまま付けて「Via dei Servi」。サイズは35×25cm。1998年11月制作。

この頃、日本料理屋でのアルバイトが生活の中心になってしまって、切り絵の制作に集中出来ない事がしばしばありました。毎月に1点仕上げるというノルマはちゃんとこなしていましたが、将来を考えるとこのままバイトを続けるのはいかがなものかと・・・。

方針としては、イタリアの物を日本人としての自分が表現できる技術「切り絵」で制作して行こうと決めてましたので、一度日本に戻って金を稼いでから、改めてイタリアで制作に集中するということにしました。

かくして2年半続いた日本料理屋さんともお別れ。・・・本当はバイト数を減らして、また始めようかと思ったのですがね。滞在費を稼いで来たといっても、なんら保証の無いギリギリの海外での生活。お金はあったほうが良いですから。そう思ってたら師匠に「いい加減バイトするのはやめて、自分の作品を売ることを考えろ!」と怒られました。おっしゃるとおりですね。もしフィレンツェでのバイトを再開していたら、結局ズルズルと生活に流されて、次第に制作をしなくなっていったかもしれない。良いタイミングで怒られたものだと思います。(割と意志が弱いので、何かきっかけが必要なんですなあ。)

というわけで、半年間日本でアルバイト。実家の近くにキューピーマヨネーズの工場があったので、お弁当やコンビニのおでんなんかに使う業務用のゆで卵を作ってました。後に工場の守衛に欠員が出来たので、そちらに移ってくれと頼まれました。私としてはお給料が少しだけ上がるので喜んで引き受けたら工場側でも嬉しかったようで、契約が終わって辞める時にプレゼントまで貰いました。数ヶ月働いただけなのにサービスいいなあ・・・。後で聞いたのですがキューピーは社員を大事にする会社だったみたいです。以後うちではキューピーマヨネーズを買ってます。

この作品は日本に戻っている時期に制作したもの。初めてエアブラシを使ってグラデーション(陰影)を付けた作品です。エアブラシと言うのは絵の具を空気の圧力で霧状にして吹きつける道具です。スプレーの色を自分で作れる道具と言えばわかりやすいですかね。

それまでは一応持ってはいたけど使いどころが無かったエアブラシですが、使ってみると陰影を付ける事により立体感が出て来る事がわかりました。この作品では陰影の感覚がつかめなかったので、画面右側が影を塗りすぎて見づらいですが、技法としては気に入ったので、以後エアブラシを使った作品が増えていきます。

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2007年3月13日 (火)

昔の作品31。トマト通り。

La_traccia31 作品31、「Via Pomodoro」。1998年8月制作。サイズは50×65cm。

タイトルのVia Pomodoro、Viaは日本語で道とか通り、 Pomodoroはトマトの事。「トマト通り」ってとこですね。別に実際にこういう名前の通りがあるわけではなく、私が勝手に考えた物。タイトルの方を先に思いついて、作品のイメージを膨らませてデザインしました。イタリア人にもこのタイトルは違和感が無かったみたいで、私も気に入ってます。

風景はナポリの下町。洗濯物が垂れ下がってて、大人は路上に椅子を出して暇そうにお喋り、子供は裸で走り回る。古き良きイタリアの夏。私もくたびれたTシャツとサンダルという、やる気の無い服装でウロウロしてました。

ナポリは貧乏でも楽しくやって行けるような町ですが、この地にも絢爛豪華な貴族社会というのは存在していて、汚らしい下町の近くに贅をつくした王宮や劇場があったりします。その辺りの刹那的とも言えるアンバランスさがナポリという町の魅力でしょうか。

この作品は一度制作を失敗しています。少々、切り方が乱暴だったようで、若干不満を抱えつつ制作していたのですが、完成した直後に水を引っ繰り返して作品はびしょびしょ・・・。すぐ拭いたので作品が台無しって程ではありませんでしたが、やはりやり直した方が良いだろうという事で、デザイン上、不満だった点を変更して最初からやり直し。切り絵はやり直しが聞かないので、デザインは徹底的に下絵の段階で詰めておかないと駄目だなと再確認しました。

最初に制作したのが下の画像。よーく見ると細かい部分で変わってるはず。La_traccia31a (色は基本的に同じですので。)

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