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2014年12月22日 (月)

帰国の前日に

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今年ももうすぐ終わりですね。ぐずぐずとイタリア滞在記を書いてるので、しばらく近況を書かなかったのですけど、とりあえず元気です。帰国してから真面目に制作しております。一区切り付いたので、今は年賀状の制作をしてます。

さて、今回の記事で2014年のイタリア滞在記も最終回です。帰国の前日、9月29日(月)に靴職人、カロジェロ・マンニーナさんが亡くなったという電話がありました。

前の日の夜、息子さんがバカンスから戻って来たので、職人頭のジョバンニとシチリアから遊びに来ていた友達の娘さんと一緒に空港まで車を走らせていた時に心臓発作に襲われたそうです。
高速道路上だったのですが、発作が起こった時に偶々ブレーキを踏んだらしく、スピードが落ちたので助手席にいたジョバンニがサイドブレーキを引いて無事に停車しました。
ところが、高速道路上だった為に救急車を呼ぼうにも何処に呼べば良いのか分からず、途方に暮れたそうなのですが、それから1分も経たない内に救急車が通りかかったので、助けて貰えたそうです。
迅速に処置が行われましたが、30分程で亡くなられたそうです。
お医者さんによると、老衰に近いような状態だったので、家に居たとしても発作は起きていただろうとの事でした。

マンニーナさん、きちんとした人でしたが、最後まで誰にも迷惑をかけずに世を去られました。運転中だったにも関わらず、事故を起こして同乗してた2人を巻き込む事も無く、その直後に救急車が来たなんて、精一杯生きたマンニーナさんに天が報いたんじゃないかなと思います。
その日もいつものように元気で働いていたというので、職人としても人間としても、誇りある人生を全うされたんでしょうね。

夕方、お店の近くのサンタ・フェリチタ教会でお別れがありました。日本で言うお通夜みたいなもんですね。帰国の前日に最後の挨拶をする事になるとは思いませんでした。棺に横たわってるマンニーナさん、ネクタイをピシッと締めて、自分で作った靴を履いて・・・どこから見ても完璧な紳士だったな。

マンニーナさん、私が職人シリーズを始めたきっかけになった職人さんです。フィレンツェの私が下宿してた部屋の窓から顔を出すと、向かいの建物の1階がマンニーナさんのお店でした。遊びに行く内に職人の世界が面白い事に気が付きました。私にとっては大恩人ですね。

もっともっと話を聞きたかった。働いてる姿をずっと見ていたかった。
しかし、彼の姿を思い浮かべる時、フィレンツェという劇場で最高の演技で観客を沸かせた名優が舞台を去ったような、そんな気分でした。これ以上、何を望もうか。だから私は拍手でマンニーナさんの退場を見送りたいと思いました。

さて、帰国後、マンニーナさんの靴を修理に出しました。一番最初に作ってもらった茶色の靴、つま先をひっかけてしまって、ちょっと剥がれてしまったんです。踵もだいぶすり減ってたから、ついでにメンテナンスもしてもらおうと思って、鎌倉の神座健二さんに依頼しました。神座さんはコマヤという靴のお店の社長さんです。一時期、マンニーナでも修行していたので、マンニーナさんの弟子なんですね。

神座さんも既にマンニーナさんの訃報は知っていたので、気合を入れて修理してくれました。「久しぶりにマンニーナさんの靴を見れました。嬉しかったです。」との事。綺麗にメンテナンスして帰って来たなあ。

前の記事でちょっと書いたけど、時々職人さんの手がけた作品を、全然別の場所で目にする事がある。その職人さんが既に亡くなられていたりしても、作品を見ると「こんな所でまた会えた!」って思う事があるんです。作品に魂が込められているんでしょうね。時代や場所が違っても、後に残った作品を通じて想いが伝わる事はあるんですよ。

多分、神座さんも靴を修理してて、マンニーナさんと対話してたんじゃないかな。

これまでも少なからず、切り絵にした職人さんが亡くなられています。だが、素晴らしい人たちと同じ時代を過ごせたって、すごく幸せな事なんですよ!

より一層、精進して職人シリーズに取り組もうと思いました。彼らの伝説を語り継いで行きたいのです。

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