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2013年6月23日 (日)

Addio maestro

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6月20日の深夜、マエストロことロベルト・マルッチさんが亡くなられました。
訃報を聞いて、しばし呆然。フィレンツェにこの方が居なくなった事が信じられません。
年配の方をモデルに切り絵を作ってるから、毎年誰かは亡くなってるんですけど、まさかマエストロが亡くなられる事になるとは・・・。
2年前にマエストロの友人でもあるモザイク職人のトラベルサーリさん(この方も切り絵にしてます)が急死された時は、不安に駆られたらしく周囲の人達に「死にたくない・・・。」と訴えてたんだそうです。しまいには皆、ウンザリして「死にゃせんわ!!」と半分笑われてたような感じでした。私も長生きするよと思ってたのですが・・・。

どうもねえ・・・。マエストロというと微苦笑を伴うエピソードばかりで。本永景子さん、yossyさん、リトアナと、工房の3人娘達とバトルを繰り広げるのさえ微笑ましいと言うか、見ていて面白かったですねえ。本人達は本気で大ゲンカになってたので、面白くも何ともなかったみたいですが。

結局、最後の最後まで皆をお騒がせして逝ってしまった。まあ、それもマエストロらしいのかもしれませんね。大勢の職人さんと知り合ったけど、この人ほど変な人は居なかったなあ。

・・・でも、他の職人さんの事を敬称付きでマエストロ〇〇と呼ぶ事はありますけど、単に「マエストロ」って呼ぶことの出来る人ってこの人だけですね。
Sei un vero maestro.(貴方は真のマエストロですよ。)
・・・なんて言うと、大喜びで「聞いたか、ケイコ?今のシュンカンの言葉!!」とか言って益々図に乗っちゃったりして、景子さんは半分ぐらい渋い顔に・・・。

てな感じですが景子さんもマエストロの事はとても大事にしてて、日本で個展出来ないか考えてらしたんです。半年ほど前にフェイスブックでチャットしてたら、いきなりそんな事を言いだしたからビックリした。だって、あんなでっかい子供みたいな、取扱いの難しい人を日本に連れて来て、誰がお世話すんのよ?
「血迷ったかと言われそうですけど・・・。」と、それが暴挙だって事は景子さんも自覚してたみたいですが・・・。この前の滞在で工房に遊びに行った時も、ギリギリまで経費を削って、いくらかかるのかって計算してみたり。
「何だかんだ言ってもマエストロを大事にしてますねえ。」と言ったら、「いや、そういうわけでもないんだけどな。う~ん・・・。」って顔をしてました。

画像は2008年制作。75×65cm。タイトルは「マエストロ!」です。当時はまだ工房に入りたてだったリトアナを指導してる場面ですね。
作品が出来た後でフィレンツェに行って、工房に遊びに行きました。この時はYossiさんも居ましたな。で、作品の写真をあげようと、リュックを開けて取り出す時に、フッと顔をあげたらマエストロとリトアナとYossyさんの3人が一列に並んで私の事を熱いまなざしで見ている・・・。「何だよ、照れるじゃん。」と言って、写真を渡したんですけどね。
その10分後には3人で大ゲンカになってて、Yossyさんはプリプリ怒りながら「これだから、この人達とはやって行けねえんだよ!!」とヤスリがけをしていた。「まあ、そう怒りなさんなよ。あんた、マエストロの作品が出来た時に自分の事以上に喜んであげてたじゃん。」と言ったら「そりゃ、そうだけどさあ・・・。」と若干トーンダウンした。
ちなみにこの日は景子さんは工房に居なかったんだけど、聞いてみたら「喧嘩して怒って帰っちゃった。」だって。・・・この人たち、よく喧嘩になるよね。

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画像は2010年にモザイクを習った時。完成品を持って2人で記念写真。結局、その後は指導してもらう事も無かったな。だから「たくさん居る生徒の内の一人」なんですが、最近は「マエストロのお守り役」ってポジションになってたな。

最後は病気で苦しまれたそうです。あれだけ一生懸命、生きる事に執着してた人が、最後は皆を置いてあちらに行く事を選んだ。
景子さんは「それが彼の意志だから、私たちはそれを尊重しなきゃ。」って言ってた。
「でもさ、あっちにはトラベルサーリもミケ(6年前に死んじゃったマエストロの愛猫)も居るから寂しくないよ。って言うかさ、トラベルサーリと喧嘩になったりして。・・・ヤだなあ。」ってYossyさんが言ってました。・・・容易にその場面が想像出来ちゃうんだよね。

マエストロは居なくなって、工房も閉鎖される。居心地の良い場所でしたね。最近はよくお昼ご飯をご馳走になったっけ。(勿論、ご飯を作ってくれるのは景子さんです。)
フィレンツェの名物が一つ消えてしまいました。寂しくなりますね。でも、いつかは形は違えど、そういう場所を自分でも作れるように頑張ってみます。
マエストロ、どうもありがとうございました。今はどうか安らかに。
そして、最後まで娘役を果たしてくれた景子さん、Yossyさん、リトアナに感謝を。

Addio maestoro. Ora riposati tranquilamente. Ti ringrazio cio che hai fatto.

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コメント

Shunkan san no atatakai manazashi ga totemo yoku tsutawatte kuru bunshou deshita. Meibun desune !!! Naniyorimo no kuyou dato omoi masu.

投稿: mari | 2013年6月24日 (月) 23時45分

mariさん、お葬式は終わったそうですが、まだ工房の事とか色んな処置が大変そうです。リトアナからメールが来たけど、疲れ果ててパソコンの向こうで泣いてるような文章でした。
それぞれの供養の仕方ってあると思いますけどね。マエストロが喜ぶような事が何か一つ出来れば良いのですが・・・。

投稿: 俊寛 | 2013年6月25日 (火) 00時52分

大好きな大好きな父がいなくなってしまってから8年、さすがに私自身はもう声をあげて泣くことはなくなりましたが・・・。よく思うのは、父がいなくなってずいぶんと経っても、父の友人たちと、親戚たちと、まるでいまも父がいるように父の話で盛り上がったりすることがあり、そういうのが本当に嬉しくもあり、不思議でもあります。
ああ、人ってこういうふうに「活き」続けるのだな・・・という実感です。私には、長い年月、そういうふうに過ごせることが供養だな・・・と感じます。

それにしても、本当に名文だと思いますよ、この日記。

投稿: mari | 2013年6月25日 (火) 01時21分

mariさん、いや。何度も褒められると恥ずかしいのですが・・・。エピソードには事欠かない人だったからな。どう書いても面白い内容になっちゃうんじゃないかなあ。
で、それはすごくよく分かります。この4日間、ずっとマエストロの事を思い出しながら仕事してますが、楽しい思い出ばかりで、ついニヤニヤしながら仕事してるんですよね。で、フッと我に帰って、マエストロが居ない事を実感して落ち込んじゃったりして。
多分、好恵ちゃんや景子さんも同じだと思うけど、本気で喧嘩して、その時は嫌だった事すら良い思い出になってるんじゃないかなと。

投稿: 俊寛 | 2013年6月25日 (火) 01時37分

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