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2013年5月25日 (土)

スポレート

ウンブリア紀行2日目。ヤスリ職人のアルドさんの取材を終えて、宿泊地であるスポレートへ。前日は夜20:00過ぎの到着でしたが、この日は16:00過ぎにホテルに戻ったので、粉川さんと別れて、荷物を置いてカメラを持って市内散策。

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ホテルから中心部へ向けて10分程歩くと、オリオの塔が見えます。オリオってのはイタリア語でオイルの事。敵が襲撃して来た時に、塔の上から煮えたオイルを振りかけて撃退したのでこの名が付いたんだそうです。14世紀建造。

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スポレートのドゥオーモ。スポレートもウンブリアに多い山の斜面に作られた街なので、ドゥオーモは市街の一番高い場所にあります。更に上には要塞があるんですが、街とは切り離されてますからね。
12世紀から15世紀にかけて作られました。正面からだと分かりにくいのですが、ファザードの2階はバルコニーみたいになっています。珍しい形ですね。
内部にはフィリッポ・リッピのフレスコ画もあります。

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街の一番高い場所にある要塞。エレベーターを使うと、いきなり要塞の入口なのでフレームに全部入りきらない。正確にはアルボルノツィアーナ要塞と言います。14世紀建造。
この日は降ったり止んだりの天気で、夕方以降は晴れてたんですが高い所に来ると物凄い風。吹き飛ばされそうになりました。
この写真、よく見ると左に写ってる山に十字架が建ってるのが分かる。(画像をクリックして拡大して見てみて下さい。)
これは街の隣にある山で「聖なる山」と言われています。日が落ちると十字架に電気が付いて真っ暗な中に十字架型の光が浮かび上がる。私はキリスト教徒じゃないけど、見てると敬虔な気分になりますね。あまりにも簡素で慎ましい光。しかし美しい。

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要塞の東側に橋があります。塔の橋と呼ばれています。一列に並んだ、高い塔の上に架けられた橋ですね。最大高80m、長さ200m。てっきり水道橋(すいどうきょうと読む。水を運ぶ為の橋で、古代ローマの時代に作られた物が多い。)かと思っていましたが、人が通る為の橋なのですね。ローマ時代にはこの場所に橋は架かっていたようですが、現在見られるものは14世紀に要塞を設計したガッタポーネによって作られたそうです。
橋を渡ってみたかったが、そろそろ日も傾いて来たし、どこから入るのか分からなかったので街に戻りました。

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帰りは来た時と別の道を通って麓に降りる。これはメルカート広場。奥の時計の付いた建物は噴水が付いています。18世紀に作られました。
メルカートってのは市場の事で、朝市が開かれるんですね。夕方だから流石に閑散としてるから、賑やかに人々が買い物をしてる写真を撮ろうと、翌朝は早起きして出かけたんですが、やっぱりこんな感じ。土産物屋さんに飛び込んで、スポレートのガイドブックを買ったついでに聞いてみたら、「朝市はもう何年も前に止めちゃった。月の第一日曜日には骨董市があるけど・・・。」だってさ。ああ、ガッカリ。

実はこの広場にはポルケッタの屋台があるんです。ポルケッタってのは子豚の香草焼きの事で、薄く切ってパンにはさんで食べる、ウンブリアの名物です。粉川さん曰く「名人」との事。それは是非賞味しなければと思っていましたが、屋台は午前中のみ。当然、この時間は無かったし、翌朝も行ったのが早すぎた時間だったみたいで、まだ来てませんでした。残念。
まあ、最終日に粉川さんのはからいで食べれたんですけどね。この日は、昼食にアグリで食べ過ぎたので、切り売りのピッツァを買ってホテルで食べました。・・・不味かった。

と言う訳で、ウンブリア2日目が終わりました。しかし、濃い一日だったな。この日だけで4つも記事を書けちゃったよ。

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こちらは最終日に撮った写真。粉川さんの車に乗って、ノルチァという街に行く前に。ちょっと分かりづらいけど、真ん中に塔の橋があります。車道はこの塔の橋の間を通り抜ける。左側にアルボルノツィアーナ要塞。この組み合わせが良いですね。絵になる!

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