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2012年8月27日 (月)

笑えない。

いや、実際は笑っちゃったんですけどね。最近、話題になってるスペインの教会のキリスト像を、80歳のお婆さんが修復したら全然違う絵になっちゃったって話。

Eccehomorestoration

今日の夕方のニュースでも取り上げられてました。ネットで有名になっちゃったから、この作品を一目見ようと野次馬どもが殺到して町の活性化に役に立ったんだそうです。「これはこれで良いじゃないか。このままにしておこうよ。」って意見もあるそうですが・・・駄目に決まってんだろ!!

最近、フィレンツェで修復をやってる友人とメールのやり取りをしてて、この話も出ました。この類の話は割とよく聞く話だそうで、ちょっとかじっただけで自信を持っちゃった人が己の力量もわきまえずに手を出してしまって、結果ひどい事になる。だいたいは安い値段や無料で修復をしちゃうそうなんです。(スペインのお婆さんの場合も無料だったそうだ。)

で、そういった「最早手遅れ」になった状態の物が友人の所に回って来る事もあるんだけど、それを元に戻して、元の状態以上の仕上がりにする事は至難の業。しかも依頼者は先に安い値段(もしくは無料)でいじられてて、労力がかかる事を理解してないから「出来るだけお金をかけずに」「前よりも安い金額で」という事を要求されるんだそうです。「泣きたいよ。私ゃ・・・。」って友人のメールに書いてあった。そりゃそうだわな。

前回のブログにも書いたけど、安い物をあまり信用しない方が良いですね。技術のしっかりしている物は、それなりの値段はするんですよ。

スペインのお婆さん、「私は5歳の時から個展をやってます。」とインタビューで答えていたし、妹さんが「姉の信仰心は本物です。」と言ってたそうだが・・・違うなあ。心がこもっていれば良いというわけではない。職人さんというのは、技術を習得する為に時間をかけて努力しているんです。「心をこめる」というのは徹底的にやり込んだ後で言える言葉であって、お婆さんが長年、絵を描いて来たとしても修復の勉強はしてないんですよ。そもそも修復というのは、オリジナルの作者の想いを汲み取る所から始める。修復の仕方によって、絵の雰囲気は変わります。しかし、全く違う物にするのは、作者の想いだけではなく、何世代に渡ってこの絵を見て来た人々の想いをも踏みにじってるんですよ。時代を超えて残った物には、そういった価値がある。お婆さんや、丸投げしてしまったらしい教会関係者がちゃんと理解していたとは思えないな。

一つの作品として見た場合は良いかもしれない。でもこれは修復じゃない。自分の作品として、キャンバスに描いて個展で発表すれば良い。今の絵は絵葉書とかポスターとかTシャツにすれば良い。(既にやってるらしい。)で、これを記念した祭りでもやっちゃえば町の活性化としては充分でしょう。

珍事を楽しむのはけっこうですけど、根本的な問題をはき違えて笑い話にしてちゃいかんなと思った。

補足 修復師の友人によると、「元に戻すのは厄介だけど、適切な化学溶剤で洗浄すれば何とかなる。ただしプロの修復師に洗浄と本来の修復を依頼すると相当高くつくでしょう。」との事でした。タダより高いものはない。

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コメント

見た見た~coldsweats01
ボランティアでやってあげたのよってどや顔でテレビに出てましたね。

あのおば様には出来ることと出来ないこと、というよりやっていいことと悪いことを
わきまえていただきたいものです。

投稿: ハムにゃあ | 2012年8月28日 (火) 16時51分

ハムにゃあさん、ちゃんとした修復をしようと寄付金を募ってたらしいですね。でもおばあさんが勝手にやっちゃったから、教会関係者も「自信があるようなので、やってもらおうか。無料でいいって言ってるし。」と任せたら、こうなったって事でしょうけど・・・。
教会関係者が一番責任を負うべきですね。無料って言葉に飛びついたんじゃないだろうか。

きちんとした技術を持った人が報酬を求めるのは当然なんですよ。だから「ボランティアで」という心掛けは立派ですけど、任せる方はどんな結果になっても受け入れるぐらいの覚悟は持たなくちゃいけないんです。

投稿: 俊寛 | 2012年8月28日 (火) 17時30分

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