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2012年5月22日 (火)

文化奨励賞

この度、豊田市の文化振興財団から文化奨励賞をいただける事になりました。昨年、おいでん祭りのポスターを制作した効果でしょうね。

応援してくれる人達も多くなって来たので、今後も期待を裏切らぬように頑張ります。

・・・もうじき表彰式なので、夏用のスーツ買いに行かなきゃ。たまにはネクタイを締めよう♪

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2012年5月19日 (土)

教材作り

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画像は前回の切り絵教室で使った教材。1回目と2回目はシルエットの切り絵でしたが、前回からはペン画のように線で表現したデザインの切り絵を作ってもらってます。教材の下絵のデザイン、これまでに作った図鑑シリーズ320点の中から使ってますけど、新規に描き起こしたデザインもあります。

12点中、この4点が新規デザイン。シベリアンハスキー、ケープペンギン、アカゲラ、葡萄。他の下絵も多少アレンジしてます。

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明日は4回目の切り絵教室の日です。教材は準備完了。3点、新規デザインしました。・・・けっこう大変なんだよね。自分が作る物じゃないから、クリアすべき課題が多い。だから図鑑シリーズも320点もあるから、課題には困らないだろうと思ってたけど、そのままじゃ使えないデザインも多いんです。次回の教室では使えるけど、今回の教室には使えないとか。まあ、ある程度慣れたら自分たちで下絵をデザインしてもらう事になるから、半年も経てば下絵を用意する事もないのですが。・・・その頃には別の課題も出て来そうですけどね。

一番上の画像で右側に写ってるのはテキスト。イラスト入りで私の切り絵の作り方を解説してあります。これまで普通にやって来た作業を言葉で説明しようと思うと非常に難しい。前回の授業で、テキストを使って説明したんだけど、一通り話した後で「今の話、分かりました?」と生徒の皆さんに聞いてみたら「いやあ・・・。」とか「えー・・・。」って感じの反応だったので、説明が下手過ぎたと狼狽した。仕方ないので実際に作ってもらって、その都度説明して行ったので、何とか分かってもらえたと思う。まあ文章だけで理解しちゃうと教室をやる意味が無いので、それで良いとは思うけど、やっぱり文章力も鍛えなきゃ駄目だなあと思った。

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2012年5月12日 (土)

苦戦

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ここ最近、日本の職人シリーズばかり作ってましたが、久々にイタリア物をやってます。マラネッロのフェラーリ博物館の勝利のホール。サイズは20×45cmです。

やっと下絵が終わりました。クリックすれば大きい画像で見れば分かると思いますが、修正した部分が滅茶苦茶多いんです。気に入らない線を白のガッシュで塗りつぶしてるんだけど、薄く元の線が残ってるんですね。修正してない所って、壁面のパネルに映し出された映像ぐらい。他の所はほとんど修正が入ってます。

実は昨日、下絵が終わったので写真に撮って、ブログを書こうと思ったんだよね。この時点でも充分、修正は入ってたんだけど、パソコンのモニターで見てみたら、何とアラの目立つ下絵!まあ、何となく気に入らなかったんだけど、何が原因かその時点で分かりました。カメラのレンズ越しに作品を見て初めて気が付くという事もあるものですね。

と言う訳で昨日の夜から修正してました。大変な作業ですが、少しずつ完璧に調整してるって実感があったので、けっこう楽しかったりして・・・。最近は鉛筆描きの段階で気に入らない線は修正しちゃって、ジェッソで描いてからは直す必要が無い下絵にしてました。今回のフェラーリ、描き慣れてないネタってのもあるし、キッチリカッチリ正確に描かないと非常にダサい絵になるんだよね。時間かけたおかげで、自分でも気に入る下絵になりました。・・・ノルマを考えると、あまり手こずってちゃいけないんだけどね。

しかし、やっぱりフェラーリは良いねえ!!好きだからこそ、こだわってしまう訳ですよ。(そんなに好きだったっけ・・・。)

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2012年5月 7日 (月)

帰国の便にて

3月30日(金)にフィレンツェ出発。空港で手続きを済ませて、後は飛行機に乗るだけって事で、時間もあるのでバールで最後のコーヒーでも飲むかと思ってたら、友達を発見。小さな子供と一緒にコーヒーを飲んでブリオシュを食べてる。似てるなあと思って見てたら、顔をあげて目が合ったら「あっ!!」と言われた。やっぱり友達でした。

この方はカメヤマさんといって、私と同郷なのです。私がフィレンツェに住んでた頃からの友人で、生け花をやるので日本文化祭の時には駆り出されて一緒に行動する事も多かったんですけどね。ここ何年か会ってなかったのですが、今はフィレンツェを離れて娘さんを生んだという話は聞いてました。今回は里帰りするそうで、セントレア空港までは一緒の便という事でした。久々なので互いの近況報告などして、出発まで一緒にいました。

で、離陸の時間。フィレンツェ空港は小さいので、そんなに大きな飛行機ではないので、ゲートからはバスで移動するんですね。列に並んでたら、カメヤマさんの娘のキアラちゃん(3歳)が緊張したのか、その場で「ゲェッ」と床に吐いちゃった。ポケットティッシュを持ってたので、袋ごとカメヤマさんに渡しました。バスは全員揃わないと出発しないし、2人を置いて先に行くのも何なので、待っててあげたんだよね。

しかし、この時にどうも私は絵的にまずいんじゃないかと気が付いた。カメヤマさんとは同年代なので、知らない人が見たら家族連れと思うだろうし、そうなると「あの旦那さん駄目駄目よね。奥さんが一生懸命動いてるのに、ティッシュ渡しただけで、ボーッと突っ立って見てるだけなんて・・・。」などと思われてるんじゃないかと。

仕方ないのでカメヤマさんの手荷物を持ってあげた。最初はカメヤマさんも遠慮したんだけど、キアラちゃんを抱っこしなきゃいけないので、結局私が重い荷物を持って一緒にバスに乗り込んだ。・・・どう見ても家族連れだろうな。

フィレンツェからフランクフルトまでの飛行機ではカメヤマさん達の席は私の2つ前でした。私は前日は徹夜だったので到着するまで睡眠。

着陸してからは、またカメヤマさんの荷物を持ってあげなきゃと思って、2つ前の席のカメヤマさんに「荷物は私が下すから、ちょっと待ってて。」と話しかけた。キアラちゃんは着陸した時に怖かったみたいで、ギャーと泣き出してる。私たちの席は飛行機の真ん中ぐらいにあるので、前か後ろ、人が少ない方から降りるかと、見まわして状況を確認してたんです。その時に私の後ろに居た日本人の女の人と目が合った。どうやら旦那さんとそのお母さんと一緒に来てるようで、「どちらまでですか?」と聞かれたので「名古屋までです。」と答えた。「あ、私たちと一緒ですね。」と言って、泣き叫ぶキアラちゃんをあやすカメヤマさんの方を見た後、私の顔を見て「大変ですねえ。」と言うので、「いえ、私の子供じゃないんです。」と言ったら「エッ・・・」と顔色が変わってた。

まずい!この人、絶対に誤解してる!!と思ったので「あの人は私の友達で空港で偶然会ったから一緒に居ただけなんです!」と説明したら「ああ・・・。」と納得してくれたみたい。

・・・何かさ、これじゃ私が「連れ子がいる事を承知で一緒になったけど、やっぱり自分の子供じゃないから愛情が持てなくて・・・それにしても初対面なのに私の子供じゃないなんて事を言うなんて、余程嫌なのかしら。まだ小さい子なのに。この男、温厚そうに見えるけど虐待なんかしてるんじゃないでしょうね・・・。」などと思われてそうで。一瞬だったけど、すごく気まずい空気が流れたんです。「私の子供じゃない。」ってのは完全な事実なんだけどなあ。

飛行機から降りたけど、キアラちゃんはまだ調子が悪そうなので、まず最初にベビーカーを借りようという事で、一緒に移動。フランクフルト空港もけっこう大きいので、サービスセンターまでけっこうな道のり。カメヤマさんの荷物はけっこう重かったけど、キアラちゃんを抱っこする方が大変だったと思います。しばらく歩いてようやくベビーカーを借りれた。名古屋行きの便まで2時間程あったので、昼ご飯でも一緒に食べるかという事になって、その前にターミナルとゲートの確認しに行った。

「えーっと、名古屋、名古屋・・・。」と言いつつ、モニターを見てたら、横に居た日本人の女の子に「一緒ですね!」と声をかけられた。「ああ、そうなんですか。私はフィレンツェからですが、どちらからです?」「ボローニャからです。」・・・と良い感じで会話してたんですが、間の悪い事にベビーカーを押しながらカメヤマさん登場。

「何、女の子に声をかけてんのよ!?」

と笑いながら言うので「いや、別にそういうわけじゃない・・・。」と返したら、女の子は「じゃあ、後ほど・・・。」と言って離れてしまった。

・・・あのさあ、変なタイミングで声をかけないでくれよ。あれじゃ奥さんに子供の世話を押し付けて遊び回ってるチャラチャラした男みたいじゃないか。私としては普通に振る舞ってただけなんだけどなあ。実際は友達が困ってたので助けてたのですけど、知らない人から見ると印象が悪くないか?

カメヤマさんに文句を言ったのですが、あの方は当意即妙に長けているので、「何よ!あなただって、少しは子育てを手伝ってくれても良いじゃない!」と返されてしまった。オレはそんな事を言われてしまうのかと愕然とした。家庭を持った男って、行動や発言が不自由なんだなと考えちゃいました。

その後、お昼ご飯。「一緒に居てくれて、本当に助かったよ!」と感謝されて、ビールとカレーライスをご馳走になりました。前からフランクフルト空港のチキンカレー食べたかったんだよね。この頃になるとキアラちゃんも元気になって、お人形遊びなど始めたので、先に食べ終わった私がちょっと遊んであげたり。「最早、実の親子ね。」と言われた。・・・こういのも悪くないなと、ちょっと思って照れてみたり。・・・よせやい!

この後はキアラちゃんも元気でスムーズに帰れました。フランクフルトから名古屋までは、席が離れちゃいました。名古屋に着いたら、カメヤマさんに「隣の席の女の人に、ご主人と席が離れちゃいましたねって言われたわ。」と言われた。やっぱり小さい子供連れだと目立つんですかねえ。思ったより多くの人がうちらの事を見てたようで。

ともあれ、最後の最後で面白い体験が出来ました。退屈しなかったしね。

以上で2012年のイタリア滞在記を終わります。成果は秋の展示会で。

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肉の日

3月29日(木)は帰国前日なので挨拶回り。22軒回りました。(その内、職人さんの工房は18軒)お昼ご飯はフィレンツェモザイクの本永景子さんが作ってくれました。あとベルコーレのオーナーのアブデル氏にワインを、額縁職人のレオーネに自家製のツナを貰った。自分で釣ったマグロで作ったんだって。いろんな物を貰いますねえ。幸い、今年からルフトハンザ航空では22kgまでならスーツケースは2個預けれるので、大きめのカバンを買って、書籍とか服とか衝撃を与えても大丈夫そうなものをそちらに詰めて持ち帰る事が出来ました。

一日中、歩き回って夕方に下宿に戻り、風呂に入って最後の晩餐へ。この日はオニサンティ通りにあるアルマンドと言うレストランで食べました。私の友人の横田夫妻は、毎月29日に「肉の日」というイベントをやってるんです。皆で集まって肉をたくさん食べましょうという趣旨。一度参加したかったんだよね。だから今回は30日まで滞在する事にしたんです。

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残念ながら、料理の品数が多かったので、写真を撮るのが面倒くさくなって途中で止めました。横田夫妻のブログにこの日の料理は出てますので、興味のある方はどうぞ。しかし、凄い量でした。久々に食べた仔牛の脳のフライが美味しかったなあ。この写真は終わるちょっと前。男性陣と女性陣に分かれちゃってます。皆、満腹状態。

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こちらは女性陣。ガールズトークって感じでしたな。横田さんの奥さんの従兄のご家族も参加されてましたが、ビステッカ(ステーキの事ね)のあまりの美味さに身悶えていた。美味しい物を食べてる人を見るのは楽しいですね。

ちなみに、このアルマンドってお店では今回の下宿で同居してた子が働いてます。料理人2人と同居でしたね。もう一人は前のブログに書いた、エノテカ・バリックで働いてます。2人とも感じ良い子たちでした。

お酒の方は程々でしたね。宴が終わって、皆と別れて、下宿に戻って、切り絵の制作しなきゃいけなかったし。

多少は酔ってたけど、気合い入れて切ってました。翌日の朝5時に切り終えて、部屋を掃除してシャワーを浴びて、朝の7時に下宿を出ました。最後まで緊張感が続いて良かったです。切り終えた直後に緊張の糸が切れて、そのまま寝ちゃって飛行機に乗り遅れたなんて事があったら笑い者になるしな。

と言う訳で、最後までイベント続きで充実したイタリア滞在.でした。ああ、書き忘れてたけど、26日(月)の夜はフォルテピアノのコンサートに行ったんだった。前に切り絵にしたフォルテピアノの修復職人さんの工房(女性3人でやってます。)は音楽学校とくっついてまして、コンサートホールもあるんですね。今回遊びに行ったら、職人頭のドナテッラさんにコンサートに招待してもらったんでした。フォルテピアノの演奏を生で聞くのは初めてでした。音楽は全然詳しくないけど、心地良かったです。

以上で2012年のイタリア滞在記は終了・・・と言いたいのですが、帰国の便でもう一つおまけがあります。その話は次回の更新で。

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2012年5月 5日 (土)

サン・マリノ共和国

3月28日(水) イタリアから帰国したのは30日(金)なので、前日の29日(木)は挨拶回り。だからこの日が取材出来る最後の日ですね。

エミリア・ロマーニャ紀行の最後はサン・マリノ。世界で5番目に小さい国家で、最も古い共和国。今回一番行きたかった場所ですね。モデナとマラネッロ、サン・マリノに行くのは初めてです。

フィレンツェからだとちょっと交通の分が悪いので、早起きして5:28の電車に乗って、ファエンツァで乗り換え。リミニに8:37に到着しました。・・・って、いつもまだ寝てる時間だよ。そして下手すりゃ朝の6時まで起きてる事はあるのだ。

サン・マリノは崖の上にある町なので、電車で行けるのはリミニまで。リミニからはバスで行きます。リミニのインフォメーションは既に開いてたので、バス亭の場所と時間を確認。次のバスまでちょっと時間があったので、近くにあるバールに入って朝食。

そうしてる間に、サン・マリノ行のバスが出るバス停に、切符売りのおばちゃんが登場。

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このおばちゃんにお金を払うと、切符をカバンから出してくれます。イタリアの交通機関としては珍しい販売形態。バスのチケットと言うと、だいたいキオスクみたいな売店かタバコ屋さんで買えるし、長距離の場合、バスターミナルから買う場合は駅に窓口があるしね。それにしても、このおばちゃん、かなりのお歳のように見えますけど、椅子と机はどこから出して来たのだろう・・・。コーヒーを飲んでて見逃したのが悔やまれる。

バスはリミニを9:25に出発し、10:10にサン・マリノに到着。リミニのインフォメーションでサン・マリノの地図も貰ってたので、そのまま散策。

しばらく歩いたらロープウェイがあったので、それに乗って町の麓まで下りてみました。・・・って、来たばかりでもう降りるのかって感じですね。とりあえず、町の全体像も見ておきたかったんですよ。

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ロープウェイの駅から見た風景。かなりの急斜面です。

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ロープウェイの下側の駅にあったド○え○んの乗り物。思いっきり偽物ではないか・・・。2256

麓から見た風景。この教会も良い感じですね。教会の向こうに山が見えます。この山はティタノ山と言って、この山の上にサン・マリノの町があります。・・・ティタノ山って良い名前ですね。ティタノって巨神って意味です。

ロープウェイで登り直して、改めて市内散策。 まずは市庁舎へ。

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・・・市庁舎じゃなくて、この場合は政庁だね。4月だったら衛兵がいるんだけど、1ヶ月早かったですね。残念。でも素晴らしい青空。今回の滞在、始めの頃に2日ほど雨がぱらついたぐらいで、後は上天気でした。普通は3月というと、天候が不安定で物凄い土砂降りが頻繁にあるんだけどね。旅行者としてはありがたい。でも住んでる人にとっては水不足で大変だったみたいだけど。もう解消されてると良いのですけどね。

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サント・ピエーヴェ教会。サン・マリノで一番重要な教会。駐車場にフィアット500が停まってた。どうしてもルパンの「カリオストロの城」を連想します。実際に制作するにあたって、この場所がモデルになってますからね。

サン・マリノでは2つの要塞があります。中は展望台があったり、昔の武器を展示してたり。最初の要塞に入って、要塞の中の塔に上り、次の要塞を見る。

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第1の要塞グアイタから、第2の要塞フラッタを望む。ちょっと他の町には無い雄大な眺め。

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今度はフラッタからグアイタを眺める。断崖絶壁の上に町がある事がよくわかる。イタリアの小都市というと、小高い丘の上にグルッと円形に城壁があって、その中に町があるというのが多いのですが、ここは小高い丘どころじゃない。天然の要塞ですな。

昼ご飯にピアディーノ(薄く焼いたパンに具を挟んだエミリア・ロマーニャ名物)を食べました。売ってた店はグアイタ要塞の近くにある、「ニード・ディ・ファルコ」という名前でした。ハヤブサの巣と言う意味。正に崖に作られたハヤブサの巣のようで良い名前。

14:15にサンマリノを出て、15:10にリミニに到着。15:30にリミニを出て16:20にファエンツァに到着。フィレンツェ行きの電車がしばらく無いので、ついでに町を散策。友達が「ファエンツァも良いよ。」と言ってたっけな。

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ファエンツァのドゥオーモ広場。成程、良い感じ。いかにも穏やかな昼下がりって感じですね。ちょっとビールが飲みたくなったりして・・・。

ファエンツァは陶器の博物館も有名なんだけど、午前中しか開いてないのです。残念。後で陶磁器絵付け職人の古川さんに「ファエンツァに行ったけど、博物館には行ってない。」事を言ったら「何でですか?勿体ない!!」と言われた。まあ、ファエンツァ自体がついでに寄ったしな。機会があれば、また行ってみよう。

夕食はおなじみのベルコーレさんで。これで最後ですね。合計4回行きました。ま、充分かな。

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前菜のタルタルステーキ。これがもお、絶品!実はこの日は疲れてたから外食するのやめようと思ったんだけど、これを食べてないのを思い出したので。昨年、初めて食べて、あまりの美味さに、後で友達と食事した時に(半ば無理矢理)勧めたぐらいなのです。

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プリモはカリカリに焼いた肉とアスパラを乗せた、パルメザンチーズのリゾット。これも美味しかったなあ。

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流石にセコンドまで食べるのは無理なのでデザート。クリームブリュレと果物。ベルコーレはデザートも時々変わるけど、このクリームブリュレとお米のプディングは定番。写真は撮らなかったけどお米のプディングも今回食べてます。・・・ああっ!そういえば3月17日にマエストロと合同誕生日会の時に、シェフのリョウコ先生が紅茶のケーキを焼いてくれたんだった!忘れてました。これも美味しかった!

良い感じに酔っぱらって下宿に帰って、4時間程寝た後、2時間ほど切り絵の制作をしてました。4時間も寝たらアルコールは抜けるもんだな。もう後1日しか無いので、けっこうギリギリの状態で制作してましたね。

ともあれ、エミリア・ロマーニャ紀行は完結。出来ればサン・マリノの乗り換えだけに降りたリミニも観光したかったが(海水浴の町って認識しかなかったけど、ローマ時代の遺跡もあるんだよね。)秋の三越の展示に向けての材料としては充分かな。ラヴェンナ、フェッラーラ、ボローニャ、パルマ、ピアチェンツァ、マラネッロ、モデナ、サン・マリノ、ファエンツァ。9都市も回りました。

ここ数年、初めて行った場所って、ほとんど無かったんです。2006年にトリノ、オルタ湖、クアルナ・ソット、2008年にクレモナ、オトラント ・・・それぐらいですね。後は何年か前に一度行った場所に、改めて写真を撮りに行くだけ。上記の町でもクレモナ以外は友達が連れて行ってくれたので、今回の滞在は久々に自分で計画して初めての場所に行きましたね。

数えてみると28日間の滞在中、13日フィレンツェの外に出てました。残りの15日で職人さんや友人と会ったり、工房を取材したりしました。充実した滞在でしたな。しかし疲れた。後もう1日で日本に帰国です。

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2012年5月 4日 (金)

モデナ

さて、3月27日(火)の後半。マラネッロのフェラーリ博物館を見学して、お昼ご飯を食べた後はモデナに戻り、モデナの町を見学。

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まずはバスターミナルの近くのエステンセ美術館から。写真の建物はムゼイ宮殿と言います。ムゼイって博物館の複数形の意味。つまりこの建物の中にいくつかの博物館が入っています。その中の一つがエステンセ美術館。エステンセと言うのはエステ家のという意味。エステ家って、前にもブログに書いたけど、フェラーラを治めていた領主ですね。13世紀後半より、モデナはエステ家に支配されていたのです。1598年にはフェラーラを追われて、この地に逃げ延び、以来エステ公国の首都となったそうです。と言う訳で、この美術館にはエステ家が収集したコレクションを中心に展示されています。

美術館の中は撮影禁止でした。ウッフィッツィ程の規模ではないけど、なかなか見応えのある美術館でしたね。ここに収蔵されている作品、ほとんど知らないものばかりだったんですが、たくさん展示してる絵画で「良いな、これ。」と思ったのは超有名な芸術家の作品でした。ボッティチェリは流石に特徴的だからすぐにわかったけど(画集では見た事がない作品でした。)グイド・レーニやティントレット、ベラスケス等。やっぱりメジャーどころの作品って並べてあっても目立つみたいですね。・・・それとも私の見る目が肥えて来てるせいだろうか?ともあれ、堪能しました。

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モデナのドゥオーモです。屋根の向こうに見えてる塔は「ラ・ギルランディーナ」と言います。高さは88m。日曜日しか登れないそうです。高い所は嫌いだけど、登れないとなると悔しい。

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ドゥオーモの脇にあるグランデ広場。右側は市庁舎です。ドゥオーモの側面、工事中でした。工事してなければねえ・・・。きれいなんだろうけどねえ・・・。残念。ちなみにこの広場とドゥオーモ、鐘楼は世界遺産として登録されています。

夕方にフィレンツェに戻った。フェラーリ博物館、モデナの町と充実した取材でした。

この日の昼食は控え目に食べたので、夕食は贅沢してフィレンツェのレオーネ通りにあるエノテカ・バリックという店で。ここは私の下宿の同居人の子がシェフをやってる。滞在中に一度は食べに行かないとと思ってたんだよね。

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お店の中の様子。オーナーと料理人2人で切り盛りしてます。私が顔を出したら、同居人の子がビックリしてました。食べに来るとは思ったなかったらしい。

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前菜盛り合わせです。同居人の普段のキャラからは想像出来ない程、繊細な料理。(失礼!)

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プリモです。カブの花芽のオレッキエッティ。オレッキエッティって耳たぶの形をしたパスタの事。今回の滞在中、いろんな人からご馳走攻めにあってたんだよね。ありがたいんだけど、胃の方が耐えられなくなってまして、食べ過ぎたと思ったら、一食抜いたりしてたんです。で、ここも前菜とパスタで充分と思ってたんですよね。でも、食べ終わったら同居人の子が私のテーブルまで来て「まだ食べます?」って聞かれまして。「お勧めは?」と聞いたら「鴨とか・・・。」と言うので「鴨!!」頼んじゃいました。そもそも、このお店は「エノテカ」っていう名前が示すように、もともとはワインバーなんですね。で、当然ワインも美味しい。この上、鴨なんて聞いたら頼むしかないではありませんか。

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ジャジャン♪ 鴨料理です。いやー美味しかった。ちなみに赤ワインをグラスで3杯いただきました。同居人の子は私が全く飲めないと思い込んでたみたいですが、私が景気よく飲み食いしてたのを見て呆れていた。いや確かに初対面の時に「あまり強くないです。」とは言ったけどさ、グラスに3杯ぐらいなら飲めるんですよ。満腹かつ気持ち良く酔っぱらった。来年もまた行こうっと。

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2012年5月 3日 (木)

フェラーリ博物館

さて、3月24日(土)の夜にフィレンツェに戻って、25日(日)はフィレンツェで切り絵の制作。下絵を終えて切る作業をしてました。下宿に閉じこもってたわけじゃなくて、散歩したり、ベルコーレさんで昼ご飯を食べたり、友達と一緒にジェラートを食べに行ったりしてました。半分仕事で半分休日って感じの一日。ちなみに25日はサマータイムに切り替わる日です。

26日(月)も所要があってフィレンツェに居ました。滞在もほとんど終わり近いのですが、この日にやっと会いたかった職人さんと会えた。昨年取材させてもらって、イタリアに来る直前に切り絵にした木地師のメスコリさんって方です。何で会えなかったかと言うと、この人が「メスコリさん、仕事止めたって。」と言うので、今回の滞在では会えないかも・・・とあきらめてたんですよね。ところが、この日の朝に会った職人さんが「メスコリだったら、まだ働いてるよ。一昨日、工房に行って来たし。」と言われた。早速、メスコリさんの切り絵の写真とモデルになってくれたお礼の和菓子を持って工房に訪ねたら・・・いました。どうもメスコリさんが「最近、仕事無いんだ。工房、閉めるかも・・・。」と言ってたのを早とちりしたらしいですね。頼むよ。まあ、挨拶出来て良かったけどね。

27日(火)はエミリア・ロマーニャ巡りを再開。モデナとマラネッロという所にあるフェラーリ博物館に行きました。

フェラーリ!!車を所有する事も運転する事も全く興味は無いのですが、切り絵にするのは大好きです。イタリアの絵っつーと、教会とか市庁舎ばかり描く事になるんだよね。教会も市庁舎も好きですけど、そればっか作ってると飽きるので、良さそうなモチーフがあると嬉しくなちゃいます。

フィレンツェからはボローニャを通ってモデナへ。駅の近くのバスターミナルから、フェラーリ博物館のあるマラネッロという所に行くバスに乗りました。

1時間程でフェラーリ博物館の前に到着。一緒に降りた女の人がフェラーリ博物館の前まで一緒に行ってくれた。・・・と思ったら、そこで働いてる人でした。後でお昼ご飯に博物館の横にあるレストランに入ってピザを頼んだら、その女の人が働いてました。無愛想な感じの人でしたが「楽しかった?」と聞いてくれた。「勿論!」

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フェラーリ博物館です。残念ながら逆光なのでわかりにくいですが、フェラーリレッドで塗られています。・・・このフェラーリレッドって名前が良いですね。圧倒的なパワーとスピード、極限まで計算された機能性、自らが生み出した物に対する誇り、そして勝利。全てが込められた、正にフェラーリを象徴する色とその名前。

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これが最初に展示されてる、フェラーリ500F2。1952年、1953年と世界選手権を連覇したマシン。今年と来年は優勝してから60周年になるので、展示室の最初に置かれているわけですね。

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フェラーリ512m。・・・良いねえ。いかにも「スーパーカー」って感じ。小学校の時にはまったっけなあ。1971年製造だから、私と同じ歳ですか。

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一番奥にある「勝利のホール」。1999年から2008年までタイトルを獲得したマシンが展示されています。・・・圧倒的な迫力ですね。壮観な眺めだ。

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ミュージアムショップでミニカーを買いました♪・・・でも中国製だったので若干ガッカリした。ま、いいんだけどね。どうせならタミヤ模型から出てる超精密なプラモデルが欲しくなっちゃいますね。フェラーリの設計部の人すら驚愕したという、素晴らしい出来のやつ。(文春文庫の「田宮模型の仕事」にそんな話が書いてあったと思う。)でも、プラモ作るような時間無いんだよなあ・・・。

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博物館近くにあるフェラーリ本社。オーナーだと中も見学出来るそうです。・・・プラモデルと言わず、本物が欲しくなって来たりして。門の前に赤いつなぎを着た糸たちがいるけど、これが制服なんでしょうね。ちょっと誇らしげで格好良いな。・・・えーっと、このつなぎも欲しくなっちゃいますね。こうなると何でもかんでも欲しくなっちゃいますね。ミュージーアムショップで制服も売ってるんだけどさ。あまりににわかファンなので、買うのは恥ずかしいかなって。

と言う訳で、男のロマンをたっぷりと堪能して来ました。さあ、頑張ってフェラーリの切り絵を作ろう!今年の名古屋三越で発表だ!!

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2012年5月 1日 (火)

リヴァプール

イギリス2日目。昨年来たときはマンチェスターを回ったので、今年は近くにあるリヴァプールへ連れて行ってもらいました。マンチェスター・ピカデリー駅から電車で1時間。電車のクッションがやけに良くて、出発して5分ぐらいに「マンチェスターも郊外は工業地帯なんですねえ。」と舘岡君に言ったのは覚えてるんですが、その直後に2人とも寝てしまったようで、目が覚めたらリヴァプールでした。「えっ!もう着いたの!?」「何か・・・すごく早く着いたような気が・・・。」って感じでした。

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まずはリヴァプールの大聖堂を目指して歩く。これは、その途中にあった廃教会。屋根が無いんです。廃教会と言うと、トスカーナのサン・ガルガノ教会を思い出すけど、あれは18世紀に屋根が崩れて、それ以降は風化したような教会だけど、こちらは第2次大戦で爆撃があって屋根が無くなったので、サン・ガルガノに比べると新しい感じ。外観は屋根さえつければ普通に使えそうですね。市民から再建の募金をしてるみたいで、壁に張り紙がしてあったな。

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これがリヴァプールの大聖堂。午前中なので靄がかかってます。イギリスでは最大の大きさの教会だそうです。しかし、どうも威圧的な雰囲気ですな。教会と言うよりも要塞に見える。

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大聖堂の入口の上に置かれている銅像。舘岡君が「嫌な感じの銅像」と言ってたけど、確かに近寄りがたい感じだ。内部は豪奢で良い感じでしたが、驚いたのは教会の中に本屋さんと喫茶店とトイレが併設されている事。イタリアの教会では考えられない。市民の憩いの場になってるんだなあ。あと、写真は撮れなかったけど、中に居た僧侶がハリーポッターみたいなコスチュームを着てた。装飾が施された杖なんかも持ってたし、左右に僧侶を従えて歩いてる僧侶もいました。(当然、服装が違って、より偉そうな感じでした。)でも意外と気さくで、明らかに観光客の私たちにも会釈してくれたり・・・。イギリス国教会もなかなか面白いですね。

イギリス国教会・・・ほぼイタリアだけに関わっているので、あまり聞き慣れないですねえ。教義的にはカトリックと共通している所も多いのですが、16世紀に政治上の問題でカトリックから離れたんだそうです。だから教会の首長はローマ法王ではなく、イギリスの統治者が首長を兼ねているんだそうです。19~20世紀にかけてのアイルランドからの移民や、近年のポーランド人移民の増加に連れて、カトリックも増えているそうですが、やはりカトリックは少数派。17~18世紀はカトリック教徒だと、まともな職にはつけなかったと云います。

リヴァプールには比較的カトリック教徒が多いみたいで、住民の4割がカトリック教徒。で、こちらがカトリックのメトロポリタン大聖堂。リヴァプールには2つも大聖堂があるという事ですね。

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・・・なんと言うか、教会としては前衛的。コンクリート造りで、これが科学博物館なんかだと納得出来るんだけど、ちょっと教会には見えませんねえ。

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これが教会の内部。ステンドグラスで装飾されて、綺麗なんだけど・・・。どうも、こういうのは初めて見るので、イタリアの教会とのあまりの違いに呆然としてしまいますね。円形の建物なので、中央で祭祀を行い、周囲を囲んだ椅子に信者が座るんだけど、この雰囲気だと地下から舞台がせり上がって音楽と共に司祭が登場しそう。・・・新興宗教みたいですね。

さて、お昼ご飯は港の方に移動して、フィッシュ&チップスを食べました。

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ドカーンとでっかいハドックのフライ!ハドックと言うのはヨーロッパで捕れるモンツキダラの事。レモンを絞って食べる。付け合せはグリーンピースのマッシュ。美味しかったけど、量が多かったので苦しかった・・・。港の風に吹かれて食べるのは気持ち良かったな。

そうそう。昨年マンチェスターに来たのは4月で「花は咲き誇り、緑あふれて、とても美しいイギリス!」と思ったけど、舘岡君に言わせると、偶々私が来る1週間ぐらい前にやっと春になったそうで、冬は本当に陰鬱で気分が暗くなるぐらい寒いのだそうです。で、今回は昨年よりも1ヶ月早く来てるので、さぞ寒かろうと思ってたら、意外と暖かい。流石に昨年ほど花も緑も無いけど、梅の花なんかは咲いてるので、別にそこまで陰鬱な雰囲気でもなかったです。舘岡君に聞いてみると、今年の冬はそれほど寒くなかったそうです。・・・って、イタリアは滅茶苦茶寒かったそうで、フィレンツェでも雪は積もったし、日曜日でもあまりの寒さに皆外出したくなかったようで、町中もシーンとしてたって。イギリスなんかイタリアよりも北にあるから、さぞ寒いだろうと思ってたけど、そういうものでもないのかと、ちょっとショック。

さて、ここからはビートルズの音楽を聴きながら読むと気分が出るかも。なにしろリヴァプールっていうとビートルズのメンバーの出身地ですからね。ここは行かなきゃ駄目でしょうって事で。

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ビートルズ・ストーリーという資料館です。ビートルズが当時ライブを行った場所や、アルバムを録音したスタジオが再現されて、展示されている写真を見ながらビートルズ誕生から解散までのストーリーを追う事が出来る。 日本語の音声ガイドも貸してくれます。

1928

ビートルズが292回も出演したクラブ・キャバーンの再現。ビートルズとして活動していたのは8年と、意外と短かったんですね。でも、その音楽は未だに古さを感じない。・・・なかなか勉強になりましたね。何だかNHKBSアーカイブスを見たような気分。ミュージーアムショップではTシャツを2枚買って来ました。あれから1ヶ月経ったけど、まだビートルズがマイブームで、制作しながら時々CD聴いてます。

ビートルズ・ストーリーはアルバート・ドックという昔の造船所を商業施設に改装した所の一角にあって、他にも海洋博物館やテートギャラリー、レストランなどが入ってます。ビートルズ以外も見たかったですが、また次の機会に・・・。

1930

これは水陸両用車です。リヴァプールの町中で走ってるのを見ました。船にタイヤが付いたような感じですね。この後水の中に入って港の中を遊覧する。

1941

で、その後はマシューストリートに移動。キャバーンのある通りですね。このクラブ、まだ健在なんですねえ。中には入らなかったけど、ジョンレノンの銅像があったので一緒にパチリ。・・・しかし、上に貼ってあるポスター・・・。

お昼に食べ過ぎたので、夕ご飯はスーパーマーケットでお惣菜とかサンドイッチを買って舘岡君の家で食べました。

3日目は舘岡君は仕事で、私はイタリアに戻る。マンチェスターを出発するのはお昼なので、ちょっと時間があったのでマンチェスターの町中をぶらぶらする。運良く、ピカデリー公園で屋台が出てたので、昼ご飯の調達。なかなか興味深い物も売ってましたが、吟味してマンチェスターエッグとハンバーガーをテイクアウトしました。

1949

これがマンチェスターエッグ。一口かじってみました。ゆで卵をハンバーグで包んであります。ウスターソースの味がしたし、酸味もあったのでビネガーも入ってるかな。こういうのはスコッチエッグと言うのですが、マンチェスターエッグはどう違うのか?後で調べてみたけど、黒プディングで作ってあるそうですね。黒プディングというのは血を混ぜたソーセージの事です。ゆで卵も何かに漬け込んであるそうですが、食べた時は気が付かなかったな。うーん・・・イタリアだと店の人に質問するんだけどね。英語力が低いので残念。

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こちらはハンバーガー。バンズにハンバーグとタマネギの炒めたのが挟んであります。・・・ハンバーグばっか食べてるなあ。ハンバーガーなんて、ありふれてると思いましたが、プラムで作ったケチャップで味付けしてあります。それは珍しい。食べてみると甘酸っぱくて、爽やかな風味。

どちらも美味しかったけど、空港で飛行機を待ってる間に食べたので、ちょっと冷めちゃってるんですよね。出来れば熱々を食べたかったな。

ともあれ、今回のイギリス旅行も楽しかったです。舘岡君に感謝ですね。

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