« 2012年3月 | トップページ | 2012年5月 »

2012年4月30日 (月)

マンチェスターへ!

昨年のイタリア滞在では、イギリスのマンチェスターへ行きました。ネットで知り合った友人が住んでいて、良かったら遊びに来て下さいと誘ってもらったんです。昨年の滞在は4月で旅行するには丁度良い季節。友人にも親切にしてもらったし、不味いと評判のイギリス料理も意外と美味しかったので、すごく楽しい思い出になりました。だから今年も遊びに行って来ました。・・・って、これじゃイタリア滞在記にならないな。

ともあれ3月22日(木)はマンチェスターへ出発。空港から電車でピカデリー駅へ移動。10分程待ってたら友人の舘岡孝君が迎えに来てくれました。舘岡君は人形アニメーションを作る会社で原型を作る仕事をしています。実はこの日は私の誕生日でした。舘岡君に言ったら「え~っ!!俺なんかと一緒で良いんですか~?」って感じでしたが、楽しく騒げれば良いのだ。

って事で、パブへGO!舘岡君が「イギリス料理を出す良い店を見つけたんですよ!」と言うので行ってみたら去年も食べに来た所でした。「いや・・・ここ去年も来てるよ。あのウエイターの女の子、覚えてるもん。あの子、居たじゃん去年も。」「あ、あれれ・・・。」って感じで。お客さんが来るたびに連れてってるみたいなので、一緒に来た事を忘れてたみたいですね。まあ、それだけ美味しい店って事なので私としては異存は無い。

1864

舘岡君と。昨年は私はローストビーフとヨークシャープディング、舘岡君はチーズバーガーでした。ピアノの生演奏があったっけな。「去年はそこのテーブルだった。」と、ここまで言ったら「思い出した!!」と言われた。

以下は「切り絵師・俊寛、マンチェスターを喰らう」のコーナーです。すっかり「~を喰らう」って言い方が定着しましたねえ。皆さんも使ってみよう!

まず前菜は私がホワイトバイトのフライとチップス。ホワイトバイトは白魚ですね。正確な種類まではわからなかったけど、ワカサギみたいな感じでした。チップスはポテトフライの事。カリッとあがってて美味しかった~。

1862

こちらは舘岡君が頼んだホタテの貝柱のソテー。ちょっと貰ったけど、これも美味しい。

1863

メインに頼んだ、オープンシェパーズパイ。パイと言うから、パイ生地に入ってると思ってたけど、ご覧の通り。マッシュポテトと羊の挽肉を炒めたもの。後で調べたら、シェパーズパイはマッシュポテトの中に挽肉を入れてオーブンで焼く料理だそうです。「オープン」と頭に付いてるので、生地から具を出してあるという事ですね。成程。

1865

こちらは舘岡君が頼んだサーロインステーキ。グレービーソースをかけて食べる。ちょっと貰ったけど、肉汁たっぷりで滅茶苦茶美味しい!!シェパーズパイも悪くないけど、見た目が寂しいのが残念かな。

1866

・・・ステーキにすべきだったかな。でもシェパーズパイなんて珍しい料理を食べれたので満足です。食べた事の無い料理って気になるからね。

舘岡君に「イギリス料理は気に入りました?」と聞かれたので、力強く「気に入りました!!」と返事しました。ワハハと笑われましたけどね。まあ、料理が美味しいと評判のイタリアから、料理が不味いと評判のイギリスに来てるので、どうなんだろうって感じですけど。イタリア滞在も後半戦で、ちょっと飽きてきたのもあったし、実際イギリス料理は美味しかった。そう言えば、今回の滞在で同居してた料理人の子も「最近のイギリス料理は頑張ってますよ。」と言ってたな。良い事だ。

誕生日だったので、舘岡君にご馳走してもらいました。ご馳走様でした♪楽しかった~。

| | コメント (0)

2012年4月29日 (日)

パルマとピアチェンツァ

エミリア・ロマーニャ紀行も後半戦です。すでに3月21日(水)。この辺になるとスケジュールがビッシリ詰まってます。前の晩は友人達とお食事会で食べ過ぎちゃいました。基本的には夜に友達と食事する事が多いので、昼は控え目なんですけど、パルマっつーとパルメザンチーズと生ハムで有名な土地。やっぱりちゃんとしたレストランで食べたいよねえって事で頑張って食べて来ました。

・・・っと、その前に風景の取材。パルマはイタリアに住み始めた直後に友達に誘われて生ハムを食べに来た事が一度だけあります。ですが、その時は学校が終わってから電車に乗ったので、食べに行っただけで町はほとんど見てないんです。だから実質は初めて行く場所ですね。

で、食文化についての切り絵も作りたいので、チーズや生ハムを売ってる店なんかも見てみますかって事で、「地球の歩き方」には町外れのサンタクローチェ広場の近くにチーズの店が7軒ぐらい軒を連ねてるとあるので、ツーリストインフォメーションで地図を手に入れて、サンタクローチェ広場へGO!!

さて歩くとけっこう時間がかかったのですが、チーズの店なんてどこにも見当たらない。仕方ないので情報収集の為にバールに入ってコーヒーを飲んで、バールの女の子に聞いてみたら「あれは、もう無いわよ。」って返事。川の近くに市場があって、地下にチーズ屋さんがあるとの事でした。やれやれ。川の近くって町の中心部のすぐ傍で、サンタクローチェ広場まで来る必要無かったんだ。

しかし、市場に行って地下のチーズ売り場も見てみたんですが、これがスーパーマーケットみたいで全く絵にはならない。まあ、食品売り場だから絵にならなくても文句は言えませんけどね。ここまででパルマに着いて1時間半過ぎちゃってます。仕方ないので近くをうろついて、良さそうな店に入って32か月熟成のチーズを買いました。

・・・って買い物が目的じゃなかったんでした。一応、写真も撮りましたけどね。ちょっと準備不足って感じの写真になってしまいました。ちょっと切り絵にしにくいかも。余裕を持って挑まなきゃいけませんね。

1684

その後はドゥオーモと洗礼堂に行きました。

1715

こちらがドゥオーモ。鐘楼は修復中。お昼時なので、人がいなくて静かでした。

1716

こちらは洗礼堂。ドゥオーモ広場の端からでは近過ぎて、ドゥオーモと洗礼堂を一緒に取る事は無理でした。切り絵にする時は一つの画面に収めようかな。

さて、お待ちかねの昼ご飯です!地球の歩き方に載ってたコリエーリという店に行きました。前菜とプリモだけで良いかと思ってたら、給仕さんが勧めるのでもう1品前菜を頼んじゃいました。

1739

まずは定番の生ハム。やっぱパルマと言ったらこれを食べなきゃ。15年前に来た時(店は違うと思う)に初めて生ハムを食べて「うん。実に力強い味だね。」なんて、漫画の美味しんぼみたいな感想を口にしたっけ。ああ恥ずかしい。若気の至りですね。

1738

生ハムと一緒に来たもう一つの前菜。トルタ・フリット(ケーキのフライの意味)塩気のあるふわっとした生地で中は中空。だから何とか食べれたけど、まだこの後も料理が来るんだよね。

1745

トルテッリと言うパスタです。中身はハムとリコッタチーズが入ってます。これにパルメザンチーズのすりおろしをかけて食べます。ほとんど限界だったけど、何とか完食。もうこれ以上入らない。

お腹一杯で歩きたくなかったけど、町をちょっとぶらついた後、ピアチェンツァへ移動。パルマからは1時間弱。ここは前にクレモナにヴァイオリン職人の工房の取材に行った帰りに、電車の乗り換えで降りた事がある。駅前のフードコートみたいな所に入ってパニーノを買っただけだったので、観光するのは初めて。

1795_2

これがピアチェンツァのドゥオーモ。閉まってたので中が見学出来なかった。残念。

1848

こちらは市庁舎。写真には写ってないけど、左右に騎馬像を2つ従えてます。ドゥオーモが割と質実剛健な印象に対して、こちらは優雅ですな。

夕方にはピアチェンツァを発ってフィレンツェに4時間近くかけて戻りました。この日は夕ご飯抜き。やっぱり昼ご飯を食べ過ぎたようで、お腹空かなかった・・・。

| | コメント (0)

2012年4月28日 (土)

滞在中から制作してた作品

3月のイタリア滞在中も下宿で制作してました。1点でも多く新作を出したいですからね。と言っても、時間を考えてもエアブラシを使う作業までは出来ないので、下絵と切る作業までを滞在中にやりました。

だいたいイタリアの家ってのはキッチン以外は照明が暗いんです。私が借りてた部屋も作業が出来る程明るくなかったので、市場で売ってた安いライトを買いました。

ライトを買った日の夜は酒を飲んで帰ったので、作業はしなかったんですけどね。でも寝る時に日本から持ち込んだ本でも読みながらノンビリするかなって事で、買ったばかりのライトをパチッと付けて、ベッドに寝転んだ。最近はゆっくり本を読む暇も無かったので、あ~幸せと思ったんだよね。

その瞬間、電球がパンッ!!って音がして、部屋は真っ暗。ええっ!?と思ってライトのスイッチをいじったけど明かりは点かず。自室のスイッチとか、キッチン、トイレのスイッチもいじってみたけど真っ暗なまま。どうやらブレーカーが落ちたみたいで、私の部屋だけでなく、家全部が真っ暗になった。下宿の同居人は料理人で、いつも帰りは遅いので、家には私一人。ブレーカーがどこにあるのかわからん。

・・・まあ、良いか。気持ち良く酔ってるし。ブレーカー探すのも面倒くさい。寝ちゃおう。

と言う訳で寝てたんですけどね。その内、同居人が友達を連れて帰って来たけど、「あれ?」とか言って、スイッチをカチャカチャいじってたのが聞こえた。「す・・・すまねえ。」と心の中で笑いながら詫びて眠りについた。いや、私のせいだってのはわかってるんですけどね。どうも笑えて来てしまって。

翌朝、起きたらキッチンで同居人とその友達(前のブログで書いたけど、この子達は卒業旅行でタダで泊まってたんだと。)と顔を合わせた。「すみません。昨夜はうるさかったでしょう?」と言われたけど、「いえいえ。酔っぱらって寝てたので全く気が付きませんでした。それよりも昨日、家を真っ暗にしたのは私です。すみません。」と頭下げて謝りました。まさかさ、40wの電球を点けただけでブレーカーが落ちるとは思わなかったんだってば。

後でブロンズ職人のドゥッチョ・バンキさんの所でその話をしたら、そういう話はよくあるとの事で、調べてくれるそうなので、一度下宿に戻ってライトと電球を持って行きました。

新しい電球を付けて試してみたけど、特に問題無し。ライト本体でなく電球が不良品だったみたいですね。よく見ると電球のソケットの部分に小さな穴が開いて、煙が出た跡があった。危ないなあ・・・。

そういう訳で、制作する環境を整えるのにもけっこう時間がかかりまして、制作スタートは3月10日でした。滞在して1週間以上過ぎてましたね。日曜日は職人さんの工房は閉まってるし、足を休ませたかったので、下宿にいて作業してましたけどね。ほとんどの日はお酒を飲む事があっても、帰って2時間ほど仮眠を取ってから夜中に制作してたりしました。

Photo

これが出発前の段階。サイズは50×70cm。名古屋で木地師をやってる大蔵真さんです。木地師と言うのは、ろくろでお椀とかお盆を作る職人さんですね。

2748

下絵を徐々に進めて行く。大蔵さんは50代続いた木地師の家系です。と言っても、直系とかそういう意味ではなく、全国に木地師の末裔は散らばっているそうで、大蔵さんとか小椋さんという苗字の人は木地師の家の出が多いんだそうです。

2839

下絵終了。大蔵真さんの家は元は滋賀県の山奥に一族で住んでいて、木地師を営んでいたそうですが、ほぼ自給自足に近い生活をしていたそうです。

2843

切り始め。私はいつも左上から切って行きます。大蔵真さんの家が名古屋に出て来たのは戦後すぐで、以後ずっと同じ場所で木地師をやっています。

2853

これが帰国の2日前の段階。帰国前日の夜はお食事会で、お酒も控え目。下宿に帰ってから作業を再開。

2856

徹夜で切り終えました。イタリア出発前日も徹夜だったけど、帰国前日も徹夜。睡眠は飛行機に乗ってからで良い。不安だったのは、切り終えると同時に緊張の糸が切れて机に突っ伏して寝ちゃう事。また飛行機に乗り遅れたら、えらいこっちゃ。

出発前に「切る所まではイタリアでやって来る!!」とこのブログ宣言していたので、ギリギリで何とか公約を果たした!まあ、別に出来なかったからと言って、誰も文句は言わないだろうけど、自分が自分に負けるみたいで嫌なんだよね。

で、ここからはイタリア滞在記とは関係無いんだけど、既に作品は完成してるので制作過程を見せて行きます。

2860

帰国したその日にエアブラシを使ってアクリル絵の具の黒を吹き付ける。これで黒い紙を切ったのと同じ状態にします。古新聞に挟んで丸めてスーツケースに入れて持ち帰ったので、傷んでないかと思いましたが大丈夫でした。

2867

着色した紙片を裏側から貼り付けて行きます。いつもはエアブラシで1箇所グラデーションを付けるだけですが、今回は画面にボリュームが欲しいので、アクリル絵の具を筆で厚塗りして油絵のような雰囲気にした紙を貼ります。まだ貼らない場所は新聞紙で包んで保護しておきます。いじってる内に破れちゃうからね。

2876

手前にある物から徐々に貼って行きます。紙の厚みだけで自然な立体感は出ます。大蔵さんが使ってるろくろ、戦後からずっと使ってます。70年近く使い続けている事になるので、ここまで使い込むと命があるみたい。大蔵さんと一緒に一生懸命働いてる感じで、見ていてジーンと来ました。

151b

完成。制作期間は1ヶ月ぐらいかかったかな。イタリアで作業を進めておいて良かったよ。今後の制作ノルマが楽になる。じっくり作り込んだので、充実した時間を過ごせました。完成したのは1週間ぐらい前でして、今は別の作品に取り掛かってます。写真をA4サイズにプリントして大蔵さんに送ったら、丁寧なお礼状を貰いました。喜んでくれたようで良かった。次も頑張らなきゃね。

| | コメント (2)

2012年4月27日 (金)

オルヴィエート

3月19日(月)はオルヴィエートに行きました。オルヴィエートはフィレンツェからローマの間にある、ウンブリア州の町です。来年、ウンブリアシリーズの予定なので、今年行けるのなら行っとこうって事で。

オルヴィエートは語学学校に通ってた時代に一度行きましたっけ。その後も用事で1度あったけど、町自体は見学しなかったので、かなり久しぶりですね。丘の上のある町なので、駅からはバスかケーブルカーが出てます。この2択だとケーブルカーですね。あまり乗る機会は無いし。

2817

まずはケーブルカーの駅近くにあるサン・パトリッツィオの井戸へ。1527年にドイツ軍団がローマに攻め入って破壊の限りを尽くしたんだけど(これをローマ略奪と言います。)時のローマ法王クレメンテ7世がこの町に逃れて来て、籠城に備えてこの井戸を掘らせたと云います。

2756

これが井戸のある建物。設計はフィレンツェ人のアントニオ・サンガッロだそうだ。(けっこう有名人です。フィレンツェのバッソ要塞も設計してる。)オルヴィエートは紀元前からエトルリア人が住んでいたので、地面を掘ると遺跡が出て来るそうだ。この井戸を掘った時も遺骨が出て来たそうです。

1564

これが井戸の中です。底に溜まった水が空の光を反射してます。所々に開けられた窓の向こうに螺旋を描くように階段があるのですが、降りる人と上る人がすれ違わない設計になっています。深さ62m。248段の階段です。高い所は嫌いだけど、地下は怖くない・・・はずだけど、窓から顔を出して井戸の底を覗くのは、やっぱり怖いのである。まあ階段を上り下りするのは怖くないですけど。

1578

で、ドゥオーモに行きました。ウンブリア州の都市のドゥオーモでは一番美しいでしょうね。

2775

ドゥオーモの側面。シエナのドゥオーモとも似ています。縞模様になってる所とか。これはあの時代に十字軍の遠征があって、エルサレムでアラブの建築のデザインに影響を受けたと云われています。

ここで昼ご飯。ウンブリア州の名物、ポルケッタのパニーノを食べました。ポルケッタってのは子豚を香草と一緒に丸焼きにしたもの。薄く切って食べる。

2788

これがポルケッタのパニーノ。・・・実は私、何度も食べてるんだけど、美味しいと思った事が無いんです。確かに味も香りも良いのです。じゃあ何が不満かと言うと、熱くないんですよ!丸焼きにしたのを削ぎ切りにするんだから、もうちょっと温かくても良いのに、一部だけほんのり温かいだけで、あとはむしろ冷たいぐらい。この日に食べたのもそんな感じ。

で、昨年の話ですけど、市場でポルケッタを売ってたので、ちょっと買ってみたんです。フライパンで熱くすれば絶対に美味いはずだと思って。やってみたら想像通り、えらい美味かった!!「これよ!これ!これが食べたかったんだよっ!!」って感じでしてね。でも屋台やパニーノ屋さんで売ってるのは、冷めたやつばっかり。誰か「いや、あそこのポルケッタは熱々で美味いですよ!」って情報を持ってたらご一報下さい。来年、食べに行きますので。

あと、オルヴィエートと言えば白ワインが有名ですが、そんなに強くないので真昼間から飲みませんでした。

昼食後、ドゥオーモの中も見学。ここにはルカ・シニョレッリのフレスコ画があります。「反キリストの宣教」「世界の終末」「肉体の復活」「地獄落ち」「地獄の入口と義人の昇天」と数々の場面が描かれていますが、やはり圧巻は「地獄落ち」ですね。中は写真撮影禁止なので、wikipediaの画像です。

676pxluca_signorelli_001

ボローニャのサンペトロニオ教会でも同じモチーフの絵があるけど、やっぱり地獄の風景は画家のファンタジーをそそるのか、個性的で面白いよね。作者のルカ・シニョレッリって人は、かなりの皮肉屋だったそうで、この絵に描かれている悪魔に連れ去られる娼婦の顔を自分の愛人にしたんだそうだ。(中央の飛んでる人)自分を裏切った仕返しだったそうですが、その愛人も嫌だったろうなあ。本当。そういえば、この作品、ミケランジェロにも影響を与えたそうですが、ミケランジェロも最後の審判に地獄の王ミノスの顔を、自分に意地悪した枢機卿に似せて描いたんだっけ。芸術家を怒らせると後が怖いんですなあ。

1580_2

ドゥオーモの近くの路地で美大生(?)が地面に画用紙を広げて絵を描いてました。ガシガシとペンで一生懸命描いてましたね。「頑張れ~。」と声をかけようかと思ったけど、邪魔になるかなと思って遠慮しました。

1581_2

こちらが美大生に描かれていた風景。アーチの連なりが美しいですね。前に来たのは、もう15年も前になるけど、町中のアーチが綺麗だったなってのは何となく記憶に残ってます。ここだったかなあ。

2797

ドゥオーモ広場から更に町の中心に入ると、カピターノ・デル・ポポロ宮殿があります。人民の隊長の宮殿という意味ですね。自治都市だった時代に建設されました。階段を上るとバルコニーに出れるので、広場を見下ろす事が出来る。なかなか気持ち良い。

2807

サンタンドレア教会と市庁舎。右の回廊を備えた建物が市庁舎ですね。・・・市庁舎と教会は地味な感じだけど、鐘楼が美しいですね。何とも印象的。12角形だそうです。・・・12角形って・・・ちょっと形が思い浮かべづらいですねえ。そうだ。時計と同じか・・・。

博物館等には入りませんでしたが、きっちりオルヴィエートを見学出来て楽しかったです。唯一、残念なのは遠景を見れなかった事。

Mihon018

こういう風景です。これは資料用に買って来たガイドブックの写真ですけど、こういう風に町が一番綺麗に見える場所って車が無いと行けないでしょうね。電車・バス等、公共交通機関しか使えない身なのが残念です。

| | コメント (2)

2012年4月26日 (木)

日帰りローマ

イタリア滞在の前半でラヴェンナ、ボローニャ、フェッラーラを回りました。後半で3カ所回るのですが、エミリア・ロマーニャ以外にも行って来ました。一年に一度のチャンスなので、行けるだけ行かなきゃねって事で。

ローマはほぼ毎年行ってるし、別に今更行かなくても良いのですけど、友人が国立図書館で個展をやっていたから、見に行くついでに取材していない所も行こうと思いまして。

フィレンツェからは鈍行で3時間、ユーロスターだと1時間半。時間を節約したいので、今回はユーロスターで。ローマ日帰りなんて勿体無い感じですが、個展をやってる友人(フィレンツェ在住の日本人です。)は定期券を買って、期間中は毎日フィレンツェから通ってたそうです。友人はこの時期は帰国を控えてて、非常に忙しかったそうで、ずっとローマで泊まってるわけにもいかず、4回乗れば元は取れるからって事で定期を買ったそうですけどね。かなり珍しい話で、共通の友人に話したら「えっ!」とビックリしてた。

個展を見て友人とお喋りして、昼前に会場を出て、ローマの取材開始。

まずはベルニーニの彫刻「聖テレーザの法悦」があるサンタ・マリア・デッラ・ヴィットリア教会へ。この教会、昼の12時に閉まるんだけど、友人の個展会場を出たのが11時過ぎ。だいたいのイタリアの教会は昼は閉まっちゃうんだよね。で、夕方開くかどうかはわからないので、大急ぎで移動しました。到着したのが12時5分前。ギリギリで申し訳ないなあと思いつつ入場。

1192

小さけど隅々まできっちり装飾された教会です。ちゃんと見ようとすると時間がかかるので、ベルニーニの写真を撮ってすぐに出ました。ミケランジェロのピエタも良いけど、こちらも切り絵にしてみたいですね。カボチャに彫刻しても面白いかも。なあ、サスライの!

その後はトラステベレ地区に行きました。私の手帳に「サンタ・チェチーリア・イン・トラステベレ教会に行くべし」というメモが入ってたんだよね。いつそれを書いたのか覚えてないんだけど、テレビや本でイタリア関係で行きたい所が出たりするとメモを書く事にしているので。

トラステベレに行くにはテベレ川を渡るんだけど(トラステベレとはテベレ川の向こうと言う意味です。)そこに面白い風景があります。ティベリーナ島と言って、川の中央にある洲なんですが、そこに病院や教会が建っていて、まるで船のように見えるんです。まだ切り絵にしてないので、いずれは作りたいですね。

1272

フィレンツェでもそうなんだけど、だいたい「川向こう」って下町のイメージがありますね。こういう所には安くて美味しいレストランがありそうです。でもこの日の夜はフィレンツェに戻ってお食事会が控えているので、昼からあまり食べたくなかったし時間も無いので、お惣菜屋でアランチーノ(ライスコロッケ)を食べて昼食終了。本当はもう少しノンビリ旅行したいんだけどね。まあ、自分の仕事用の取材であるから仕方がない。

1304

こちらがサンタ・チェチーリア・イン・トラステベレ教会。

1315

外観は簡素ですが内部は豪華。彫刻やフレスコ画、モザイクと見どころの多い教会です。そういえば今まで教会の外観の切り絵は作って来たけど、内部はやった事がないですね。

この後はフォロ・ロマーノへ。ローマ時代の大規模の遺跡ですね。フォロとは政治・宗教の中心となる広場の事。紀元前3世紀あたりから使われていたんだけど、それをユリウス・カエサルが整理・統合し始めたのだが、暗殺された事により計画は初代ローマ皇帝のアウグストゥスに引き継がれた。現在残る遺跡はそれ以降に建設され、7世紀のフォカス帝が柱を建てたのが最後とされています。つまりほぼ1千年に渡って、ここがローマの中心地だったわけですね。

1503

ここで写真を撮りまくりました。一日いても飽きない感じ。どう切り絵にしようか考えながらシャッターを押してます。駆け足で回る観光地取材ですが、ここはかなり長時間いました。でも遺跡の南側までは行けませんでした。帰りの電車に間に合わない。私が乗り物に乗り損ねると笑い者にしそうな人はいっぱいいるしな。今回はあきらめましたが、また次回の楽しみに取っておこう。

1546

この日、3月17日(土)はフィレンツェモザイクのマエストロ、ロベルト・マルッチさんと私の合同誕生日会でした。(何か某宗教団体の行事みたい)マエストロは3月20日、私が3月22日です。どこで食事しようか聞かれたけど、この面子ではベルコーレで良いじゃんって事で。写真右側にマエストロと本永景子さん。本永さんは昨年の秋のギャラリー彩さんで一緒に展示した人です。左側に私と今年フィレンツェモザイクを始めた安田さん。

久々に女の子が工房に入ったので、マエストロは嬉しそうですが「男は生徒にしたくないなあ。」なんて勝手な事を言ってるそうだ。・・・あのさ、経営難で工房閉めようかなんて言ってる時に、何贅沢な事を言ってるのだ!!まあ、私なんかは時々遊びに行くだけなので「困ったマエストロ」で済んじゃいますけど、本永さんなんかは本気で大ゲンカになる事もあるそうです。普段は仲良いはず・・・なんだけどねえ。

この日はイカ墨のパスタと魚料理を食べたっけ。マエストロが自分が飲めない分を私に注ぐので、完全に酔っぱらって家に帰った。マエストロと食事すると毎回こうなるんだよなあ。まあ、私も無理なら飲まなきゃいんですけどね。「俊寛さんがマエストロのお守りをしてくれたので、私たちは楽でした。」と言われた。マエストロは子供かよ!

| | コメント (0)

2012年4月21日 (土)

フェッラーラ

エミリア・ロマーニャ紀行、3番目。フェッラーラはボローニャとヴェネツィアの間に位置しています。ここも13年ほど前に旅行しています。あの時に食べたカボチャを詰めてバターとセージで和えたラビオリはすごく美味しかった。

食べ物だけじゃなくて、歴史的にも興味深い町。私は、ルネッサンス期にこの地を治めた君主、アルフォンソ・デステのファンでございます。塩野七海さんの本で脇役として出て来ただけなんですが、「結婚するならアレッサンドロ6世かアルフォンソ・デステのどちらかだ!」と書いてましたっけ。いつか彼を主役にした物語を読みたいものです。

アルフォンソ・デステ・・・何と言うか、生き様が熱血少年漫画の主人公みたいで格好良いんですな。若い頃は単身で城を抜け出し、身分を隠して海賊退治を楽しんでたり。かと思うと部屋に籠って大砲を作ったり・・・。この大砲が君主になって後には戦争に役に立って、小国ながらも最後まで独立国として生き残ったそうです。

戦国時代で言うと伊達正宗、三国志で言うと孫策って感じですかね。ただし孫策と違って、こちらは長生きしたみたいで、今も残る肖像画は貫禄に溢れていて「永遠の青年」ってイメージとはかけ離れてますが・・・。

Alfonso_i_deste

肖像画の大家、ティツィアーノの作です。

と言う訳で、歴史的な背景も知ってると、観光してても楽しめますね。

駅から町の中心部へズンズン歩くと、最初に見えて来るのがエステンセ城。

573

エステ家の居城ですね。四方に堀があり、4角に塔があります。城だけどごつくなくて、むしろ優美ささえ感じる。まさにエステ家の家風にふさわしい城ですね。

200706_03_85_f0076785_21363259_2

こちらはシュールレアリズムの巨匠、ジョルジョ・デ・キリコの「不安を与えるミューズたち」後ろにエステンセ城が描かれています。私はこの絵を中学校の美術の教科書で初めて見ました。すごいインパクト。キリコはフェッラーラに住んでた事もあるのですが、その当時はフェッラーラは繊維産業がさかんで麻を煮る臭いが麻薬効果をもたらし、これがキリコの絵画に影響を与えたと言われる。(と、ウィキペディアに書いてあったけど。・・・って事はラリッてた訳ですか!?)

城のすぐ近くにあるドゥオーモ。

592

繊細優美な作りですね。フェッラーラの守護聖人は竜退治で知られるサン・ジョルジョ。この人を祀った教会です。12世紀~14世紀にかけて建造されました。

603

横から見てもきれいですね。横の回廊には、色々とお店が入ってます。ジェラート屋さんがあったので、ここで休憩しました。

この日の夜は何の約束も無かったので、ノンビリと回りました。観光スポットの共通券を買って、ロメイの家、スキノファイア宮殿、カスタビーリ宮殿、ディアマンテ宮殿などを回りました。

で、もう一度エステンセ城に戻って、城の中を見学。アルフォンソ・デステの弟のジュリオって人は、痴話喧嘩が元で反乱を企んだんだけど、すぐに発覚して半世紀に渡って牢に閉じ込められたと云う。・・・この話も塩野七海さんの短編集「愛の年代記」に収録されています。こんな暗くて狭くて寒い所に半世紀も閉じ込められちゃ、たまんないなあと思った。

691

城の塔にも上りました。右の方にドゥオーモのファザード(正面)がチラッと見えてます。市街が世界遺産に登録されているだけあって、美しい良い町でした。

| | コメント (0)

2012年4月20日 (金)

ボローニャを喰らう!!!

昨年から「イタリアの食文化シリーズ」の切り絵も作ってるので、美食の町として知られるボローニャは風景の取材もだけど、食べ物関係で絵になるものがあれば取材しなきゃって事で、市場にも行って来ました。

914_2

ウーゴ・バッシ市場です。野菜・果物屋、肉屋、魚屋、お惣菜屋さんが体育館みたいな建物の中に入ってます。

ここも良かったんですけど、偶々今回の滞在で私より先にボローニャを旅行してた、大阪の藤田夫妻(この方たちは大阪でアッラ・パーチェというレストランをやってます。)が「ボローニャで魚屋通りを見つけた!」と教えてもらってたので、そちらにも行ってみました。

992

これが魚屋通り。マッジョーレ広場の直ぐ近くでした。・・・って、実は10年以上前にここからの風景を切り絵にしてたんでした。まあ、あの頃は滅茶苦茶に歩き回って、絵になる場所があれば写真を撮ってスケッチして切り絵にしてたので、今回自分がどこを切り絵にしたのかわかりました。

ともあれ、改めて歩いてみました。魚屋通りとあるけど、魚屋だけでなく八百屋やお惣菜屋、花屋なんかもあるので、見ていてすごく楽しい。

1009

八百屋さんがズラッと並んでます。う~ん・・・ウーゴ・バッシ市場よりも、こちらの方が絵になりそうだなあ。

1035

こちらは魚屋さん。別の店ではちょっとした魚料理を出してました。店のカウンターで立ち食い。ちょっと食べて見たかったけど、やっぱり昼食ぐらいちゃんとしたレストランで食べたかったので、地球の歩き方に載ってたレオニダというレストランに入りました。

プリモ(第一の皿、パスタやリゾットなど)とセコンド(第2の皿、肉や魚料理)とデザートを頼みました。プリモの前にアンティパスト(前菜)、セコンドにコントルノ(付け合せ)も注文出来ますけど、ちょっと食べきれないかなって事で断念。この日の夜は友達にご飯を作ってもらう予定だったんです。

1082

ともあれ、ボローニャの名物料理です。プリモはトルテッリーニという指輪のような形のパスタ。中にハムなどの詰め物がしてあります。これはコンソメスープの具になった料理。

1084

セコンドはコトレッタ・アッラ・ボロネーゼ。仔牛のカツレツの上に生ハムが置かれてて、溶かしたパルメザンチーズがかかってます。美味しいんだけど、見た目がちょっと寂しいかな。コントルノも頼むんだったと後悔しました。あと、水だけで食事してたけど、やっぱりワインは飲みたくなりましたね。あまり強くないので昼間からお酒を飲むと、やる気を無くして昼寝でもしたくなっちゃうので、我慢しましたが・・・。

1085

デザートはパチューゴのジェラート。パチューゴって何かと思って調べてみましたが、ようするに色々滅茶苦茶にミックスしたって意味らしいです。何のジェラートか覚えてないけど、かなり美味でした。

・・・どうも食べ足りないですねえ。この日に食べた料理は美味しかったけど、こんなもんじゃなくて・・・やっぱりボローニャに泊まり込んで、もう明日は考えないぐらいの気合いで食べるぐらいでないと味覚に刻まれない気がしました。まあ、今回はイントロダクションって感じだったので、これはこれで良いかな。次に機会があれば、じっくりと腰を据えて食べようと思います。

以上、ボローニャでした。

| | コメント (0)

2012年4月19日 (木)

ボローニャ

エミリア・ロマーニャ紀行その2はボローニャです。エミリア・ロマーニャ州の州都ですね。フィレンツェの北97kmに位置する。(近いって印象があったけど、けっこう遠いんだな・・・。)フィレンツェに住んでた頃、切り絵を2点作ったっけ。

で、最近はフィレンツェからボローニャまでは特急電車ばかりになっちゃって、40分で着くんだけど25ユーロかかる。日本円で3千円ぐらいですね。名古屋から米原まで新幹線を使って行くようなもんですね。鈍行を使ってプラートという町で乗り換えると、2時間かかるけど、料金は7ユーロ。特急の1/3以下です。・・・すごく極端ですね。フィレンツェからプラート、プラートからボローニャの鈍行はけっこう本数があります。

という事は、鈍行で行くって事ですね。たかがボローニャに行くのに往復6千円も使ってられないのである。そもそもフィレンツェ~ボローニャなんて超重要な路線で、利用客も多いんだから特急以外も急行とかの本数を増やして運航すりゃ良いのに、特急か鈍行か(しかも乗り換えなきゃいけない)って選択肢しか用意しないイタリア国鉄の意地の悪さったら・・・。俺はこういう上から押し付けられるようなのは嫌いなのだ。意地でも鈍行を使って、国鉄の思惑を裏切ってやる!当日は7時半に起きて8時半からフィレンツェのカンポ・ディ・マルテ駅から出発しました。(フィレンツェ中央駅から出てないんだよな。)

ボローニャに着いて、まずは町の中心部へ。

972

マッジョーレ広場にあるネプチューンの噴水です。ネプチューン(海神)の像はジャンボローニャの手による物。フィレンツェのネプチューンの像は、風呂上りのお父さんみたいで一かけらも威厳は無いけど、こちらのネプチューンは格好良い。ジャンボローニャって言うと、いかにもボローニャ出身みたいだけど、本名はジャン・ブローニュって、フランス生まれだって。(えええっ!!)21歳の時にイタリアに移り住んで、以後はずっとイタリアに居たそうです。フィレンツェでも彼の作品は多いんですけどね。ミケランジェロよりも年下ながら、影響も与えたと言われています。

959

マッジョーレ広場にあるサンペトロニオ教会。ボローニャで最も重要な教会です。教会正面の壁を修復中。鉄骨で足場が組まれているので、修復期間中は一般人も入場料3ユーロを払えば鉄骨の一番上まで上る事が出来る。「テラス3ユーロ」と張り紙がしてあるから、何の事かと思った。テラスって言えば聞こえは良いけどさあ・・・。まあ確かに、この機にしか見れない風景ですね。良いアイデアだけど、ちゃっかりしてますね。

1147

と言う訳で登ってみました。教会の正面にあるポデスタ宮殿です。左に小さくネプチューンの噴水が見えます。

1073_2

教会のテラスから降りて昼食。その後はボローニャの塔へ。高い方がアシネッリの塔、低い方はガリセンダの塔と言います。ガリセンダの塔は実は傾いているので斜塔と呼ばれる。高い方には上れるので、例によって高いところは嫌いだけど上って来ました。

1123

97m、498段の階段を上る。疲れた。でも塔の上より見たボローニャのパノラマはきれいだ。左にサンペトロニオ教会が見えます。

塔から降りた後は適当に時間をつぶして、3時にサンペトロニオ教会が開いたので中を見学。この中にボロニーニの礼拝堂と言うのがあって、そこのフレスコ画の地獄の風景が素晴らしかった。

Mitukosi_009

写真撮影禁止なので、絵葉書を買ってスキャンしてあります。1410年、ジョバンニ・ダ・モデナの作。圧倒的な迫力ですね。昨年、ミケランジェロの最後の審判の模写を切り絵にしたけど、やっぱり地獄の部分は作っていて楽しかった。天国っていうと、だいたいイメージは決まってるんだけど、地獄の風景は何を描いてもOKって感じで、作家のファンタジーが生かせるモチーフですね。

この日の夜は友達の家でお呼ばれされてたので、16時にはボローニャから引き揚げました。

・・・って、ボローニャの食について書いてませんね。ボローニャと言えば美食の都ですから。次のブログではその辺も書きますので。次回は「切り絵師・俊寛、ボローニャを喰らう!!!」の巻。・・・何かどこかで聞いた事のあるタイトル。

| | コメント (0)

2012年4月18日 (水)

ラヴェンナその2

ラヴェンナの続きです。観光したのが3月7日の午後だけと短時間でしたけど、モザイクの写真はたくさん撮りましたからね。

さて、ドゥオーモから北へ移動して、サン・ヴィターレ教会です。548年に建立と古い歴史を持つ教会。上から見ると八角形になってます。

232

外観は煉瓦積みと素朴ですが、内部は豪華絢爛。モザイクで装飾されています。

207

自然光が良い感じです。

230

主祭壇上の壁面。中央に描かれているのが、この教会の名前が捧げられた聖人、ヴィターレ。この人は元々ミラノの人で、改宗しなかった為に異教徒に殺されてしまったそうです。・・・この手の殉教者はけっこう多いので、それほど有名な聖人じゃないんだけど、何故かラヴェンナでは守護聖人になっていて、立派な教会を作ってもらえたという・・・。都市国家間の派遣争いがあって、シンボルとして政治利用されたという説もあるんですけどね。なかなか俗っぽい経緯ですな。まあ、おかげで良い物が残っているわけですが。

237

横っちょにあるのが、ガッラ・プラチディアの廟。ローマ皇帝ホノリウスの妹で、ラヴェンナの基礎を作った人のお墓。

246

ここも内部はモザイクで装飾されています。これは入口の裏側にあるモザイク。「良き羊飼い」の図ですね。

243

アラバスタ―(雪花石膏と言って薄くすると光を通す半透明な石)の窓の下に水を飲む鳩がいるけど、この部分だけのモザイクが土産物やさんで売られています。後でミュージアムショップに行ったら、このデザインのモザイクを自分で作れるキットが売ってました。木の板を用意して、木工用のボンドで色ガラスのピースを貼って作る。記念に1個買って来ました。まあ、作る時間は無さそうなんだけどね・・・。

で、国立博物館も併設されてるんだけど、時間が無かったのでパス。まあ前に来た時に見てるからね。

駅と平行して走ってるローマ通りをズンズン歩いて、サンタッポリナーレ・ヌォーヴォ聖堂へ。ローマ通りって、午前中に取材したココ・モザイコ工房がある通りなんだよね。前を通ったら、さっき取材したばかりのルカさんが気が付いて、中から手を振ってくれた。

272

こちらがサンタッポリナーレ・ヌォーヴォ聖堂。ラヴェンナの教会は質素な外観が多いですね。教会の名前を捧げられた聖人はアッポリナーレ。ラヴェンナの初代司教で、前述のヴィターレと共にラヴェンナの守護聖人だそうです。

269

こちらの教会も素晴らしいモザイクで装飾されています。左右の壁が全てモザイク。画像は左側の壁の一番奥で、玉座に座った聖母子と3賢者(左側の赤い帽子をかぶった3人)が描かれています。

ラヴェンナ取材の最後はテオドリックの廟。ここは今回初めて行きました。町からちょっと離れているんですよね。でも歩いて行ける距離なので頑張って行ってみました。

283a

テオドリックはローア帝国と同盟関係にあった東ゴート族の王。一説によると、この建物の中に居た時に雷が落ちて、撃たれて絶命したと云う。

内部は何も無いのです。本当にそっけない石の壁があるだけ。でも外観は野原の中にポツンとあるので、休日に散歩するのは気分良いでしょうね。

2701

夕方、ラヴェンナを発ったので、夕食は駅前のピアディーニの屋台でテイクアウトして電車の中で食べました。昼もここでテイクアウトしてるんだよね。ピアディーニというのはエミリア・ロマーニャ州の名物で薄く焼いたパンに具を挟んで食べる。タマネギとソーセージで作ってもらったけど、ボリュームがあって美味しかった。

以上、ラヴェンナのレポートでした。

| | コメント (0)

2012年4月17日 (火)

ラヴェンナその1

毎年テーマを決めて、小さい風景の切り絵を15点作っています。これまでにフィレンツェ、ナポリ、ローマ、ヴェネツィア、トリノをやって、昨年はトスカーナ州の小都市を作りました。イタリアの主要都市だとミラノがまだですけど、今年のテーマはエミリア・ロマーニャ州の小都市のシリーズをやります。何故、エミリア・ロマーニャかと言うと、フィレンツェから日帰りで行けるからです。同じく、トスカーナに隣接しているウンブリア州も良いなと思ったのですが(昨年、アッシジとペルージャも行ってるし。)ラヴェンナにモザイクのココ・モザイク工房の取材に行ったので、じゃあついでに町も取材しますかって事でエミリア・ロマーニャに決定!

と言う訳でまずはラヴェンナです。イタリア滞在6日目、3月7日に行きました。午前中はココ・モザイク工房を取材したので、駅前で昼ご飯を食べて、午後から取材開始。ここは内部が素晴らしいモザイクで装飾された教会が多いのです、13年ぐらい前に行った事はあるんですけどね。その時にも主要な観光スポットは回ってるんですが、なにしろデジカメの無い時代だったので。今の視点で見ると写真の撮り方も変わって来てますからね。

まずは町外れにあるサンタ・ッポリナーレ・イン・クラッセ教会から。駅からバスで20分ぐらいの所にあります。

133

教会正面に野原があります。天気も良かったし、広々とした中にポツンと教会があるので、見ていて気持ち良いですね。煉瓦積みの素朴な外観ですが、かっては大理石で覆われた美しい教会だったそうです。それが、15世紀前半にリミニの暴君、シジスモンド・マラテスタによって神殿の装飾用に持ち去られたと云う。

シジスモンド・マラテスタっつーと、ルネサンスの君主で一番評判が悪い人物として知られてますね。同盟を勝手に破ってやりたい放題。1番目と2番目の妻を殺して、実の娘も犯そうとした・・・。時のローマ法王、ピオ2世は、この人に対して「地獄行き決定」とお墨付きまで出したそうだ。ピエロ・デッラ・フランチェスカによる、すばらしいフレスコの肖像画も残ってるんですけどね。ともあれ、ラヴェンナに来て悪い事をしてるとは思わなかった。

144

で、これが教会内部です。正面の祭壇上の半円の天井にモザイクが施されています。私が行った時は他に観光客が居なかったので、この空間を独り占め出来ました。

136

モザイクの部分。私はここのモザイクが一番好きですね。シジスモンド・マラテスタもモザイクまで壊さなくて良かったよ。

で、次は町中に戻って、ドゥオーモに行きました。町で一番重要な教会の事ですね。ただラヴェンナのドゥオーモはどっちでも良いと言うか・・・お目当てはドゥオーモの横にある洗礼堂。この中にも重要なモザイクがあります。

187

キリストの洗礼の様子が円天井にモザイクで表現されていますね。12使徒が周りを囲んでる構図も素敵だ。

えーっと、長くなって来たので今日はここまで。ラヴェンナは半日で無理矢理回っちゃったけど、一つ一つのモザイクももっとじっくり見ても良かったかな~って・・・。

| | コメント (0)

2012年4月15日 (日)

教室2回目~。

名古屋栄のNHK文化センターでの切り絵教室、本日第2回目でした。まずは黒い紙を切って裏から一枚の台紙を貼るという、一番シンプルな技法から。教材はこれまでもイベントで使って来た干支シリーズを使いました。

Image122_2

先週は切って真っ黒に塗りつぶして台紙に貼るという、一連の作業の説明。

今週は、美しい線を切り出すためにはどうすれば良いかという事を中心にやりました。ちなみに今週は教材を変えて星座シリーズで。12×2で24枚作れば、生徒さん達もだいたい慣れて来たかな。

Image13

この2点をデザインしたのは、もう10年以上前ですね。フィレンツェに住んでた頃に日本文化祭に参加する事になって、干支シリーズをデザインしたんでした。デザインが固まるまでは、かなり大変で最初から作り直したり、いろんな所をいじくったりしましたね。私も次の制作に迷いが出てスタート出来ない時なんかは、これを作って感を取り戻したりしてました。未だに何かのイベントで使う事もあるので、我ながら良いデザインをしたなあと思います。  細かい部分があったり、直線も曲線もあるし細い線もあるので、最初の教材にピッタリですね。

で、今回の「いかに美しい線を出すか」という事で、生徒さんにもわかるように言葉で説明しなければいけない。ここ数日、自分の作品を作ってる時も、どう説明しようか考えながら作業を進めてました。今までは誰かに教える事を前提に作って来たわけじゃないから、特に意識した事はなかったんですけどね。改めて考えてみると、自分でも気が付かなかった事を発見したり・・・。教えるのも面白いもんですね。

次回は、また違う教材を用意しなきゃね。

| | コメント (2)

2012年4月14日 (土)

家具修復職人、ジュゼッペ・ゴッツィ

814

5人目の職人さんです。今年取材した職人さんは、これで終わりです。今年の秋の個展のテーマは日本の職人シリーズなので、制作するのは早くても年末からですけどね。次にイタリアに行くまでに5人全員完成するかなあ・・・。

ともあれ、ジュゼッペ・ゴッツィさん。通称ベッペ。ベルッティ通りに工房があるのですが、この通りも職人さんが多くて、これまでにヴァイオリンのサンティーニさん、製本のジャンニーニさん、木製象嵌のオリヴァストリさんと3人も切り絵にしています。

で、ベッペさんの工房のすぐ隣がオリヴァストリさんなので、紹介してもらいました。(飛び込みと違って気が楽だねえ。)

ベッペさんの他にも2軒の家具修復の工房があります。私が取材に行った時は、その内の一人、ラッビさんが一緒に働いてました。上の画像で手前の帽子をかぶった人が工房主であるベッペさん。奥にいるのがラッビさんです。ラッビさんの工房も後で見せてもらいました。面白い工房でしたが、ちゃんと取材するのは来年にします。

と、こうなったらベルッティ通りの職人さん、全部切り絵にしちゃおうかな。もう1軒の家具修復のメコッチさんの工房も面白そうだし。あともう1軒、紙の修復の工房もあるので、ベッペさんを含めて4軒切り絵にすれば制覇出来る。・・・気長にやろう。

779

フィレンツェの家具修復工房は、どこも14世紀、15世紀の家具がゴロゴロしてます。ベッペさんの工房も奥へ行くと家具が積んであって迷宮みたいになってますね。こういう所の空気は妙に落ち着くんだよな。

以上で今年取材した職人さんの紹介を終わります。次回のブログでは風景の切り絵の為に訪れた町の紹介をして行きます。

| | コメント (0)

2012年4月13日 (金)

星型ランプ職人、ファブリッツィオ・ボルゲレージ

今年取材した4人目の職人さんです。星型のランプを作るボルゲレージさん。ピッティ宮殿の前の通りに平行に走っている裏通り、トスカネッラ通りに工房を構えています。この通りは昔から職人さんの工房が多いので、私が住んでた頃もよく散歩して工房の中の様子をのぞいたりしてました。

722

真鍮で枠を作ってガラスをはめ込んで仕上げてあります。外からでもパッと目立つ。いつか制作したいなと思っていた工房の一つでしたが、これまで職人さんに話しかけた事がないんです。

と、こう書くと意外と思われるかもしれませんが、私は職人さんであれば手当り次第に声をかけてる訳じゃないんです。元々、人見知りする性格なので、絶対に切り絵にする人だけと接触してます。

と言う訳で、飛び込みで取材を申し込みました。毎度毎度、飛び込む時は緊張しますね。だいぶ前からスパイと思われて取材拒否に遭う事も多かったし。中国人が工房に入り込んでバシャバシャ写真を撮って、コピー商品を作って安く売っちゃうって事が多いんです。で、工房が潰れて行く。見た目、日本人か中国人か判断出来ないので、誤解されて断られるのも仕方ないんですけどね。

幸い、快くOKしてくれたので取材する事が出来ました。

767

こちらがボルゲレージさんです。ランプに付ける金具の調整をしているところですね。いろいろ話をしましたけど、はにかみながら答えてくれたのが印象的でした。工房の雰囲気も華やかで、良い切り絵が作れそうですね。

| | コメント (0)

2012年4月12日 (木)

革細工職人、ファビオ・カパンニ

340

ファビオさんはフィレンツェからバスで1時間程の距離にある、スカルぺリアという町に革製品の工房を構えています。コインケースやペンケース、メガネケース、名刺入れ、箱など、革を使って色んな物を作っています。画像はペンケースの表面を拭いてきれいにしているところ。

この工房には日本人の荒山直久君が働いています。

352

荒山君とはフィレンツェの駅近くにお店がある、ジュゼッペ・ファナーラさんの所で修業していた時に知り合いました。その後、同業者であるファビオさんの工房に就職しました。その後も、たまにファビオさんと一緒にジュゼッペさんのお店に配達に来てたりしたので、何となくファビオさんとも顔見知りになったのです。

荒山君の他にも職人さんが働いてます。総勢6人。工房と言うより工場と言う方が良いぐらいの規模です。

昨年、ファビオさんの父親のヴァスコさんを切り絵にしたので、今年はファビオさんを取材。実は昨年、取材に来た時にバイヤーさんが来ていて、ファビオさんは商談をしなければならなかったので、やむなくお父さんの方を取材したんです。私とほとんど喋れなかったので、ファビオさんはかなり機嫌が悪かったそうです。

という訳で今年は時間をたっぷり取って取材。いろいろと話も出来たし、欲しかった革製品も買わせてもらったのでお互い満足でした。

424_2

こちらはペンケースに色を塗っている作業。手前には木型がはまって色を塗られたペンケースが立ててある。

ガキ大将みたいに工房をグイグイ引っ張って行くエネルギッシュな人です。切り絵になるのをすごく楽しみにしてくれてるので、なるべく早めに作らないとね。

| | コメント (0)

2012年4月10日 (火)

友人の個展のお知らせです。

201204_04_55_f0204955_5412591

今月は友人の展示会が続きますね。

フィレンツェ在住の友人、銀工房で働く中村貴寛さんの個展が東京で開催されます。

中村貴寛さんは、2年前の名古屋での合同展のメンバーの一人です。フィレンツェの銀工房の老舗、フォリア・アルジェンテリアで重要な仕事を任されている職人さんです。

彼との付き合いも長くて、知り合ったのはまだ私がフィレンツェに住んでいた頃。友達が開催したホームパーティーで紹介してもらいました。その頃は顔見知り程度の付き合いでしたが、今ではジャンルは違えど、フィレンツェで修業した仲間であり、切磋琢磨して行けるライバルでもある友人です。

ずっとフォリア工房で縁の下の力持ちをやってましたが、今回は彼が主役。彼自身が企画した初めての個展です。日々、誠実に取り組んで来た成果を発表する時ですね。

東京近郊にお住まいの方々、お時間のある時に是非見に行ってみて下さい。

Mitukosi_003

2012年4月11(水)〜16(月) 11:00〜20:00
ギャラリーやさしい予感
〒141-0021
東京都品川区上大崎2-9-25 tel 03-5913-7635

私も土曜日に見に行くつもりです。楽しみですね~。

| | コメント (0)

2012年4月 9日 (月)

モザイク工房 ココモザイコ

2011ott052990

イタリア滞在記再開です。

さて3月7日はフィレンツェを出て、ラヴェンナという町に行って来ました。ラヴェンナはモザイクが有名なので、かねてからモザイク職人の取材に行きたいと思ってたのですけど、コネが無いのでどうしたものかなと・・・。幸運な事に、年末の東京での個展で、ラヴェンナでモザイクの修業をして、今は東京でモザイコ・カンポという工房を構える荒木智子さんという方が見に来てくれました。

この荒木さんって方、実はHPの方は以前から知ってたんですけどね。「イタリア」とか「職人」とかで検索してたら荒木さんのHPを発見した。連絡を取ってみようかと思ってたら、荒木さんの方から来てくれました。

個展の時に「ラヴェンナの職人さんを紹介して下さい。」とお願いしてあったので、イタリア出発前にメールしたら、すぐに返事が来て、荒木さんが修業した工房を教えてくれました。

という訳で、取材して来ましたが、この日は他にお客さんがいたので、工房主のルカさんが働いてる所を見る事は出来ませんでした。残念。上の画像は、お友達の写真家の方から後で送ってもらった写真です。色ガラスをハンマーで叩き割っている作業ですね。このガラス片を点描のように敷き詰めて表現します。

001

こちらが工房の様子。壁には色んなモザイクが飾ってあります。よく見るとDr.スランプのアラレちゃんのモザイクが見える。・・・好きだなあ。

ラヴェンナには10年以上前に旅行しました。かなり好印象の町だったので、ココモザイコさんの取材を終えた後で町の取材。主要な教会は全部回って、中のモザイクも堪能して来ました。その話は次の機会に。

| | コメント (0)

2012年4月 8日 (日)

初授業

名古屋栄のNHK文化センターの切り絵教室、今日から始まりました。例によって夜遅くまで(と言うよりも明け方まで)制作してましたが、頑張って早起きして30分前に教室に到着。

第一回目なので、基礎からという事で、干支シリーズを作らせてみました。デザインは私が用意したものなので、切る作業、黒く塗る作業、貼る作業をやってもらいました。けっこう授業時間、足りないもんですね。気が付いたら終わりそうになってたので、慌てて貼る作業の説明だけして、後は家でやってもらう事にしました。ちゃんと時計みながらやらないと駄目ですね。

授業後、次回の打ち合わせの為に受付に行ったら、同じNHKで教えてる水墨画の先生とすれ違った。

実は20年前、まだ学生だった頃に1年間その先生に習ってた事があったんです。当時は豊田のカルチャーセンターで教えていらっしゃったのですけど、生徒さんのほとんどがご老人の中で(そりゃ水墨画だから学生が趣味でやるにしては渋過ぎるよね。)私が20歳、先生が28歳だったかな。「先輩の後を受け継いで講師になったので、先生を始めたばかりです。」と言っておられました。

流石に私の事は覚えてないと思うけど、次にお会いしたら挨拶しようと思っています。私は切り絵はほとんど独学でやってますけど、未だにその先生に習った事はいろんな部分で役に立ってるんです。1年間習っただけだから基礎の基礎でしょうけど、その基礎を20年間ずっと踏まえてやってますからね。私にとっては凄く大切な経験です。

これからやって行く授業がこの先に生徒さんの役に立つかどうかはわからないけど(なにしろ、他に応用のしにくい技術だからな。)あの先生のように、長い年月が経っても生徒さんにとって大切な思い出になるような、そんな授業をやって行こうと思っています。

| | コメント (4)

2012年4月 6日 (金)

ろくろ師・ロランド

3月6日(月)より挨拶回り開始。とりあえず月曜日の午前中は、ほとんどの工房は準備中なので、生活雑貨・食材の買い物をして、午後から出かけました。最初に友人の中村貴寛君が所属している銀工房のフォリアさんの所に行くかと思い、電話してみたら午前からやってたので、じゃあお昼ご飯を一緒に食べようかって事で昼前に到着。

運の良い事に、工房でろくろ師さんが仕事している所を見る事が出来ました。

2651

ろくろ師のロランドさんです。この人は絵になる!とピーンと来ました。

という訳で1番目の取材決定!偶然の出会いは最大限に生かそう。フォリア工房にはちょくちょくお邪魔してるから何となく見かけた事はあったけど、話はした事がなかったんです。今回、初めて話をしたんだけど、実に感じの良い人でした。

ろくろ師と言うのは回転する円盤状の木型に金属の板を押し付けて、半円上に加工する職人さんです。前にも他のろくろ師を切り絵にした事はありましたが、その方は自分で店を構えてました。ロランドさんは通いの職人さんなので、自分の工房は持たないけど、だからこそフィレンツェの職人界の層の厚さも感じる事が出来る。

中村貴寛君もこの技術を試した事があったけど、首を痛めたとか言ってました。(肩だったかな?)本職のロランドさんはそういう事も無いそうです。仕事ぶりを見てると、暴れ馬を乗りこなしているようで、なかなか格好良い。

2654

手先が器用なので、帆船の模型作りが趣味なんだそうです。それにしても、良い表情してますねえ。

今年の個展のテーマは日本の職人シリーズなので、しばらくはイタリアの職人さんを切り絵にする事はないんだけどね。作るとしたら年末からになります。

| | コメント (6)

2012年4月 5日 (木)

土曜日と日曜日

イタリアに到着したのが3月2日(金)の夜だったので、次の日とその次の日は実質は活動出来ない状況ですね。土・日曜日はだいたいの工房はやってないので。ですが3日(土)も4日(日)も日本から友人が旅行に来ていたので、行動を共にしたり夕食を一緒にしたりしました。

3日(土)はブロンズ職人のバンキ一家と家族ぐるみの付き合いをしてる、東京の鈴木さんがお母様とイタリア周遊の旅行に来ていて、この日はフィレンツェ滞在だったので、私も混ぜてもらいました。鈴木さんは東京で個展をやった時に、バンキさんが知らせてくれてたので見に来てくれてるんです。「一度、皆でフィレンツェで会えると良いですね。」と会う度に話してたのですが、まさか実現するとは思ってなかった。

バンキさんの所に行く前に革細工職人のジュゼッペ・ファナーラさんの工房に行き、コインケースを買われました。土曜日だけどお店が開いてて良かった。私もジュゼッペさんに挨拶出来たし。

P1040522

バンキ一家と一緒に昼食して、その後はミケランジェロ広場を散歩して、お父さんのランベルトさんの家に行き、夕食を一緒に取って解散。皆、良い人達でした。こういう人達ばかりだと世の中、平和なんですがねえ。

P1040538

4日(日)は夕食が約束が入ってたので、昼はアレッツォの骨董市に行きました。毎月第一日曜日に町全部が市場になるんですね。もう何度も来てるんだけど、やっぱりあるんなら行こうかなって事で。

この人は多分、来ているだろうと思ったら、やっぱりいました。でかいからよく目立つ。

2609

しばらく一緒に行動してましたが、2日前に下宿の鍵を受け取って待っててくれて、その後で一緒に晩御飯も食べてるので、既に話題が無くなっちゃったんだよなあ。間が持たなくなったので「じゃあ、またね。」と別れて、一人でうろついてたら、屋台出してた女性にいきなり声をかけられた。

「シュンカン!!」

誰だこの人と思って、よく見てみたらロベルト・マルッチさんのモザイク工房にいたリトアナでした。工房を辞めて自分の工房を作って、で骨董市に出て自分の作品を並べて売ってたんだそうです。まさか、こんな所で会えるとは思わなかった。

048_roberto_marucci

前に制作したロベルト・マルッチ工房の切り絵ですけど、教えられてる方がリトアナ君。暴走機関車のようにエネルギッシュな人。

で、アレッツォから帰って、リストランテ・ベルコーレへ。今は亡きサスライシェフが働いてたお店ですね。壁には、今は亡きサスライシェフが描いた料理のデザインが飾られています。

2830

今は亡きサスライシェフの意志を継いでシェフに昇進したリョーコ先生もお元気でしたよ。

2580

今は亡き、今は亡きって、やたらサスライシェフを亡き者にしようと画策しているみたいですけど、そういう訳ではない。しかし、何故か色んな人から「サスライシェフがいないから寂しいだろう?」と言われた。べっ、別にサスライシェフが居なくたって寂しくなんかないんだからね!!「今は亡き」扱いで充分だ!!

大阪から旅行で来ている藤田夫妻と、フィレンツェモザイクのマエストロ、ロベルト・マルッチ先生、その弟子の本永景子さんと新弟子の安田さんとお食事。

Img_1881

右のお二人が藤田夫妻で、大阪でギリシア・イタリア料理のアッラ・パーチェというレストランをやってます。奥さんの方がフィレンツェモザイクをマルッチ先生から習っています。藤田夫妻はトルコとイタリアを旅行してて、この日しか皆で集まれる日が無かったのです。

私と藤田さんの間にいるのが本永さん。昨年の秋のギャラリー彩の個展で、私の下の階で個展をやった作家さんですね。で、藤田夫人の右にいるのがマエストロ。この写真を撮った時は、新弟子の安田さんは帰っちゃった。シエナに住んでるから、帰りのバスに乗り遅れないように早めに帰っちゃうんだよね。この様子を見て、マエストロは「シンデレラ」と呼んだ。若い女の子が習いに来てて、とっても嬉しそうなマエストロ。

マエストロ、自分が酒を飲まないからって、私に押し付けるの止めてくれないかなあ。ベロベロに酔っぱらって帰っちゃった。頭痛かった~。

イタリア取材の本番前のウオーミングアップのような土日でございました。

| | コメント (2)

2012年4月 4日 (水)

イタリア滞在記の開始です。

まずは下宿の話から。

ほぼ1ヶ月という長い滞在なので、ホテルに泊まるのではなく、1部屋借りてキッチン・トイレを共同という物件を友達に探してもらいました。今の相場だと400~500ユーロぐらいですね。

今回は飛行機の乗り継ぎが上手く行きまして、3月2日の20時前にはフィレンツェの下宿に着くことが出来ました。同居人は料理人なので、帰って来るのが遅いから、アパートを探してくれた友人が代わりに鍵を受け取って下宿で待っててくれました。

無事に鍵を受け取り、友人と晩御飯を食べて、コーヒーを飲んで夜のフィレンツェをぶらぶらしてジェラートを食べて・・・と、初日からフィレンツェ満喫って感じですね。やっぱり1年ぶりにドゥオーモを見ると、しみじみと感動しますね。

フィレンツェ来たーッ!!・・・って感じです。

で。下宿に戻って寝てたんですけど、居間の方で話し声がするので、ははあ同居人の子たち(日本人の料理人が2人で住んでるんだそうです。)が帰って来たなと思って、起きて挨拶に出て行きました。

「こんばんは。今日から1ヶ月間お世話になります。よろしくお願いします。」

と言ったら「あんた、誰・・・。」って不審な目で見られた。

「いや、あの・・・今日から・・・。」と説明したら「ええっ?5日か7日からじゃなかったでしたっけ?」と言われた。

えーっと、どうすりゃ良いのかな。何か、居ちゃいけないような気まずい雰囲気。しかし、2日から30日までって言ってあるのに、何で伝わってないのだ。

気まずい空気を吹き飛ばそうと「いやいや、まいったな。ワハハ・・・。」と笑ってみたら「何でそんなにテンション高いんですか?」と、逆に気味悪がられました。

・・・と、第一印象はお互いに悪かったのですが、住んでる間に仲良くなっちゃいまして、彼らが働いてるレストランに食べに行ったら喜んでくれました。意外と繊細な料理だったなあ。

この下宿、私が借りた部屋の他は一部屋あるだけで、その一部屋に男2人が寝てたんです。まあ家に帰って寝るだけだから、別に1人1部屋でなくても問題無かったんでしょうな。しかし、ある日、気が付いたら隣の部屋で寝てるのが2人から5人になっていた。

聞いてみると、前にフィレンツェに住んでた学生の友達が、卒業旅行でフィレンツェに来たのでホテル代を浮かす為に泊まってるとの事。生活リズムが私とは違うので、トイレ1つでも不自由は無かったから、まあ良いかと思ってたんですけど、しかし1部屋に5人もよく寝られるなあと・・・。ここはユースホステルかよと思った。

その子達は1週間ぐらいで帰って行きました。その中の一人が私の作品を気に入ってくれて、作品集を買ってくれました。(3冊だけ持って行ってたんです。)これはこれで楽しいかもと思った。静かになったなあと思った次の日の朝、朝ごはんを食べようとキッチンに入ったら、女の子が床にスーツケースを広げてゴソゴソしてた。まさか、そんなとこに女の子が居るとは思わなかったから「うわっ!!」と驚いてしまった。

「あ・・・驚かせてしまって、すみません。今日からしばらくお世話になります。」

と言われた。ちなみにこの子は2010年の秋の高台寺の個展を見たんだそうです。偶然ですねえ。それにしても色んな人が来る下宿だねえ。「で、彼女の次は何人入るの?」と同居人に聞いたら「もう来ませんよ!」と笑いながら言われた。

しかし、彼女が帰国してしばらくした夜、下宿で絵を描いてたら玄関の鍵が開く音がしたので「お帰りなさい。」と言ったら「あ・・・今日からしばらくお世話になります。」と言われた。・・・来たじゃないか。もう、いい加減慣れたので「卒業旅行ですか?」と聞いてあげた。

「で、次の人はいつ来るの?」と同居人に聞いたら、「もう本当に来ませんよ。あれは予想外だった・・・。」と言われた。この時点で月末で、3番目に来た子は皆がフィレンツェに行ったって話を聞いて、堪えられなくなって就職前の最後のイタリアを楽しもうと思って来たんだそうだ。だから帰国するのも31日で、日本に着いて2日後に入社式ですと言ってた。

流石にもう来ないだろうと思ってたんだよね。ところが帰国前日に土産を買って下宿に戻ったら、キッチンに居た子に「今日からしばらくお世話になります。」と言われた。まだ来たよ!!ただ4番目の子は卒業旅行じゃなくて、私の次に部屋に入るみたいです。中旬に部屋を見に来た子だったんだよね。多分、今の下宿に月末に居られなくなったので、前倒しして来たんだろうと思う。この日はキッチンにソファに毛布被って寝てたな。

最後の最後までユースホステル状態だったが、賑やかで楽しかった。同居人が次々に友達を泊めてあげるのも、それだけ性格が優しいんだろうなと思った。最初は、変な下宿だなあと思ったんだけどね。

| | コメント (0)

2012年4月 3日 (火)

友人たちの展示会のお知らせ

2012年のイタリア滞在記の前に、明日から名古屋三越で開催される展示会のお知らせです。

私の友達が4人出展します。

Mitukosi_001

まずは陶磁器絵付け職人の古川未央子さん。2年前、私が企画したギャラリー彩での合同展示会で、その作品のクオリティの高さをご覧になった方も多いでしょう。ローマ法王に作品が献上された事もある程の実力者です。

古川さんは8階のジャパネスクギャラリーでの展示になります。

Mitukosi_002

こちらは同じ8階ですが、特設会場での3人展です。

毎年秋に私と2人展をやっているジュエリーの内藤圭美さん。(今年も一緒に出る予定です。)

2009年の2人展、2010年の合同展で私と一緒に展示したフィレンツェモザイクの清水優子さん。

そして、今回が初の展示会となる靴職人の松岡祥子さんの3人展です。

松岡さんは名古屋出身。オーダー靴の老舗マンニーナで10年以上に渡って腕を磨き、現在では親方の片腕となった程の腕前の持ち主です。不器用な性格ですが、その分確実に少しずつ腕を磨いた職人さんです。

・・・下の7階ではイタリアフェアもやってまして、そちらにも友人が一人出展してます。

ジュエリーの吉野基代さん。2009年の大阪の阪急百貨店でのイタリアフェアでご一緒しました。フィレンツェ在住の作家さんです。

4月4日(水)~4月10日(火)

名古屋栄三越 8階

午前10時~午後8時

イタリアの空気を感じたい方、どうぞよろしくお願いします。

| | コメント (4)

« 2012年3月 | トップページ | 2012年5月 »