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2010年8月11日 (水)

値段が安くて、質がそこそこ

昨日の京都で印刷会社の人と打ち合わせをして、お昼ご飯も担当の人と一緒に食べたのですが、最近の印刷業界の状況なんぞも教えてもらって、なかなか興味深かった。わずか3年間とはいえ、私も印刷会社に勤めてましたからね。私のいた頃、パソコンがようやく導入されたんだった。今とは印刷方式も全然違っちゃってるからね。最早時代遅れですが、業界の話を聞くのは楽しいものです。

私のいた会社は箱を作る会社でしてね、ティッシュとかサランラップの箱をやってました。未だに同僚とも仲が良いので、飲みに言ったりしますが、前に飲みに行った時に「質は悪くても良いから、安い注文を大量に取って来い。」というのが会社の方針になってるんだそうだ。それも一つの卓見だと思うけど(長年、業界を生き抜いてきた上層部の意見だから)質の高さも保持しておかないと、状況が変化した時に対応できないんじゃないかなって。第一、今だって質の高さを求める印刷物は需要があるわけだし。いざ、そういう注文が来た時に「うちでは出来ません。」と断るのは勿体ないよなと思いました。

と、そんな話をしていたのですが、儲かってる印刷というのもあるそうです。曰く「 値段が安くて、質がそこそこ」の印刷物というのは需要が多いんだと。

この「値段が安くて、質がそこそこ」って最近よく聞くキーワードだよね。印刷業だけじゃなくて日本の社会全般的に。たとえばファミレスとかコンビニのお弁当とか。

だいぶ前だけどテレビで「ルビコンの決断」だったか「ガイアの夜明け」だったかでやってたけど(それにしても、どうしてこう紛らわしいのだろう。全く見分けがつかない。)イタリアンレストランのチェーン店の話をやってた。品質管理を徹底して、材料も専用の農家を作る所から始めてる。でも余計な部分は省いてコストを下げる。「値段が安くて質がそこそこ」の料理が出来上がる。

コストといえば、別の番組ではラーメンのチェーン店で自動チャーハン作り機ってのが紹介されてた。横にしたドラムにご飯を入れて、回転させながら炒めるんだけど、上に行くとご飯が落下するので火にあぶられて、パラリとした仕上がりになるんだそうだ。これを見た時に大笑いしました。何というアイデア!考えた人も凄いし、作った工場も凄い!成る程、このような機械を導入する事でレストランのチェーン店は人件費を抑え、(料理人いらないよね。ご飯を機械に入れてスイッチを押すだけだもん。)一定の味を保つ事が出来るわけだ。

で、そのラーメン店のチャーハンを食べてみました。まあ確かにそこそこ美味しかった。値段も安いと。しかし・・・フィレンツェで日本料理屋さんでアルバイトしていた時に、料理長のパンさん(中国人です。苦労して日本料理も身に付けた)が賄いで作ったチャーハンの方が圧倒的に美味しいんだよね。もう10年以上前になるけど、未だに味を覚えてるし、やっぱりパンさんが修行の末に身に付けた最高の技術には、機械じゃ絶対に追いつけないんですよ!

だから前述のイタリアンレストランチェーンの社長さんも言ってたけど「本格的に手間をかけて作ったイタリア料理にはかなわない。だから住み分けが出来る。」って。2回ほどそのレストランで食べたんだけど、美味しいとは思わなかったな。まあ、大事な人と食事に行こうとは思わないけど、適当にお喋りでもしながらノンビリやるかって時には、そういう店の方が気楽で良いかもとは思いますが。

しかし、こういうのばかり食べてると、絶対に感覚って発達しないよな。そこで止まっちゃってるから。前に若い子にお世話になった事があって、お礼に一応ちゃんとしたイタリア料理の店でご馳走してあげた事があったけど、「こんな美味しい物、初めて食べたっす!!」って感動してた。もう泣かんばかりに。そこまでの店でもなかったんだけどなあ。彼はファーストフード以上に美味い物を食べた事がなかったのかもしれない・・・。

いや勿論、値段が安くても質を上げるってのは良い事だと思うのですけどね。「値段が安くて、質がそこそこ」ってのが料理の世界に限らず最近の流行である以上、個人経営から大企業まで、少しでも質を上げる為に大変な努力をしておられると思います。だから私は自動チャーハン作り機を考えた人・作った人を尊敬します。

ただ・・・本来は何事にも限界って無いはずなんだよなあ。一定のレベルが定着すると、それ以上の物があるって事を想像出来るだろうか?ご馳走してあげた子は、ちゃんとした味がわかったみたいだけど、あまりに慣れてしまうと「ファーストフード方が美味しい」って感覚を持ったりする子も出て来るんじゃないだろうか?

私としては自分の限界を超えるぐらいに頑張って、より良い物を作って、なるべくたくさんの人に見てもらうと、これが「値段が安くて質がそこそこ」な物に対抗する手段です。そして、その価値をご理解していただける人とお友達になろうと思っております。で、そのお友達の中でも物を作る人たちには競い合うように仕向けて互いに刺激を与えるようになれば、「値段はそこそこだけど本当に良い物」の輪が広がって行くと思います。

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コメント

値段が安くて質がそこそこ。。。

ま、今の社会状況だとそういう方向に行ってしまうのもしょうがないですけどね。

機械でつくるチャーハンと料理長のパンさんのチャーハンの違い。。。


間違いなく「愛」の差だと思います。


人の作るものには「気持ち」が入りますからね。
技術も当然ながら、その人の背負ってきた人生感や価値観からも違ってくるだろうし、沢山の具の入ったスープは味が複雑なのといっしょで、喜怒哀楽なんていう感情などの人間臭さが深いスパイスになると僕は思っています。


          愛の料理人・サスライシェフより

投稿: サスライシェフ | 2010年8月11日 (水) 06時41分

これって、けっこうイタリアでも同じような気がするのよね。味覚の話だけど。若い子達はでかけるとアペリティーボとかばかりで、うちでもろくな食事を食べていないような気がするの。イタリアでも最近は冷凍食品からできあいのものまで結構売れてるみたいだからねぇ。。。20歳は超えてるだろうと思う若いカップルがうちのレストランに来ても食べられるのはパスタ・アル・ポモドーロのみ、みたいな。。。(爆)味覚って本当に大事だと思うんだよね。ちょっと大げさかもしれないけど人間としてのバランスをとるのに。
何事もそうだけど、市場の原理として少しでも安定したクオリティを供給するために機械を使い始めたわけだけど、結局それを使ってじゃなければモノが出来上がらない本末転倒のモノつくりの現状。物を作る作業って自分の気持ちとも向き合うし、自然環境とか、そのときの状況とも関わってくるわけじゃない?それが全部カットされていったら、ソコソコのものがキープできたとしても、人としての感覚とかそういうのも全部カットされていくから、結局大量消費、そのあとポイのものになってしまうのではないのかなぁ。ノッポくんのブログとか読んでるとほんとにそう思うわ。そして、ほんとうに良い物は、それに見合う値段があり、そしてそれにはきちんと理由がアルってのを分かるってのは文化であると思うのよ。

投稿: yossy | 2010年8月11日 (水) 07時16分

好きなことを仕事にしている場合、言わずもがなな気もしますが・・・。その通りだと思いますよ。

ただ、ジュリアーノ見てると「仕事」に対する時間と質と量と需要に関する洞察がものすごく厳しいです。ある意味幅が広い。私には到底許されない質の低さでも、「これで満足して買う人がいるんだよ」の一言で売り切ってしまう。

自分としてのこだわりはあるけれど、タフなプロになるための修行って大事だな、とも痛感します。

投稿: mari | 2010年8月11日 (水) 07時18分

サスライシェフさん、パンさんのチャーハンはねえ・・・未だに、あれ以上美味しいのは食べた事がないんですよね。どうしても較べちゃうんです。比較する相手がパンさんって時点で、チャーハン作り機には勝ち目が無いわけですが、あれはあれで食べる人の事を考えて作られた物だと思うよ。
ただ、それが大勢の人の手を経て、客の前に出されると、若干味気ない物になる。・・・どこかで感情を入れる手間が省略されてるからじゃないかな。
だから同じ物をうちらみたいな個人で作る場合、最初から最後まできっちりとチェックしながら作れば、企業の提供する物より良いのが出来るって当然なんですね。
ただ、企業の提供する物の質って、徐々に底上げされてるんです。でないと生き残れないから。という事は、職人・料理人もよほど全力でやらないと、機械以下の物しか出来ないって事はあるかもしれない。
気を抜けないね。

投稿: 俊寛 | 2010年8月11日 (水) 11時53分

yossyさん、やっぱり職人と食の両方に関わってるから、こういう話題だと熱く語るねえ。
まあ今の若い子が食べ物についていい加減ってのは、家庭の問題の方が大きいだろうなあ。お母さんが料理する手間を惜しんでるから、子供の味覚が成長しない。
しかし、ベルコーレでパスタ・アル・ポモドーロのみって勿体ないなあ。いろいろ美味い物を食べようって思わないんだろうか。
この前、彫金家のマルコ・バローニさんが言ってたけど、「いかにも手で作ったとわかるような手作りであれば、手作りの価値は無い。人間の手で作ったとは思えないほどのものこそ、本当の手作りの価値がある。」「これも手づくりなんだと思えるほど緻密で正確に作ることに価値がある。」だそうです。
機械じゃ及ばない部分がなければ、苦労して技術を極める意味が無いんだよね。ただ、そうやって極めた仕事をしても見る方の感覚が鈍ってれば純金も金メッキも同じになっちゃうんですよね。
そうならないように、うちらの仕事を出来るだけ大勢の人に見てもらう事が大事なんですよ。社会の変革を身近な所から始めようって事です。
だから貴女も頑張って良い物を作ってね。命がけで。応援してますよ。

投稿: 俊寛 | 2010年8月11日 (水) 12時07分

mariさん、うーん。その辺の親父さんの考えをもっと聞いてみたいですね。ただ、いつの低い物でもあえて売るって、それが出来るのはベテランの域すら超えてるからじゃないかなって思うよ。手の抜き所ってあるだろうし。
うちらはまだまだ若手なんだから、真似しちゃ駄目だね。
ただ、全力で物を作るのは勿論だけど、この厳しい現実を直視して、その中で揉まれて、時間と質と量と需要の事を実感するのも大切だね。自分の殻に閉じこもらず、「人間」がわからなければ良い職人にはなれないと思うよ。(自省も込めて)

投稿: 俊寛 | 2010年8月11日 (水) 12時16分

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