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2010年4月27日 (火)

たまには新作でも。

Zukan_nuovo イタリア滞在の話が続いております。まだちょっとあるので小休止で新作をどうぞ。

と言っても9×9cmの図鑑シリーズですけどね。あくまでも息抜き。ちゃんとした作品もやってますが、そちらはまた別の機会に。

上段 左から 

クシイモリ ヨーロッパに生息する両生類。色といい、背びれといい、ゴジラの幼生って感じですね。 

フナムシ 磯遊びをするとワラワラ出て来る。この歳になって初めて描いたけど地味だな。

ラブカ 原始的な特徴を残したサメ。深海に生息する。こういう顔のおばちゃんが、そこら辺にいそうな気がする。

オオアリクイ 南米に生息する哺乳類。テレビでこれが走ってる所を見た事があるけど、モップが走ってるようだった。

中段 左から

ツチブタ アフリカに生息する哺乳類。豚に似てるけど別系統で進化してるので、豚じゃないんだそうだ。

ヤモリ うちで晩御飯を食べてる時に窓に張り付いてるのを見つける事が多い。お腹の方から見るわけだけど、何とも可愛らしい。

オオミズアオ 蛾の一種。着物を着てるようで何とも艶やか。

マサバ、ゴマサバ 酢でしめても、塩焼きにしても、味噌煮にしても美味!トマトで煮込んでパスタのソースにするのも好きです。

下段 左から

モズ 「モズのはやにえ」と言って、捕らえた獲物を木の枝に串刺しにする行動で知られる。特に理由があって、こういう行動をしているわけじゃないらしい。早い話が趣味?

カワトンボ 渓流なんかで見られる。茶色の羽、細くて青い体が繊細な雰囲気。

デンキナマズ ナイル川・コンゴ川に生息する。体内の発電器官によって最大350ボルトもの電撃を発する。(何か改造人間みたい。)

ダルメシアン ディズニーの「101匹ワンちゃん」で有名になった。Wikipediaで調べたら、尿路結石が出来やすいと書いてあった。あれは痛いからな。可哀想に・・・。

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2010年4月26日 (月)

おそるべし民間療法。

イタリア滞在中で後半は体調が悪かったです。風邪を引いて、治ったらものもらいが出来て、治ったら再び風邪を引いて・・・。2回目の風邪が長引いて、帰国する日まで咳が出てました。体調が悪いのに無理して人に会いに行ったり、写真を撮りに行ってたりしたせいかな。

毎回、イタリアに行く時は薬は持って行くんですけどね。風邪薬とメンソレ、正露丸とこれだけ。風邪薬は早い段階で使い果たしたので、現地の薬局に行って薬を買って飲んでました。しかし効かなかったなあ。日本に戻ったその日に病院に行って薬を貰って来たけど、あれは良く効いた。やっぱりきちんとした処方箋を出してもらわなきゃ駄目ですよね。

さて、前回のブログで書いた、シエナに取材に行った頃はものもらいが出来ちゃって、左目が腫れてました。目薬は持って行ってなかったので、薬局に行ってものもらいの薬を買おうとした時の事。

「ものもらいだと、処方箋が無いと薬を出す事が出来ません。」

と言われました。イタリアでは風邪薬とか花粉症とか、そういった薬は売ってくれるんだけど、「ものもらい」って正確な病名を出されると処方箋が無いと薬を出してもらえないんです。抗生物質なんかも処方箋が無いと駄目。救急病院に行けば無料で診察をしてくれるし、処方箋も出してもらえるんだけど、問題はものすごい長時間待たなきゃいけない事ですね。フィレンツェに住んでた時に2回ばかりお世話になった事があったけど、5時間ぐらい待った事があります。優先度が低いとなかなか診てもらえないんですね。忙しいので、救急病院には行きたくないんです。何か良い方法が無いかと思ってたら、同居人のイタリア人の子がネットで調べてくれました。

「オリーブオイルと水を小匙1杯ずつをかき混ぜて、目の中に入らないように瞼に塗ると治る。」

オリーブオイル?そんなのがものもらいに効くのかと、疑わしかったのですが、この日は日曜日で唯一開いてた駅中の薬局で薬を買えなかった以上、他に手段は無かったので、寝る前にやってみました。

翌日、あきらかに腫れが引いてました。あんな物が効果あるのかと驚いたけど、ともあれ効果がある以上は続けなきゃってわけで、その日からオリーブオイルを塗り続けて5日で完治。オリーブオイルが薬にもなるとは思わなかったな。オリーブオイルソムリエもビックリだよ。

一昨日、オリーブオイルソムリエの仕事をしてる友達から電話がかかって来て、この話をしました。彼女は最近、出産をしたのですが、妊娠中にお腹にオリーブオイルを塗ってたんだそうだ。出産後、妊娠線が消えたんだそうです。だから彼女はオリーブオイルが薬になる事は知ってたんですが、ものもらいに効くのは初めて知ったんだそうです。

別の友人が、ものもらいにはカモミール・ティーのティーパックを使い終わったやつを熱い内に患部に当てると効くって話をしてた。カモミールティーはなんとなく効き目ありそうですね。こうなると民間療法も馬鹿にならないね。

昔、聞いたことがあるけど、イタリアの野生の栗(頭が尖がってるんじゃなくて、潰れたような形をしている。)を皮を剥いて、すり潰してペースト状にして、お尻の穴に塗ると痔が治るという話は聞いた事があります。本当でしょうか?誰かやった事がある人がいたら教えて下さい。

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2010年4月25日 (日)

シエナにも行きました。

1104 フィレンツェから電車・バスで1時間ぐらい行った所にある、シエナにも行きました。フィレンツェ同様に町全体が世界遺産に登録されているので見所も多く、周辺にも魅力的な田舎町が多いし、フィレンツェからのアクセスも便利なので、時々遊びに行ってましたね。

その割りに、あまり写真は撮らなかったので、良い機会だから撮りまくって来ました。実はドゥオーモの写真も正面から撮るのは初めてだったりして。町の外からも奇麗のドゥオーモガ見えるので、そちらはよく写真に撮ったし、切り絵にもしてるんですけどね。改めて見てみると、威風堂々として立派なデザインです。

1139 ドゥオーモの横に付属美術館があるんだけど、この建物はかって新ドゥオーモとして計画されていたものなんだそうだ。(当時のシエナの人は、あれだけ立派なドゥオーモがあるというのに、それ以上どんなのを望んでいたんだろう?)内部にはシエナの美術が展示されてるんだけど、屋上にも出る事が出来て、そこからのシエナのパノラマも良い眺めなんです。画像2はそこから見たカンポ広場とマンジャの塔です。

475 ドゥオーモ付属美術館の後でマンジャの塔にも登ってみました。高さ102m。この日は高い所ばかり登ってますね。まあ、これも制作するための資料だから。画像3はマンジャの塔から見たドゥオーモ。夕方なので、写真が暗いなあ。

この日はフィレンツェに帰ってから、リストランテ・ベルコーレに行きました。フィレンツェモザイクのマエストロの誕生日会だったので。子羊を食べたけど美味しかったなあ。

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2010年4月24日 (土)

グレーヴェ・イン・キャンティ。

606 ミラノの美大での授業をやる前の話ですが、フィレンツェからバスで1時間ぐらいの所にあるグレーヴェ・イン・キャンティという小さい街に写真を撮りに行って来ました。美味しい赤ワインが出来る土地ですね。

すごく小さい街なので、そんなに写真は撮りませんでした。葡萄の収穫の時期だったら話は違うんでしょうけどね。

一通り写真は撮ったので、ジェラートを食べつつ、ブラブラ散歩して(こういうノンビリした生活は日本に戻って制作をしていると考えられないな・・・。)夕方にフィレンツェに戻りました。

帰りも行きと同様にバスで戻ったのですが、キャンティから20分ほど走った岡の上でバスが止まってしまった。どうしたんだと思ってたら、バスは坂道をズルズルと後ろに下がり始めた。車内はほとんどがアメリカ人の学生さんの団体だったようで、こういうハプニングも楽しんでて、にぎやかな声が飛び交ってた。

坂道を折りきった所でバスは止まってしまい、15分ほど過ぎて上客もうんざりし始めた頃、はるか前方から「パープー、パープー・・・。」とサイレンの音。ひょっとして何か状況が変るんじゃないかと乗客は固唾を飲んで見守ったが、近づいて来たのは救急車で、みんなの期待を無視するかのようにバスの横をかすめて走り去った。直後、車内は爆笑の渦。「何だったんだ、今のは・・・。」って感じでしたね。

その後10分ぐらい経って、いきなりバスが動き出した。みんな拍手してたな。しかし、何だってバスが動かなかったんだろう・・・。

結局30分ぐらい遅れでフィレンツェに到着。

・・・これぐらいゆるい方が旅行してて楽なのかもしれんが、どうも気合が入らないねえ。

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2010年4月20日 (火)

日帰りヴェネツィア旅行。

907さて、ミラノでの授業を終えた翌日は流石に疲れきってたので遠出するのはやめましたが、その次の日にはヴェネツィアに行って来ました。ミラノ行き同様に朝一で出発して最終でフィレンツェに戻るというスケジュール。なるべく時間を節約する為に、あらかじめ行きたい場所をピックアップして駆け足気味で回って来ました。・・・もうちょっとゆっくりすれば良いのですけどね。貧乏性なもので。

画像1はサン・マルコ寺院。ヴェネツィアで最重要な場所ですね。一部が修復中なのが残念。右の鐘楼にも登りました。今回の滞在では高い所に登る事が多かったなあ。私は高い所は好きじゃないんですけどね。

1007画像2は鐘楼から見た風景。サンタ・マリア。デッラ・サルーテ聖堂。波をかきわけて進む船のようで、とても絵になりますね。この写真は撮りたかったんです。その為に鐘楼に登ったんですけどね。 この聖堂、サンマルコの対岸にあるので距離的には近いんだけど、いざ行こうとするとグルッと回り込む事になるから、すごく時間がかかる。網目のように土地が運河で分断されているからね。迷路のようで楽しいけど、住むのは大変だろうなあ・・・。

966 画像3は造船所。軍の施設になってるようで、中には立ち入り禁止でした。

137 画像4はゴンドラの停留所(でいいんだっけ?)。画面の右側に写ってるゴンドラに女の子たちが乗ってるけど、岸を離れるのにちょっと動いただけで一斉にキャアキャア叫んでた。何だか可愛いねえ。

210 で、画像5ですが、これは画像2のサルーテ聖堂まで行こうと歩いてる時に発見したゴンドラの工房。見つけた時に「ウオッ!!」と声を上げてしまった。千載一遇のチャンスとばかりに、奥にいる職人さんに声をかけてみたんだけど、実際に働いてる所は見せてもらえませんでした。入り口付近は撮っても良いそうですけどね。忙しそうだったので、私の作品については全然説明出来なかったので、単なる観光客と思われたんでしょうけど。残念!!

フィレツェ以外でも職人さんの工房を切り絵にしたいですが、なかなか飛び込みで取材許可を貰うのは難しいですね。

他にもいろいろと絵になる風景を撮って来ました。名古屋の展示会ではヴェネツィアの風景シリーズとして15点作るつもりなのでお楽しみに。

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2010年4月19日 (月)

ついでにミラノ旅行。

  746 ミラノの美大での特別授業は日帰りでしたが、せっかくの人生2度目のミラノなので観光名所も行って来ました。画像1はミラノのドゥオーモ。大きさはフィレンツェに比べると小さいけど、装飾がすごく繊細で見ていて圧倒される。

752_4

画像2はドゥオーモ横にあるガレリア。アーケードですね。いろんなブランドショップが入ってて豪華な場所。しかしマクドナルドが入ってるのはがっかりさせるけど・・・。

062_2画像3からは美大での授業が終ってから見に行きました。午後7時ぐらいかな。スフォルツェスコ城です。ライトアップが奇麗ですね。城の中は美術館だけど、既に閉まってます。

074_2 画像4は サンタ・マリア・デッラ・グラッツェ教会。レオナルド・ダ・ヴィンチの「最後の晩餐」がある所ですね。昼間は「最後の晩餐」がお目当ての観光客で長蛇の列ですけど、夜になって閉まってしまえば人の姿は無い。

この後、付近のバールでパニーノと水を買って、フィレンツェ行きの最終に飛び乗って帰りました。観光地を回ったと言っても時間無かったので、ほとんど駆け足でしたね。って言うか、電車に乗り遅れるの嫌だし。こんなに大急ぎで回らなくてもよさそうなもんですが、来年のミニシリーズでミラノの風景をやろうと思ってるので、資料として必要なんですよ。

Maeco_baroni_019最後に、画像5は4年前に撮った写真。ミラノ駅です。この時はトリノに行った帰りで電車の乗り換えで降りただけなので、市内までは入りませんでした。このミラノ駅ってのが格好良いんですねえ。今回も撮ったけど、看板は変ってまして、4年前の看板の方が好きなので。これも来年には切り絵にする予定です。

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2010年4月17日 (土)

ミラノで講演会。

008_2ミラノにNABAって主に舞台美術を教えている私立大学があるのですが、紙のシンポジウムをやるので、その一環として私も呼ばれました。私の切り絵についてと、イタリアの職人仕事について語って欲しいのだそうで。4時間の持ち時間で学生さんを相手に1時間半喋って、2時間半をワークショップでした。

講演会なんて初めての経験ですが、基本的にはいつも展示会の時に話してる内容なので。どこか講堂みたいなところでやるんだろうかと、当日はパリッとした格好で行ったのですけどね。実際は大きい教室でリラックスしながら学生さんとお喋り・・・って感じでしたので、講演会と言うよりも特別授業って感じかな。

職人仕事を紹介した後、現在のイタリアの職人界の問題点を指摘し、これらの一般の社会との関わりを説明して、作家としてどのような志に基づいて活動して行くか、・・・このように締めの言葉を考えていたのですが、雰囲気があまりにまったりしてたので、難しい話を始めるとひくかなと思ってやめました。

まあ学生さん達が楽しそうだったから良いかなって。フィレンツェモザイクとかスカリオーラとか、みんな知らなかったので、少しでも職人界の発展の為にも良かったかも。地味な作業だけど大切なんだよってメッセージは伝わったと思うけどね。054

ちょっと残念だったのが、会場にスライドを映しながら喋ってたんだけど、カーテンを閉めても明るくて見づらかった事かな。仕方ないのでパソコンのモニターを見せながら話しました。切り絵についても説明しなきゃいけなかったので、友人の伊勢型紙職人に集めてもらった資料もあったんだけどね。それらも使ったんだけど若干わかりにくかったかも。画像1が伊勢型紙の技術を使ったランプ。私の切り絵とは違うんだけど、こういうのもありますって感じで紹介してみました。

お喋りの後はワークショップ。実際に簡単な切り絵を作ってもらいました。今回用意したのは干支シリーズ。それぞれの干支を選んで作ってもらった。下絵は画用紙にコピーして、裏を真っ黒に塗りつぶした物を用意しました。このキットはフィレンツェに入ってから準備したんだけど大変だったな。イタリアへ出発のギリギリまで制作してたから、干支シリーズを準備するのを忘れてました。

干支シリーズを切らせた後は、裏を真っ黒に塗りつぶしただけの下絵無しの紙も用意して来たので、それを使ってオリジナルのデザインも作らせてあげました。けっこう上手に作る子もいたな。流石は美大生。干支シリーズもちょっとアレンジして2種類をつなげる子もいたな。(画像3参照)Milano

そういうわけで、ヘトヘトになってフィレンツェに戻りました。楽しかったけど疲れた。本当は泊まりたかったんだけどね。ミラノまで出たついでにヴェネツィアまで回って来たかったけどね。

フィレンツェの友達には「3、4日フィレンツェにいないかも。」と言っておいたのですが、翌日にはフィレンツェに帰って来てたんで。その日からフィレンツェモザイクを作ろうと決めて、ロベルト・マルッチさんの工房に行ったら、そこで制作してたyossyさんに「何でいるのよ!!」と驚かせてしまった。帰って来ないはずなのに既に帰ってたり、帰っちゃったはずがまだいたり・・・。最近のオレって神出鬼没な感じだな。

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2010年4月13日 (火)

オレと靴屋と明日香と純子。

これはフィレンツェに滞在して3日目の話なんだけど・・・。

その日も職人さんの工房に挨拶回りをしてて、どこの店も閉まる時間になったので、そろそろ家に帰るかと駅の近くを歩いていた。ふと前を見ると、向こうから歩いてくる女の人が私の顔を見て絶句してるのに気が付いた。

「えっ、嘘・・・信じられない!カン?」

「・・・!! 純子かっ!!」

次の瞬間、オレたちは人目もはばからずに互いの名を叫びながら抱き合ってた。まだフィレンツェに住んでた頃、いつも一緒に遊んでた友達の一人。9年ぶりぐらいの再会かな。

7年間に渡るフィレンツェの生活だったけど、「靴屋と明日香と純子の時代」って名付けたいほどの時期がありました。今でこそ、たくさんの友達がいて、それぞれに良い関係を築いてるけど、元々は消極的な性格なので友達を作るのは下手でしたね。丁度、それまでバイトしてた日本料理屋を辞めた後。バイトとは言え組織から完全に外れて、自分の生活を自分でコントロールしなきゃいけなかった時期。制作したくないんだけど怠ける事には後ろめたさを持ってたので、何もやる事無いのにとりあえず家にいたり・・・そうなると当然、付き合いも悪くなる。まだまだ切り絵を通じて自分が何を目指すのか、それがわからなかったので不安定な時期でしたね。

そんな時期に、たまたま靴職人を目指してる男、通称「靴屋」と知り合った。彼が初めて知り合った職人仲間だったな。彼の紹介で明日香と純子とも知り合った。初対面の時に純子はブラックベリーのジェラートを食べてたな。その日の内に仲良くなって皆で中華料理を食べに行ったっけ・・・。

冗談を飛ばして皆からいじられて自分でも笑ってた靴屋。自分の事で精一杯過ぎたけど、誰よりもひたむきだったヴァイオリン弾きの明日香。目の覚めるような美人でテキスタイルをやってたノンビリ屋の純子。性格バラバラだったけど妙に馬が合った。この中じゃ私が一番年上で当時28歳。2歳ずつ歳が離れてて、靴屋が26歳、明日香が24歳。一番年下の純子は22歳だったな。

4人で近くの町に遊びに行ったり、一緒にご飯を作って食べたり、互いの作品の発表会に行って「オレも頑張らなきゃな。」と刺激を貰ったり、たまに喧嘩になったり・・・。

明日香がオレの部屋に来てヴァイオリンを弾いてくれた事もあったし、純子を連れて知人のイベントに行ったら「あんな凄い美人とどうやって知り合った!?」って騒がれた事もあった。夜中に待ち合わせて、ひたすら話をしながら街中を歩き回ったり。・・・何でもない、ごく普通の友達関係なんだけど、あの時期しか持つ事の出来ない「熱さ」があったような気がする。若かったのかな。

彼らとは2年間ぐらい一緒にいたんだけど、各々の生活もあって何となく疎遠になって行った。時々「あいつら、どうしてるかな・・・。」って思い出してはいたんだけどね。

しかし、まさか純子がまだフィレンツェにいるとは思ってなかった。感動のあまり「これで別れるなんて勿体ない!」って事で、すぐ近くのバールになだれ込んで食前酒を飲みつつ近況報告をして、住所を交換した。

輝くような美貌の純子も結婚して4年目。30代に入って、だいぶケバケバしくなって迫力が出てたなあ。(考えてみたら、彼女は化粧を必要としないぐらい派手な顔だった。)子供はまだいないので働いてる。仕事場も家もフィレンツェの中心部なので、今まで会わなかったのが不思議なくらいだ。

明日香はパルマのオーケストラに入ったけど、外国人って立場だからいろいろ苦労してるみたい。

靴屋は日本に引き上げて自分の店を出して、元気でやってる。

「晩御飯のしたくしなきゃ。」と言ってフィレンツェの夕暮れに溶け込むように帰って行った。遠ざかる純子の背中を見ながら、昔のオレたちが今のオレたちを見たらどんな顔するんだろうと思った。

「お前ら、必死でやってるけどさ、いま進んでる道は楽しい場所につながってるよ。」

しけた中華料理屋で互いに毒づきながらチャーハンをかっこんでる昔のオレたちに、出来るのならそんな言葉を贈ってやりたい。

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2010年4月11日 (日)

初フィレンツェモザイク。

Serie_di_encicropedia2_179 さて、フィレンツェモザイク職人のロベルト・マルッチさんに「お前なら出来る!」とおだてられて「是非やりたいモード」になったわけですが、滞在中盤にイベントが1つ控えてまして。これが終ってからでないと、どうも落ち着かない。結局、制作を開始したのは3月17日からでした。この時点でフィレンツェ滞在は後10日間。「普通、あの状況でやろうとしないわよ。」とyossyさんに笑われました。時間の少ない事は私も自覚してたので、簡単なデザインでやってみました。選んだモチーフはスズメガです。(画像1)蝶じゃなくて蛾。「何でよ?」っていろんな人に突っ込まれたけど、蝶だと翅ばかり大きいので、デザインとしては胴体も大きい蛾の方が面白いんですね。

このフィレンツェモザイクの魅力って「いかに石そのものの色と模様を利用するか」にあると思うので、元になった絵の色と似ている色の石をモザイクにするのではなく、工房に転がってる石板から面白そうな模様の石を選んで、全体的に見栄えがするように組み合わせるという事にしました。

石を大まかな形にカットして、ヤスリでピタリと組み合わさるぐらいまで微調整をして、膠で固めて裏に補強用の石版を貼り付けて、表面をヤスリでツルツルになるまで磨く。

作業の手順を大まかに書くとこんな感じですね。石をカットするのは電ノコでやるので、その作業はマエストロがやってくれました。素人には危険だからね。「大まかな形にカットする」と書いたけど、マエストロはかなり正確に切ってくれるので、私がやるのは本当に微調整のみでしたね。

1526 6回ぐらい工房に通って、ようやく完成。マエストロは「かなり早かったぞ。」と褒めてくれましたが、大事な所は助けてもらってるので。工房に展示されているマエストロの作品や、長年修行して来た諸先輩方の作品を見ると、その技術力と表現力の高さに脱帽してしまいますね。この技法の奥深さを実感出来ました。

まあでも久々に習い事をやって楽しかったし、未熟な作品とは言え、以前からあこがれていたフィレンツェモザイクを自分で作る事が出来たってのは貴重な体験でした。私の宝物ですな。今、額装してもらってます。自分の部屋のどこに飾ろうかな♪

と言う訳で、私の作品よりもはるかに凄~い先輩の作品展が東京であります、東京近郊の方はどうぞ見に行ってくださいませ。その時は「俊寛のブログを見ました。」の一言をお忘れなく。あと、この方のレポートによる「俊寛のフィレンツェモザイク制作記」もブログにありますので、そちらの方もお時間があればどうぞ。1381

最後に完成した作品を持ってマエストロと一緒に記念写真。

後ろにたくさんの作品が展示してあるように見えますが、これはほとんどカラーコピーで、この工房で作られた生徒の作品。イタリア人以外の生徒も多いので(と言うより日本人の生徒が多いんだけど。)他所の工房では見られないようなオリジナリティ溢れる作品が多いですね。

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2010年4月10日 (土)

石拾いに。

M  さて、前回のブログが友人の北原好恵さんの展示のお知らせだったので、引き続き北原さんの師匠について。

フィレンツェモザイク職人のロベルト・マルッチさんです。工房ではモザイク教室も行っているので「マエストロ」と呼ばれています。別に私の師匠じゃないけど、皆がマエストロと呼ぶので私もそう呼んでいます。教え方は上手いし、腕も良いのですが(一番上の画像がマルッチさんの作品。)自分の作品を売る事が下手な人なので自分の店は持ってません。他所のモザイク屋さんに作品を置いて売ったり、大工房の下請けで制作したりしてます。こういう方がいるからフィレンツェの職人界も層が厚いのかも。

私の語学学校時代の友達が、モザイクの修行をしていたので、10年以上前から知ってましたが、仲良くなったのは5年前にyossyさんと知り合って工房に遊びに行くようになってからですかね。3年前に切り絵にもしてます。今回工房に遊びに行ったら、パソコンのデスクトップの画像に私の切り絵が使われてたな。

今回の滞在でもマエストロの工房にちょくちょく遊びに行ってたら、「石を拾いに行こう。」と誘われました。フィレンツェモザイクに使われる石探し。山とか川の中に入って使えそうな石を採取するらしい。yossyさんのブログによると、ピクニック気分ですごく楽しそうだ。フィレンツェモザイクという職人仕事の最初の作業を経験出来るまたと無い機会。これは、行くしかないではないかと思い二つ返事で「行きます!」と答えた。024_2

マエストロの家は私が今回下宿した家の近くなので、朝も車で迎えに来てもらい、いざ出発。目的地はフィレンツェ近郊のインプルネータと言う地区の山の中。以前から目を付けてた場所だそうです。山道に車を止めて、10mぐらい山の斜面を登った所。

石がありそうな場所に見当を付けて、ツルハシで山肌を掘って石を見つけ出す。タガネを石の割れ目に当ててハンマーでガンガン叩いて割ってみる。ペッと唾を吐いて石の表面を塗らして、使えそうな色・模様だとその石を取り出す。どうやら、この日のお目当ては深緑に白い色がマダラになった模様の石のようでした。2番目の画像がマエストロです。

石の周りを更に掘り進めて、手で持てるぐらいの大きさだとそのまま取り出し、あまり大きいようだと石を割る。 しかし、この作業は職人仕事と言うよりも道路工事をやってるみたいだったな。まあ、私はそれなりに楽しんでやってましたが。(画像3を見ると楽しそうにハンマーを振ってる。)

しかし、無断で山をほじくりかえして良いのかという気がしないでもないな。山の所有者が見たら怒るかも。まあ、ショベルカーを出して掘ったりするわけでもないから、お目こぼししてもらってるのかもしれませんが。022これがトリュフか何か食べ物関係だと、血を見るまで発展しそうだが、一般人が見てもどこに価値があるのかわからない単なる石だからなあ。

この日はかなりの収穫だったみたいで、昼までに作業は終了。近くのバールに行って昼ごはんでした。パンと生ハム、サラミと茄子まで食べました。天気も良かったし空気もきれいだから美味しかったな。

家に帰ったら同居人のイタリア人の子がこの話を聞いて「バカンスに来てまでそんな事をして、何が面白いのだ?」と聞かれた。改めて聞かれると答えにくいのだが・・・。そういえばこの後マエストロの誕生会があって、私も行って来たけど、その時に居合わせた女の子2人が後日、石拾いに誘われて行ったみたいだけど、彼女たちはどんな感想を持っただろうか?気になるなあ。

さて、マエストロはえらく真面目な顔で私に「シュンカン、フィレンツェモザイクをやるんだ!お前なら出来る!」と言った。いや、やる事はけっこうあるし、行かなきゃいけない場所もあるし、でも最高レベルに難しい職人仕事であるフィレンツェモザイクをこの手で作れる。いやいや、これはどうしようと・・・。どうする俊寛?

つづく

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2010年4月 9日 (金)

友達の展示のお知らせです。

Photo_2 私のブログでもかなり頻繁に登場するフィレンツェモザイク職人の自転車娘yossyさんこと北原好恵さんが東京で展示をします。

日本橋三越 イタリアフェア

4月14日(水)~4月23日(金)

10時~19時(最終日は17時半まで)

北原さんは会場に常駐してます。

フィレンツェモザイクとは板状にスライスした様々な色・模様の石をカットして、寄木細工のように組み合わせて一枚の絵に仕上げる技法です。石その物の色を利用するので、年月が経っても変色する事はない。画像を見てもらうとわかると思いますが、複雑な形にカットし、それを髪の毛の入る隙も無いくらいにピッタリ組み合わせてあるので、大変な手間と集中力が必要とされる作業です。

北原さんは伝統的な絵だけではなく、この技法を利用してアクセサリーも作られています。私はアクセサリーを付ける趣味は無いんだけど、私が見ても思わず欲しくなっちゃうぐらいですからね。すごくセンスが良い。

実は先日のイタリア滞在で、北原さんが所属してる工房の親方から、フィレンツェモザイクを習って来まして。勿論、初めてなのですごく簡単なデザインですけどね。この技法がいかに難しいかを身を持って体験して来ました。(そのうち記事にしますので。)改めて北原さんの作品を見てみると「上手いなあ・・・。」と感心しちゃいます。・・・ああ、考えてみたら北原さんの後輩もしくは弟弟子になっちゃったわけですね。困ったなあ。

北原さんのブログでは私の事をかなり頻繁に宣伝してもらってます。ブログの文中の「この人」って所をクリックすると、私のブログが出て来る事があるので自分でビックリする事も多いのです。そういう訳なので、このブログを読んで見に行って下さる皆様、北原さんに会った時は「俊寛の紹介です。」の一言をお忘れなく。

作品も素晴らしいけど、本人もとても面白い人ですよ!

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2010年4月 7日 (水)

フォルテピアノの工房にて。

054_donatella_e_antonella フォルテピアノとは、現在のピアノの原型になった楽器です。この楽器が誕生したのは18世紀初めのフィレンツェ。当時メディチ家の楽器管理係りでチェンバロ職人だったクリストフォリが、チェンバロの音が強弱の変化に乏しいことを不満に思い、改良したのが発祥とされています。

現在このフォルテピアノが新作の楽器として作られる事は無く、今回紹介するドナテッラさんたちの工房で修復されるか、古い時代に作られた物の複製が制作されるぐらいです。

画像は2点とも2008年に制作。上がドナテッラさんとアントネッラさん。サイズは120×170cm。布団ぐらいの大きさですね。今の所、私の作品の中で最大サイズです。奥の部屋で背中を向けているのはバルバラさんで調律をやってる。この調律の場面も絵になるので別の作品として仕上げました。それが下の画像です。サイズは70×90cm。050_barbara_mingazzini

ドナテッラさんとアントネッラさん、バルバラさんは若い頃から3人で働いています。いつまでも娘時代を失わない3人組って感じですね。

作品が完成してから会うのは初めてなので、モデルになってくれたお礼を持って行きました。作品の写真をA4サイズでプリントした物と日本のお菓子。これは他の職人さんにもプレゼントしてるんですけどね。(ただし和菓子とか甘い物を食べそうに見えない人には赤ワインを買って行ってるけど。)

ドナテッラさんたちには、それに加えてポストカードも作ったので一人50枚ずつあげました。バルバラさんのは一昨年の千葉の個展でDMに使ったやつが余ってたので、そちらを持っていったんですけどね。

3人それぞれに「はい。これはドナテッラさんに。」「これはアントネッラさんね。」「こっちはバルバラさん。」・・・「で、最後に和菓子も持って来たよ。」

と、次々にお土産が出て来るので、ドナテッラさんたちはキャーキャー騒いでた。(本当に、橋が転がっても笑い出すような感じ。)目をキラキラ輝かしてましたな。こういう時に「この人たちの切り絵を作って良かった。」と思います。

ちなみに、私は和菓子は地元の老舗、備前屋の「手風琴のしらべ」を持って行ってます。小豆パイですけどね。バターが効いてて美味しい。オーブンでちょっと温めると一層美味しいと書いてあるので、イタリア人にも説明するんだけど、1個食べたらすぐに手が出て「気が付いたら無くなってた。」って皆が言ってます。(だから温めて食べた人は少ないと思う。)

ドナテッラさんたちは和菓子を食べ慣れてるみたいで、出した時に「これ、ひょっとして小豆のお菓子?」って聞かれました。早速その場で食べてたけど、喜んでましたねえ。

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2010年4月 6日 (火)

金箔貼り職人、ルチアーノ・カリエリ。

152 さて、イタリア滞在のメインイベント、工房回りです。これから切り絵にしたい工房を回るだけでなく、既に切り絵にした工房にも挨拶回りしなきゃいけない。

到着して数日は既に切り絵にした職人さんに挨拶に行くだけで終ってしまいます。当然の事ながら、年々切り絵にした職人さんの数は増えていくので、挨拶回りにかかる日数も増えていく。

今年は一応の挨拶回りが終ったのは5日目でしたね。今回は2年ぶりの滞在なので、久々の再会に話が長くなるし、道を歩けば知り合いと会って、そのままバールへなんて感じで、目的地に到着できないまま日が暮れてしまったこともあったり・・・。

フィレンツェモザイクのロベルト・マルッチさんの工房なんか、割と早い段階で行くはずでしたが、訪ねたのが4日目だったからな。この工房で制作活動をしてるyossyさんに「ゴメン!今日も行けない・・・。」と何度も電話したっけなあ。

画像はイタリア行きの直前に仕上げた作品。金箔貼り職人のルチアーノ・カリエリさん。サイズは40×40cm。額縁とか宗教画なんかの一部に金箔を貼って、わざと汚してアンティーク調に仕上げたりします。作品の場面も刷毛でタールを塗って、汚しているところ。ピカピカの金色がくすんだ渋い色調に仕上がる。

彼の工房の取材をしたのは、かれこれ3年前。一度作り損ねて放置してあったのですが、やっぱり取材させてもらった以上は仕上げて持って行かなきゃ申し訳ないと思って、気合入れ直して最初から作りました。

今回、この作品をフィレンツェに持って行ってるんですね。そんなに大きくないので、手荷物で持って行きました。持っていった以上は本人に見てもらおうというわけで、滞在初日に工房に行ってみました。ルチアーノさんもけっこう高齢なので働いてるかどうか不安だったんですけどね。

工房には不在でしたが、別の職人さんが金箔を貼っていたので、ルチアーノさんの事を聞いてみたら、近くの土産物屋さんで店番をしてるとの事でした。どうやら店を持ってるみたいで、最近は工房と店が半々ぐらいに出てるんだそうです。早速、教えられた場所に行ってみたら・・・いました、ルチアーノさん!

ルチアーノさんも私をひと目見るなり「あ・・・前に会った事があるね。」と思い出してくれました。早速、作品を出して見せてみました。喜んでくれましたねえ。最近は作品をイタリアに持ち込む事が少ないので、直接本人に見てもらうのは久しぶりでした。Karieri_2

ルチアーノさんの工房では額縁も扱っているので、この作品に合わせた額縁を注文しました。アンティーク調に仕上げた金の額縁。こういうコラボレーションがやれると非常に楽しい。これをやりたかったから作品を持ち込んだんですね。実物がないと、やっぱりイメージしにくいでしょうし。

額縁が仕上がったのが帰国の寸前だったので、この額縁に作品を入れて本人に見せる事が出来なかったのが心残りです。今年の秋の個展に出すので、写真を撮って送らなきゃいけませんね。

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2010年4月 5日 (月)

今回の下宿。

Tora 「イタリアではどこに泊まってるの?」とよく聞かれます。たくさんの方がホテル住まいだと思い込んでるみたいですが、ホテルに1ヶ月も滞在するのは非常にお金がかかります。だから私は、キッチンとバスルーム共同で使えて、自分用に一部屋使える所に滞在してます。これはイタリアに住んでた頃と同じやりかた。この方法だとホテルと違ってキッチンが使えるので自炊も出来る。フィレンツェだとだいたい一ヶ月400ユーロぐらい(日本円で5万円ぐらいかな。)が相場ですね。

自分では良い物件を探せないので、現地に住んでる友達に頼んで探してもらってます。一度、何かの間違いでゲイのイタリア人と同居した事もあったっけ。恋人がいる人なので身の危険は感じなかったが、何だか異様な雰囲気だったなあ。時々、居間で二人で上半身裸になって缶ビール飲んでたっけ。・・・あれは、どうも目のやり場に困ったな。暑苦しい!

今回の下宿も友人に探してもらった物件。初めてフィレンツェ郊外に住みました。通りの名前を聞いて「どこ、それ?」って思った。私はフィレンツェ中心部に用があるので、あまり郊外だと困るなと思ってたんですけどね。選択肢がそこしかなかったので、まあ仕方ないかなと。

いざ行ってみると、けっこう便利な場所でした。まず近くに大きいコープ(生協)があるので買い物にも便利。そしてトラムビア(路面電車)の駅も近くにあったので、フィレンツェ中心部へのアクセスも楽でした。

トラムビアってのは、ごく最近開通したんですけどね。スピード自体はかなり遅いんだけど、信号待ちが少ないのと最短距離を進むので、かなり時間が短縮出来ました。フィレンツェ市内は一方通行が多いのでバスやタクシーなんかだと、すぐ近くの地点に移動するにもクネクネ曲がらないとたどり着けないんですね。

まだ開通したばかりなので、試験運転中らしく最終便が出るのは夜の9時半。これがちょっと問題で、せっかく夕食を楽しんでても慌てて帰らなきゃならない。(シンデレラ姫みたい。)3月後半からは最終が12時半になったので、余裕を持って夕食が取れました。

今の所、トラムビアが通ってるのはフィレンツェ中央駅から南西のスカンディッチまで。実際に利用した人は少ないので「毎朝、トラムビア使ってるんだ。」と言うと「どんな感じ?」と皆に聞かれた。ちょっと得意な気分でしたね。

そのうち空港までのトラムビアが出来るんだそうだ。今までが不便だったからね。ただとラムビアが出来た為に従来の路線バスが滅茶苦茶になってて、私が滞在してる間だけでも停留所の場所が頻繁に変ってました。

今回の下宿は日本人(男)とイタリア人(男)との同居。日本人の子は長く住んでるので日本から漫画を持ち込んでたから、タンスを開けたら漫画だらけだった。「ここはブックオフかよ?」と思った。まあ、おかげで退屈しなかったけど。昔、私が友達に頼まれて買って来た漫画が回り回って、この家の本棚に並んでたのを見つけた。

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2010年4月 4日 (日)

イタリアへの出発。

Image_005 今日からしばらくの間、3月1日から4月1日までのイタリア滞在記を書きます。

今回は帰りの飛行機でえらい目に遭いましたが、実は行きの飛行機では良い目を見てるのです。ビジネスクラスでフィレンツェまで行ってたんですね。凄く快適でした。

・・・何か、幸運過ぎたから運命の神が差し引きゼロにしようと、私にいたずらをしたような感じです。(それにしても我ながら見事なブログの構成だなあ。冒頭に飛行機が飛び立つのを呆然と見上げる主人公。で、そこから回想が始まってイタリア出発から物語が始まる。テレビドラマみたいだ。)

出発の前日にルフトハンザ航空から電話がありました。私が乗る予定の飛行機がオーバーブッキングなので、飛行機を変えてくれないかと頼まれたのです。つまり予定ではルフトハンザ航空で中部国際空港(通称をセントレアと言う。)からフランクフルト経由でフィレンツェ行きだったのが、大韓航空でまず中部国際空港からソウルへ行き、ソウルからフランクフルト経由でフィレンツェに行くという事に。

随分と困ってるようだったし、最初の予定よりも一時間早く行くだけなので、大韓航空で行く事にしました。

ところがいざ空港についてルフトハンザのカウンターに行ったら、フランクフルトからの飛行機が悪天候の為に遅れてて、大韓航空で行く必要がなくなったんです。つまり最初の予定通りに行くという事で。で、お騒がせしたお詫びにビジネスクラスで行かせてもらえる事になったんです。他人には親切にするもんですね。

おまけに飛行機の到着が遅れてるって事は、セントレアから出発するのも遅れて昼過ぎになるので、空港内で使えるお食事券まで貰いました。最初の予定ではフランクフルトで6時間も待たなきゃいけないのが、4時間遅れで行く事になるので、フランクフルトでは2時間待つだけ。その分、セントレアでの待ち時間が増えるんですが、同じ待つならこっちの方が良い。良い事ずくめですね。早速、親に電話しちゃいました。お昼は鰻丼の特上を食べました。004

実は生涯で2度目のビジネスクラスなんですね。卒業旅行の団体旅行でメンバーの一人の荷物が重量オーバーで、追加料金を払ったんですがビジネスクラスに変更になって、何故か同じツアーだった人全員もビジネスクラスになった(この辺の理屈が今でも良くわからない・・・。)でも、あまりに昔の事なので快適だったかどうかは覚えてません。

今回は快適な旅でしたねえ。食事も良かったし、シートはリクライニングで180度になるまで倒せるからのんびり寝ながら過ごせたし。欲を言えば日本語で見れる映画が少なかった事かな。まあドイツの航空会社だから、これはしょうがない。

画像は上が夕食。エコノミーだとワンプレートだけど、前菜でメインでデザートと別の皿。下は昼食。こちらはワンプレートでした。

驚いたのはフランクフルトからフィレンツェまでの便もビジネスだったみたいで、機内食サービスもパンにサラダにデザートが付いた物でした。(写真を撮り損ねた。)ふと後ろを見るとエコノミーの人たちは、放り投げるように菓子パンが一つだけ・・・。

至れり尽くせりのサービスに満足しつつ、フィレンツェに着きました。「ビジネスクラスは良いのう・・・。」などと幸せな気分でしたが、この時は27日後に何が起こるか想像もしませんでした。

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2010年4月 2日 (金)

帰国しました。

Shunkan いろいろありましたが、今度こそ本当に帰国しました。いろんな人にお世話になっちゃったなあ。

「気を付けて帰るんですよ。」

「頑張って帰って下さいね。」

「無事に帰れますように。」

・・・普通に行動すれば帰れるんだってば。やだなあ、みんな。私を子ども扱いして。まあ、今回ほど普通に飛行機に乗れてホッとした事は無かったですが。

延長4日間も(と言っても28日は元に家に入るのだけで潰してしまいましたが。)有効に使いました。29日は会えないはずだった人と夕食、30日も会えないはずの人と昼食。アレッツォまで行ってきました。夕食はyossyさんとサスライシェフの家で夕御飯。魚介のパスタに鯛のサフラン風味、付け合せはバルバ・ディ・プレーティという春野菜のコース。(家のご飯でこの豪華さ!)31日は朝からウッフィッツィ美術館に行って、昼はドゥオーモのテラスとクーポラを回るツアー参加しました。ウッフィッツィは10年ぶりですね。ドゥオーモはクーポラには登った事があるけど、テラスの部分は初めてでした。高い所が苦手なので、若干腰が引けてましたけど見晴らし良かったですよ。夕食は今回お世話になりまくったベルコーレで。「本当に帰るんだろうな?」とオーナーに言われた。

今回の滞在で後半は体調が悪かったのですが、目一杯イタリアを楽しんで来ました。これで思い残す事は無いって感じですね。って言うか、もうフィレンツェお腹一杯って感じです。当分、行かなくて良いかも。・・・一年も経てばまた行きたくなるでしょうけどね。

今日は病院に行って風邪薬をもらって来たので、まずは完治させて制作に戻ろうと思います。滞在記も徐々にアップしますので、どうぞよろしく。

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