« 小休止。 | トップページ | コンサートのお知らせ。 »

2009年1月18日 (日)

眠れぬ夜に「夢」の話。

一日の制作を終えて、明日に備えて寝ようとしましたが、ウトウトし始めた時に食べ物の事を考えたら目が冴えてしまった。これじゃ眠れんな。

昨日、昼ごはんの時にニュースを見ていたら、大学入試の話をしていた。将来の夢を語る受験生たちの映像が流れた。あの頃の僕は将来の夢なんて全く無かったな。いい加減に成り行き任せで、特に欲しい物もやりたい事も無く、ただ生きていた。・・・つまんない子供だったなあ。

何か自分の全てをかけてやりたいとは思っていた。しかし、それが何か全くわかんなかったので、精神的に荒んでいたな。とは言え、本格的にぐれるだけの元気もなかったので、大人しく学生をやってました。

そう言えば、昨年の名古屋の個展で見に来てくれたお客さんの中に、私と同じ歳の娘さんがいる女性がいました。その方の娘さんは、私の出身地の高校を出てるそうで(つまり、直接知らないんだけど、その高校には私と同じ中学の出身の子も通ってるので、共通の知人は多いはず。私は学力が足りないので、その高校には通えませんでしたが。)その高校に入学したのも、美術部に良い先生がいたから、教えてもらいたかったからなんだと。卒業後はイタリアに渡って、舞台美術の仕事をしているんだそうだ。高校どころか、その前の中学時代に何か夢を持って進んでいる人もいるって事ですな。

まあ、私も遅まきながら、成り行きで高校、大学、就職をした後で、切り絵に人生かける事になって、徐々にモノになりつつあるので、運が良かったなと思います。今は面白い人生を送ってると思います。

しかし、切り絵を始めた頃の作品を見てみると、よくもまあ本職にしようと思ったもんだ。若気の至りだな。あの頃は訳もわからずに、とりあえず切り絵で食って行く事を「夢」と思っていた。その後、いろんな人に出会って、いろんな影響を受けて、考え方を修正・強化・路線変更しつつやってますが、今でも自分の「夢」は何だろうと日々考えています。

フィレンツェで住んでいた時に、職人の修行をしてた留学生仲間がいました。彼は私にとっては、初めて知り合った職人系の友人だったので大切に思っていました。彼は私より一足早く帰国して、工房を開いた。商才もある人なんで、仕事が上手く回ってそこそこ有名になりました。でも、仕事が上手く行くごとに傲慢になって行き、留学時代の友人たちの顰蹙を買いまくった挙句、自分の師匠すら裏切ってしまった。「オレは自分の店をチェーン店にして、全国に展開するんだ!」「デパートに出展してフロア全部オレの作品を売らせるんだ!」てな感じで夢を語るのが好きな男だったな。

でも私はこういうのを「夢」と呼びたくない。こんなので良ければ、私にもいくらでも言えるのです。例えば「日本で一番の画廊で個展をやる。」とか「ニューヨークのちゃんとした画廊で個展をやる。」とか「フィレンツェのヴェッキオ宮殿で個展をやる。」なんてね。でも私にとっては、こんなのは「夢」ではない。「努力目標」と言う方が良いと思う。そりゃ、どれ一つとっても実現するのは難しいでしょう。でも、このまま努力を続けて行けば、やれそうな気がするのです。(笑いたい人は笑っていいですよ。)

では「夢」とはどういうものか?と問われた場合、私ならこう答える。

「夢とは志の事だ。」

こころざし。

師匠を裏切った彼も、昔はそんなんじゃなかった。ある夜、フィレンツェの町を散歩してた時にバッタリ会ってお喋りしてたら、「自分はすごく師匠に大切にされている。だから、いつの日か恩返しをしなきゃ。」と言ってたのを今でもよく覚えています。

結局、彼は自分がモノを作る事によって、何を志すのかが無かったから人として駄目になったんじゃないだろうか。余談ながら、彼の師匠ですが、今でも自分を裏切った弟子の事を気にかけている。雑談してて、彼の名前が出た事が何度かあるけど、一度も彼の悪口を言わなかった。一番弟子と思っていた男から、手ひどく裏切られても、まだ信じ続けるって、並みの人間に出来る事ではないですね。彼は師匠のこういう部分を学んでいたらと思います。

さて、今の私が志している事について。

まず絵画や彫刻、音楽など、芸術として人くくり出来る事については、私は以下のように思っています。

「芸術とは人に幸せを運ぶもの。」

ではないでしょうか。「芸術とは自己表現」という考え方もありますが、自分の頭で考え、実際に手を使って作ったものならば、自動的に自己表現できているはず。ならば、自分の事だけではなく、自分が周囲の人との中でどんな位置にいるかを考えるべき。芸術家として生きるのならば、周囲の人を幸せにするような物を作るというのは当然の義務です。だって、幸せを運ばない芸術なんて、何の価値も無いですよ。

そして、職人シリーズをテーマにしている以上、何を伝えたいかと言うと、

「物が出来て行く過程を描く事で、普段何気なく過ごしている日常に誠実に向き合う事の大切さ。日常でくくってしまえば平凡で地味な作業の連続。でもそこから生まれてくる物の、何と価値のある事か・・・ 。

これですよ!

現在の日本の社会で問題になっている事って「楽して稼ごう。」という考え方が蔓延しているせいじゃないかと思う。職人仕事というのは、まるで正反対ですね。そりゃ、職人さんだってお金は欲しいです。私だって欲しい。でも彼らの中では誰一人として「楽」と「稼ぎ」が両立して比例するなんて考える人は一人もいません。だから私は職人シリーズで「日常を真面目に生きて、積み重ねて行く事の大切さ」を伝えて行きたい。日本の社会の流れを変える一石になる考え方かもしれないじゃないですかと、こんな事を考えてやってますがね。

ただ、何か他にも、もっとでかくて深くて大切な事が、世界を広げて行く事が、志にすべきテーマがまだあるじゃないだろうかと思うのです。上の考え方を変える気はないし、もっと深めていくつもりですけどね。それはそれとして、もっと何かありそうな気がする 。

まあ、頭で考えても答えは出ないでしょうね。結局、日々の制作していく中で、自分の世界の成熟と供に何か新しい夢が出来るかもしれない。今やってる事を続けて行くしかないんですなあ。

・・・寝よう。

|

« 小休止。 | トップページ | コンサートのお知らせ。 »

コメント

う〜ん、なるほど!!

楽して稼ごう!って奴たしかにいっぱいいるし、俺の周りにも多いな・・・ただ彼等は仕事に生き甲斐を感じているわけではなく、その他の事に生き甲斐を感じている・・・・。

遊びに夢中になってそれが一生続けて行きたいくらい楽しくなってその為に仕事をする・・・そういう生き方も決して悪くない。

うまい事楽して金儲ける奴ってある意味才能やね!
ちょっと、羨ましいな。

そういやこの前TVで
『苦労している時は自分がのびている時、満足した瞬間にピークから落ちていく・・・』
っていってた。

深いね〜

職人はこうじゃないとね

投稿: sumide | 2009年1月18日 (日) 11時43分

こんばんは。

すごく興味深い内容です。
私は物造りの仕事を始めてから、何となく
ずっと続けていくだろうなぁと思い始めました。
そして、自分の造った物を手にしてくれた人が
ニンマリする顔を見ると、俺も心の中でニンマリします。(顔に出てるかもしれませんが)

芯がズレないように続けて行きたいと思いました。

投稿: なお | 2009年1月18日 (日) 12時29分

sumideさん、あはは。遊びに生きがいねえ。私には無理だな。貧乏性なのかも。

なかなか完璧な物って出来るもんじゃないですよ。私が見た限り、腕の良い職人さんほど謙虚ですね。無論、自分の作った物に対して責任と誇りは持っているけど。

自分もそうならぬように気を付けないとね。

なおさん、それは基本でしょうね。その向こうに何を見たいか、その内容次第で職人としての質が変ると思うよ。

投稿: 俊寛 | 2009年1月18日 (日) 13時21分

てんさいと自負している様な職人は、人としてどうかと思いますね。
つきなみな感想なのですが
じんせいは人それぞれに色々な形や夢が有りますね?
しかしながら、恩を仇で返すのはいただけません。
ねたみで言っている訳ではないのですが。

投稿: 征核傘 | 2009年1月18日 (日) 14時02分

おもわず「うーん」とうなってしまいました。

 「特に欲しい物もやりたい事も無く、ただ生きていた」という青年が、今は素晴らしいものを生み出しています。羨ましいですね。

 私は子供の頃から「やりたい事、欲しい物」がいっぱいでした。だからあれこれ手を出して結局何も掴みきれませんでした。ただ救いは、たまたま手にした仕事が職人仕事に近い物でしたので、毎日、工夫、実験の連続で、楽しい仕事人生でした。

 志、大切にしてください。

投稿: たっぽう | 2009年1月18日 (日) 15時38分

征核傘さん、自分の作る物に簡単に満足しちゃったら、それは底が浅いという事ですよ。周囲におだてられる事で、思い上がって自分を見失った人のなんと多い事か。
自分もそうならないように気を付けます。

たっぽうさん、いやあ、中学・高校・大学・就職の頃のことを考えると赤面しちゃいますよ。根拠の無い自信の固まり・・・。
個展の時に昔の知り合いが訪ねてくれるんだけど、あまり私の昔の事を思い出して欲しくないなあなんて、恐れています。

本文が言葉足らずでしたが、「日常を大切に生きる事の積み重ねの素晴らしさ。」というのは職人仕事だけではないですよ。どんな人生にも大切なんじゃないかなと思います。
だから、たっぽうさんがお仕事を通じて感じられた事って、私が目指している事と同じ意味ですよ。

投稿: 俊寛 | 2009年1月18日 (日) 19時25分

成長したね~。いつの間にか僕が追いつけなくなってしまったようだよ。今の僕は嫌々会社に行って早く一日終わらないかなぁ・・・と過ごすことが多い。以前は「大企業を新規開拓して大きく商売してやる」と意気込んでいたけどね。
僕も方向転換しなくてはと思っているけど、なかなか出来ずウロウロしています。

投稿: あしたのもと | 2009年1月18日 (日) 21時35分

あしたのもとさん、まあ、そう言わずに。
営業職って、社長以外で社員に夢を見せる事が出来る職種じゃないかな?
状況は知ってるので無茶な事は言えないけど、自分自身のためにも頑張って下さい。

投稿: 俊寛 | 2009年1月18日 (日) 21時48分

うなずきながら、読ませていただきました。

本当に言う通りだと思います。

ぼくは、頭が良くても芸術愛せないと
バランスの悪い人間になるように思っています。
つまり、経済活動と文化活動の両輪ができると
バアンスのいい人生だと思うのです。

ボクは、デザイナーの一面もあるせいか
いささか、理想論者なのですが・・・

物づくりは安い賃金の国でつくるのではなく
幕末の日本人ではないけれど、
日本に誇りをもって、物づくりにのぞむ経営者が
もっと増えて行くとイイナーと思います。

投稿: N.Kojima | 2009年1月19日 (月) 00時34分

N.Kojimaさん、そうですねえ。100円ショップで売ってる物も便利だけど、きちんと作られた物の価値が認められない社会って悲しいですから。

私はしばらく前から職人仕事が認められつつあると思っています。「楽して稼ごう」「安くて早くて簡単で便利」「どこでも誰でも手に入る」なんて事を社会が突き詰めた結果、ほころびが出てしまって、反動で職人仕事的な考え方が求められている。

不景気ですけど、これを乗り切れるのは志も持った経営者ではないでしょうか?

投稿: 俊寛 | 2009年1月19日 (月) 01時48分

その通り。
そこなんだよね。
でもそこって、毎日のルーティンになってしまうと、あたしたちでも忘れがちなこと。
あたしの作品でみんながFELICEになること、それでいいんだな、って今回の銀座で思ったわ。しかもほんとにそうなってくれた人たちがいて、お礼にわざわざきていただいたりね。みんなおかげさまだもの。

それを糧にこれから工房だよん♪ 

投稿: yossy | 2009年1月21日 (水) 18時11分

お久しぶりです。
じっくり読んでしまいました。
初めて俊寛さんとお会いしたころと私は変わりました(あの頃は明日にでも人生を変えてやるという位、野心いっぱい若かった)、今は毎日毎日大事に積み重ねて生活して行くことの大事さ楽しさ
をとても感じています。今もイタリアにいますがイタリアに対しての気持ちもずいぶん変わりました。今ではいい部分、悪い部分、だから自分にはどうだという具合まで考えれるようになりました。夢を抱いてイタリアにくる若者達は今もたくさん。そんなイタリアのマジーアはすごいといつも思っています。

投稿: utako | 2009年1月21日 (水) 19時47分

yossyさん、いやー。この考え方で既に5年以上やってるからね。制作にあたって踏まえておくべき条件だから、そろそろ更に向こうにある物が見たくなってる。
ただ、基本を忘れる事って多いからね。喜んでくれてるって事に感謝しなきゃいけない。
「初心忘れるべからず」ですね。


utakoさん、お久しぶりです。
知り合ったのは10年ぐらい前ですからねえ。私の方は、あの頃から相変わらず切り絵だけやってるので、あまり変ってないかも・・・。でも悪い方向に行かなかっただけましかな?
芯をぶらさずに続ける事も一つの才能だと思ってやってます。
毎年一度、イタリアに行ってますけど、若い子たちとも知り合いますからね。ちょっとばかり先に走り出した者としては、気合の入った所を見せたいと同時に、彼らからもエネルギーをもらってる部分もありますね。

投稿: 俊寛 | 2009年1月22日 (木) 00時06分

御説にただただ拍手。頭が下がります。俊寛さんには及ばずとも、私もお客様に喜んでいただけるように(つまりそれが幸せを運ぶことと思いますが、)日々心がけています。どうぞ頑張りすぎてお体を壊しませんように。それだけが心配です。まだ先ですが、東京の展覧会の時は伺いたいと思っています。よろしくお願いします。

投稿: anan | 2009年2月 6日 (金) 20時16分

ananさん、まだまだ発展途上です。堕落しないように自戒しているつもりですが難しいですね。気長にお付き合いいただきたいものです。
体調には気を付けてますよ。疲れたら寝るようにしてます。そろそろ歳ですからねえ・・・。

投稿: 俊寛 | 2009年2月 6日 (金) 21時53分

はじめまして。
ブロンズ鋳造工房のイタリアの職人さん達の写真の、その表情の素晴らしさに圧倒されるほどの輝きを、いつかこのブログで拝見して以来、色々な興味とともに折々読ませていただいております。

今晩久々に拾い読みして遭遇したこの日の日記、じつにまっとうな内容ですね。仕事というものを通じて人間が成長するということが、少し前の日本では当然のことだったはず。まだその記憶がわずかでも残っているうちに、何とかしなくてはいけないですね。
地道な努力を積み重ねるということは、本当は一番強いことだと思います!

投稿: akee | 2009年2月23日 (月) 22時22分

akeeさん、こちらこそはじめまして。ご賛同いただき、ありがとうございます。
物を作って、それを自分で展開させて行く・・・。実際に自分で動いて、改めて発見するって事はよくあります。やはり、頭で考えてるだけじゃ駄目なんですね。

で、最近ニュースを聞いたりして思ったのですが、やはり日本の社会の基本は「良い物を作る」ではないかなと・・・。こういうときだからこそ、世間の動きがどう変ろうと、ぶれない姿勢と確信が必要なんじゃないでしょうか。

「普段何気なく過ごしている日常に誠実に向き合う事の大切さ。」を少しでも伝える事が出来るように、私も頑張らないといけませんね。

投稿: 俊寛 | 2009年2月24日 (火) 03時10分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 小休止。 | トップページ | コンサートのお知らせ。 »