2008年5月12日 (月)

例のワイン。

Vino1 以前このブログで書いた、バイオリン職人パオロ・ベットーリさんのワイン。昨年の7月に彼の切り絵を完成させたら、気に入ってくれて、お客さんに配るワインのエチケット(ラベルの事ね。)にデザインを使わせてくれと頼まれたのです。

11月に東京で行われた弦楽器フェアに来られた時に、このワインを1本だけ持ってきたのですが、その時は私はもらえませんでした。この切り絵を買ってくれた私のお客さん(娘さんがベットーリさん作のチェロを弾いてます。)にプレゼントしてくれたんです。お客さんも感動するほど喜んでくれたので、私としても満足でした。

で、今回の滞在で私も貰いました。日本に持って帰るのは重いから嫌なので、フィレンツェ在住の日本人の友達と飲んじゃいました。ワインを提供したので食事は友達に作ってもらった。

この友達はソムリエをやってるのですが、かなり美味しいワインとの評価でした。いや実際美味しかった!

・・・何故かブスーとした顔で写ってますが、機嫌良いのです。これでも。美味い料理に酒、気の合う友達と過ごすフィレンツェの夜・・・。Vino2

空になったボトルのみ記念に日本に持ち帰りました。

こういう風に私の作品を使ってくれるのって嬉しいですね。絵葉書や名刺に使ってくれた職人さんもいるし、油絵用の大きなカンバスに印刷して店に置いてくれた職人さんもいます。ワインのエチケットに使うってのは考えてもみませんでしたけどね。誰かまたやってくれないかな。

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2008年5月11日 (日)

ローマからフィレンツェへ。

793 ローマ最終日。朝7:00に起きて荷物をまとめてホテルをチェックアウトする。この日に回ったのはコロッセオとトラヤヌスのフォロ、フォロ・ロマーノ。中に入って見学したいのですが、時間が無いので外から写真撮影したのみ。(前日のカラカラ浴場は中に入ったけどね。)

まあ後で切り絵にする為の取材旅行なので、とりあえず外見だけでよろしいかなと。コロッセオやフォロ・ロマーノだけでなくローマの名所は何度か来て写真も撮ってるんだけど、制作用の資料としては使えない。具体的に、このサイズ制作するっていうイメージが固まってないと写真を撮っても無駄になる。今回のローマの取材旅行は相当駆け足だったけど、来年のミニシリーズのネタとしては充分ですね。

それでも今回ドムス・アウレアに行きそびれたなあ。それから美術館とかは行きませんでしたね。次のイタリア滞在でもローマに行こうかな。ベネツィアも行かなきゃならんので大変そうだけど。(そもそも次回のイタリア行きがいつになるのかわからん。)

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画像は上がコロッセオ。下がフォロ・ロマーノです。

ローマを堪能したのでフィレンツェに戻った。6泊7日の旅行でしたが、疲れましたな。そのうち2日は電車の中で寝たしね。フィレンツェに着いたら家に帰って来たような気がして、ホッとしました。

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2008年5月10日 (土)

アッピア街道を行く。

620 ローマ2日目。この日回ったのはポポロ広場、カラカラ浴場、アッピア街道、チルコマッシモ、真実の口があるサンタ・マリア・イン・コスメディン教会、ティベルティーナ島、カンピドーリオの丘、V・エマヌエレのモニュメント。カラカラ浴場とアッピア街道は初めて行きました。

上の写真はカラカラ浴場。運動で汗を流した後、風呂に入れる、現在のトレーニングジムと健康ランドを合わせたような施設です。この日は天気はあまり良くなくて時々雨が降ってました。

641 で、本日の目玉のアッピア街道。「地球の歩き方」によると、「カラカラ浴場から歩くのがよい」とあるので歩いてみたが、写真のように古代ローマ時代に敷設された旧街道までたどり着くのに1時間以上かかりました。確かにアッピア街道には違いないのですが、アスファルトで舗装された普通の道路なので、歩いてても面白くないし、おまけに道幅が狭い上に交通量も多いから少々危ない。まあ初めて行く場所なので、途中に何か良いものがあるかもしれないので歩いてみましたが、帰りはバスを使いました。

旧街道まで行くと雨も止んで歩いてて気持ち良かったです。街道沿いにはカタコンベ(骸骨寺院)なんぞもありましたが、そういうのはご遠慮してひたすら歩く。

この旧街道、いつまで歩いても終わりが無いので適当な所で引き返しました。車が通らないから当然、ローマ市内へ戻るバスも無いし、一つも街灯が無いので夜は真っ暗になるから早めに帰った方が良さそうなので。この日は6時間ぐらい歩いたので、少なく見積もっても25キロは歩いたかな。でも足にマメ一つ出来なかった。日頃のトレーニングの成果だろうか。

旧街道の入り口からバスに乗って市内へ戻り、ブラブラ歩いて夕食。かねて食べたかったコーダ・アッラ・バチナッラを食べる。729 オックステールの煮込み料理ですね。給仕は無愛想だったが美味しかった。プリモで食べたブカティーニ・アッラ・アマトリチャーナ(ベーコンとタマネギ、トマトで作ったソースのかかったパスタ。仕上げに摩り下ろしたペコリーノチーズをかける。)も美味かったぞ。

この日は行きたかった場所には行けたし、食べたかった料理も食べれたので、満足してホテルに戻った。

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2008年5月 9日 (金)

ローマへ!

442 さて、カルタペスタの職人さんの取材を終えてEさんとピザを食べた後、夜行でローマへ。また寝台車である。午後22:20にレッチェ発でローマに到着が翌日の午前6:29。寝台車は寝てる間に運んでくれるから楽だけど、ローマに到着する時間が早過ぎるんだよなあ。

イタリアの交通機関というと時間通りに動かないというのが定説なので、(現にレッチェに来る時は1時間遅れた。)3時間ぐらい遅れても全然構わないんだけどなあ、と思いつつ眠りについた。

起きたら午前6:29。正確に時間通りにローマに到着。都合良くは行かんもんだね。あまりに早過ぎるので駅のマクドナルドでコーヒーを飲みつつ日記を書く。ブログじゃなくて、本当にノートに書いてる日記です。高校生の頃から付けてるんですけどね。

9:00ぐらいにホテルを見つけてチェックイン。荷物を部屋に置いてローマの町へ出る。

来年はローマの風景をシリーズで切り絵にするつもりなので、資料用の写真を撮るために観光名所を歩きました。この日だけでバチカン、聖天使城、トレビの泉、パンテオン、ナボナ広場、パスクィーノ像、スペイン階段に行きました。上の写真がバチカンのサンピエトロ教会。ミケランジェロ設計ですね。下の写真がトレビの泉です。トレビの泉はちゃんと肩越しにコインを投げて来ました。別にそういう事をしなくても再びローマぐらい行きそうだけど一応。514

しかし、トレビの泉はものすごく人が多かったなあ。考えてみるとローマにこの季節に来たのは初めてです。冬か夏しか来た事がなかった。観光シーズンのローマってどこも人だらけでしたな。まあ観光地に観光客が多いのはけっこうな事です。さびれた観光地ってのもね。

スペイン階段を見終わって、午後5:00にこの日の取材終了。この後ローマ在住の日本人の女の子と待ち合わせ。ミクシィで知り合ったので、初対面である。楽しく食前酒などを飲んで来ました。彼女はピアノを弾いてて、ちょっと前に音楽学校の試験が終わったとこだったんだそうです。頑張ってる人の話って刺激になるから心地良い。

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2008年5月 8日 (木)

カルタペスタ職人 ガッリ家の人々。

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  オトラントの遠足からレッチェに戻り、午後はレッチェの職人さんの工房の取材。レッチェまで来た以上、新しい職人シリーズのネタを仕入れて帰りたいですからね。

レッチェというとカルタペスタが有名です。紙で作る人形の事ですね。

制作方法は、針金で骨組みを作り、わらを巻いた後、紙を貼っていく。表面を湿らせてから焼きごてで押し付けて行く。そうするとまるで粘土で作ったように表面がツルツルになり、しかも軽くて丈夫な物に仕上がる。だからこの方法で作られた人形をカルタ(紙)ペスタ(押しつぶす)と呼びます。ただ全部紙製というわけではなく、顔や手、人形が持っている小物なんかはテラコッタに着色してるんですけどね。

取材した工房はマルコ・ガッリさんというEさんの友達の工房。彼のお父さんエウジェニオさん(写真の右側で電話をしている人物)が代表者です。エウジェニオさんが顔を作り、エウジェニオの妹のリタさんが紙を貼る。娘のラウラさんと最近結婚したご主人のロイさんが油絵の具を使って着色。マルコさんが仕上げを行います。家族内で分業してるんですね。マルコさんは仕上げだけでなく、他の作業もほとんど全てやっちゃいます。312

」この部屋の地下にも工房があって、そこでは木工と石工の為の機械が置かれています。飾り台なんかは木で作るんですけどね。では石は何に使うかと言うとカルタペスタとは関係無くて、レッチェで採れる石を加工してランプを作ったりするのです。これはマルコさんが趣味でやっているそうです。成る程、そういえば店のインテリアとして所々にレッチェ石のランプが置いてありましたな。

このレッチェ石を使ったランプもカルタペスタと並んでレッチェの名物なのですが、今回の滞在では職人さんが見つかりませんでした。残念。

でもマルコさんのように、全然違う素材を使いこなす職人さんも珍しいですね。年齢もまだ33歳と若いので、これから何か新しい物が生み出されそうな気がしました。

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2008年5月 7日 (水)

オトラント。

246南イタリア旅行3日目。この日はEさんとEさんのお父さんの用事でオトラントへ。レッチェから車で30分ぐらいですね。町の中心部で降ろしてもらって、しばらくは自由時間。カメラを片手にブラブラする。

ここは今回初めて来ました。素晴らしい海の眺望と教会の床モザイクが有名なんだそうです。どこかで聞いた事のある地名だなと思ったら、15世紀にオスマン帝國(現在のトルコ共和国ね。)に占領されて市民が大量に殺戮されたと言う歴史を持つんだそうだ。そういう歴史のある町なら、塩野七生さんの本に出てきたかもしれませんね。時間のある時に「コンスタンティノープルの陥落」あたり読み返してみようかな。(時代的にはもう少し後みたいだけど。)

274南イタリアを旅行中は早起きで夜遅く寝てたので、この日も半分寝ぼけながら歩いてたんですが、何の気無しに入った要塞の上から海を見た瞬間に目が覚めました。目に染みるような鮮烈なブルー!

Eさんによると、この辺を仕切ってる製薬会社がオトラントの土地を買い切って、でかいホテルを建ててリゾート地にしようと企んでるんだそうだ。成る程。この眺めを見たらそうしようと思うのもわかる気がするな。まあ、私としては長い目で見るとリゾート地にすると損な事の方が多いと思いますが。私としては、こういう所は変わって欲しくないなと後で合流したEさんと別宅の前に広がる海岸で風に吹かれながら思いました。

(・・・別宅!!なんとレッチェだけでなく、オトラントにも立派な家があった!Eさんは大金持ちの家の娘だったのか!?)

海のおかげで完全に目が覚めたので元気に散策。Eさんによると「ヨーロッパ一の床モザイク」があると言う教会を見学する。入り口から祭壇まで木がすっと伸びてて、枝の間にアレクサンダー大王やアーサー王、ノアの洪水の場面なんかが描かれている。デザインは素朴ながら保存状態も良いので、ヨーロッパ一かどうかはともかく確かに良いモザイクでした。

282しかし、床の大半をモザイクが占めてて、保存の為に柵で囲って立ち入りを禁止してるんだけど、教会としては使ってるんだろうか?ミサの時とかどうしてるんでしょうね?

昼に用事を済ませたEさんたちと合流してレッチェに戻った。

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2008年5月 6日 (火)

ターラント。

1_2 南イタリア旅行2日目。朝7時前に起きてターラントに行く。レッチェから電車で西へ2時間ぐらいの所にある町。港町でイタリア最大の軍港もあります。古代ギリシアの植民地だった頃の名残が現在でもどことなく漂う町。ここも7年前にレッチェを旅行した時に立ち寄っています。

この町にも知人が一人います。アルマンド・ブラージ君という彫金家で、コルシーニの職人展でこの3年間、私の隣のブースで展示していたので知り合った。今年30歳になったので私より年下です。最近は私より若い職人さんを見る事が多くなりましたなあ。私もそろそろ中堅どころって事でしょうか・・・。画像がアルマンド君です。適当にマウスで描いたんだけど、だいたいこんな感じです。ハゲでデブでヒゲです。「タコ坊主」って感じですね。見た目通りのんびりした子です。(でも彫金家としての実力はなかなかのもんですけどね。)

188 職人展の時に「一度遊びに来いよ。」と言われてたんだけど、普通フィレンツェからターラントくんだりまで遊びに行く物好きな外国人はおらんわな。

という訳で、アポなしで訪問して驚かせてやろうと思い、町をブラブラした後で彼の工房に行って来ました。案の定「あっ!!なんでここに!?」と言われました。しかし、その時は絶え間なくお客さんがやって来て、アルマンド君は接客に忙しかったので、ようやく「女友達がレッチェに住んでいるので、遊びに来たついでにここまで来た。」という事を言ったのは再会1時間半後でした。

彼の工房も取材したかったのですが、接客に忙殺されてたんで時間切れ。私は昼過ぎにはレッチェに戻らなきゃいけなかったしね。彼の家で昼ごはんを作ってもらって、一緒に食べて、楽しくお喋りをして駅まで送ってもらいました。アルマンドの工房を取材出来なかったのは残念だけど、彼と友達にはなれたかな。

しかし、7年前に旅行した時はいつも一人でメシを食ってたけど、今回の旅行ではいつも誰かと一緒に食べてるなあ。私も幸せ者ですねえ。

Firenze021 「今度来る時は泊めてやるよ。どうせオレ一人暮らしだしよ。」と言われました。今後ターラントに行く機会があるかどうかわからないけど、この地方の職人仕事を取材する時は力を貸してもらおう。

夕方レッチェに戻ってEさんの家の離れで夕御飯の準備。この日は私が和食を作った。一宿一飯の恩があるので。釜飯(正確には鍋で炊いたので鍋飯)と鶏の唐揚げとワカメの味噌汁と和風サラダというメニュー。Eさんの両親と弟さん、友人を2人招いての夕食会。彼らが美味しく食べてくれたかどうかわからないけど、感謝の意は表現出来たかなと思います。

写真は2点共ターラントです。ただし下のモノクロの写真は7年前に旅行した時に撮ったもの。

上の写真は駅から橋を渡った所にある市街への入り口広場。海風にさらされて廃墟寸前の建物が多い。写真の広場はそれなりに整備されてるので新しい建物も見えるけどね。この辺りのアンバランスな所がこの町の魅力かな。

下の写真は漁を終えて片付けをしている所です。手前の男の人なんか、いかにも漁師さんって感じで良いですね。こういうのも切り絵にしたいんだなあ。

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2008年5月 5日 (月)

南イタリア旅行。レッチェへ。

Italy_map さてフィレンツェでの挨拶回りと、マリア・ジャンニーニさんの取材を終えた後、南イタリアに旅行に行きました。

昨年までトリノに住んでいた女友達のEさん。彼女は3年前にフィレンツェで知り合ったのですが、その後トリノに彼氏が出来たのでトリノへ引っ越した。だから一昨年・昨年とトリノへ会いに行ってたんですが、最近彼氏と別れたったので、生まれ故郷のレッチェに帰ってしまった。

「今年はレッチェまで来てよ。」

と言われました。・・・レッチェかあ。遠いんだよなあ。トリノならフィレンツェから5時間ぐらいでいけるのですが、レッチェとなるとまずボローニャまで出て、そこから東側の海岸を南下してレッチェへというルートですね。南へ行くのに何で北上してボローニャまで行かなきゃならんかと言うと、イタリアは背骨のようにアペニン山脈が通っているので、そこを回り込むようにしか移動出来ないんです。フィレンツェからレッチェまで所要時間は12時間。うーん・・・。名古屋からパリへ飛ぶのと同じぐらいの時間ですな。でも調べてみると寝台車があるので、11時にフィレンツェ発。1時間後ボローニャに到着。1時間待ったらレッチェ行きの電車がやって来て、レッチェ到着は翌日の午前11時。寝てる間に移動出来る。じゃあ行きますかって事で、いざ出発!!

ボローニャで1時間次の電車が遅れたので眠かったけど(夜中の0時から2時まで待たされたからね。)おおむね良好な旅でした。私寝台車って、けっこう好きです。電車の揺れに身を任せつつまどろむのって遠い所を旅してるって感じで。予定より1時間遅れてレッチェに到着。駅に着いたらEさんが待っててくれました。

126_2  この日はEさんのご両親に挨拶して、お昼ご飯を作ってもらって一緒に食べました。その後、市内を散策。画像はレッチェのドゥオーモ(その町で一番重要な教会の事ね。)です。実はレッチェは2回目なのです。7年前に一人旅をしてたので、このドゥオーモも前に見た事があるのです。でもいつも見慣れてるフィレンツェのドゥオーモと雰囲気違ってて、こちらも好きですね。いかにも南イタリアって感じで。

市内をうろついてるうちに夕方になったので、Eさんの運転する車でちょっと離れた土地のレストランへ夕食を食べに行く。典型的な南イタリア料理。パスタは抜いて、たくさんの種類の前菜を頼んで、その後ソーセージと羊の焼き肉を食べました。美味しかったなあ。(夜中にこういう文章を書くのってつらいですね。お腹減ってきた・・・。)

帰りは道に迷いました。Eさんは11年フィレンツェで暮らして、その後2年はトリノだったから、生まれ故郷の土地勘があまり無いみたい。まあでも夜中のドライブもけっこう楽しいもんである。物事がきっちり動くに越した事はないけど、無駄な時間を楽しむってのも贅沢な時間の使い方って感じがしますな。

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2008年5月 4日 (日)

マーブルペーパー職人 マリア・ジャンニーニ

037 フィレンツェ到着後しばらくは挨拶回りに忙しい。友人、知人、日頃お世話になってる職人さんや昨年取材させてもらった職人さん等。挨拶回りだけで3日ぐらいつぶれます。帰国前にも挨拶回りをするのですが、一度数えてみたら一日に17軒回った事がありました。コーヒーをご馳走してくれる職人さんも多いので、ありがたく頂戴してると腹がダボダボになります。

切り絵が完成した職人さんにはA4サイズにプリントした写真と和菓子をお礼に持って行ってます。私が持って行く和菓子は地元の老舗、備前屋の銘菓「手風琴のしらべ」。パイ生地の中に餡子が入ってて私の好物です。イタリア人にも受けてますよ。

さて、そのように再会した職人さんの一人、エンリコ・ジャンニーニさん。昨年取材させてもらいました。(切り絵のほうは今年の2月に完成させました。公開は11月の名古屋の個展にて。)この方はフィレンツェのピッティ宮殿の向かいにある文房具屋さん「ジュリオ・ジャンニーニ父子商会」の代表でしたが、店を娘に譲って自分は近くに工房を開けて自分の好きな仕事だけやってます。理想的な職人生活ですね。

彼らの店で扱う商品はフィレンツェペーパーで装飾した文房具です。日本でも有名なお店ですね。実は現在は文房具屋さんとして観光客でにぎわっていますが、元々は製本行が本業なのです。製本と言っても普通の本屋さんで売ってるような本ではなく、一冊ずつ手作りされた革で装丁され金箔で装飾された豪華本です。

エンリコ・ジャンニーニさんの切り絵は製本職人として制作したので、では今年はフィレンツェペーパーの制作風景を娘のマリアさんで切り絵にしようと思い、エンリコさんに紹介してもらいました。気風の良いおねえちゃんって感じの方でしたね。後日、店を開ける前にフィレンツェペーパーの実演をしてもらいました。いろんな工房を訪ねたけど、開店前に入れてもらったのは初めてだなあ。

墨流しの要領で海草で作った糊を溶かした水に絵の具を数滴たらし、針や櫛でチョチョイと模様を描いて紙をあててローラーで巻き取ると出来る。上の写真は櫛で模様を描いているところですね。下の写真が完成品。これは孔雀の羽のような感じですね。この他にもいろんな模様があって、大理石のような模様も出来るので、別名をマーブルペーパーとも言います。

Img_3314 ジャンニーニさんのお店は創業は1856年。上の写真でマリアさんが働いているのはお店の2階、別室には150年前から保存されている製本の機械が並べられていて博物館のようです。

滞在後半、近くの廃教会で職人仕事の講演会みたいなのがあって、エンリコさんもフィレンツェペーパーの実演をやってたので見に行きました。エンリコさんは大勢のお客さんに囲まれてたんだけど、私の姿を見て手を上げて会釈してくれた。他のお客さんは一斉に私を見るので、私は手を上げたまま固まっちゃいました。何か気恥ずかしかったですねえ・・・。

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2008年5月 2日 (金)

帽子木型職人 ルチアーノ・ビーニ

1512_2  今日からしばらくの間、4月2日から30日までのイタリア滞在の事を書いて行きます。

画像は帽子の木型職人、ルチアーノ・ビーニさん。イタリア出発前にブログに書いたロベルト・ビーニさんの10歳上のお兄さんです。昨年・今年と下宿させてもらった部屋の大家さんでもあります。(昨年はロベルトさんが大家だったのですが、彼が8月に亡くなった後はルチアーノさんが大家を引き継いだのです。)

実はルチアーノさんとは今まで喋った事が無かったのです。私けっこう人見知りする性質なので、話しかけるきっかけを逃すとずっと喋れないんです。多分ルチアーノさんも私のことは知らないだろうなと。昨年下宿させてもらった部屋を今年も借りる事になったので、良い機会なので到着した翌日に挨拶に行きました。

自己紹介するついでにロベルトさんの切り絵の写真もあげようと思ってA4のサイズにプリントして持って行きました。

「今日は。あの、私はこの絵を描いた・・・。」と言ってルチアーノさんに写真を差し出すと、えらく驚いた様子。

「あーっ!!君だったのか!?君の事をずっと探してたんだ!!」

ロベルトさんのお葬式の後で、私の作品の前で2人で写った写真が出て来て、ロベルトの奥さんが「何だろう、この絵?」と興味を持ったんだそうです。遺品の整理をした時に、ロベルトさんにあげたA4サイズの作品の写真は出て来たから、どんな作品なのかはわかったのです。「しかし、この絵を描いたであろう、ロベルトと一緒に写真に写ってる彼は何者で、現在この作品はどこにあるのか?」

この半年間、遺族の間でミステリーだったんだそうです。彼らの持ち家で長年下宿しているYさんは私の昔のバイト仲間なので、Yさんに聞けばすぐにわかったんだけどね。

「いやあ、実は一年前にも一ヶ月間あなた方の家に住まわせてもらいまして、今回も1ヶ月間下宿さてもらいますので、どうぞよろしく。」

「えっ!? さっきYとお昼ご飯を食べてて聞いたんだけど、今月住むYの友達って君の事だったの? そうか、そうだったんだ・・・。」

と、一気にすべての謎が解けたので嬉しそうでした。

一つ4月1日の記事で間違えた情報があるので訂正。ビーニ工房を閉めると書きましたが、規模は縮小するけどまだしばらくの間は続けるんだそうです。新しい職人さんも一人入ったそうです。

こうなるとルチアーノさんも切り絵にしたくなりました。何だかすごく良い感じに知り合っちゃったし。(ロベルトさんの生きてるうちに作れば良かったと後悔もしてるけどね。)画像はロベルトさんの切り絵と同じ構図で撮影したけど、ルチアーノさんの切り絵を同じ構図・同じサイズで対になるように作るか、全く新しいアプローチでやってみるか迷うとこですね。あの切り絵を作ったのは6年も前なので同じ構図で作っても雰囲気がちょっと違う物になりそうですが・・・。

で、帰国寸前にロベルトさんの遺族の方々と協議の結果、切り絵を買ってもらう事になりました!多分ロベルトさんの娘さんの所に行く事になりそうです。彼らがどんな気持ちで私の作品の事を考えてくれてたかと思うと、胸が詰まりそうになります。イタリア最後の晩にYさんと、もう一人の同居人のEちゃん(彼女もこの家に長く住んでます。)にも話が伝わってたので、2人とも喜んでくれました。ロベルトさんを知る人たちに、こういう形で関われて思い出を共有できて・・・。今回ほど職人シリーズを続けてきて良かったって思ったことは無いですね。

ルチアーノさんとも今回の滞在で仲良くなれました。柔和で優しい人です。Yさんも呼んで一緒に昼ごはんに連れてってもらったしね。頑張って彼の切り絵も作らなきゃ。

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