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2008年5月27日 (火)

今やってる事。

Img_5651 7月に東京で開かれる合同展示会に1点だけ出品するので、制作に励んでおります。

画像はモーツァルトのピアノソナタの楽譜。楽譜をケント紙にコピーして切ってみました。(各段落の間はまだ切ってないですけどね。)細い線なので、切るのが大変です。1枚切るのに1日半ぐらいかかるかな。

3枚の楽譜を切ったのですが、切った後でミスに気が付いた。切らなくてもいいページをコピーして切ってました。当然これは使えないので、もう1枚切らなきゃ。

3日も連続して切ってると指が限界です。ナイフ持つのが痛くって・・・。指が青くなってますからね。

で、苦労してやってますが、これは作品ではないのです。作品に使う型紙なのです。これを作品にあてて、エアブラシで絵の具を吹き付けて、それを切る。今回初めて使う技術ですね。実験では面白い効果が出ましたが、いざ作品にしてみるとどうなるか。完成してみないとわからない。

今作ってる作品はフィレンツェの職人シリーズです。フォルテピアノという現在のピアノの原型となった古楽器があるのですが、それを修復する工房がフィレンツェにあるのです。女性3人でやってる工房ですが、面白い雰囲気ですよ。宮﨑駿のアニメに出てきそうな感じです。取材したのは2年前なので、職人さんたちには待たせてしまって申し訳ないですね。

この工房で2点の切り絵を作ろうと思ってます。2部屋あるのですが、両方とも絵になるので、片方だけ捨てるのは惜しい。職人さんも3人いることだし、私が取材に行った時は1人と2人に分かれて別の作業をしていたから違う場面をそれぞれ切り絵にする方が良いかも・・・。

という事でまず70×90cmで下絵を描きました。充分でかいけど、これが終わったら更に大きい作品をやります。昨年の作品で1×1、5mってのがあったので、もっと大きくしよう。

現在切ってる楽譜はこの作品に使います。新しい表現ではあるけど、今までやってきた事の応用ですね。進歩してる事をアピール出来れば嬉しいんだけどな。

楽譜を切りながら頭の中で新しい技術をシミュレーションしてるんだけど、とても難しい。高度な技術が必要ってわけじゃないんだけど、ものすごく時間がかかりそうなんです。でも思いついた以上は実現させないとね。イタリアでいろんな仕事を見せてもらったから、私も燃えざるをえないですからな。いくつかの仕事は人間業を超えてたから・・・。

・・・眠くなって来た。もう寝ます。校正する気力が無いので、読んでてわかりづらいかもしれませんがご容赦を。

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2008年5月21日 (水)

彫刻鋳造工房 マリネッリ。

さて、アルノ川沿いの彫刻のお店、バザンティさんに紹介してもらった彫刻鋳造工房 マリネッリさん。ここはフィレンツェからバスで1時間ぐらいの所にあるバルベリーノ・バル・デルザという所にあります。その日、朝一番でバルベリーノに行ったのですが、ツーリスト・インフォメーションで場所を聞いてみたら、わからないと言われました。バルベリーノと言ってもけっこう広いから、端の方にあるらしく、むしろバスの終点であるポッジボンシの方が近いから、そちらのインフォメーションで聞いてくれと。納得しましたが、この辺のバスは1時間に1本なんですよね。

そこからまた20分ほどでポッジボンシに着いてインフォメーションで聞いてみたら「ここはポッジボンシだからバルベリーノの事は管轄外でわからない。」と言われました。ただポッジボンシとバルベリーノの郊外に工業団地があるので、多分そこじゃないかと教えてくれました。まあツーリスト・インフォメーションは本来旅行者のためのインフォメーションであって、工業団地を訪ねる旅行者なんていないわな、普通。

しかたないのでマリネッリさんに電話をかけて聞いてみたら「タクシーを見つけなさい。運転手に代われば行き方を説明してあげるから。」と言われました。えー、最初からそうすれば良かったんですけどね。知らない所に電話するのは緊張するのです。

そんなこんなで、ちょっとした冒険気分も味わったマリネッリ訪問。バザンティのオーナーさんが私の事を全部説明してくれてたようで、到着後もこれまでに無いほどすんなりと取材させてもらいました。一通り工場を一巡した後は「どこでも好きに撮ってかまわないよ。」というありがたいお言葉。遠慮なく撮らせてもらいました。

328_2というわけで1枚目は「まさにこれが見たかった!!」と思ってたミケランジェロのダビデ像。ブロンズ製ですね。昨日のブログの写真のように最終的には真っ黒になる。

大体の彫刻は分割して鋳造して、最後につなぎ合わせるのです。このダビデ像も溶接してる所ですね。336_2 

今回の取材では溶かした金属を流し込む鋳造の場面が見れなかったのですが、型というのは分割してある上にシリコンで囲ってしまうと原型が何かわからなくなるのです。だから切り絵にするのであれば、つなぎ合わせて形がわかる物を仕上げてる場面の方が面白いかもしれませんんね。

2枚目、珍しいアングルでしょう?

ダビデ像の頭です。イタリア行きの前に「ダビデ像のうなじを見ておいで♪」と言われましたが、うなじどころじゃないのである。このアングルだとつむじが見れます。

340_2 

3枚目はフィレンツェのメルカートヌォーボの猪。分割されてる様子が良くわかりますね。下あごや四肢がまだ付いてない状態。猪の向こうには台座があいます。こういう、オリジナルから型を取って鋳造しても彫りは甘くなるので、彫金刀や鑢を使ってシャープにする必要がある。作業としてはブロンズ職人と同じですね。

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4枚目はヴェロッキオのダビデ像。完成間近ですね。これはオリジナルの彫刻もブロンズ製なので、本物と見分けがつかないですね。同じのが何体もあるのはちょっと不思議な気分です。さっきのミケランジェロのダビデ像の横でも、もう1体作ってました。

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5枚目、女の子が作っているのはドナテッロのダビデ像の胸から上の部分。(ダビデ像ばっかしね。)赤いのは蝋です。これを型に貼り付けて行き、シリコンで覆う。

作業自体はブロンズの彫刻がこの世界に存在した時から同じ方法ですね。シリコンや蝋など、素材は現代の物なんだけど、技術自体は大昔から変わらない。日本のならの大仏も同じ技法で作られてるんですね。

6枚目はミケランジェロのピエタ。バチカンのサンピエトロにある彫刻ですね。オリジナルは大理石なので白いのですけどね。

水洗いした後の状態。ここまで来るとほぼ完成に見えるけど、これからまだ表面をバーナーであぶって焼き色を付けたりするんだそうです。598_2

最後に工房の皆さんと。640 丁度昼休みになったので、作業をやめてワラワラ集まって来ました。この工房では10人ぐらい働いてるかな。写真は私の作品のアルバムを見てるところです。「すごい事をやるんだねえ。」と感心されました。「いや、それはあなた達の仕事の方が凄いと思うけど・・・。」と言い返した。

みんな性格の良さそうな人たちでした。作ってる物も凄いから働いてて楽しそうだし・・・。

切り絵やめて、いっそここに就職したいと思いました!!

いや、別に彼らから「ここに就職しない?」と聞かれたわけじゃないので、勝手にそう思ったんですけどね。

ともあれ、想像以上の良い物を見せてもらったので、地に足が着いてないほど大喜びして駅への道を歩きました。行きはタクシーだったけど、2キロ程度まっすぐ歩くだけだったので。

今回のイタリア滞在での取材はここで終了。合計8軒、良いものをたくさん見せてもらいました。11月の名古屋、来年の秋の東京の個展に向けて、目の前にある物を全部吹っ飛ばすぐらい凄い作品を作ろう♪

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2008年5月20日 (火)

彫刻複製工房を訪ねる。

Firenze022 今回の取材の目玉。アルノ川沿いに「バザンティ」というブロンズと大理石の彫刻を売っている店があります。オリジナルの彫刻から型を取って複製するので、店内にはフィレンツェはもとより、イタリア各地で見られる有名な彫刻が所狭しと並べられています。川沿いにあるので外からも見えるし、松山猛さんの本「ヴィヴァ!イタリアの職人たち」という本にも紹介されています。ここ数年この工房は是非取材したいなと思っていたのですが、扱う物があまりにも高価なため気後れしていたのです。

このブログでは、いかにも簡単に取材してるように思えるでしょうが、工房のOKをもらうのはけっこう大変なんです。最近は中国人がコピー商品を作ったりするので、スパイと勘違いされて断られたりします。実は今回の滞在でも5軒取材出来なかった工房があるのです。(5軒全部がスパイ扱いされたわけではないですけどね。工房が修復中で不可能だった工房もあります。)扱っている物が高価だと店の秘密もあるでしょうから、ガードは固いでしょうね。

画像はミケランジェロのダビデ像のコピー。オリジナルは大理石ですがブロンズで置き換えられるとこうなる。白いダビデ像も美しいが、漆黒のダビデ像も素晴らしいね。流石にお店には実物は置いてなかったけど、この写真がお店に飾ってあったのです。こんなのばっかり置いてある店なのです。イタリアの職人仕事の中でも最も高価な物を扱ってるでしょうね。このダビデ像、何億円するんだろう・・・。

多分断られるだろうなあと思いつつ、駄目で元々だと開き直って、日本から取材のお願いの手紙を出しておいた。(この手紙を書くのに相当苦労しました。かしこまった文章を書くのは日本語でも疲れます。)で、フィレンツェ到着後、勇気を出して訪ねてみました。

お店には松山さんの本にも登場してたオーナーの方がいました。ああこの方だなと思い挨拶しました。手紙は無事に届いてたようで、すぐにOKを出してもらいました。

・・・「案ずるより産むが易し」とはこの事だな。ただ彫刻の複製はこの工房で行っているのではなく、フィレンツェ郊外のバルベリーノ・バル・デルザという所にあるそうです。確かに溶かした金属を型に流し込むなんて事はフィレンツェの街中では出来るわけないですね。アルノ川沿いの店は工房ではなくショウルームという事でした。その場で鋳造をやっている工房へ電話を入れてくれて、予約までしてもらいました。工房の名前は「マリネッリ」。3日後に取材に行く事になりました。どんな光景が見れるのかワクワクしつつ店を出ました。

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2008年5月18日 (日)

バイオリン職人 ステファノ・コニア

1077 7軒目の職人さんです。バイオリン職人のステファノ・コニアさん。

昨年11月に東京で開かれた弦楽器フェアでバイオリンの販売店「イル・ヴィオリーノ・マジコ」サンと知り合いました。これまでにもバイオリン職人の切り絵は何度か作ってましたが、全部フィレンツェで働いている職人さんでした。やっぱり一度はバイオリンの本場であるクレモナに工房を構える職人さんを取材したいので、「どこかクレモナに絵になる工房は無いでしょうか?」とマジコさんに問い合わせた所、この方を紹介してもらいました。

クレモナは初めて行きました。フィレンツェからだと1回か2回電車を乗り換えて4時間ぐらいの所ですね。初めての土地なので旅行気分で楽しかったですね。上の写真はクレモナのドゥオーモ(町の一番重要な教会)です。ドゥオーモ前の広場からは大き過ぎてカメラのフレームに収まらない。

クレモナの町は古い部分と現代的な部分が上手く調和していて、落ち着いた良い町でした。住みやすそうでしたね。

で、当然バイオリンの制作で有名な町なので、バイオリンを担いだ人をよく見かけました。

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下の写真がステファノ・コニアさん。40年同じ場所でバイオリンを制作されてます。一見、無愛想な感じに見えましたが、時々冗談を飛ばしてましたな。

今年も11月に開かれる東京の弦楽器フェアには行かないつもりだったらしいのですが、(飛行機が疲れるから嫌なんだそうです。)私と話してるうちに気が変わったみたいです。

「弦楽器フェアで会おう。そして一緒にSAKEを飲もう!」と言われました。

よっしゃあ!望む所だ!!まあ私は酒はそんなに飲めませんが、そのように言われたら何としてでも11月までに作品を仕上げて、弦楽器フェアに持って行こうじゃないですか!・・・しかし、これで3年連続でバイオリン職人の切り絵を作る事になるなあ。

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2008年5月17日 (土)

旋盤職人 マッシモ・カパンニ。

昨日からフィレンツェではコルシーニ庭園の職人展が始まってます。年々常連の職人さんが参加をやめていきます。(私もその内の一人ですね。)残ったので私の友達と言うと、彫金のペンコ、ぺステッリ、ガラスのロッキ、ブロンズのバンキ、ブロンゼット、銀のフォリア、陶芸のパンパローニ、以上7軒ですか。ずいぶん少なくなったなあ。今年は私の紹介でフィレンツェモザイクのマルッチさんも参加してます。共同で展示している友達のyossyさんが職人展のレポートをしています。これでどんな感じかわかりますが、この5年ずっと参加して来た展示会なので、外から様子を見るのは変な感じですな。ちょっと寂しいかも・・・。

何となく声が聞きたくなって(我ながら女々しいなあ。)yossiさんやペンコさんの弟子のAさん、フォリアのMさんに電話してみました。なんか楽しそうだったなあ。オレ抜きでお祭りをやってるみたいで、やっぱり寂しいですねえ。まあ参加するとなると手間とお金がえらい事になるわけですけどね。

1399 気を取り直して職人さんの紹介をば。6軒目の職人さんは旋盤職人のマッシモ・カパンニさん。

旋盤とは軸に工作物を固定して、回転させた物に刃物をあてて切削したり、圧力を加えて変形させたりする機械の事です。軸に対して対称の物(つまり円形の物)を作るわけですね。

ここは銀細工のフォリアさんの紹介です。フォリア工房では銀のカップやボウル、皿なんかにタガネで彫刻をして行くのですが、その原型となる物をマッシモさんが作ってます。下請けの職人さんなので表に出て目立つという事はないのですが、彼らがいてこそ職人の文化が支えられていると言えるでしょうね。

写真ではわかりにくいのですが、旋盤の機械を動かす時は振動がすごいので、機械に体をベルトで固定して作業します。また右胸には革のあて物をしています。中世の鎧みたいですね。最初、平べったいディスク状の金属板が、みるみるカップ状に変形して行くのは見ていて面白かったです。ただ、それをどう切り絵で表現するのか難しいでしょうけどね。

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2008年5月16日 (金)

チェンバロ職人 二コラ・パオリ

994 職人シリーズ用の取材5軒目。チェンバロ職人の二コラ・パオリさん。

チェンバロは16世紀にイタリアで発明されたピアノに似た楽器です。とても繊細な音が出ます。

この方の息子さんの彼女がミクシィをやってるのですが、偶々その方のページを見てみたらプロフィールの欄に「チェンバロ職人と一緒に住んでます。」とあったので、早速メールを送りました。その結果、取材させてもらう事になったのです。ミクシィは便利だねえ。

フィレンツェからバスで50分ぐらい行った所のサン・ドナート・イン・コッリーナと言う所に住んでいます。フィレンツェからこれぐらい離れると完全に山の中。曲がりくねった山道をバスは進む。フィレンツェって山に囲まれた盆地だったんだという事を再確認しました。 下の写真がニコラさんの家の近くから見たフィレンツェ。真ん中左よりに、白く小さく光って見えるのがアルノ川です。1025

ニコラさんは小さい城のような家の一室を工房として使ってました。建物が古いせいか、穴倉のような印象を受けました。この日は紹介してくれた息子さんの彼女は不在。私とすれ違いでフィレンツェに行ってたんだそうです。結局会えずじまいでしたね。挨拶ぐらいはしたかったのですけど。まあ次回イタリアに行く時はお礼をしよう。

話をしてみると、いろいろ共通の知人がいました。バイオリンのベットーリさんは同じ楽器職人だから知り合いでも不思議じゃないけど、禅をやってて日本語を喋るおばちゃんの事も知ってたのには笑いました。久々にその方の名前を聞いたので。フィレンツェは狭い町ですな。

どうもこの方は粗忽な人みたいで、写真を撮る前にちょっとだけお喋りをしたら夢中になって話が止まらない。で、一息ついて「ところでコーヒーのみに行かない?」と言われました。

コーヒーは良いんですけど、まず写真を撮らせてもらわないといけないのです。フィレンツェに戻るバスもそんなに本数無いし。「あの、まず写真を先に・・・・。」と言ったら「ああ、そうだった。」ですって。取材が終わった後、バールにコーヒーを飲みに行ったのですが「そうだ、コーヒーを買わなきゃ。」と言い出した。家で飲むコーヒーが足りなくなったんだそうです。で、結局コーヒーを買い忘れてバールを出て来た。・・・お茶目。

上の写真は弦を張っている所ですね。あまり写真を撮られることに慣れてないようで、どうしたらいいのか戸惑っている様子だったので、「いつも通り普通に」働いてもらいました。働き出したら真剣そのもので、大変良い写真が撮れましたな。チェンバロも絵になるし、良い作品が出来そうです。

ニコラさんの工房を辞去してフィレンツェに戻ったら夜20:00でした。けっこう遠かったなあ。でも何故か次の日にフィレンツェのドゥオーモの前でニコラさんと会いました。広いのか狭いのか、わからん土地だなあ。

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2008年5月15日 (木)

ブロンズ職人 ランベルト・バンキ

Banchi004 南イタリア・ローマ旅行からフィレンツェに戻り、取材活動を再開する。

ブロンズ職人 ランベルト・バンキさん。写真は5年前の職人展で彼らのブースで撮ったもの。ブロンズや真鍮なんかでいろんな物を作ってます。写真のフレームが人気商品ですね。

バンキさんについては、このブログでも度々登場しているので、こちらこちらをご覧下さい。

バンキさんの切り絵5年前に制作しています。ただ実験的な作品なので、当時からどうも気に入らなくて・・・。いずれは再挑戦しようと思ってたんですけどね。

「絵になる工房で、絵になる職人が、絵になるポーズ・絵になる角度で、絵になる物を作る。」とこれらの条件が全部そろうと良い作品が出来ます。そうそう私の都合の良い場面に遭遇するのは滅多に無いのです。だから作品にする時は良い作品になるように多少はアレンジするんですけどね。

バンキさんの所は上述の条件が全て揃っているのですが、それらが上手くかみ合った場面ではなかったのです。という訳で、時々彼らの工房に遊びに行ってたんですが、この3年間ほどは常にシャッターチャンスを狙ってました。

で、今回ようやく良い場面に遭遇しました。今このブログでその写真を公開してしまうとネタバレになるので見せないけどね。本来こうやって何度も通って、良い場面を待つというのが正しい取材ですな。フィレンツェに1ヶ月だけしか滞在しないので、そんなチャンスは少ないし、頻繁に出入りしては彼らの仕事の邪魔ですからね。いずれにしろ大変良い取材が出来ました。

ところでランベルト・バンキさんは最近「サン・ジョバンニ協会の職人賞」というのを受賞されたんだそうです。イタリアの新聞ラ・レプブリカのトスカーナ版にも記事が載ってました。その記事を読んでみたら「・・・受賞されたのはロレンツォ・バンキ氏で・・・。」と書いてありました。

「・・・誰?ロレンツォ・バンキって?」

「いやあ、間違えたんだろうね。多分ランベルトもロレンツォもLで始まるから、パソコンにLを打った時に登録してあったのがロレンツォだったから出て来ちゃったんじゃないかと思うよ。」

と、息子のドゥッチョさんが笑いながら言ってました。・・・ロレンツォ・バンキさんだって。バンキ家第3の男かよ?って言うか、ラ・レプブリカは全国紙なんだから間違えんなよ・・・。

この話を彫金家のパオロ・ペンコさんにもしたんです。(バンキさんの受賞した盾はペンコさんが作ったのです。)

「なんだ、そんな程度か。これを見ろ。」

と言って雑誌を取り出した。見ると1ページ丸ごとペンコさんの記事。

「ここを見ろ。Paolo Pemko(パオロ・ペムコ) Paolo Pnko(パオロ・プンコ)  Paolo Pinko(パオロ・ピンコ)Palo Penko(パロ・ペンコ)・・・。こんなにある。」

誤植だらけの酷い記事でした。この手のミスがイタリアでは非常に多い。まあ一々気にしてると、やって行けないんだけどね。

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2008年5月12日 (月)

例のワイン。

Vino1 以前このブログで書いた、バイオリン職人パオロ・ベットーリさんのワイン。昨年の7月に彼の切り絵を完成させたら、気に入ってくれて、お客さんに配るワインのエチケット(ラベルの事ね。)にデザインを使わせてくれと頼まれたのです。

11月に東京で行われた弦楽器フェアに来られた時に、このワインを1本だけ持ってきたのですが、その時は私はもらえませんでした。この切り絵を買ってくれた私のお客さん(娘さんがベットーリさん作のチェロを弾いてます。)にプレゼントしてくれたんです。お客さんも感動するほど喜んでくれたので、私としても満足でした。

で、今回の滞在で私も貰いました。日本に持って帰るのは重いから嫌なので、フィレンツェ在住の日本人の友達と飲んじゃいました。ワインを提供したので食事は友達に作ってもらった。

この友達はソムリエをやってるのですが、かなり美味しいワインとの評価でした。いや実際美味しかった!

・・・何故かブスーとした顔で写ってますが、機嫌良いのです。これでも。美味い料理に酒、気の合う友達と過ごすフィレンツェの夜・・・。Vino2

空になったボトルのみ記念に日本に持ち帰りました。

こういう風に私の作品を使ってくれるのって嬉しいですね。絵葉書や名刺に使ってくれた職人さんもいるし、油絵用の大きなカンバスに印刷して店に置いてくれた職人さんもいます。ワインのエチケットに使うってのは考えてもみませんでしたけどね。誰かまたやってくれないかな。

一番下の写真が元になった切り絵。バイオリン職人のパオロ・ベットーリさん。サイズは75×75cmです。バイオリン本体にニスを塗っている場面ですね。床に描き込んである楽譜は私のファンタジーです。

ベットーリさんの工房は奥さんと長男、長女、次男がバイオリン職人として働いています。昨年初めてこの工房を訪ねた時は息子さん2人は旅行中で会えなかったんだけど、今回は会えました。その代わり娘さんの姿は見なかったな。

お土産に備前屋の手風琴(小豆パイです。私の好物。)を持って行ったら5分で無くなった。5個入りのを持ってたんですけどね。けっこうイタリア人にも評判は良いのですが、一瞬で消えたのは初めてかもね。美味い美味いと言って食べてくれたのは嬉しいけど、息子のうち1人が2つ食べてたので、この時不在だった娘さんは食べてなかったわけだが・・・。

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2008年5月11日 (日)

ローマからフィレンツェへ。

793 ローマ最終日。朝7:00に起きて荷物をまとめてホテルをチェックアウトする。この日に回ったのはコロッセオとトラヤヌスのフォロ、フォロ・ロマーノ。中に入って見学したいのですが、時間が無いので外から写真撮影したのみ。(前日のカラカラ浴場は中に入ったけどね。)

まあ後で切り絵にする為の取材旅行なので、とりあえず外見だけでよろしいかなと。コロッセオやフォロ・ロマーノだけでなくローマの名所は何度か来て写真も撮ってるんだけど、制作用の資料としては使えない。具体的に、このサイズ制作するっていうイメージが固まってないと写真を撮っても無駄になる。今回のローマの取材旅行は相当駆け足だったけど、来年のミニシリーズのネタとしては充分ですね。

それでも今回ドムス・アウレアに行きそびれたなあ。それから美術館とかは行きませんでしたね。次のイタリア滞在でもローマに行こうかな。ベネツィアも行かなきゃならんので大変そうだけど。(そもそも次回のイタリア行きがいつになるのかわからん。)

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画像は上がコロッセオ。下がフォロ・ロマーノです。

ローマを堪能したのでフィレンツェに戻った。6泊7日の旅行でしたが、疲れましたな。そのうち2日は電車の中で寝たしね。フィレンツェに着いたら家に帰って来たような気がして、ホッとしました。

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2008年5月10日 (土)

アッピア街道を行く。

620 ローマ2日目。この日回ったのはポポロ広場、カラカラ浴場、アッピア街道、チルコマッシモ、真実の口があるサンタ・マリア・イン・コスメディン教会、ティベルティーナ島、カンピドーリオの丘、V・エマヌエレのモニュメント。カラカラ浴場とアッピア街道は初めて行きました。

上の写真はカラカラ浴場。運動で汗を流した後、風呂に入れる、現在のトレーニングジムと健康ランドを合わせたような施設です。この日は天気はあまり良くなくて時々雨が降ってました。

641 で、本日の目玉のアッピア街道。「地球の歩き方」によると、「カラカラ浴場から歩くのがよい」とあるので歩いてみたが、写真のように古代ローマ時代に敷設された旧街道までたどり着くのに1時間以上かかりました。確かにアッピア街道には違いないのですが、アスファルトで舗装された普通の道路なので、歩いてても面白くないし、おまけに道幅が狭い上に交通量も多いから少々危ない。まあ初めて行く場所なので、途中に何か良いものがあるかもしれないので歩いてみましたが、帰りはバスを使いました。

旧街道まで行くと雨も止んで歩いてて気持ち良かったです。街道沿いにはカタコンベ(骸骨寺院)なんぞもありましたが、そういうのはご遠慮してひたすら歩く。

この旧街道、いつまで歩いても終わりが無いので適当な所で引き返しました。車が通らないから当然、ローマ市内へ戻るバスも無いし、一つも街灯が無いので夜は真っ暗になるから早めに帰った方が良さそうなので。この日は6時間ぐらい歩いたので、少なく見積もっても25キロは歩いたかな。でも足にマメ一つ出来なかった。日頃のトレーニングの成果だろうか。

旧街道の入り口からバスに乗って市内へ戻り、ブラブラ歩いて夕食。かねて食べたかったコーダ・アッラ・バチナッラを食べる。729 オックステールの煮込み料理ですね。給仕は無愛想だったが美味しかった。プリモで食べたブカティーニ・アッラ・アマトリチャーナ(ベーコンとタマネギ、トマトで作ったソースのかかったパスタ。仕上げに摩り下ろしたペコリーノチーズをかける。)も美味かったぞ。

この日は行きたかった場所には行けたし、食べたかった料理も食べれたので、満足してホテルに戻った。

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2008年5月 9日 (金)

ローマへ!

442 さて、カルタペスタの職人さんの取材を終えてEさんとピザを食べた後、夜行でローマへ。また寝台車である。午後22:20にレッチェ発でローマに到着が翌日の午前6:29。寝台車は寝てる間に運んでくれるから楽だけど、ローマに到着する時間が早過ぎるんだよなあ。

イタリアの交通機関というと時間通りに動かないというのが定説なので、(現にレッチェに来る時は1時間遅れた。)3時間ぐらい遅れても全然構わないんだけどなあ、と思いつつ眠りについた。

起きたら午前6:29。正確に時間通りにローマに到着。都合良くは行かんもんだね。あまりに早過ぎるので駅のマクドナルドでコーヒーを飲みつつ日記を書く。ブログじゃなくて、本当にノートに書いてる日記です。高校生の頃から付けてるんですけどね。

9:00ぐらいにホテルを見つけてチェックイン。荷物を部屋に置いてローマの町へ出る。

来年はローマの風景をシリーズで切り絵にするつもりなので、資料用の写真を撮るために観光名所を歩きました。この日だけでバチカン、聖天使城、トレビの泉、パンテオン、ナボナ広場、パスクィーノ像、スペイン階段に行きました。上の写真がバチカンのサンピエトロ教会。ミケランジェロ設計ですね。下の写真がトレビの泉です。トレビの泉はちゃんと肩越しにコインを投げて来ました。別にそういう事をしなくても再びローマぐらい行きそうだけど一応。514

しかし、トレビの泉はものすごく人が多かったなあ。考えてみるとローマにこの季節に来たのは初めてです。冬か夏しか来た事がなかった。観光シーズンのローマってどこも人だらけでしたな。まあ観光地に観光客が多いのはけっこうな事です。さびれた観光地ってのもね。

スペイン階段を見終わって、午後5:00にこの日の取材終了。この後ローマ在住の日本人の女の子と待ち合わせ。ミクシィで知り合ったので、初対面である。楽しく食前酒などを飲んで来ました。彼女はピアノを弾いてて、ちょっと前に音楽学校の試験が終わったとこだったんだそうです。頑張ってる人の話って刺激になるから心地良い。

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2008年5月 8日 (木)

カルタペスタ職人 ガッリ家の人々。

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  オトラントの遠足からレッチェに戻り、午後はレッチェの職人さんの工房の取材。レッチェまで来た以上、新しい職人シリーズのネタを仕入れて帰りたいですからね。

レッチェというとカルタペスタが有名です。紙で作る人形の事ですね。

制作方法は、針金で骨組みを作り、わらを巻いた後、紙を貼っていく。表面を湿らせてから焼きごてで押し付けて行く。そうするとまるで粘土で作ったように表面がツルツルになり、しかも軽くて丈夫な物に仕上がる。だからこの方法で作られた人形をカルタ(紙)ペスタ(押しつぶす)と呼びます。ただ全部紙製というわけではなく、顔や手、人形が持っている小物なんかはテラコッタに着色してるんですけどね。

取材した工房はマルコ・ガッリさんというEさんの友達の工房。彼のお父さんエウジェニオさん(写真の右側で電話をしている人物)が代表者です。エウジェニオさんが顔を作り、エウジェニオの妹のリタさんが紙を貼る。娘のラウラさんと最近結婚したご主人のロイさんが油絵の具を使って着色。マルコさんが仕上げを行います。家族内で分業してるんですね。マルコさんは仕上げだけでなく、他の作業もほとんど全てやっちゃいます。312

」この部屋の地下にも工房があって、そこでは木工と石工の為の機械が置かれています。飾り台なんかは木で作るんですけどね。では石は何に使うかと言うとカルタペスタとは関係無くて、レッチェで採れる石を加工してランプを作ったりするのです。これはマルコさんが趣味でやっているそうです。成る程、そういえば店のインテリアとして所々にレッチェ石のランプが置いてありましたな。

このレッチェ石を使ったランプもカルタペスタと並んでレッチェの名物なのですが、今回の滞在では職人さんが見つかりませんでした。残念。

でもマルコさんのように、全然違う素材を使いこなす職人さんも珍しいですね。年齢もまだ33歳と若いので、これから何か新しい物が生み出されそうな気がしました。

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2008年5月 7日 (水)

オトラント。

246南イタリア旅行3日目。この日はEさんとEさんのお父さんの用事でオトラントへ。レッチェから車で30分ぐらいですね。町の中心部で降ろしてもらって、しばらくは自由時間。カメラを片手にブラブラする。

ここは今回初めて来ました。素晴らしい海の眺望と教会の床モザイクが有名なんだそうです。どこかで聞いた事のある地名だなと思ったら、15世紀にオスマン帝國(現在のトルコ共和国ね。)に占領されて市民が大量に殺戮されたと言う歴史を持つんだそうだ。そういう歴史のある町なら、塩野七生さんの本に出てきたかもしれませんね。時間のある時に「コンスタンティノープルの陥落」あたり読み返してみようかな。(時代的にはもう少し後みたいだけど。)

274南イタリアを旅行中は早起きで夜遅く寝てたので、この日も半分寝ぼけながら歩いてたんですが、何の気無しに入った要塞の上から海を見た瞬間に目が覚めました。目に染みるような鮮烈なブルー!

Eさんによると、この辺を仕切ってる製薬会社がオトラントの土地を買い切って、でかいホテルを建ててリゾート地にしようと企んでるんだそうだ。成る程。この眺めを見たらそうしようと思うのもわかる気がするな。まあ、私としては長い目で見るとリゾート地にすると損な事の方が多いと思いますが。私としては、こういう所は変わって欲しくないなと後で合流したEさんと別宅の前に広がる海岸で風に吹かれながら思いました。

(・・・別宅!!なんとレッチェだけでなく、オトラントにも立派な家があった!Eさんは大金持ちの家の娘だったのか!?)

海のおかげで完全に目が覚めたので元気に散策。Eさんによると「ヨーロッパ一の床モザイク」があると言う教会を見学する。入り口から祭壇まで木がすっと伸びてて、枝の間にアレクサンダー大王やアーサー王、ノアの洪水の場面なんかが描かれている。デザインは素朴ながら保存状態も良いので、ヨーロッパ一かどうかはともかく確かに良いモザイクでした。

282しかし、床の大半をモザイクが占めてて、保存の為に柵で囲って立ち入りを禁止してるんだけど、教会としては使ってるんだろうか?ミサの時とかどうしてるんでしょうね?

昼に用事を済ませたEさんたちと合流してレッチェに戻った。

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2008年5月 6日 (火)

ターラント。

1_2 南イタリア旅行2日目。朝7時前に起きてターラントに行く。レッチェから電車で西へ2時間ぐらいの所にある町。港町でイタリア最大の軍港もあります。古代ギリシアの植民地だった頃の名残が現在でもどことなく漂う町。ここも7年前にレッチェを旅行した時に立ち寄っています。

この町にも知人が一人います。アルマンド・ブラージ君という彫金家で、コルシーニの職人展でこの3年間、私の隣のブースで展示していたので知り合った。今年30歳になったので私より年下です。最近は私より若い職人さんを見る事が多くなりましたなあ。私もそろそろ中堅どころって事でしょうか・・・。画像がアルマンド君です。適当にマウスで描いたんだけど、だいたいこんな感じです。ハゲでデブでヒゲです。「タコ坊主」って感じですね。見た目通りのんびりした子です。(でも彫金家としての実力はなかなかのもんですけどね。)

188 職人展の時に「一度遊びに来いよ。」と言われてたんだけど、普通フィレンツェからターラントくんだりまで遊びに行く物好きな外国人はおらんわな。

という訳で、アポなしで訪問して驚かせてやろうと思い、町をブラブラした後で彼の工房に行って来ました。案の定「あっ!!なんでここに!?」と言われました。しかし、その時は絶え間なくお客さんがやって来て、アルマンド君は接客に忙しかったので、ようやく「女友達がレッチェに住んでいるので、遊びに来たついでにここまで来た。」という事を言ったのは再会1時間半後でした。

彼の工房も取材したかったのですが、接客に忙殺されてたんで時間切れ。私は昼過ぎにはレッチェに戻らなきゃいけなかったしね。彼の家で昼ごはんを作ってもらって、一緒に食べて、楽しくお喋りをして駅まで送ってもらいました。アルマンドの工房を取材出来なかったのは残念だけど、彼と友達にはなれたかな。

しかし、7年前に旅行した時はいつも一人でメシを食ってたけど、今回の旅行ではいつも誰かと一緒に食べてるなあ。私も幸せ者ですねえ。

Firenze021 「今度来る時は泊めてやるよ。どうせオレ一人暮らしだしよ。」と言われました。今後ターラントに行く機会があるかどうかわからないけど、この地方の職人仕事を取材する時は力を貸してもらおう。

夕方レッチェに戻ってEさんの家の離れで夕御飯の準備。この日は私が和食を作った。一宿一飯の恩があるので。釜飯(正確には鍋で炊いたので鍋飯)と鶏の唐揚げとワカメの味噌汁と和風サラダというメニュー。Eさんの両親と弟さん、友人を2人招いての夕食会。彼らが美味しく食べてくれたかどうかわからないけど、感謝の意は表現出来たかなと思います。

写真は2点共ターラントです。ただし下のモノクロの写真は7年前に旅行した時に撮ったもの。

上の写真は駅から橋を渡った所にある市街への入り口広場。海風にさらされて廃墟寸前の建物が多い。写真の広場はそれなりに整備されてるので新しい建物も見えるけどね。この辺りのアンバランスな所がこの町の魅力かな。

下の写真は漁を終えて片付けをしている所です。手前の男の人なんか、いかにも漁師さんって感じで良いですね。こういうのも切り絵にしたいんだなあ。

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2008年5月 5日 (月)

南イタリア旅行。レッチェへ。

Italy_map さてフィレンツェでの挨拶回りと、マリア・ジャンニーニさんの取材を終えた後、南イタリアに旅行に行きました。

昨年までトリノに住んでいた女友達のEさん。彼女は3年前にフィレンツェで知り合ったのですが、その後トリノに彼氏が出来たのでトリノへ引っ越した。だから一昨年・昨年とトリノへ会いに行ってたんですが、最近彼氏と別れたったので、生まれ故郷のレッチェに帰ってしまった。

「今年はレッチェまで来てよ。」

と言われました。・・・レッチェかあ。遠いんだよなあ。トリノならフィレンツェから5時間ぐらいでいけるのですが、レッチェとなるとまずボローニャまで出て、そこから東側の海岸を南下してレッチェへというルートですね。南へ行くのに何で北上してボローニャまで行かなきゃならんかと言うと、イタリアは背骨のようにアペニン山脈が通っているので、そこを回り込むようにしか移動出来ないんです。フィレンツェからレッチェまで所要時間は12時間。うーん・・・。名古屋からパリへ飛ぶのと同じぐらいの時間ですな。でも調べてみると寝台車があるので、11時にフィレンツェ発。1時間後ボローニャに到着。1時間待ったらレッチェ行きの電車がやって来て、レッチェ到着は翌日の午前11時。寝てる間に移動出来る。じゃあ行きますかって事で、いざ出発!!

ボローニャで1時間次の電車が遅れたので眠かったけど(夜中の0時から2時まで待たされたからね。)おおむね良好な旅でした。私寝台車って、けっこう好きです。電車の揺れに身を任せつつまどろむのって遠い所を旅してるって感じで。予定より1時間遅れてレッチェに到着。駅に着いたらEさんが待っててくれました。

126_2  この日はEさんのご両親に挨拶して、お昼ご飯を作ってもらって一緒に食べました。その後、市内を散策。画像はレッチェのドゥオーモ(その町で一番重要な教会の事ね。)です。実はレッチェは2回目なのです。7年前に一人旅をしてたので、このドゥオーモも前に見た事があるのです。でもいつも見慣れてるフィレンツェのドゥオーモと雰囲気違ってて、こちらも好きですね。いかにも南イタリアって感じで。

市内をうろついてるうちに夕方になったので、Eさんの運転する車でちょっと離れた土地のレストランへ夕食を食べに行く。典型的な南イタリア料理。パスタは抜いて、たくさんの種類の前菜を頼んで、その後ソーセージと羊の焼き肉を食べました。美味しかったなあ。(夜中にこういう文章を書くのってつらいですね。お腹減ってきた・・・。)

帰りは道に迷いました。Eさんは11年フィレンツェで暮らして、その後2年はトリノだったから、生まれ故郷の土地勘があまり無いみたい。まあでも夜中のドライブもけっこう楽しいもんである。物事がきっちり動くに越した事はないけど、無駄な時間を楽しむってのも贅沢な時間の使い方って感じがしますな。

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2008年5月 4日 (日)

マーブルペーパー職人 マリア・ジャンニーニ

037 フィレンツェ到着後しばらくは挨拶回りに忙しい。友人、知人、日頃お世話になってる職人さんや昨年取材させてもらった職人さん等。挨拶回りだけで3日ぐらいつぶれます。帰国前にも挨拶回りをするのですが、一度数えてみたら一日に17軒回った事がありました。コーヒーをご馳走してくれる職人さんも多いので、ありがたく頂戴してると腹がダボダボになります。

切り絵が完成した職人さんにはA4サイズにプリントした写真と和菓子をお礼に持って行ってます。私が持って行く和菓子は地元の老舗、備前屋の銘菓「手風琴のしらべ」。パイ生地の中に餡子が入ってて私の好物です。イタリア人にも受けてますよ。

さて、そのように再会した職人さんの一人、エンリコ・ジャンニーニさん。昨年取材させてもらいました。(切り絵のほうは今年の2月に完成させました。公開は11月の名古屋の個展にて。)この方はフィレンツェのピッティ宮殿の向かいにある文房具屋さん「ジュリオ・ジャンニーニ父子商会」の代表でしたが、店を娘に譲って自分は近くに工房を開けて自分の好きな仕事だけやってます。理想的な職人生活ですね。

彼らの店で扱う商品はフィレンツェペーパーで装飾した文房具です。日本でも有名なお店ですね。実は現在は文房具屋さんとして観光客でにぎわっていますが、元々は製本行が本業なのです。製本と言っても普通の本屋さんで売ってるような本ではなく、一冊ずつ手作りされた革で装丁され金箔で装飾された豪華本です。

エンリコ・ジャンニーニさんの切り絵は製本職人として制作したので、では今年はフィレンツェペーパーの制作風景を娘のマリアさんで切り絵にしようと思い、エンリコさんに紹介してもらいました。気風の良いおねえちゃんって感じの方でしたね。後日、店を開ける前にフィレンツェペーパーの実演をしてもらいました。いろんな工房を訪ねたけど、開店前に入れてもらったのは初めてだなあ。

墨流しの要領で海草で作った糊を溶かした水に絵の具を数滴たらし、針や櫛でチョチョイと模様を描いて紙をあててローラーで巻き取ると出来る。上の写真は櫛で模様を描いているところですね。下の写真が完成品。これは孔雀の羽のような感じですね。この他にもいろんな模様があって、大理石のような模様も出来るので、別名をマーブルペーパーとも言います。

Img_3314 ジャンニーニさんのお店は創業は1856年。上の写真でマリアさんが働いているのはお店の2階、別室には150年前から保存されている製本の機械が並べられていて博物館のようです。

滞在後半、近くの廃教会で職人仕事の講演会みたいなのがあって、エンリコさんもフィレンツェペーパーの実演をやってたので見に行きました。エンリコさんは大勢のお客さんに囲まれてたんだけど、私の姿を見て手を上げて会釈してくれた。他のお客さんは一斉に私を見るので、私は手を上げたまま固まっちゃいました。何か気恥ずかしかったですねえ・・・。

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2008年5月 2日 (金)

帽子木型職人 ルチアーノ・ビーニ

1512_2  今日からしばらくの間、4月2日から30日までのイタリア滞在の事を書いて行きます。

画像は帽子の木型職人、ルチアーノ・ビーニさん。イタリア出発前にブログに書いたロベルト・ビーニさんの10歳上のお兄さんです。昨年・今年と下宿させてもらった部屋の大家さんでもあります。(昨年はロベルトさんが大家だったのですが、彼が8月に亡くなった後はルチアーノさんが大家を引き継いだのです。)

実はルチアーノさんとは今まで喋った事が無かったのです。私けっこう人見知りする性質なので、話しかけるきっかけを逃すとずっと喋れないんです。多分ルチアーノさんも私のことは知らないだろうなと。昨年下宿させてもらった部屋を今年も借りる事になったので、良い機会なので到着した翌日に挨拶に行きました。

自己紹介するついでにロベルトさんの切り絵の写真もあげようと思ってA4のサイズにプリントして持って行きました。

「今日は。あの、私はこの絵を描いた・・・。」と言ってルチアーノさんに写真を差し出すと、えらく驚いた様子。

「あーっ!!君だったのか!?君の事をずっと探してたんだ!!」

ロベルトさんのお葬式の後で、私の作品の前で2人で写った写真が出て来て、ロベルトの奥さんが「何だろう、この絵?」と興味を持ったんだそうです。遺品の整理をした時に、ロベルトさんにあげたA4サイズの作品の写真は出て来たから、どんな作品なのかはわかったのです。「しかし、この絵を描いたであろう、ロベルトと一緒に写真に写ってる彼は何者で、現在この作品はどこにあるのか?」

この半年間、遺族の間でミステリーだったんだそうです。彼らの持ち家で長年下宿しているYさんは私の昔のバイト仲間なので、Yさんに聞けばすぐにわかったんだけどね。

「いやあ、実は一年前にも一ヶ月間あなた方の家に住まわせてもらいまして、今回も1ヶ月間下宿さてもらいますので、どうぞよろしく。」

「えっ!? さっきYとお昼ご飯を食べてて聞いたんだけど、今月住むYの友達って君の事だったの? そうか、そうだったんだ・・・。」

と、一気にすべての謎が解けたので嬉しそうでした。

一つ4月1日の記事で間違えた情報があるので訂正。ビーニ工房を閉めると書きましたが、規模は縮小するけどまだしばらくの間は続けるんだそうです。新しい職人さんも一人入ったそうです。

こうなるとルチアーノさんも切り絵にしたくなりました。何だかすごく良い感じに知り合っちゃったし。(ロベルトさんの生きてるうちに作れば良かったと後悔もしてるけどね。)画像はロベルトさんの切り絵と同じ構図で撮影したけど、ルチアーノさんの切り絵を同じ構図・同じサイズで対になるように作るか、全く新しいアプローチでやってみるか迷うとこですね。あの切り絵を作ったのは6年も前なので同じ構図で作っても雰囲気がちょっと違う物になりそうですが・・・。

で、帰国寸前にロベルトさんの遺族の方々と協議の結果、切り絵を買ってもらう事になりました!多分ロベルトさんの娘さんの所に行く事になりそうです。彼らがどんな気持ちで私の作品の事を考えてくれてたかと思うと、胸が詰まりそうになります。イタリア最後の晩にYさんと、もう一人の同居人のEちゃん(彼女もこの家に長く住んでます。)にも話が伝わってたので、2人とも喜んでくれました。ロベルトさんを知る人たちに、こういう形で関われて思い出を共有できて・・・。今回ほど職人シリーズを続けてきて良かったって思ったことは無いですね。

ルチアーノさんとも今回の滞在で仲良くなれました。柔和で優しい人です。Yさんも呼んで一緒に昼ごはんに連れてってもらったしね。頑張って彼の切り絵も作らなきゃ。

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2008年5月 1日 (木)

帰国しました。

今日の昼に帰って来ました。

留守中ブログにコメントをくれたり、メールを送ってくれた皆様、どうもありがとうございました。

今回はコルシーニの職人展に参加しないので、その分は楽だったのですが、職人さんの取材がフィレンツェだけでなく、南イタリアとローマ、クレモナにも行って来たのでけっこうハードでしたね。

おいおい滞在記も書いて行きます。楽しい事、面白い事、考えさせられた事、いろいろとありましたが、やっぱり行って良かったですね。

本日はこれにて失礼を。

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