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2007年7月29日 (日)

昔の作品62。ひなげし。

La_traccia066作品62、「ひなげし」。2001年6月制作。サイズは70×40cm。

4月末から6月初めにかけて、咲く花です。線路脇や山道、川辺なんかでよく見かけますね。すっと伸びた茎に重そうな花がついていて、ちょっとした風に揺れる風情がなんとなく寂しげ。別名を「虞美人草」と言うのもわかる気がしますね。

イタリアで普通に見れる花の中で一番好きな花です。

前作の「藤」で書道イメージを意識しましたが、この作品では「生け花」をイメージしつつデザインしました。生け花についても素人ですけどね。

「植物シリーズ」として制作して行こうと思ってましたが、結局この3点で行き詰っちゃいました。このシリーズ、芸術で飯を食ってる人達からはかなり評判良くて、もっと続けろよと言われてます。候補はあるのですけどね。ヒマワリ、ブドウ、菜の花、ミモザ・・・。アイデアばかりたまってますね。たくさんあるアイデアの中で、私の人生が終わるまでに完成出来る作品は何点あるんだろう?

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2007年7月28日 (土)

昔の作品61。藤。

La_traccia065 作品61、「藤」。2001年5月制作。サイズは70×45cm。

丁度、藤の花が咲き誇っている季節に制作しかした。私が食料の買出しに行ってるスーパーマーケットの駐車場に藤棚があって、毎年きれいな花を咲かせてました。買い物に行くのが楽しかったですね。

前作「オリーブと人と」に続く植物シリーズ第2作。日本の「書道」のイメージを私なりに捉えてデザインしました。

・・・まあ、書道に関してはど素人なので、書道家の人が見たら笑われそうですが。一応、イタリアの物を日本人としてのイメージで捉えた作品という事で。

この頃は「日本文化の一つとしての切り絵」を常に意識していました。バイト先の日本料理屋の社長が、日本文化に関するイベントを企画するのが好きで、時々手伝いをしていましたし、バイトを辞めてからも、その手のイベントに積極的に参加しました。会場の設営とか通訳とか、切り絵職人としての参加は少なかったのですが、参加している茶道や華道、書道の出展者たちの話を聞くのは勉強になりましたな。中にはフィレンツェ在住の人もいたので、後日個人的に訪ねて意見を交換しあったりしました。あの頃は熱かったなあ。

こうした経験が作品に反映されてましたね。「自分の根っこはどこにあるか」を確認する作業ですね。おかげで今でも自分の進んでいる道に誇りを持ってやって行けています。

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2007年7月27日 (金)

昔の作品その60。オリーブの木。

La_traccia064   前回のブログで公開した「シュールな切り絵」があまりに細か過ぎたので、逆にシンプルな物をやろうという事で、植物の切り絵を作りました。背景は必要最低限の描き込み、主要な物をドンと置いてデザインした。

作品61、「オリーブと人と」。2001年4月制作。サイズは70×50cm。このオリーブは私のお気に入りの散歩道にあるオリーブで、これまでの作品にも度々登場させている。

タイトル中の「人と」とありますが、ご覧の通り人間そのものは描いてません。でもどこかに人の存在を感じさせたいと思い、画面右下に石垣を描き込みました。

デザインはシンプルでも考えるのは大変でした。なるべくシンプルにと思っていても、つい細かく描き込んでしまう。下絵が完全に決まるまで、かなり多くの物を削り取りましたな。

この時期、原点回帰が必要だったようで、しばらく植物のシリーズを追求してました。

この頃、病気をしました。耳鳴りがするので、薬局でポタポタ耳に垂らすタイプの薬を買って来たのですがなかなか直らず、ある日鏡を見ると私の顔の右半分が動かなくなってました。耳には大事な神経が通っているそうで、顔の神経が変になったらしい。えらい事になったと慌てて病院に駆け込みました。医者には「もっと早く来なさい!」と怒られて、ちゃんとした薬の処方箋を書いてもらいました。完治するまで10日程かかりましたな。顔の半分が動かないと、あごが動かないので水を飲むと口の端からこぼれるは、スパゲッティみたいに長い物は上手くすすれないはで、みっともない事になってました。一時はどうなるかと思ったなあ。

同じ頃、女友達(日本人)が階段から転げ落ちて背骨が欠けた。自宅のベッドの上で3週間絶対安静を言い渡されたのだが、この方はフィレンツェから1時間ほど離れた所に住んでいるので、誰も友達が見舞いに行かなかったそうだ。私が見舞いに行った時は退屈してたらしくて大喜びでしたな。不幸中の幸いというか、この方の彼氏が大金持ちなので、療養中はお手伝いさんを雇って家事全般やってもらってたんだそうだ。

異国で暮らすのって大変だな。私も7年間住んでて、病院に行ったのはこの時だけだった。大病もせずに帰って来れたのは運が良かったかもしれませんね。

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2007年7月23日 (月)

昔の作品その59。シュールレアリズムな切り絵。

La_traccia65 作品59。タイトルは・・・特に考えてません。サイズは70×50cm。2001年2月制作。

北イタリアのクレーマという所のドゥオーモ(その町の一番重要な教会の事)を元にデザインした。本当は建物の本体もあるのですが、ファサード(建物の正面の事)があまりに印象的だったので本体はバッサリとカットしました。

はるか遠い未来に、人間がもういなくなっちゃった時代。かって存在した建物本体も教会を取り囲む町も全て消えうせた世界。今も昔も変わらないのは広場に集まる鳩の群れ。・・・と、こんな事を考えつつ制作しました。

すっと長く伸びた影はシュールレアリズムの巨匠、キリコの真似ですが、当時知り合った画家の影響もあります。彼も鳩の絵が得意だったなあ。

この作品はグラデーションの付いてない紙を貼ってあります。グラデーションを使わずに色の段階的な変化を付ける事が目標でした。また、出来る限り細かいデザインにしてみました。その結果、制作期間はこの時期としては最長記録の2ヶ月間。その間は食料の買出し以外は外に出なかったな。完成した時はかなり消耗してました。

建物は下の方が濃い色で上の方が淡い色、地面は手前が濃い色で奥が淡い色の色紙を作って貼ってあるので、エアブラシを使って無くてもグラデーションがかかっているように見える。

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2007年7月21日 (土)

昔の作品その58。職人シリーズ1号。

La_traccia061 昔の作品その58、「シチリア生まれの親方は・・・。」2000年10月制作。サイズは40×30cm。

モデルになったのは有名な靴職人、カロジェロ・マンニーナさん。彼の弟子の日本人と偶々知り合って、工房に遊びに行ってるうちに「職人って絵になる。」事に気が付いた。ちなみに彼のお店は私の下宿の真正面です。

この作品の2年前に仮面職人の工房の切り絵も作っているのですが、その時は別に職人シリーズでやって行こうとは思いませんでした。しかし、この作品で職人仕事の魅力に気が付いた。この直後にバイオリン奏者の友達にバイオリン職人を紹介してもらった。さあ、いよいよ職人シリーズの開始・・・と行きたかったのですが、この時点では残念ながら腕が悪かったので、せっかく紹介してもらい写真を撮ったバイオリンの工房を、上手く作品にまとめる事が出来ずに挫折。結局職人シリーズが完全にスタートするのは、この一年後でした。バイオリンの工房もその後何とか切り絵に出来ましたけどね。

この作品はある写真をそのまま切り絵にしました。松山猛著「ヴィヴァ!イタリアの職人たち」という本に「このマンニーナさんが紹介されてまして、掲載されている写真があまりに良いので拝借させてもらいました。著者の松山さんには日本から遊びに来た時に写真を使わせてもらう事について許可は得ましたので。

まあ、今は流石に自分以外の人が撮った写真を使って切り絵にするという事はありませんけどね。当時はいろんな面で未熟でしたから。名画の模写と同様、構図や色などの良い勉強になりました。

マンニーナさんは今でも元気に靴を作っています。ピノキオのゼペット爺さんのような風貌と素朴で朗らかな人柄から、日本でもファンの多い靴職人さんです。

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2007年7月20日 (金)

昔の作品その57。Binario morto

最近は家に閉じこもって制作しているので、特に話題も無し。現在制作中の作品がかなりてこずってます。いつ完成するのやらLa_traccia60

と言う訳で久々に昔の作品の公開。作品57、「Binario morto」。2000年9月制作。Binarioはイタリア語で電車の線路やレールの事。 mortoは死を意味する。日本語だと「廃線路」ってとこですね。言葉の響きを考えるとイタリア語のタイトルの方が良いなと思いました。サイズは65×50cm。この作品は作品52と同様に水彩調に筆で塗った紙を貼ってあります。

この場所はフィレンツェからバスで30分ほどの所にある「コッレ・バル・デルサ」という町の近くです。バス停から15分ぐらい歩いた所です。バスの窓から良さそうな風景が見えたので、引き返した。昔、この辺に電車が通ってたみたいで、鉄道関係の物らしい建物なんかも近くに建ってました。当然、この建物も廃屋。こういうのは絵になるので好きです。

季節は夏。ギラギラ照りつける太陽にもめげずに夏草が線路を覆っている。ふと、横を見ると線路の柵にブラックベリーがたくさん実を付けていた。スケッチ&写真の撮影そっちのけでむしゃむしゃ食べたっけなあ。(今考えると私有地だったのかもしれないけど・・・。)

この頃はよくフィレンツェ近郊の町を日が沈むまで歩き回ったものですが、ここ以外にも時々ブラックベリーが自生しているのを見付けた。「神に愛された土地」というフレーズが頭をよぎる。いつかこのタイトルで風景画を描いてみたい。官能的なほど豊かでみずみずしいイタリア・トスカーナの大地。

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2007年7月14日 (土)

スローフード。

現在、家族はバカンスで海外に行ってまして、私は猫と留守番してます。台風が接近しているので、外出しなくて済むように多めに食料を買出し。久々に自炊する。

ミートソースのスパゲッティにしようと思い、挽肉を買いました。世間じゃ牛肉の偽装事件が沈静化したと思ったら、中国でダンボールを挽肉と6:4の割合で混ぜて(6:4って肉よりボール紙の方が多いじゃん。)肉まんを作ってた会社が摘発されましたね。しかしボール紙って食べれるとは知らなかったな。江戸時代とか、飢饉の時は壁を崩して中に練りこまれてる草なんかを煮出して餓えをしのいだと言うが・・・。まあ紙は元々植物だから食べられない事はないのだろうが、苛性ソーダ(劇薬、危険)なんて物が入ってるし、第一ものすごく不味そうだ。

などと挽肉を買う時にこんな事を考えてしましました。もちろん国産の肉を買いましたけど。中国産の食べ物はどうも危ないイメージがあるので買いたくないですね。

とは言うものの、ニンニクなんかは中国産が4個で100円、青森産は1個で298円。これだけ価格差があるとちょっと迷う。

・・・以後いろいろ書きましたが、内容が過激なので中略。

で、近所の農協なんかに行っても、ほとんど中国産の野菜ばかりになっている、国の政策として保護なり規制なりしなきゃ、日本の農家ってつぶれるんじゃないかと思う。高くても国産の食材を買わなきゃ。

前から思っていた事であるが、食べ物なんてのは、その土地で昔から当たり前に食べられてる料理が一番美味いのではないだろうか。流通が発達した現代でも、山の中よりも海の近くで食べる刺身の方が美味いはずだ。

安いものというのは本来質が落ちるものだ。外食産業なんかでもより美味しい物を作らないとつぶれちゃうから、努力はしているのでしょうが、あくまでも「そこそこのレベル」でしょうね。そこそこのレベルに慣れてしまうと、それ以上良い物に触れても、その良さを感じる事が出来なくなる。

ファーストフードと言うのはどこでも安く同じ物が買える。では「その土地でしか手に入らない物、安くないけど質は良い。」こういったファーストフードとは反対の食べ物に対する考え方をスローフードと言う。

職人仕事とも通じる考え方ですな。均一化された物だけに囲まれた生活って寂しいと思う。

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2007年7月13日 (金)

変なの・・・。

このブログ、ミクシィから見に来る人が多いと思うのですが、ここ2週間ぐらい常連さん以外に見に来てくれる人は2つのタイプの人ばかりです。

ミクシィってのはネット上でいろんな人と知り合う事の出来るサービスの事。(簡単に説明しづらいなあ・・・。)既に入会してる人からの招待がなければ出来ない等、なるべく健全かつ安心なコミュニケーションを目的としている。見に来てくれた人の記録(これを足跡と呼ぶ。)をたどれば、どういう人なのか、男か女か、何県出身・在住で、年齢はいくつで、職業は何で・・・等、その会員本人が公開したい情報を読むことが出来る。

気の合いそうな人だったらメールを交換してネット上の友達になるという、そういうシステム。私の場合、自分の作品の紹介に使っているので、ミクシィで知り合った人が個展に来てくれて実際に顔を合わせるなんて事がよくあります。また、すごく昔の知り合いで音信不通だった人と偶然出会うなんて事もある。いろいろと活用出来るので重宝しています。

で、最近付いた知らない人の「足跡」をクリックしてみると、これが見事に偏っている。

一つは出会い系のように使ってる女の子。あんな事やこんな事もやっちゃってる赤裸々な日記が公開されてる。「メール下さい☆」なんて書いてあったりする。

もう一つは男の人が多いけど、借金で人生がどん底に落ちたけど、在宅ビジネスを始めたら家が買えるほど稼いで人生が変わりました・・・。なんて事がプロフィールの所に書いてある方。

よくわからないのは、ミクシィで知らない人が見に来る場合、大抵は自分とネット内の友達として登録している人(これをマイミクシィ、略してマイミク。)の更にマイミクだから、経由して見に来た人だったり、自分がミクシィ内で参加しているコミュニティ(自分が興味のある事について情報交換が出来る掲示板の事。)例えば「フィレンツェ情報が欲しい」や「愛知県知立高校卒」、「京極夏彦」などに参加している人が私の所まで見に来たりします。

タイプ1の女の子はわかるんだけどね。現住所が愛知県の人ばかりだから、愛知県内の男の所に足跡をつけておくのかもしれない。営業用のちらしみたいなもんかな。

しかしタイプ2の在宅ビジネスの人がわからない。現住所、出身地共に愛知県でもなんでもないし、参加してるコミュニティにも共通点は無い。にもかかわらず、ここ最近この手の人たちが多いのは何故だろう?

引き付けるオーラでも出してんのかねえ。

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2007年7月 9日 (月)

最近、思う事。

10月の名古屋での個展に向けて3点完成させたいのですが、その内の1点が完成。この作品、最初はもっと小さい作品にしようかなーと思ってたのです。ノルマを考えるとこの作品は小さくまとめて後の2点に時間を多めに割こうかと。ですが、描きたい物を全部入れていった結果、けっこう大きいサイズの作品になった。
その分、次の2点に使える日数は少なくなったわけですが、(こういうのを自分で自分の首を絞めると言う。)今回完成させた作品に関しては良いものになってるわけです。
・・・ノルマを計算するのも大事なんだけど、長い目で見ると心の赴くままに、自分が描きたい作品に好きなだけ時間を使う方が良いんじゃないかと思いました。ノルマにとらわれ過ぎると大事な物を見失う事はあるのだ。
純粋に制作を楽しむ事を忘れてたような気がします。今回の制作中に思い直す事が出来て良かったですな。無論、ノルマも大切ですのでバランスを取りつつやって行こう。
こういう事を考えたのも、イタリア滞在で出会った人達から影響を受けたからかもしれない。ただ、そのまま受け入れると自分に悪影響を及ぼす事もあるでしょうから、より良い方向へ行けるように自分でコントロールしないといかんのでしょうなあ。

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2007年7月 7日 (土)

今年のフィレンツェ滞在のまとめ。

制作が忙しくて、しばらくブログを書く時間がありませんでした。10月に名古屋で個展があるので、それまでのノルマを計算すると・・・目一杯頑張っても8日程オーバーしそう。どこかで8日分無理しないといかんわけですな。はあ・・・。遊んでる暇は無いや。

2007年イタリア滞在記もまだ簡潔してなかったんだよなあ。もう一ヶ月も過ぎちゃったのにねえ。やれやれ。

で、久々のブログでこういう話を書くのもなんだけど、今回の滞在で避けて通れなかった話です。上手く考えがまとまらなかったんでブログの更新が遅れちゃったわけですけどね。

5月の滞在で、以前切り絵にした職人さんが病気になってたという話を聞きました。もう職人仕事は出来なくなったんだそうだ。すごい作品を作る方だったんですけどね。彼自身も周りの人たちもすごくつらいみたいです。こういう話を聞くと、自分の無力さを痛感しますな。何も出来ることは無い・・・。

まあ、私に出来る事と言ったら切り絵を作る事だけです。「変わり行くもの」、「移ろいやすいもの」だからこそ輝いてる瞬間がある。絵を描くという作業はその瞬間を切り取るという事だと思います。日々、真摯に仕事に取り組んでる方々をモデルにさせてもらってるんだから、こちらも気合を入れて作って行かなきゃ。一期一会。次のチャンスは無いものと思って、目の前の作品に全力を尽くす。

と、これが今回の滞在の結論です。気合を入れ直して頑張りますか!!

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