昔の作品その7。イタリア生活開始。
出発するまでは、会社勤めの傍ら、NHKのイタリア語会話をビデオに撮って勉強をしてました。本当は語学学校も行きたかったのですが、あの当時は英会話の学校はあっても、イタリア語を教える所はよほど大きい街しか無かったですからね。営業部だと帰宅時間は遅くなるので、とても行けるような状況ではなかったですし。
周囲に留学経験がある人もいなかったので、結局全部自分で調べるしかなかったですね。つまりロクに情報が無いまま出発したようなものでしたが。ともあれ、まずイタリア語を喋れなければ何も出来ないので現地で語学学校に通う事にした。NHKのイタリア語会話のテキストに広告が載っていた「LINGUA VIVA」という学校に決定。下宿も学校が探してくれるし、他にどういう語学学校があるのか知らなかったので。まあ、あまり無名の学校なんかだと、騙される事もあるかもしれないと思ったので。NHKのテキストに載ってるぐらいだから、まあ大丈夫だろうなと。
1996年の2月3日にイタリアに向けて出発。大韓航空でソウル経由でローマへ入り、ローマで一泊。翌日電車でフィレンツェに行った。ローマでは白タクにタクシー代をぼられるは、フィレンツェではジプシーに手帳をすられるはで(多分、財布と思ったのだろう。)下宿にたどり着いた時にはホッとしました。
語学学校は最初は全く授業についていけなくて、到着直後に酷い目にあった事もあいまって「本当にこの地でやって行けるのか???」と不安のどん底に陥りました。やっぱ、NHKのイタリア語会話では役に立ちませんでしたね。でも実戦で鍛えるのが一番上達するみたいで、1ヶ月もすれば、まだあまり喋れないまでも生活には慣れました。
そうなると毎日が楽しくなって来ましてね。最初はイタリアは修行の場だから自分の趣味に時間を使う事はやめようと思い、切り絵は封印したつもりだったのですが、語学も順調に上達してるし、そんなに焦る事はないかと思い制作を始めた。
フィレンツェに住み始めてから2ヶ月経った、1996年の4月に制作。サイズは50×65cm。これがイタリアで初めて制作した切り絵です。
下宿の近くにベルベデーレ要塞という、フィレンツェを一望出来る場所がある。(このベルベデーレ要塞は有名なミケランジェロ広場の西にある。同じぐらいの高さにあるけど位置的にアルノ川は見えない。その代わり、ドゥオーモはより近くに見える。)丁度フィレンツェを囲む城壁の外側を歩く事になるんですけどね。城壁と反対側は石積みの壁で、向こう側にオリーブの畑がチラチラと見える。お気に入りの散歩コースでしたね。
で、この道に古いtabernacolo(タベルナーコロ)があります。作品の上に描かれている、家の形をしたのがタベルナーコロですが、本来は聖像を安置するため街角の壁の凹面に設置された物。街角に仏壇が設置されているようなものですが、ここのタベルナーコロはあまりにも古いためか、アーチ状の部分に聖像が在るはずなのに消えちゃって普通の壁になってます。「ご本尊はどこに行っちゃったんでしょうなあ。」とフッと思ってこの作品を制作しました。聖母子と狼は下宿に置いてあった映画のパンフレットから、タベルナーコロとオリーブの木は散歩道に在る物をスケッチした。
日本にいた頃に作っていたのと同様、イラストっぽい感じの切り絵ですが、せっかくフィレンツェにいる以上は、周りに在る物をモチーフにしようという事で。
それまでは画面にいろんな物、いろんなテーマを詰め込みすぎて訳が分からない絵になる事が多かったです。意気込みが空回りしてたんでしょうね。この作品では「久々の切り絵だしちょっと肩の力を抜いてやるか。」と思ってやってみたら、思っていたより良い作品に仕上がったので、ここで初めてそれまでの作品の欠点を自覚出来た。
語学学校に持っていって、友達や先生に見せたら評判が良かったので、気を良くした私は以後も切り絵を作ろうと決めた。
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コメント
イタリアでの目的は、切り絵ではなかったのですね。
あくまで趣味だった?
旅先で最初に嫌な経験をすると、その国の印象が悪くなるのですが、
イタリアにはそれをはね返すだけの魅力があったんでしょうか。
私は○国へ行った日にスーツケースを盗まれました。
(主人のと二つも)
でもそのおかげか、相手に負けないだけの精神力がついた様な。。
投稿 くろきち | 2007年2月11日 (日) 21時02分
最初は趣味で切り絵を続けて行こうと思ってたのです。その辺の話は少しずつ書いていきます。
最初にすっ転んでいるので「えらい所に来てしまった!」と思いました。鈍いから怒れてくるまで時間がかかるのです。
でも最初にえらい目にあったおかげで、その後は特に酷い目に会う事はなく、無事に帰って来れましたけどね。不運を一括で清算しちゃったのでしょう。
投稿 俊寛 | 2007年2月11日 (日) 22時45分
お久しぶりどす^^
イタリア行ってみたい場所
この日記を読んでいるとさらに行きたくなって来るわ
最初はやはり言葉の壁って大変なんやね
それを乗り越えると楽しくなるんやね
もう少し、フランス語きばってみよう
そしてフィレンツェ、南フランス、アンダルシアと旅してみたいなぁ・・・
投稿 こころん | 2007年2月12日 (月) 21時56分
お久しぶりどす。
本気でやってみると語学って楽しいですよ。特に現地だと、一つ単語を覚えるごとに自由になっていく気がするし。
でも最近、錆び付いてきてますけど。確かに覚えたはずの単語の意味がわからない!!
私も時間を作ってきばらないといけませんね・・・。
投稿 俊寛 | 2007年2月12日 (月) 22時32分
これ、凄くいいですよ。
なんていうか、しばらく観てられるというか。
それに、それを続けて活動なさる事の大変さは
何となくですが、物づくりの僕にも少しは分かります。
夢を実現に向けてなにかなさるのは、
人が思っている以上に大変なことなので、、、
投稿 N.kojima | 2007年2月12日 (月) 22時56分
ありがとうございます。イタリアでの最初の作品というのもあるので、自分でも思い入れがあります。
何事も継続するのは大事ですからね。周りの理解もあったので、まだ続けれるというのもありますが。恵まれてるなと思います。
投稿 俊寛 | 2007年2月13日 (火) 00時54分