昔の作品17、18。切り絵師になった日。
昨夜、階段を降りる振動で鼻の中がムズムズするなあと思ってたら、その後くしゃみ・鼻水におそわれた。今年の花粉症が始ったらしい。私の場合はそんなに酷くはならず、1回薬を飲めば1週間ぐらい大丈夫ですけど。
作品17、「一夜限りのビーナス」。サイズは40×43cm。1997年6月制作。
路上にチョークやパステルで絵を描く大道芸人です。道行く人たちがお金を落としていく。フィレンツェのような観光地で人通りが多い所では、格好のデモンストレーションなので、上手い人だと仕事の依頼が来る。ボッティチェッリの「ビーナスの誕生」の一部を模写してます。
HPの方で公開したタロットカードhttp://homepage2.nifty.com/shunkan/i%20tarocchi.htmlは初めて色を付けた作品ですが、黒い紙を切った後、トレシングペーパーを貼って、裏からカラーインクを筆で塗った後、白い画用紙を一番裏に貼って仕上げてあります。普通に色画用紙を貼っていけばいいのに、何だってこんなややこしいやり方を選んだかと言うと、画用紙に思った色が無い場合、筆で塗るとムラが出るんじゃないかという事を恐れたからです。この作品も同じ技法で仕上げてあるけど、インクや糊の水分をトレシングペーパーは吸収しないので、全体が皺だらけになってます。まあ、いろんな実験をしたかった時期ですからね。
作品18、「葡萄酒色の夕暮れ」。サイズは35×20cm。1997年7月制作。
この頃、フィレンツェでのアルバイトを始めました。ウッフィツィ美術館近くの日本料理屋でしたが、店の正面にあった立ち飲みのワイン屋さんを描いた。この店は主人が年金生活に入ったため、近くの惣菜屋が買い取って、今はワインとランプレドットを言う牛モツのサンドウィッチを出す店になった。
この作品もトレシングペーパーを店のガラス窓の部分に貼って透明感を表現している。・・・しかしあまり効果ありませんね。と言うか、仕上がりが汚く見える。当時の自分でもそう思ったので、この後トレシングペーパーを使う事は無かった。
さて、将来の不安で悶々としていたある日、語学学校の日本人の友達が「オルビエートという所に、こっちに長年住んでて、いろんなイベントの企画をやってるNさんという人がいるから、一度その人に切り絵を見せてみない?」と言われた。そんなに長年住んでる人なら何か情報を得る事もあるかもと思い、紹介してもらった。結果「大変、素晴らしい作品です、ぜひナポリで大々的に個展をやりましょう。」と言われた。それまで自分の切り絵が売り物になるとは思わず、また鑑定眼のある人に作品を見せた経験が無かったので、このN氏の言葉に舞い上がり「オレ頑張ります!!」と切り絵の制作に自分の留学を賭ける決意を固めた。かくして切り絵師・俊寛の誕生である。
しかし、このN氏はナポリの個展が実現する前に逃げてしまった。後でいろんな人から安請け合いする人物だったという話を聞いた。かなりがっかりしましたが、その時には今更もう後戻り出来なかったので結局、フィレンツェ近郊のスカンディッチという場所に自治体が管理するフリースペースがあったので、そこでイタリアでの初めての個展を開いた。だいぶ最初に想像したものより地味な個展になったな。
後年、N氏を紹介してくれた友人と、フィレンツェでばったり顔を会わせたので「君がN氏を紹介してくれたおかげで切り絵師になったのだ。」と嫌味すれすれに感謝の言葉を贈った。果たして私はあの時人生を誤ったのかどうか。今後の努力次第で評価は変わるな。
・・・要するに成り行きで切り絵師になったようなもんですね。これじゃあまりにミもフタも無いですから、不思議な運命のいたずらで切り絵師になったという事にしておこう。
| 固定リンク | コメント (6) | トラックバック (0)





















最近のコメント