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2007年1月28日 (日)

野外学習。

名古屋の芸術文化センターに行って来ました。知人が合同展に出してたし、日展もあったので。他の人の作品を見るのも勉強の内ですな。

日曜日なので、日展の方は流石に人が多かったです。見る妨げになる程ではなかったですけどね。作品も面白かったですが、作品を見る人たちのお喋りを聞いてるのも楽しかった。いろんな物の見方があるもんだなと・・・。

日本画の展示室で出品者らしい人がお弟子さん達を連れて、他の作品の批評もやってました。批評されてる本人が聞いたら喧嘩になりそうな事を言ってましたな。しばし耳を傾けていたら「こういう作品のように細かい部分にこだわると、絵全体が小さくまとまって、せせこましくなる。」という言葉が私の耳にスルリと入り込んできた。・・・それって私の事だろうかと一瞬考え込んじゃいました。

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堂々巡り

バイオリン職人の切り絵を制作予定でしたが、予定を変更しました。現在マンドリン職人をやってます。この作品、6月には切り終ってたんですが優先すべき作品が他にあったので半年以上も放置してたんですよね。久々に引っ張り出してみたが、半年前に制作していた時の感覚を思い出せずに苦労しました。

このマンドリン職人の工房はナポリにあるので、作品を見せに行くことは多分無いでしょうから(完成したらメールしてお礼を言おうとは思ってますが・・・。)5月のフィレンツェの職人展に間に合わせる必要もないし、6月以降に制作再開すれば良いかと思っていたのです。

しかし、この工房を取材させてもらったのは2年も前なので、この理由で延期していると永久に完成しないのではないかと・・・。

と言う訳でマンドリン職人をまず仕上げて、次にバイオリン職人とオルゴール職人を4月末までに制作する。他にも木彫家とフォルテピアノの修復職人の切り絵も仕上げなきゃならんのですが、この2件はものすごく気合を入れて制作したいので(それぞれ3ヶ月以上はかけるつもり。)来年中に・・・。

で、マンドリン職人ですが、色のイメージが固まらないので数日間悶々としてました。悩んだ末に今までの色使いとはちょっと違うイメージが浮かんできまして、頭の中で完成までのシミュレーションをやってみて、「よし、行ける!!」と、筆を取りました。

しかし作ってみた色が、どうもしっくり来ない。いろいろ手を加えているうちに結局いつもの雰囲気になってました。・・・あの悩んだ時間は何だったんだろうなと。

まあ、じっくり考える時間はあったので、同じような色使いと言っても少しは深みを出せそうな気がしてます。年末までノルマを優先的に考えて、みっしり詰まったペースで制作していたので、今回はある意味で贅沢な時間の使い方をしたかもしれませんな。

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2007年1月22日 (月)

謎の小包。

父に宛てて小包が一つ届いた。父は自分の仕事関係の小包かと思って開けてみたんだそうだ。ところが依頼主の名前「青木某」に心当たりが無い。ここ最近、物騒な事件が多いので不審な小包は明けない方が良いと思う。開けた途端に爆発なんて事もあるかもしれないし。(この前、科捜研の女の再放送なんか見たから、そういう発想が出てくる。)まあ開けてしまった物は仕方が無いけどさ。

・・・中身はポンカンでした。伝票に電話番号が書いてあったので、その小包の依頼主に電話してみたのですが、お年寄りが出ただけでどうも要領を得なかった。とりあえず依頼主は実在するようなので新手の詐欺とか、そういった悪意のある小包ではなさそうだなと・・・。

住所が滋賀県となっていたので、ひょっとして滋賀県に住んでる伯父さんが出してくれたのかと電話を入れてみたら思ったとおり。美味しいポンカンが手に入ったので送ってくれたんだそうです。

じゃあ青木某さんというのは一体誰なのか?

・・・宅急便の受付の人が間違えて自分の住所・名前・電話番号を伝票に書いちゃったんだそうです。普通間違えないよなあ。あやうく伯父さんに感謝せずに、見ず知らずの青木さんに感謝してポンカンを食べる所だった。

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2007年1月14日 (日)

釜飯!

先ほど堺正章さんの「チューボーですよ」を見てました。お題は「牡蠣の炊き込みごはん」で、思い出した事が一つ。(先週とほとんど変わらない文章だな。変化の無い生活だ。

私が小学校の低学年の時に亡くなった母方の祖父は釜飯屋をやってました。だから小さい頃から釜飯というと、うちで出てくる一番美味しい料理って事にしてました。親から子へ、子から孫へ受け継がれる料理・・・。私もけっこう美味しく釜飯が作れるので、フィレンツェに住んでた時もよく作ってました。まあ釜まで持っていってたわけではないので、正確には「鍋飯」ですけど。ちなみに私は炊き込みご飯とか、味ご飯とか、かやくご飯の類は全て釜飯と呼んでます。大切なのは釜飯という名前に込められた精神だ。

お米はフィレンツェでも日本の米っぽい丸い米が手に入るし、醤油はスーパーマーケットで、干し椎茸とタケノコも缶詰は中華食材の店にあります。人参、鶏肉は普通にどこでも買えると。おかずがいらないぐらい美味しく出来たなあ。(単におかずを作るのがめんどくさいのと倹約してただけですが・・・。)

たまに友達を呼んでお食事会なんかをやりましたが、イタリア人にも食べやすかろうという事で必ず作ってましたな。お食事会の時は他にも肉じゃがとか茄子の煮つけとか、大根とイカの煮物とか豚汁なんかも作ってましたけどね。

イタリア人にも食べさせたけど、むしろフィレンツェ在住の日本人の方が食べたがったので、よく作りましたな。やっぱりみんな懐かしかったんだろうね。「俊寛の釜飯」って一部の日本人の間では有名だったらしい。

釜飯の具というといろんな物があるので、せっかくイタリアに住んでる以上、イタリアの食材を入れてみて新しい味を発見しようと言う事で、いろいろ試しました。ポルチーニと言うイタリア松茸はなかなか美味しくで来た。同じキノコでもマッシュルームは全然美味しくなかったな。他にもネギは美味しかったけど、ポロネギ(西洋ネギ)は駄目だったり。そういえばムール貝は試した事が無いなあ。酒蒸しにしたのは美味しかったので釜飯でも合うかもしれないな。

では、一番美味しい釜飯の具は何か?あくまでも私見ですが「松茸」と「蟹」、この二つは飛び抜けて美味いですね。ワンランク落ちた所に「ホタテの貝柱」ですね。生と干した物だと味が違いますが、私は生の貝柱を使った方が柔らかい身に旨みをたっぷり含んでるので好きかな。

もちろん他の具も美味しいけどね。牛肉、海老、豆、ひじき、しょうが、ゴボウ、マイタケ、コンニャク、ウナギ、牡蠣・・・。そして釜飯は何といっても「おこげ」が大事だ。あれが無いと釜飯じゃないってぐらいですな。

しかし、イタリア人にも釜飯を食べさせてるなんて、祖父も草葉の陰で喜んでいる事だろうな。

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2007年1月11日 (木)

イタリア式ハンバーガー。

友達のブログで、職場の近所の蕎麦屋があまりの不味さにつぶれて、新装開店したラーメン屋に行ってみたら、以前の蕎麦屋と働いてる人が同じだった。案の定、不味いラーメンだった・・・。という話が書いてありました。

で、この話で何となく思い出したんですが、フィレンツェのウッフィッツィ美術館の近くのパブでハンバーガーを出す所がありました。なかなか美味かったんだけど、時々経営者が替わってたんです。場所的には悪くないのに経営的に厳しかったんですかね。で、スタッフが替わるごとに、ハンバーガーの味が落ちていった・・・。パンも段々と小さくなっていきました。値段も高くなっていった。(まあ、これは全ての物価が高くなっていったからな。)だいぶ前から通うのをやめましたが、今頃どんなハンバーガー売ってるんだろうな。

さて、ハンバーガーと言えばアメリカの食べ物ですが、この店で売られているハンバーガーの具はイタリアの食材を使ってます。パンとハンバーグは普通の物ですけどね。モッツァレッラチーズと平たく切ったトマト(薄切りと言うほどではない厚さ。)、水にさらしたスライスタマネギ、ソースはサルサ・ベルデという刻んだイタリアパセリをオリーブオイルと酢で合わせた物。これに好みでマヨネーズかケチャップを付けて食べる。日本でも手に入る食材なので試してみるのもいいかも。ハンバーガーと言えど、気合を入れて作ればかなり美味いですよ。

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2007年1月 7日 (日)

パンさんの餃子。

先ほど堺正章さんの「チューボーですよ」を見てました。お題は水餃子でした。で、突然思い出した事が一つ。

フィレンツェに住んでいた時に日本料理屋でアルバイトをしてた事がありまして、そこの料理長が中国人でした。パンさんと言う実に温厚な方で、ややもすれば殺伐となる昼時の厨房(お客さんが多過ぎるとみんな焦って雰囲気が悪くなるのです。)の中で一人泰然と仕事をこなしてましたな。元々は中華料理をやってた人なので、最初は不慣れな日本料理に苦労してました。しかし流石にプロの料理人だけあって段々と慣れて行き、最終的には独立して自分の日本料理屋を持つまでになったのですが、そもそも本物の日本料理を食べた事が無かったので、最後までお寿司のご飯なんかは甘めでした。この辺り、昨日のブログに書いた事とかぶってますね。やはり最初に良い師匠や効率の良い勉強の方法、手本となるべき味付け、こういった物が必要だという事です。

まあ外国で食べる日本料理なので味が微妙に違ってくるのは当たり前。材料からして違いますからね。むしろ海外でしか食べれない日本料理といった感覚でとらえれば楽しめるんじゃないかなと思います。

さて、この日本料理屋のバイト、まかないが仕事の後で出るのですが、パンさんの作るまかないは本当に美味しかった。パンさん麻婆豆腐、パンさんチャーハン、パンさん冷やし中華、パンさんサラダ、パンさんスープ、等。得意の中華料理に日本料理で得たノウハウを加えた彼のまかないは絶品の味でした。はっきり言って店のメニューより断然美味かった!特に美味しかったのが餃子です。焼き餃子も水餃子も最高!私が今まで食べた餃子の中でもパンさんの餃子以上の物は無いぐらいです。具に大根おろしを加えるとまろやかになるそうなんですけどね。

そういえば、日本で食べる中華料理とイタリアで食べる中華料理も味が違いましたな。やはりそれぞれの国民に好まれる味付けになっているのではないかと思います。イタリアの餃子は皮が厚めですね。これは餃子の主役は具ではなく皮の方だという発想があるからでしょう。事実、餃子のイタリア語“RAVIOLI ALLA GRIGLIA”(グリルしたラビオリの意味)は餃子がパスタの一種としてとらえれれている事を示す。肉汁がたっぷりしみこんだ厚い生地の餃子は美味しいんだけどね。さっきのチューボーですよのゲストの男の子が「僕は皮が厚いのはどうも・・・。」なんて言ってたが「その皮が美味いんだよ!!」とテレビに突っ込みを入れてしまいました。

イメージとしてはイタリアの中華料理って、見た目はそんなに上品じゃないけど「何もかもたっぷり」って感じでしたね。値段も安かったし、貧乏な留学生にはありがたかったな。

パンさんは今頃どこで働いてるんだろう。いつかまた彼の料理が食べる事が出来たらいいな。

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2007年1月 5日 (金)

初トレーニング

ジムが今日から営業を再開したので、トレーニングに行って来ました。今日の所は疲れない程度に軽く・・・と思ってましたが、計測される数値を見ながらやってると段々エスカレートして結局クタクタになるまで動いてきた。まあ疲れるぐらいやるのを繰り返さなきゃ進歩派ないからいいんだけどね。それにしても昨年の7月から始めたから、半年以上続いた事になるね。元々運動嫌いな私がよくまあ続いたものだ。

昨年はジム通い、一昨年はパソコンと何かテーマを決めてやって来ましたので、今年も何か始めたいですね。「人間は趣味を多く持たなきゃいけない。」とジャイアンが言ってた様な気がする。まあジムはこれからも続けていくのですがね。

しかしパソコンにしろジムのトレーニングにしろ、続いた理由というのは本人のやる気も大事だが、やはり目的に合ったふさわしい器具や正しい教え方というのが必要でしょうね。そういえばイタリアに住み始めたころ語学学校に通ってたのですが、あの時が今までの人生で一番勉強をしましたな。喋れなきゃ生きて行けませんから、かなり必死で。毎日真面目に勉強してる内に、ようやく勉強の要領というのがわかりました。イタリア語を習出来たのは効率の良い勉強の方法と本人のやる気が上手く合わさった結果だと思います。学生時代を通じて、勉強してる割に成績が悪かったのは、勉強のやり方がまずかったという事だ。いささか気が付くのが遅かった。

で、切り絵の話ですが、独学で11年かけて現在に至るわけですが、仮に今の自分が11年前の自分を教えれるとしたら、もっと短い時間で現在のレベルに至れるのではないだろうか。(なんだかドラえもん的な発想だな。)

まあ考えても無駄な話ですな。遠回りであろうと自分の道は自分で切り開くしかないのだが・・・。名古屋の個展以来、現在第一線で活躍されてる芸術家と知り合う事が多かったのですが、こういった方々と話をしていると実にためになる事が多い。基本的には自分の足で歩かなきゃ何も始らないのだが、先人・先輩たちの話が指標になる事はあるでしょうね。効率のみを重視するのはどうかと思うし、無駄な経験が後になって役に立つという事もあるでしょう。しかし何かを選択する場面において神経を研ぎ澄ませて最良の選択をしたいのです。その為の判断材料は多いほど良い。家にこもって制作するのは大事ですが、もう少し貪欲に人と出会っていろんな物を吸収して行こうと思っている。他人から学ぶという謙虚さが足りなかったですね。

・・・だいぶ話題が脱線しちゃったなあ。

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2007年1月 3日 (水)

これやこの 行くも帰るも わかれては~

2日は親戚が集まって宴会。例年はおせち料理を持ち寄るんですが、今年は諸々の事情によりあ寿司屋さんで宴会。宴会と言ってもみんな車を運転してきてるので、ビールを飲んだのは私の父だけです。

どうも盛り上がりに欠けたような気がしますが、お寿司屋さんから祖母の家に戻ってから仏間で百人一首をやりました。始めるまではあまりやる気はなかったのですが、やり始めるとなかなか面白い。お正月らしい気分が出ました。やはり日本の伝統行事は大切にしないといけませんな。まあ私は百人一首のうち4分の1ぐらいしか覚えてませんが。

ところで、わが菅家は一応菅原道真の子孫という事になっております。子孫と言っても1000年前の人物までさかのぼれば、だいたいの人と血縁はあると思うので別にたいした家ではない。しかし百人一首の時は菅家の札、

このたびは ぬさもとりあへず 手向山
もみぢのにしき 神のまにまに

は毎回取り合いになるので、この札は皆の真ん中に置く事になる。まあ取ったからって何か意味があるわけではないんだけどね。

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2007年1月 1日 (月)

あけましておめでとうございます。

Nangajou004_1  新年あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。皆様にとっても良い一年になりますように。

さて「一年の計は元旦にあり」というので今年の目標。

昨年までに蓄積してきたいろんな物を、そろそろ外に向けて活用していく時期だと思います。どうもよく周囲の人に言われるのですが「俊寛は消極的だ。」だそうなので(自分自身そう思います。)今年からは積極的に、アグレッシブに動いて行こうと思います。

とりあえず、今後の予定です。

5月 フィレンツェの職人展に参加。

10月 名古屋で個展。

12月 東京で個展。

となっています。それぞれの展示会で少しでも良い結果が出るように頑張らなきゃ。

追伸。芸術について。

私は芸術とはその作品に接した人を幸せにする物でないと全く意味は無いと思っております。今まで制作してきた作品もこのスタンスでやってますので、これからもどんどん精進して、より大きな幸せを感じる事が出来る作品を作って行きます。・・・と初日の出に誓う(夢の中で)。

そういえば今年は年男だった。猪突猛進と行かなきゃね。

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