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2006年6月30日 (金)

苗字について

昨日のブログで質問が来ました。

アッシジのフランチェスコの時代は、イタリアの人はみんな出身地を名前にしてるみたいですけど、たとえば、トンマーゾ・ダ・チェラーノ(チェラーノ出身のトンマーゾ)だとか、でもルネサンスの時代には、苗字ついてるひとが多いですね。
アレサンドロ・マリアーノ・デ・フィりペーピとか。
レオナルド・ダ・ヴィンチは出身地ですけど。なんか歴史的な変化とかあるんでしょうか。話題に全然関係ないですけど。ご存知でしたら教えてくださいまし。

苗字についての歴史的変化ですか・・・。うーん、難しいですねえ。日本でも平家物語なんかだと、地名+名前って人が多いですね。木曽義仲とか伊勢三郎とか。あの時代は庶民は苗字を持っていなかったから、又は苗字の数が少なかったので地名を付けて他所の一族との混同を避けた為というのもありますね。

そういえば、中国の話ですが、三国志の諸葛孔明の姓「諸葛」は元々「葛」だったのですが、先祖が他所の土地に赴任した時、土着の姓で「葛」を使っていた一族があった為に「諸侯の葛」という意味で諸葛になったという話がありましたな。

「アレサンドロ・マリアーノ・デ・フィリペーピ」これはボッティチェッリの本名ですね。で、この人の苗字「デ・フィリぺーピ」ですが、これは先祖の「名」が苗字になった例ですね。現在のイタリアでも「デ・パオラ」とか「デ・ジョルジョ」なんて「デ+名前」の苗字を持つ人が多いです。ちなみにこの「デ」は~のという意味ですね。先祖あっての子孫という事が良く理解出来る苗字ですね。

さて地名が通称になった件ですが、これは一代限りで苗字にまでなったというのはないと思います。あだ名というわけですね。問題は出身地が通称になった習慣がいつ廃れたのかという事ですが・・・ここはちょっとわからないですね。今度知人に聞いてみます。

苗字の話もなかなか奥が深いですね。学問的に追求していくと大変だ。

※苗字と姓はまた違うのですが、この話をしていくと切りが無いからここでは同じ物としてくくっちゃいました。(乱暴な話だな。)他にも氏なんてのもあるし、複雑だなあ。

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2006年6月29日 (木)

革細工職人、ジュゼッペ

Foto 画像は職人展にて、私のブースではなく、革細工職人のジュゼッペ・ファナーラさんのブース。

ジュゼッペ・ファナーラ、愛称をピーノ。これはジュゼッペの可愛い呼び方がジュゼッピーノなので、これが更に短縮したものです。

革を使用してコインケースや名刺入れを作っています。Issey MIYAKEのデザインしたコインケースを作ったこともありました。先日ブログに書いた革で装丁されたアドレス帖なんかも作る。

駅の裏手にあるVia palazzuoloに工房兼ショップがあります。6月11日のブログで登場した、家具修復職人のダリオさんの工房と同じ通りです。私にダリオさんを紹介してくれたのもジュゼッペさんです。

この方々はすごく仲が良くて一日3回、バールにコーヒーを飲みに行きます。ジュゼッペさんはバールに行く時に、そこらにいる顔見知りに「コーヒー飲みに行こうよ!」と声をかけまくっていくので、工房を出たときは3人ぐらいでも100mほど離れたバールにつく頃には7人ぐらいに増えています。

で、バールでは毎回「ここはオレが払う。」「いやオレが払うから。」「いやいや、オレに任せておけ。」と、3人ぐらいでレジの前でもみあいをする。ふと見ると一緒に来たはずのダリオさんが、一人だけ輪に入らずに女の子と喋ったりしているので、全員指をさして「ダリオが払う!」と・・・。結局この日はダリオさん以外の誰かが払ったのですけどね。毎回私もごちそうになっているので、たまには私が払うと言うのですが(もめる人数が3人から4人に増えるだけだ。)結局いつもごちそうしてもらってるんだよなあ。

コインケースは値段も手頃だし、お土産に最適。年末までは日本人の女の子が夕方に働いているので、フィレンツェに行かれる方は訪ねてみてください。万一店が閉まってても、ちょっとコーヒーを飲みに行ってるだけだから、すぐ帰ってきます。

住所 via Palazzuol,136/r

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2006年6月28日 (水)

銀細工職人、ジュリアーノ

Img_1526 画像は展示会中に撮ったもの。銀細工職人のジュリアーノ・フォリアさんと、作品の前で。

コルシーニの職人展でも常連で、過去グランプリを取っています。

ジュリアーノ・フォリアさんは、フィレンツェの中心部からだいぶ離れた場所で工房を構え、息子さんと何人かの徒弟と働いています。工房の周りが野原という静かな環境ですが、それをいいことに猫を野放しで飼っているので、仔猫が産まれ放題です。私が展示会の後、工房に遊びに行ったらまた5匹産まれてて、20匹以上になってました。もらい手が見つかる前に産まれちゃうっての・・・。手の平に乗るぐらいの大きさの仔猫がよちよちと歩いているのですが、どうも踏んづけちゃいそうで怖い。

見た目どおり豪放磊落、でも性格は優しいので、ごつい手で猫をなでていたのが印象的でした。

銀で皿や酒杯、フォーク、ナイフなどの食器類や額縁、鏡、灰皿、照明器具の他、ロザリオなどの宗教的器具も作っています。多くはタガネとハンマーによる打ち出し技法で作られています。

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2006年6月27日 (火)

物をもらい過ぎ

Img_1829_1 暑い日が続いてますなあ。

現在下絵を続行中ですが、時々ボーッとしてしまいますね。画像の後方に見えるのが制作中の下絵。家具修復職人ダリオ・ブラッツィーニさんです。最近これでもかという程細かくなっているので、いつ完成するかわからないです。・・・ってこれじゃ見えませんね。

画像の手前に見える3つの物は、それぞれ今年の職人展に展示した作品のモデルになってくれた職人さんたちからプレゼントされた物です。

左から、ナイフ職人のジャコモ・チェッキさんのステーキ用のナイフ。折りたたみ式で、柄は牛骨を加工したもの。柄の部分に銀のプレートの「Shunkan」と私の名前を彫って付けてくれました。

中央は革細工職人のジュゼッペ・ファナーラさんの革で装丁したアドレス帖。彼には子の他、時々コーヒーをご馳走してもらいました。

右はクリスタルガラスの工房のロッキ夫人からもらった一輪挿し。写真では見にくいけど、全体に切子模様が入ってます。

今回の展示会で彼らと一緒に撮った写真もあるので、彼らの紹介もブログでやっていきます。

私は完成した作品を見せに行く時に、お礼に1本赤ワインを持って行ってます。みんな喜んでくれますが(作品とワインに。)なかには私に自分の作品をプレゼントしてくれる人もいます。モデルになってくれただけでもありがたいのに、この上プレゼントまでもらってちゃあアベコベですね。なんか、年々こういう事が多くなっているような気もしますが・・・。

で、作品をもらったのはこの3点ですが、他にも食事に連れてってくれた職人さんもいましたし、額縁職人さんで「来年の展示では自分の額を使ってくれ。」と行ってくれた人もいましたな。お世話になりっぱなしです。

職人さんだけでなく多くの友人たちにも世話になりました。彼らの好意に報いるには、自分の全力で作品を作っていく事だと思います。(しまった、この最後の部分はこのレポートのしめの言葉で使うつもりなんだった!)

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2006年6月26日 (月)

職人展その3、私のブース

Corsini038_1画像は今年私が展示したブース。 額にはめたアクリル板に外の庭園の風景が反射して見にくいです。昨年まではツヤの無い透明アクリル板を買っていたのですが、どうやら生産中止になったようで今年はいつも買ってるホビー用品の店に置いてなかったです。まあ、ツヤ消しのアクリル板って安っぽく見えるので、いずれも一長一短ありってとこですが。

今年もまた天候に恵まれてて、金曜日はあまり人は来ませんでしたが、土・日は大変な人出で私が説明している間に、目の前を素通りして行ったお客さんも多かったです。切り絵ってイタリアに無い技術なので、説明しないとわかってくれないんですよねえ・・・。

画像の奥のほうに見えるのはレース職人のブース。ワインで有名なキャンティにお店を持っているおばさんでした。写真には写ってないですが、反対側にはシャンデリアの工房のブースでした。この工房が今年の優勝者。私は昨年この場所に展示した時に優勝しているので、場所的に縁起が良いんでしょうかね?

以前からこのブログで書いてきましたが、最近いろいろな理由から職人さんが消えている。職人展でもベテランの職人さんが、どんどん不参加になっています。世代交代という事もあるのですが、やはり長年蓄積された手練の技が見られなくなるのは寂しいものです。・・・しかし今年の職人展で復活した職人さんが一人いました。石膏職人のアンドレア・キエージさんです。(彼の工房の切り絵は私のホームページでも公開しています。)

http://homepage2.nifty.com/shunkan/chiesi%201.html

3年前に腫瘍の手術をされて、その後体調が悪かったので、昨年の職人展で参加されませんでした。しかし、今年はほぼ復調されたそうで、病気になる前よりむしろ太って登場されました。彼は私が最初に職人展に参加した時に、隣のブースで展示されていたので、印象が強いです。

キエージさんは自分のブースに来たお客さんに「僕の肖像を切り絵で作った日本人の職人が展示してるから。」と、私のブースに紹介してくれてました。まあ、彼だけではなく大勢のお客さんが「○○さんの所で君の事を聞いた。」とか「××さんの友達です。」なんて事が多かったですね。ありがたいことです。

客が大勢来る展示会って思わぬ人が訪ねて来てくれたりするので、とても面白かったですね。何年も音信不通だった方とバッタリ会ったり・・・。今回印象的だったのは、5年ぶりぐらいで会えたボルテッラという町出身の友達と、トリノから見に来てくれた友達でした。トリノってフィレンツェから電車で5時間もかかるんですけどね。そのうちの一人は昔、フィレンツェに住んでいた女の子で当時16歳でした。しかし6年ぶりで私の目の前に現れたので、現在22歳。・・・はっきり言って全然わかりませんでした。「あの子供がまさか、こんなに綺麗で礼儀正しくて上品でおしとやかになっているとは!!健気に成長されたものだ!」って感じでしたね。彼女は今トリノの音楽学校でピアノの勉強をしています。やはり昔の知人が頑張っているという話を聞くのはいいものです。自分にも励みになりますな。こういう風に良い刺激を受ける事が多いので、飽きずに職人展に参加し続けてるのかもしれない。

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2006年6月23日 (金)

職人展その2、今回の収穫

Siryou001_1 コルシーニの職人展は3日間で、参加料が12万円ぐらいです。安い値段ではないが、お客さんはたくさん来るので、私を除く職人さんたちは仕事のオファーが来る事が多いです。もちろん会場で売ることも出来ますが、クレジットカードが使えず現金のみの取引なのであまり売れません。

私の場合は展示会後に日本に引き上げるので、まずオファーは来ません。実際今年の展示会でもポストカードを売ってせいぜい夕食代を稼いだぐらいでした。私の場合、参加料だけでなく、飛行機代と作品の輸送料もかかるので毎回大赤字です。もちろんアパート代と食費もかかります。ユーロ導入後、年々物価が高くなるから大変だ。

では私は何のためにこの職人展に参加しているかというと、

1.他の職人と知り合うため。私の作品のモデル探しです。

2.職人展での優勝。経歴として有効でしょうから。

3.一年に一度はフィレンツェに戻りたいので、展示会に参加するというのは良い口実だから。

ただ、1に関しては今年でほぼ主要な職人さんと知り合っちゃいました。また2に関しても昨年の展示会で優勝しているので、もうもらえないそうです。・・・ということは来年参加するかどうか怪しいな。どうしようかね。お金かかっちゃうし。多分愚痴をこぼしつつ出そうだけど。

Siryou002では他に何か収穫、というか良かった事は何かと言うと、まず画像1。これは芸術的な職人ついて書かれた本の表紙で、私が滞在中に発行されました。陶芸やモザイク、染色や彫金について職人さんの手記という形で紹介されているのですが、その中に彫金家の章に私の作品が掲載されていました。これは以前制作した彫金家のパオロ・ペンコの切り絵で、その章を書いたのがペンコさん本人だからです。

画像2は今回各方面に配られた職人展のパンフレットです。9人職人の写真が写ってますが、右の列の2番目に私の写真が出てます。普通イタリアの展覧会では、私みたいな外国人はあまり優遇されないものなので、9人の1人として顔が出るというのは大変珍しい。(つまり、ひどい扱いをしても後腐れない相手なので。私もかなり苦労したんですけどねえ・・・。この点、日本では遠方から来た人に対しては徹底的に気を使いますね。私は日本人の美徳の一つだと思います。)

ちなみにカタログに使われた写真は昨年に撮影されたものです。Dsc_4092 画像3が元になった写真。展示会中に実演している所です。こうして見ると、オレも満更捨てたモンじゃねえなと思う。なかなかいい顔で写ってますな。・・・いや、制作している時の自分の顔って初めて見たので。

で、この2点と、前回のブログでちょっと書いたけど、テレビに出てたって事かな。実演している時の映像がちゃんとナレーション付きで、5分ぐらい放送されたんだそうだ。後で何人かに「テレビで見たよ。」と言われました。

こんなものですかね。・・・いやいや、毎回私が一番多くの職人の友達を作ってますから。それが一番の収穫かな。

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2006年6月21日 (水)

職人展その1、実演用の切り絵

Img_1531今回のブログからしばらくの間、今年のイタリア滞在のメインイベントである職人展の報告をしていきます。もう6月も後半だってのにねえ・・・。1ヶ月も遅れてるよ。

第12回コルシーニの職人展は5月12(金),13(土),14(日)日の3日間。117軒の職人の工房が参加しました。

私は自分のブースに、大作の職人シリーズが9点、小サイズのナポリの風景シリーズを15点、9cm四方の楽器シリーズを36点展示しました。その他、販売用にポストカード6種、干支・星座シリーズも持って行きました。これらに加えて観客の前で切り絵の実演をしました。今年はウッフィッツィ美術館所蔵、ミケランジェロのトンドドーニの模写です。(画像1)

Mich01この名画の模写シリーズは職人展に2回目の参加からやってまして、最初がボッティチェッリのパラスとケンタウルス、昨年がポントルモの十字架降下でした。ボッティチェッリは丁度その頃、この絵の展示会がフィレンツェで行われていたので、いわば流行を取り入れたということで。ポントルモについては、この絵が展示されている教会の前の広場は私が長年住んだ家だったので、一度やってみたかったからです。

では今年は何をやろうかというと、これがぎりぎりまで決まらなかった。やはりフィレンツェと縁のある名画の模写をやりたいけど、マイナーなやつはやりたくないし、メジャーなやつでも何点かは既に切り絵にしたことがある。流石にボッティチェッリの「ビーナスの誕生」と「春」はちょっと複雑すぎてとても3日で切り終わる自信が無いし・・・。かといって簡単なデザイン過ぎると私が作っててつまらないし。

じゃあどうすべえかなーと、しばらくの間悩んでいたのですが、展示会前に取材したモザイクのトラベルサーリさんの工房で、ミケランジェロのトンドドーニのすばらしいモザイクを見た。(6月17日のブログ参照。)そして、木彫のマッシモ・バルディーニさんの工房でも、トンドドーニ用の額縁が作られていた。(6月10日のブログ参照。)・・・という事は、こりゃトンドドーニと何かの縁があるという事だ。よって今回のデモンストレーションはこれで決定!

で、トンドドーニ用の額縁を作っていたマッシモさんによると、額縁のデザインをしたのもミケランジェロだそうだ。つまり額縁もひっくるめたものをトンドドーニと言う。成る程、確かに画集なんかでも、トンドドーニの写真は必ずこの額縁も掲載されている。(画像2)ならば切り絵にする時も、この額縁は入れなければなるまい。どっちにしろ絵だけでは簡単過ぎて、半日で終わっちゃいそうだから物足りないと思っていたし。

「・・・実演は観客だけに見せるものではない。参加する職人さん達や、それぞれの工房で真面目に頑張ってる留学生達にも、一発気合の入った所を見せてやる!」

というわけで丸一日かかって下絵を行い、展示会の期間中お客さんに説明しながら切ってました。何とか最終日の閉会一時間前に完成。これを作っている最中にテレビが取材に来て、けっこう長い時間放送されていたと、後で何人かの友達が教えてくれました。

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2006年6月20日 (火)

バカンスの話、つづく

Img_1279 昨日のブログの続きです。画像はオルタ湖の中央に浮かぶ島、サン・ジュリオ島です。対岸から時々連絡線が行く。

小さい島なのにちゃんと教会まである。昔この島は毒蛇がうじゃうじゃ居たのですが、ある時ジュリオという名の修道士がこの島に訪れました。ジュリオが島の地を踏んだ瞬間、毒蛇たちは一斉に湖へ逃げ出し全て溺れ死んでしまいました。後にジュリオは聖人に列せられ、島にはこのサン・ジュリオを記念した教会が建てられたという事です。

まあ、蛇にとってはいい迷惑だろうね。しかし、こういう島はとても絵になりますね。Img_1277

2枚目の画像は船着場付近。観光客向けの機関車型の遊覧車があった。こういうのを見ると、オルタ湖も観光収入はあるのだなと思う。今のところは知る人ぞ知る穴場といったところですけどね。夕食の時間までベンチに腰掛けてボーッとしてました。

レストランもいい所を見つけました。前菜で食べた鴨肉のローストにモスタルダという梨を砂糖とカラシに漬けた物を添えて食べるという物が美味しかった。しかし、主菜に頼んだ鱒料理を食べている時に、イタリア人のグループがドヤドヤやって来て隣のテーブルに座ったのですが、女の子で香水をたっぷり振り掛けすぎの子がいたようで、臭いがきつ過ぎ。気分が悪くなる程でした。誰か注意してやれよと思った。

ところで友人Fは、以前から日本人の女の子と付き合っているので、最近日本語を(かなり真面目に)勉強しています。フィレンツェからオルタ湖まで車で高速道路をすっ飛ばして5時間、往復10時間かかるので、その間退屈しのぎにしりとりをやってました。三十路の男2人がしりとりもないもんだが、日本語の勉強という事を考えるとなかなか役に立つ遊びだと思う。Fとてまだ単語程度を知っている程度の日本語能力だが、3回勝負して一時間ぐらい続いた事もあったぐらいだ。食べ物の単語が多いけどね。やはり日本語であろうとイタリア語であろうと、語学の勉強で一番最初に覚えるのは数字と食べ物だということだな。・・・恥ずかしい事に一回目の勝負でうっかり「うどん!」と言ってしまって、イタリア人に負けてしまった。

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2006年6月19日 (月)

バカンス♪

Img_1267 バカンスと言っても最近じゃなくて、5月6日と7日の話です。一ヶ月以上も前ですね。帰国後はほとんど外出せずに真面目に制作に励んでおります。やれやれ。

前回のブログで紹介したオルゴール職人のゴッフレードさんの工房を取材が終わって、後はバカンスを楽しもうという事で、ここまで車で連れて来てくれた友人のFと一緒にぶらぶら歩く。

クアルナという所は良い感じの山村であるが、田舎過ぎて何も無さ過ぎるってのがなあ・・・。バール(立ち飲みの喫茶店)が1軒も無いぐらいだった。いや、一応この土地にも名物があって楽器製作が有名なんだそうです。(画像1)広場の地面にホルンが敷石で描かれていますね。町に一軒しかないホテルにも時々日本人の音楽家が泊まりに来たりする事もあるそうです。ものすごい交通の便は悪い所なんだけど、どうやってここまで来れるんだろう・・・。で、楽器の博物館があって、これはけっこう見ごたえがあるとゴッフレードさんも薦めてくれたんですが、行ってみたら開館しているのが6月から9月まででした。・・・結局30分程でクアルナの観光終わり。

Img_1167 クアルナの町の麓にオルタ湖というのがあります。だいたいにおいて湖というのは高級リゾート地であるから、このオルタ湖がある町、オメーニャという所はなかなか綺麗な町でした。(画像2)ここは家電製品や台所用品の生産で有名です。エスプレッソを入れるコーヒーマシンなんかの工場もありました。(メーカーの名前は忘れた。)

友人のFはシェラトンホテルのバールで働いているし、私もけっこう鼻が利くので美味しいものにありつけました。この辺りの料理はピエモンテ料理といいまして、パスタよりも米を食べます。山もあるし湖も近いという事で、魚もいのししも美味かったっす。私がプリモで注文した黒米にグリーンピースと牛肉のリゾットにフォンデュをかけた物は、この地の食文化がスイスからの影響を受けている事が感じられ興味深い。(画像3)・・・なんかグルメ評論家みたいだなあ。Img_1169 フィレンツェで下宿生活をしている時はほとんど自炊なので、たまに遠出した時に珍しい料理が出てくると嬉しいですね。

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2006年6月18日 (日)

オルゴール職人、コロンバーニ

Colombani001 10人目の職人紹介はオルゴール職人のゴッフレード・コロンバーニさん。今期制作する予定の職人さんはこれで最後です。

ちなみに現在の切り絵の制作状況ですが、マンドリンのラファエレ・カラーチェJrさんと彫金家のマルコ・バローニさんの下絵が完了し、昨日からこのコロンバーニさんの下絵を始めました。昨年までの制作ペースの記録を見ると、毎回作品が完成した後に何日か制作してません。どうも感覚を取り戻すために時間がかかるようなので、下絵だけ何点かやっておいて、同時進行で制作する方が時間の節約になりそうなので。

さて、ゴッフレードさんの話。この方はフィレンツェの職人ではなく、北イタリア、スイス国境付近にある山の中の町、クアルナ・ソットという所に住んでいます。例によってコルシーニの職人展で知り合いましたが、昨年から不参加になりました。ずっと気になっていた職人さんだったのですが、フィレンツェからかなり離れているので取材に行く機会が無かったのです。ですが今年は友達が車を出してくれると言うので、お言葉に甘えまして一緒に行って来ました。車で5時間もかかってしまいました。友達に感謝!

私はあらかじめ失礼にならないように、イタリアに出発する1ヶ月前にゴッフレードさんに手紙を出しておいたのですが、クアルナ・ソットという所は田舎で郵便事情が悪いそうで、まだ着いてなかったそうです。だからフィレンツェに到着した後に電話して何日に取材がOKか聞いたのですが、ゴッフレードさんにしてみれば突然電話がかかって来たという事で。そういえばトリノはクアルナ・ソットにけっこう近い所にあるのですが、トリノから実家に出した絵葉書は1ヶ月経ってようやく着きました。つまり最近着いた。・・・意味無いな。Colombani002

オルゴール職人として制作しているのは、ゴッフレードさんだけです。工場生産のオルゴールはけっこうあるのですがね。下の画像は比較的シンプルな作品。馬の部分がゼンマイになっているので、音楽と共にこの馬の部分が回転する。より手が入った物だと、メリーゴーランドの形なんかがあります。

中身の機械はスイスや日本製。馬は木片から切り出して、モーターツールで仕上げ。本体部分は旋盤を使う。色はエナメル塗料を何度も塗リ重ねる。材料になる木材はゴッフレードさんの家の庭に生えてる木を切り出して使う。・・・ものすごい広い庭がありまして、時々200人ぐらい客を呼んでガーデンパーティーをしたりするぐらいです。庭の中に滝まである。私たちが訪れた時は丁度リンゴの花が咲いている時期でした。一軒の家としては恵まれた環境ですね。ただ過疎化が進んだ土地だそうですが。

このブログでも度々触れてきた事ですが、店をたたむ職人が増えている。ユーロ導入後、物価が上がったり、中国系の低コストのコピー商品が出回って職人仕事が圧迫されていたり。ゴッフレードさんも職人を辞めるそうです。「最近オルゴールを買う人が少なくてさ。注文が入れば作るけどね。なにしろ、かみさんの方が稼ぎがいいからなあ。」と言ってました。作品の価値を充分認められている方だったので、すごく残念ですね。

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2006年6月17日 (土)

モザイク職人、フランコ(後編)

Traversari003 昨日の続き。

今回はビザンチン・モザイクです。2cm四方ぐらいの様々な色のガラス片をすきまなく敷き並べて制作する。トラベルサーリさんの工房は全ての種類のモザイクを扱っているが、どちらかと言うとこのビザンチン・モザイクを主に制作しているようだ。ただし、私が取材した工房は、ミクロモザイク(ローマ・モザイク)を制作するスペースがあるだけで、ビザンチン・モザイクは別の場所で制作しているそうだ。

切り絵にするにはビザンチン・モザイクの方が向いていそうですが、ミクロモザイクを作る工房もフィレンツェでは珍しいので今期はそっちを作る。ビザンチンモザイクはまた来期に取材させてもらえれば改めてという事で。

で、トラベルサーリさんの工房では多くの名画をビザンチン・モザイクで表現しています。どうも取材に行ってみて、この名画のモザイクの素晴らしさにノックアウトされたようです。というわけなのでこのブログで何点か紹介します。

一番上の画像はフィレンツェのウッフィッツィ美術館所蔵、ミケランジェロの「トンド・ドーニ」(ドーニ家の聖母子とも)のモザイク。原寸大の大きさです。このモザイTraversari004クはトラベルサーリ工房のシンボルとして使われているようで、店のパンフレットにも印刷されています。

2番目の画像はそのズームアップ。ガラス片で構成されているのがわかると思う。 クリックすると大きい画像が出ますが、黒い線の部分でさえガラス片で構成されている。

3番目はカラバッジョの「バッカス」。ローマ神話でいう酒の神ですね。これもウッフィッツィ美術館所蔵。やはりこちらも原寸大。ガラス片が室内の光を反射するためか、画面全体が輝いて見える。こうなると単なる模写とは言えませんね。

4番目はボッティチェッリの「ビーナスの誕生」の部分。これもオリジナルはウッフィッツィ美術館所蔵ですが、Traversari005別にウッフィッツィ関係の名画だけをモザイク化しているわけではない。ルノワールなんかのモザイクもありました。他にも風景画や、写真からおこしたパードレ・ピオ(最近聖人に列せられた神父。)とかローマ法王のモザイクもありましたな。

そういえば、ビーナスの誕生や、同じくボッティチェッリの「春」は全画面をモザイク化した作品は無かったですね。やはりそれだけ手間がかかるという事だろう。だが見てみたいですね。

帰国間際にもう一度トラベルサーリさんの工房を訪問させてもらいましたが、その時は完成したばかりのレオナルド・ダ・ビンチの「最後の晩餐」のモザイクを見ました。オリジナルはミラノのサンタ・マリア・デレ・グラーツィエ聖堂の内部に描かれたフレスコ画で、だいぶ色あせているのですが、(何年か前に行われた修復によって、だいぶ鮮やかな色に再現されたらしいのですが・・・。)モザイクで表現されたそれは極彩色になっていました。それはそれで印象的で素晴らしい作品になっていましたね。残念ながら注文で制作したものなので、撮影させてもらえませんでしたけど。

しかし、実に良いものを見ましたな。フランコさんも言ってましたが「質の良いものは常に報われる。」と・・・。これだけ素晴らしい作品を送り出している事を考えると、実に説得力のある言葉ですね。私にとっても良い勉強になりました。私の切り絵とて、こういった物と並べてみて遜色がないほどの作品に仕上げて行きたいものです。Traversari006

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2006年6月16日 (金)

モザイク職人、フランコ(前編)

Traversarii001  職人紹介9人目、モザイク職人のフランコ・トラベルサーリさん。

友人で彫金家のパオロ・ペンコさんの店にちょくちょく油を売りに行ってましたが、ある時どこの工房を取材したか聞かれました。

「アゴスティーノさんって仮面職人、彫金家のマルコ・バローニ、スカリオーラのファビオラ、それから・・・。」と説明したのですが、どうも彼は途中から何かを思いついたらしく、むっつり黙り込んだ。多分この時点で私の言葉は耳に入ってないらしいのですが、突然「トラベルサーリ!!」

と叫んだ。「何です、それ?」と聞いてみたら、2年前にフィレンツェで行われた合同展で一緒だったモザイク職人との事でした。「フィレンツェ式のモザイクなら、この2月にスカルペッリ父子をやってるじゃない。」と答えたら、「違う!全然違う物を作ってる!」との事。あれよあれよという間にトラベルサーリさんの工房に電話をかけて、翌日取材に行く事になっていました。

さて、ひとくちにモザイクと言ってもいろいろと種類があります。まず基本となっているのは石を細かく砕いて、点描のように貼り付けて絵や模様を作るという物。ポンペイの遺跡の壁や床なんかに見られる。銭湯の壁の富士山の絵なんかは、石の代わりにタイルを使ってますがモザイクと言えますね。(最近そういう古典的な銭湯ってあるのだろうか?)

この石をガラスに変えて、自由自在に色を作り出すのがビザンチン・モザイク。ガラスのサイズはだいたい2cm四方ぐらい。ラベンナの教会の壁に装飾されている物が有名ですね。

そして微細なガラス片で本当に点描のように仕上げるのがローマ・モザイク、またの名をミクロ・モザイクと言う。

この他にも既に2月にこのブログで紹介したフィレンツェ・モザイクがありますが、トラベルサーリさんの所はこれらのモザイク全てを扱っています。何人も職人を雇っている大きな工房という事ですね。Traversari002 娘さんと息子さんも一緒に働いています。

下の画像はミクロモザイク。8cm四方ぐらいのサイズでベネツィアの風景をこの技法で作っている所です。写真中に色とりどりの棒状の物が見えますが、これが細長く引き伸ばしたガラス。これを1cmぐらいの長さに切って、ピンセットでつまんで、油粘土の上にみっしりと隙間無く並べていく。全て並べ終わったら接着剤で固定して完成。

・・・この仕事も根気のいる作業ですな。ともあれフィレンツェでは珍しいので、今期に制作する事になりましたが、このものすごく細かい物をどうやって切り絵にすりゃいいんだろう・・・。翌日、パオロ・ペンコの店に取材の報告に行ったら「どうだった?」と聞かれた。

俊寛「難し過ぎる!!」

ペンコ「何が難しい!?やれ!」

と言われた。本当、どうやって切り絵にしろてえの?

次回はこの工房で作られるビザンチン・モザイクを紹介します。

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2006年6月15日 (木)

陶芸家、ロマーノ

Romano002 8人目の職人紹介は陶芸家のロマーノ・パンパローニさん。コルシーニの職人展に第5回目から参加されています。(今年は第12回目でした。)職人展ではデモンストレーションで、ろくろを回して茶碗や壷を作るのですが、見ているとあれよあれよという間に彼の手から作品が生み出されていくので、以前より切り絵にしたかった方です。陶芸関係の職人はまだ作った事がないというのもありますけどね。

ロマーノさんの工房はフィレンツェから北のあるボローニャへ向かう道Via Borogneseから入った道、Via di Montughiのグィッチャルディーニ家の別荘の中にあります。地理的にフィレンツェのパノラマが眺望できる場所にあり、また広い静かな庭園の中なので制作する環境としては理想的ですね。多くのお弟子さんを指導しつつ、制作されています。

Romano001私は午前中に取材させてもらったのですが、丁度お茶の時間だったのでコーヒーを入れてくれまして、庭で取れたサクランボも食べました。このサクランボ、別に食べるためだけではなく丁度絵付けをしていた壷に描き込んでました。ロマーノさんは普段ろくろ担当で、絵付けは奥さんの二コレッタさんがされています。(すごい細くて綺麗な女性でした・・・。ロマーノさんよりだいぶ若いよなあ。どうも陶芸家は若い奥さんを連れてる人が多い・・・気がする。)

ロマーノさんの工房を「マドンニーナ・デル・グラッパ」という名前なのですが、この工房は元々、第二次大戦後にドン・ジュリオ・ファシベーニという司教さんが孤児を教会に引き取り、陶芸を教えたことから始りました。ロマーノさんは若い頃この工房に入り後を継いだんだそうです。

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2006年6月14日 (水)

フォルテピアノ職人、ドナテッラ

Donatella003_1 フォルテピアノとは、現在のピアノの原型になった楽器です。この楽器が誕生したのは18世紀初めのフィレンツェ。当時メディチ家の楽器管理係りでチェンバロ職人だったクリストフォリが、チェンバロの音が強弱の変化に乏しいことを不満に思いこの楽器を改良しました。爪で弦をはじいて鳴らす代りに、ハンマーで弦を打って鳴らすという構造です。当初は「クラヴィチェンバロ・コル・ピアノ・エ・フォルテ」(強弱のつけられるチェンバロ。イタリア語でフォルテが強い、ピアノが弱いという意味。)と名付けられました。ほどなく「フォルテピアノ」と縮めて呼ばれ、19世紀以降は単に「ピアノ」又は「ピアノフォルテ」と呼ばれています。

現在このフォルテピアノは発祥の地であるフィレンツェでも作られる事は無く、今回紹介するドナテッラさんたちの工房で修復されるか、古い時代に作られた物の複製が制作されるぐらいです。

というわけで、7人目の職人。正確には女性3人働いているので、7軒目、7,8,9人目の職人さんです。写真手前からアントネッラ・コンティさん。中央バルバラ・ミンガッツィーニさん。奥でパソコンをいじっているのがリーダーのドナテッラ・デジャンピエトロさん。・・・なんか女性だけの工房って宮崎駿のアニメみたいですね。アントネッラさんなんか仕事中にお腹がすくのか、時々レタスをシャリシャリかじってました。何故か番茶を飲んでたし。(私にも入れてくれましたが・・・。どこで見つけて来たんだろう。)見ていて楽しいですね。

彼女たちの工房はVia camaldoriにあります。同じ通りでバイオリンの工房を構えている日本人バイオリン職人のAさんに紹介してもらいました。工房にはショウルームとして何台かのフォルテピアノが置かれている他、コンサートホールまでついていて、時々彼女たちに修復された楽器のコンサートが開かれています。

この工房、広い上に職人さんたちの作っている物がでかくて複雑。更に数多くの道具類や材料が並べられているので、職人専門の切り絵師としてはゾクゾクするほど作り甲斐がある工房ですが、果たして今の私の腕で表現できるかどうか。あまり自信無いなあ。

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2006年6月13日 (火)

スカリオーラ職人、チンツィア

Cinzia001 職人紹介6人目、スカリオーラ職人のチンツィア・ファビオラ・ルンゲッティさん。女性の職人さんです。

「スカリオーラ」とは石膏にはめ込み細工を施す伝統技術です。板状にした石膏に模様を彫刻し、顔料や蜜蝋を混ぜた石膏を流し込み、表面が均一になるように削って仕上げる。フィレンツェ風モザイクと似ていますが、自由に色が使えることと、モザイクよりも安価で早く作品が仕上がります。また、石膏は適切な処理をすれば、大理石に劣らない硬度を持ち、研摩、カットして光沢を出すと、大理石とはまた違った、暖かみのある作品となる。

16世紀ごろフィレンツェで誕生し、短期間の間に他国の国王への献上物とされるほどの作品が生み出されて行ったが、ここ100年間ほど技術を伝承する職人が途絶えた状態でした。

チンツィア・ファビオラ・ルンゲッティさんは、元々フィレンツェ大学で文学の博士号を得た人なのですが、その後、彫石の修復技師としての免許を取得、古い資料を調べ、何度も実験を繰り返して、この技法を復元させることに成功しました。テーブルや額縁、窓枠などに果物、花、幾何学模様の装飾や風景画などをこの技術で制作しています。画像はチンツィアさんの代表作とも言えるオウムのスカリオーラ。(絵葉書からスキャナで取り込んだので、画像が荒っぽいですがご容赦下さい。)鳥が好きだそうで、よくモチーフに使われています。Cinzia002

下の画像は丸テーブルを制作中。大理石をはめ込んだように見える。これはほぼ仕上げの段階で、小さい気泡なんかを埋めている所。

この方はコルシーニの職人展の常連。2001年に東京と大阪の伊勢丹で開かれた職人展にも来ているので、コルシーニの職人展では代表的な職人さんの一人。ただ今年は他の展示会に参加するとかで不参加でした。最近ぼろぼろと有力な職人が不参加になって行く・・・。見に来てはくれましたけどね。

すごく、のーんびりとした独特の喋り方をするので、一緒にいると和みます。工房がピッティ宮殿の真正面にあるので、この工房の取材が終わった後でも、近くの工房を取材した帰りに時々油を売りに行ってました。

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2006年6月12日 (月)

バイオリン職人、アルド

Aldo_sopo001_1 5人目の職人さんはバイオリン職人のアルド・ソフォ・サンティーニさんです。Via delle Velluttiに3年前から工房を構えています。職人の工房が集中する地域、サントスピリト教会やピッティ宮殿付近ですね。「何か面白いネタはないものか・・・。」とうろついている時に彼の工房を見つけて、中の様子をうかがっていたら戸を開けて招き入れてくれました。

アルドさんはピサ大学の物理学部を卒業。その後ロンドンでバイオリン修復の技術を学びつつ、独学でオリジナルのバイオリンを制作するようになった。なるほど、私が見ていた時もイギリス式の工法(バイオリンの固定の方法なんかが)を使って作業を進めていた。

物理学から得た知識は現在の彼の仕事に十分役に立っているそうです。パソコンを使って自分でプログラムを組んで音のシミュレーションをしたり・・・。現代的な職人って感じですね。ただ、やはり彼も「最後に物を言うのは手の感覚。」と言ってました。

バイオリン職人の切り絵は既に4年前に制作しています。私の作品の中でも人気のある作品ですが、いかんせん、だいぶ前の作品なのでそろそろ同じモチーフで超える価値を持つ物を作りたいのです。制作は・・・やっぱ、10月の個展をやって以降になるかな。今期はおもしろい職人が多いから、スケジュール組むのと消化するのが大変そうだな。

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2006年6月11日 (日)

家具修復職人、ダリオ

Dario001 4人目の職人は家具修復職人、ダリオ・ブラッツィーニさん。駅の裏側とアルノ川の間、Via Palazzuoloに工房を構えています。このあたりは観光コースから外れていますが、職人の工房は多いです。ただし、移民系の人が出している店も多いので治安が少々悪いです。実際、ラリッたような若い男にしつこく付きまとわれた事もあります。

家具修復職人は昨年も切り絵にしています。今年1月末に仕上げたマリオ・チウッリさんとロベルト・オルソリさん達の工房ですね。フィレンツェにはかなり家具の修復をやっている工房は多いのですが、私としては他の職種もやってみたかったので、ダリオさんの工房を実際に見学させてもらうまでは切り絵にする気はあまり無かったのです。しかし、いざ見てみるといろんな物が乱雑に並べられていて、実に絵になる工房だったので考えを改めました。

Dario002 下の写真は工房の様子です。ただし入り口の所でして、この奥がダリオさんの仕事場です。入り口に所には完成して引き取られるのを待っている家具や、逆にこれから修復される家具が置かれていますが、右側に鳥かごが2つ置かれています。中にはつがいのカナリアが2組。時々卵を産むので、雛が産まれると欲しい人にあげているんだそうです。工房に犬や猫がいるのは時々見ますが、鳥を飼っている職人さんは初めて見ました。この鳥かごも描きたいのですが奥の工房を描く以上、構図的に入れるのが難しいんですよね。まあ、今年後半に作る事になるのでじっくり考えよう。

家具の修復というと、日本ではあまり需要の無い職種ですね。古くなったり壊れたりしたら、新しく買う方が安上がりだし。イタリアでは16世紀ぐらいから時々修復をしながら家具を使い続けていたりします。現在、イタリアでは安く買える中国製品に押されて、店をたたむ職人さんが増えています。ですが、彼のような職種は、人の手が入らないとどうしようもないので、腕が良ければ食いっぱぐれる事はなさそうです。・・・ただし修復職人の人口が増えすぎると競争は厳しくなるでしょうけどね。

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2006年6月10日 (土)

木彫職人、マッシモ

Massimo001_1 今期制作予定の職人さん紹介、3人目は木彫職人のマッシモ・バルディーニさん。職人の工房が集中している地域、サントスピリト教会の近くのVia Mafiaに相棒のダニエレ・ネンチオーニさんと工房を構えています。

この方と知り合ったのも、昨日のブログで紹介した彫金家のマルコ・バローニさん同様、昨年の滞在中でした。いろんな物が置いてあって、ものすごく複雑なデザインになりそうなので、こりゃ後の楽しみに取っておいた方が良さそうだということで、今期制作する事になります。多分10月以降になるかな。

紹介してくれたのはブロンズ職人のシモーネ・カルチナイ君。(彼らの工房の切り絵は3月に完成してます。)昨年仕事が終わった彼らと一緒に食前酒を飲みに行った時に、たまたま飲みに行ったバールがこのマッシモさんの工房の近くだったので「そうだ、俊寛に紹介してやるよ。」と、こうして連れて行ってもらいました。

今年の滞在中にも写真を撮らせてもらったので、資料がたくさんある分、良い作品に仕上げようと思います。今年はミケランジェロの聖家族(ウッフィツィ美術館所蔵)の円形の額縁のコピーを作っていました。この額縁のオリジナルもミケランジェロのデザインと言われています。写真を見ながら相棒のダニエレさんと2人で1年がかりで制作する仕事だそうで、完成後はある画家が模写した物と合わせて博物館に展示されるそうです。博物館からの依頼なので、制作期間中はウッフィッイ美術館はフリーパスで入れる。時々実物を見に行かないと、写真からではわからない部分があるからね。

マッシモさんのあだ名は「ベートーベン」。・・・なるほど上手い名づけ方で確かにこの方と話していると、声は次第に大きくなるは、身振り手振りは大きくなるはで、まるで指揮者のようでした。

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2006年6月 9日 (金)

彫金家、マルコ。

Marco001_1 今日は名古屋の画廊と10月に行う個展の打ち合わせをして来ました。そろそろ案内状や資料の準備をしていかないといけませんな。

職人紹介2人目は、彫金家のマルコ・バローニさん。私が今回下宿していた家の近くのVia dei Benci(サンタクローチェ教会の近くですね。)に相棒のジャンルカさんと共に工房を構えています。金銀や鉄を使い、古典的なフィレンツェスタイルのアクセサリーや、ルネッサンス時代のの芸術品をデザインに取り入れた作品、また動物をあしらった作品を得意としています。

紹介している順番に切り絵を制作するわけではないですが、昨日のブログで紹介したアゴスティーノさんと、このマルコさんは10月の個展には間に合わせようと思います。マルコさんについては今年取材しただけでなく昨年にも取材してますので。

彼と知り合ったのは昨年のコルシーニの職人展の最終日、お客さんとして見に来てくれました。しかし実際はもっと前に知ってまして、3年前に彼らが名古屋の松坂屋のイタリアフェアで来日した時に見に行ってました。よく日本で展示会を行うようで、今年も4月末から5月末まで高島屋の日本橋店や大阪店で展示会をしてました。ほぼ丸一ヶ月という長い滞在でしたね。大好物のカレーライスは腹一杯食べれたんでしょうか・・・。

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2006年6月 8日 (木)

仮面職人、アゴスティーノ。

Agostino040 今回からしばらくの間、滞在中に取材した工房の職人さんを紹介していきます。10件取材したのですが、この10件に加えて職人展前に完成出来なかったナポリのマンドリン職人さんがあるので、現在の持ちネタは11件。ちょっと次の職人展までに全部仕上げるのは無理でしょうね。出来るだけ頑張ってみますが。

現在はマンドリン職人のカラーチェさんの切り絵を制作中。まだ下絵にしばらく時間がかかりそうです。6月はこれに集中しそうです。

今回紹介するのは7月からスタート予定。仮面職人のアゴスティーノ・デッシさん。フィレンツェのVia faenzaに工房兼ショップを開いています。画像は1998年に制作したこの方の切り絵です。まだ職人シリーズをやろうと思ってなかった時期の作品です。この3年後に職人シリーズを始めたので、現在の私の作品のルーツみたいなものですね。あらためて取材したのは、ひとつは制作後1年ほどで売れたので現在手元に無いという事。日本での個展にアゴスティーノさんの切り絵も展示して、彼の事を紹介したいので。

二つ目は制作したのが8年も前なので、同じモチーフで制作してみて自分がどう変わったか確認したいと言う事。Agostino041

三つ目はアゴスティーノさんの工房自体がかなり変化しているため。これは変化と言うより、店の壁や天井に吊られている仮面の数が3倍以上に増えているという意味です。つまりより複雑な切り絵を作ることが出来る。 私としては望むところです。

アゴスティーノさんはサルデニア出身。フィレンツェのアカデミア卒業。その後もフィレンツェにとどまり仮面の工房を開く。現在は娘のアリーチェさんも仮面の制作をしています。昨年はイギリスで本を出版。残念ながら英語版しか出てないので私は読めません。

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2006年6月 7日 (水)

ザンポーニャ

Gakki019_1

そろそろ新作の下絵を始めております。調子をつかむまでもうちょと時間がかかるかな。

画像は楽器シリーズのうちの1点、ザンポーニャ。南イタリアで古くから羊飼いが使った楽器です。イギリスのバグパイプと同系列の楽器ですね。羊の皮で風袋を作る。笛の部分はオリーブか桜の木を使っています。ナポリ辺りではクリスマスには2人1組になって、このザンポーニャと木製のフルートを演奏し門付けを行うというが、最近はこの風習もだいぶ廃れているのだそうだ

私はこの楽器の事を「イタリア職人の国物語」という本(朽見行雄著、日本交通公社)で知り興味を持ちました。本によると、南イタリア・モリーゼ州のスカーポリという山村には未だにこの楽器を作る職人さんも居るという・・・。是非その音色を聞いてみたい!!出来れば本物を演奏している所を見てみたい!!

という訳で、滞在中に南イタリア出身の友達にザンポーニャのCDが売ってないか聞いてみました。この点タイミングが良かったみたいで、復活祭で実家に帰ってたからフィレンツェよりは探しやすかろうという事で。

しかし、モリーゼ州の音楽集のCDにザンポーニャも他の楽器と一緒に演奏している曲はあったのですが、ザンポーニャだけの曲は見つからなかったそうです。確かにこの楽器には決まった楽譜は無いようで、奏者は耳で覚えた曲をそのまま演奏するという即興性の強いものだそうです。こういうのはCDにして残すのが難しいんですかね。ともあれ、友達にこの音楽集のCDを買って来てもらったので、今制作中に聴いてます。ザンポーニャの音も確認できた。「風笛」という日本語訳の通り、流れるようなそれでいてどこかに自然の厳しさも感じる音色ですね。

で、下宿の大家のD君。彼はナポリ出身であるからザンポーニャの事も聞いてみました。結果「ザンポーニャに興味があるう?」と言って2分間ぐらい笑われてしまいました。日本人のくせにザンポーニャみたいなイタリアでもマイナーな楽器に興味が有る事がおかしいんだそうです。・・・そこまで笑う事はないだろうよ。あまつさえ「おまえ変だ!」と言われた。この人に変人呼ばわりされるとは思わなかったな。

ところで、フィレンツェ在住の知人によると、最近はフィレンツェでもクリスマスになると大道芸みたいな形でザンポーニャを吹く人を見かけるんだそうです。また、別の知人によると7月にフィレンツェ近郊で大道芸人の祭りみたいなのがあって、そこでもザンポーニャを見かけたとか。私が住んでいた時代でも、意外とこの楽器を目にするチャンスはあったかもしれませんね。アンテナを張ってなかったから機会を逃したと。思えば惜しい事をしたものだ。

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2006年6月 6日 (火)

部屋の話その2

Img_0210 フィレンツェで借りていた部屋の話を続ける。

写真は窓から見える風景。サンタクローチェ教会の側面です。最上階にあるので、とにかく見晴らしはものすごく良かった。この点に関しては、今までフィレンツェで住んだ家のベスト1です。

2枚目の写真はベランダからの風景。ドゥオーモのクーポラとジオットの鐘楼が見える。天気のいい日は時々ベランダに出てボーっとしてました。まさしくレンガ色と言うべきフィレンツェの屋根の色も好きなので。

この家の大家さんはナポリ出身のD君。36歳。服関係の仕事をしている。ゲイでした・・・。この部屋を紹介してくれた友達は、私の身の危険を考えなかったんだろうか。いや、まあ別に何も無かったんですけどね。時々彼氏が遊びに来てたし。2人で上半身裸になってビール飲んでたのは、見ていて暑苦しかったが。(どうも目のやり場に困ると言うか・・・。)Img_0211

もう一つ、このD君は創価学会に入ってます。毎朝仕事に行く前に自作の仏壇の前でお経を唱える。午前8:00ぐらいに「南無妙法蓮華経・・・。」の声が聴こえるので目覚まし時計の代わりになった。ちなみにイタリアでは仏教徒の数は6万人。その内4万人が創価学会員だそうです。日本と違ってあまり問題になるような行動には走らないようです。彼自身、創価学会が日本で問題視されている事は知ってましたがね。

職人展の2日前に客の前で切る作品の下絵を仕上げなきゃならなかったので、居間の床に紙を広げて描いていました。その時D君が創価学会員の友達(この方はゲイじゃないと思う。)を連れて帰って来た。で、鉛筆で線を引っ張っている私のすぐ横で2人でお経を唱えだした。・・・なんか邪魔をしてるみたいで申し訳なかったので、道具をまとめて自分の部屋に帰ろう立ち上がった瞬間、お経を唱えていた彼の友達と目が合った。ニコッと笑って「バチッ!!」とウインクをしてくれましたな。どう切り返せばよいのかわからなかったので、しばし呆然としてしまいました。本当、どうして欲しかったんだろう。

まあ、こんな調子でなかなか面白い家でした。家賃も現在のフィレンツェの物価を考えると安かったので2年連続で借りたんですけどね。来年はどうしましょうかね・・・。

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2006年6月 4日 (日)

部屋の話。

Gakki018 久々のホームページ更新。職人展用に開発した「楽器シリーズ」です。写真はこのシリーズ36点のうちの1点、バイオリン。サイズは9×9cmです。こちらからどうぞ。http://homepage2.nifty.com/shunkan/serie%20gakki1.html

イタリア出発10日前から制作を開始。5日でデザインと切り出し。残り5日で色画用紙作って貼りました。自分としてはかなりハードスケジュールでした。集中力が上がると自然に睡眠時間も減るので、体力的にきつかったっす。なにしろ、フィレンツェで出宿する予定の部屋は屋根裏で作業スペースが無いほど狭いので、日本にいるうちに仕上げるしかなかったのです。

さて、その部屋の話。フィレンツェに留学する学生は、たいてい部屋探しで苦労してます。私も住んでいた時期は何度か下宿を変わりました。最後に住んだ家は3年半いましたが、同居している大家さん(女、私より1歳上)と何度か大喧嘩になったこともあり、その度に「あーっ、もう、何でこんなくっだらない事で頭がごちゃごちゃになってんだー!!」とのたうちまわったものです。(まあ、喧嘩した分、仲も良かったのでこの大家さんとは今でも友達ですけど。)

ここ最近は1年に1回、毎回5月だけフィレンツェに戻るのですが、だいたいフィレンツェに住んでる友達に適当な部屋を見つけてくれと頼んでます。今回は昨年も借りた部屋が空いていたので、結局同じ部屋に住む事になった。この部屋を紹介してくれたのも私の友達です。

この部屋ですが、屋根裏部屋なので天井が斜めになってまして、高さが一番高い所で1m60cmぐらい。私はまともに立って歩けない。広さは2×3mってとこでしょうか。ベッドも無くて、代わりにマットを床の上に敷いてその上で寝ると。キッチンとトイレ・シャワーは他の住人と共同。これで家賃は電気・水道・ガス代込みで1ヶ月350ユーロでした。日本円でだいたい5万円ぐらいですかね。

で、今この値段でフィレンツェで借りれる所ってすごく少ないんですよ。一部屋、キッチン・トイレ・シャワー共同で500ユーロが相場。屋根裏の狭い部屋だからこの値段で借りれる。とても制作できる環境じゃないけど、今回もせいぜい1ヶ月半だし、滞在中は取材に集中して部屋には寝に帰るだけでいいか、という訳で借りました。

額縁を組んだり、展示会のデモンストレーション用の切り絵の下絵を描いたりするのは、同居している大家さんが働きに行ってる昼間に居間を使わせてもらってました。私には十分活用出来た部屋なのですが、1ヶ月半の滞在って「長い旅行」って感じで、自分の部屋として落ち着く事は出来なかったですね。疲れがたまっていたみたいです。

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2006年6月 3日 (土)

復活祭

Img_0075今日から今回であった職人の話を書いていこうかなと思ってましたが、手順としてはイタリア入国してからの状況をまず書く方が良さそうです。

というわけで、今回は復活祭の話。イタリア語ではパスクア、英語ではイースターと言います。十字架に磔にされたイエス・キリストが生き返った事を祝う期間です。移動祝祭日といって3月25日から4月25日の間のどこかが休みになります。・・・ものすごいズレた話題だなあ。

ともあれ、この期間は里帰りして家族と過ごす人が多いので、この時期に来てしまった私は多くの友人と連絡がなかなか取れませんでした。4月14日(金)の夜にフィレンツェ到着で翌日の15日(土)にあいさつ回りをちょっとして生活必需品と食料の買い物、16日(日)17日(月)は休みで何もやれる事が無し。18日(火)からようやく本格的にあいさつ回りを始めた。他にも銀行に行ったり、職人展の企画者に会って参加料を払ったり、友人の所で預かってもらっていた荷物を取りに行ったりと、入国4日後にやっと物事が動き出した。

のんびりと過ごしたおかげで、旅の疲れがとれたので、かえって良かったのかもしれませんが、問題もあったのです。フィレンツェに着いた日に下宿する家の大家さんも実家のナポリに帰っていたので、当日誰もいないから家に入ることが出来ないと言われた事。この件に関してはかなりもめまして、結果、彼の友達が家の鍵を持って家の前で待っていてくれたので、無事に最初から泊まる事が出来ましたが、ローマからフィレンツェに移動するまでこの鍵係りの人と連絡が取れなかったのでかなり不安でした。

Img_0078職人展は普通5月の中旬に行われるので、私はだいたい毎年5月3日か4日あたりにイタリア入りするのですが、(このあたりから飛行機代がゴールデンウィーク料金から外れて安くなり始めるから。)今年は成り行き上、4月14日にイタリア入りしてしまい、私としてはのんびりと過ごしてしまいました。・・・と言うか、やる事が無かったので困りました。貧乏性ですな。ただこの時期ならではのイベントもあります。スコッピア デル カッロと言い、パスクアの時にフィレンツェのドゥオーモ前で、山車に爆竹や花火を取り付けて一気に爆発させるというもの。久しぶりに見ましたね。上の写真が爆発中。下の写真が全部終わった後です。すごい人が多かったけど、見ていて面白かったです。

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2006年6月 2日 (金)

滞在中のスケジュール

今日からしばらくの間イタリア滞在のレポートを書いていく。

まずだいたいのスケジュール。

4月14日(金) イタリア入り。この時期フィレンツェ空港が工事中で閉鎖されていたため、ローマに入ってその後電車でフィレンツェに。(ローマからは2時間ぐらいかかる。)

4月15日(土) あいさつ回り開始。友達や、昨年取材させてもらった職人さんと会ったりする。年々あいさつしなきゃならない人は増えていく。今回は一日8件ぐらい回って3日かかった。

4月22日(土) 帰国後から制作予定の職人さんの工房の取材を始める。(5月9日まで続けた。)同時に職人展に展示する作品の準備も始める。額を作ったり、必要な資料のコピーを取ったり。

5月6日(土)、7日(日) オルゴール職人を訪ねてきたイタリアのクアルナという町に行く。友達に車でつれてってもらったが、フィレンツェから5時間かかった。

5月11日(木) コルシーニの職人展の準備。

5月12(金)、13(土)、(日) 職人展。

5月13日(月) 職人展の片付け。

5月17日(水)~20(土) トリノ旅行。

5月22日(月) 工房の取材再開。

5月29日(月) そろそろ帰るのでみんなにあいさつ回りを始める。職人展の時に撮った写真も焼き増しして配ったりした。

5月31日(水) 帰国。

と、このような感じでした。年々、あいさつに行かなきゃならない工房が増えるので、来た時と帰る前、合わせて6日間があいさつしただけで終わっちゃってる。

たまに友達と遊びに行ったり、ご飯食べたりしました。

明日からは職人さんたちの紹介をしていきます。(けっこうどうでもいい話が多いと思うけど・・・。)

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2006年6月 1日 (木)

ただいま!!

只今、日本に戻ってまいりました。留守中にコメントやメールを出していただいた方々、どうもありがとうございました。今日はもうくたくたなので風呂に入って寝ますが、明日から今回の滞在のレポートとメールの返事は書いていきますので、しばらくお待ちくださいませ。

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