名画を切り絵でその3
今回はラファエロの名画「小椅子の聖母子」も切り絵。サイズはA4の紙にぎりぎりコピー出来る大きさです。何か変だなと思った人はするどい!左右が反転してるんですね。下絵をコピーして裏側を黒のスプレーで塗りつぶした後、スプレー糊でアクリル板に貼り付けて切ると、完成時には左右が逆になるので下絵の段階では本来の絵と左右反対に描く必要があるのです。
これはデモ用の絵も同じ事で、毎回元絵に線を引っ張って何分割かして左右逆に描いています。単なる模写じゃないので、時々ややこしくて脳が混乱します。おかげで鏡字を書くのは得意です。まあ、今はパソコンで左右反転がボタン一発で出来ちゃうので無駄な特技ですけど。
この絵はフィレンツェのパラティーナ美術館に所蔵されているので、時々見に行きました。中学生の時に美術の教科書で見て以来、大好きな絵だったので毎回立ち止まってじっくり見ています。昨年の5月に滞在した時も、たまたま全美術館タダの日というのがあったので、女の子と一緒に見に行きました。女の子そっちのけで絵ばかり見ていたので振られてしまいましたが。
この絵はデモ用でなく、量産してイベントで販売しようと思ってデザインしました。しかし手間の事を考えると、結構高い値段になってしまうので売りに出すのはやめたんですけどね。代わりに私の所へ来る「切り絵をちょっとだけやってみたい。」という子に作らせてあげたりします。手軽に巨匠の気分が味わえる。線をなぞるだけですから、そんなに難しくはない。
ラファエロの描く人物は表情が柔らか過ぎて、切り絵ではこれが限界ですね。
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コメント
小椅子の聖母を見ると、画家とモデルの間に情愛があったのが一目でわかりますね。聖母の情愛に満ちた瞳には、モデルの画家に対する情愛がそのまま生きてます。ラファエロはモデルにすごく助けられてると思う。
ゲージュツカは限界ってことばをあまり使ってはいかんです。たとえ限界があっても、そのことばを不用意に使っちゃえば自分を枠にはめちゃうもの。限界は神棚の神さまみたいに、そこにいてもいないようにしてるのがいいです。
ちょっとでもいいからいつか越えてやるんだ、て炎を胸の中にもやしとくのがいいです。
投稿 てんこ | 2006年3月 9日 (木) 07時55分
ラファエロとフォルナリーナのように、同じモデルを頻繁に使う事はよくありますね。ボッティチェッリとシモネッタ・ヴェスプッチ、フィリッポ・リッピとルクレツィア・ブーティ等、多くは恋人同士ですが。画家がモデルの良さを引き出すのか、モデルが画家の力を引き出すのか。両者が均衡した時に名画が生まれるのではないでしょうか。
限界に関しては、不見識な発言でしたね。現時点でこの言葉が出ること自体、調子に乗っていたかもしれません。自戒いたします。
投稿 俊寛 | 2006年3月10日 (金) 16時02分
いや、不用意な発言したのはわたしかもです。
おこってるかもって心配してました。ごめんなさいね。
シモネッタに関しては、画家の力が勝ってると思うけど、フォルナリーナは目の強さを見るかぎり、画家の才能を大分引き出してたと思います。それがしょうこに、ラファエロは彼女と分かれることになったとたんに死んでるから。
俊寛さんにも、才能を引き出してくれるいい人がみつかりますように!(もしかしたらもういるかな?)
わたし、俊寛さんの絵は、ヴェロッキオに雰囲気が似てると思うんですけど、どうでしょう?
投稿 てんこ | 2006年3月10日 (金) 16時54分
いえいえ、お気になさらずに。
ヴェロッキオにたとえられるとは光栄ですね。
投稿 俊寛 | 2006年3月10日 (金) 20時37分